表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31の花言葉  作者: 夏川 流美
21/32

21.カーネーション

 スマホが鳴った。画面を見ると妹からの連絡だった。『お母さんが死んだ』と、ただそれだけの淡白な連絡だった。


 あまりの驚きにスマホを落としかけた。どうせああいうタイプは長生きすると思っていたけれど、そうか、死んだのか。



 妹に電話をして詳しく話を聞くと、交通事故で死んだらしい。脇見運転をしていた車に轢かれたんだと。


 それで、葬式や諸々手続きなどの手伝いをお願いされた。あんな親のために行う葬式なんて参加したくなかったが、妹からのお願いであれば手伝わないわけにはいかない。




 そうして行った葬式は、身内だけの小規模なものだ。妹と2人でなんとか準備を進め、ようやく母親と別れるところまできた。


 この葬式のために、個人的にわざわざ花を買った。お金が勿体無いので一輪だけ。今までお世話になった思いを込めて選んだ花だった。



 身内だけの葬式とは言ったが、誰ひとりとして涙を流す人はいなかった。私と妹を含め、悲しそうな顔をしている人すらいない。


 それどころか、耳をすませば内緒話まで聞こえてくる始末だ。



「あんな親に育てられて、あの子達は大丈夫なのかしら」


「さあね。でも2人とももう独り立ちしてるはずよ、私たちが世話することもないわ」


「そうよね。まったく……身内の恥だわ。さっさと死んでくれてせいせいした」



 私も妹も、あんな親にはさっさと死んでほしいと思っていた。酒を飲み、暴力を振るい、私達のアルバイト代を奪っていく。そんなだから父親に捨てられ、私達も家を出た。


 だが、いざ他人からの評価を聞くと何とも言い難い感情が生まれる。胸の奥がずきんと痛んだ。


 横目で妹の顔を見ると、妹は聞こえているのか否か、素知らぬ顔をして真っ直ぐに前を見ていた。妹は、母親が居なくなってせいせいしているだろうか。



 ぼんやりと過ごしていると、いつの間にか別れ花の時間がきていた。棺から3歩ほど離れた場所で、他の人が花を添えるところを、妹と並んで見つめる。



「ねえ、お母さんのこと、嫌いだった?」



 静かな声色で、棺のほうを向いたまま妹に問いかけた。数秒の間があって、妹が答える。



「嫌いだった。……と、思う」


「じゃあ、お母さんが死んで嬉しい?」



 今度は、長い長い間があった。考えているのか、答え難く躊躇しているのか判断はつかない。他の人が別れ花を殆ど添え終わるまで妹は微動だにせず、そして一番最後に私達で別れ花を終わりにする場面でようやく答えを口にした。



「……わかんないよ」



 震えた声だった。妹が動揺していることを、ここで初めて知った。私達は足並みを揃えて棺に近付く。


 覗き込んだ母親の顔は綺麗だった。こんなに綺麗な化粧をしている顔を見たのは、一体何年振りになるのだろうか。


 妹は用意されていた花を手に取り、私は持ち込んだ黄色のカーネーションを手に取った。



「……私も、分からなくなったよ」



 本当は、顔の横に置いてやろうと思って買った花だったのに、何故だか躊躇ってしまった。小さく呟いた私は、顔から一番遠い足先の方へと花を添えた。






カーネーション(黄色)

『軽蔑』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ