20.ヒャクニチソウ
『ごめんなさい。貴方を待ち続けることが、私にはできなかった』
これで最後にしようと決めた、数十通目の手紙の始まり。相手は、ずっと昔に恋人だった人。
――海外に行くんだ。
成績優秀で好奇心の高い彼は、一生懸命に働いたお金で海外移住を決心した。そうと知らされたのは、行ってしまう前日の夜で、私と一緒に居るつもりが無いことは明白だった。
――いつ戻ってくるかは決めていない。ずっと待たせてしまうから、だから、
別れよう、と彼は言った。
待って。なんで。置いていかないで。なんて、私には言えなかった。ひとりになるのは確かに怖かったし、突然の報告と別れに深く傷付きもした。
だけど……じゃあ一緒に着いて行くと、言える勇気が無かった。彼と違って、海外に特別憧れていたわけではないし、英語なんて話せないし。
せめてここで「ずっと待ってるから」と言えていれば、また違ったのかもしれない。でもその時の私は、ほとんど放心状態で
――わかった。
と答えるだけだった。
『7月に結婚式を挙げます。もし時間があれば、きてください』
彼が行ってしまってから数年後に、告白してくれた男性と付き合うことになった。誠実で、朗らかな笑みを浮かべる人。彼とは違い、いつでも側に居てくれる人。
そんな男性と順調にお付き合いが進み、結婚式を挙げることが決まった。だから、今まで定期的に送っていた手紙は、結婚の報告で最後にする。
ウェディングプランナーさんや夫と、どんな結婚式にしようか相談を重ねる中で、式場の一部に『ヒャクニチソウ』のお花を飾ってもらうようお願いをした。
明るく輝き、目を惹かれる美しい花。
送った手紙に返事が来たことは一度も無かったけれど
確かに彼のことが好きだったから。
ヒャクニチソウ(別名:ジニア)
『別れた友を思う』




