23.ラナンキュラス
No.2ホストの倉持翔真が、ホストを辞めることが決まった。家出のついでに拾ってもらった店だったが、お金も目的の分だけたまり、一人立ちができるようになったこと。
そして、これ以上女の子にお金を使わせるような世界に居たくないと、密かに思い続けていたことがきっかけだった。
「ショウくん、辞めちゃうの!? ちょっと、シャンパン足りないんじゃない!?」
「あーあ、ショウが居なくなったら担当どうしよー……」
「ショウしか勝たん! ショウが辞めたら私もホストに貢ぐのやめる! ……多分!」
などと言われながら、各卓を回って、辞めることをかぎつけてきてくれた女性達に挨拶をする。最終日の今日。誰が泣いても笑っても、例え売上が無くっても、彼の辞める決意は揺らがない。
彼が、他の人よりもほんの少し気にかけている女性がひとりいた。その女性も、今日来ている。卓に居られる時間は他とほぼ変わらないものの、その女性を前にしたときだけ、寂しそうに瞳を僅かに伏せた。
「今までありがとう。たくさんお金使わせちゃったね」
「お金を使うつもりで会いに来てますから、ショウさんが気にすることないんですよ。むしろ、今まで貢がせてくれてありがとうございました」
その女性は清楚で控えめな、夜の光があまり似合わない雰囲気だった。
だが、彼の最初の客であり、最初から最後まで離れることも執着することもなく、縁の下の力持ちのように、目立たず支え続けてきた女性だった。
「もう、会うことないと思うから……今日の帰り道、途中まで送らせてほしいんだ。だめかな……?」
彼が眉を下げて顔色を伺うように、女性の耳元でこそっと話をする。女性は目を丸くして、言動に驚きながらも柔和な笑みを浮かべた。
「じゃあ、せっかくなので最後くらい甘えさせてもらいますね。代わりに、今日は過去最高の売上にしちゃいましょう!」
と言い出した女性は、次々に高いお酒をおろしはじめた。彼に無理強いはせず、その大半を女性自身で飲み進める。
コールが店内に響き続け、あっという間に過ぎていく数時間。閉店になったときには、女性はすっかり酔いが回り、足元がおぼつかない様子だった。
「待っててね」と女性を席で横にし、彼は他の客を店の入り口まで送り届け、懇切丁寧な挨拶を終え、過去最高の売上で最終日をしめた。
バックヤードに戻り、全ての荷物をまとめた彼は、店の従業員みんなにも別れの挨拶をかわし、そして最後に席に残した女性を迎えにいく。
「お待たせ。一緒に帰ろう」
「ふふ、なんだか同棲してるみたい。あー、禁断の恋だわぁ」
「全く、ずいぶんと酔ってるね。足元、気をつけて」
彼が腕を差し出し、もたれかかってくる女性の足取りと合わせて歩みを進める。数歩進んだところで、あぁそうだ、と、ずっと持っていた紙袋を女性が徐に開いた。
「これ、プレゼントです。私と一緒にいる、この時間だけでいいから大切にしてくれますか? ショウさんに、似合うと思って」
そう言って渡されたのは、ピンク色の花。
「可愛い、ありがとう。この時間だけ、なんて言わないで。大切にするよ。これ、なんていう花なの?」
「ラナンキュラス、っていうお花なんです。花言葉は『飾らない美しさ』。私たち、お客さんに無理させようとしない、心の底から優しいショウさんらしいでしょ?」
「なんか、気恥ずかしいな。ありがとう。俺がNo.2までいけたのは、みんなと、あなたのおかげだよ」
お酒のせいか、彼の言葉のせいか。女性は頬を赤らめ、何も言わずに微笑んだ。
ホストだった倉持翔真の人生は、こうして終わりを迎えた。
ラナンキュラス(ピンク)
『飾らない美しさ』




