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31の花言葉  作者: 夏川 流美
19/32

19.菜の花

「菜の花を大切にして生きなさい」



 お母さんは、そんな言葉が口癖だった。幼い頃から幾度となくその口癖を言い聞かせられて、小学校に上がった頃には先読みをして言ってみせるほど、言われて育ってきた。



 最初は単純に、菜の花、という花の種類を大切にしろと言われているものだと思っていた。お母さんには何か、菜の花に思い入れがあるのだろうと勝手に想像して。


 適当に返事をしながら口癖を聞き続け、改めて意味を問いかけたのは小学校の卒業に近い頃だった。



「ねえ、ママはなんで『菜の花を大切にしなさい』っていつも言うの?」



 すると、お母さんはころころと笑いながら



「菜の花の花言葉は"小さな幸せ"と言うの。つまり『小さな幸せを大切にしなさい』と言っているのよ。この言い換え方を閃いたときは、あまりのセンスに卒倒しそうだったわぁ」



 と答えた。ここで初めて、幼い頃から言われ続けてきた言葉の本当の意味を知った。


 自慢気な顔を見せて冗談を言うお母さんの、子どものような無邪気さ。私は何も考えずに



「ママがまるで菜の花みたいだよ」



 などと言うと、また、ころころと笑いながら



「嬉しいこと言ってくれるわねぇ」



 と答えた。控えめな愛らしさと、明るい性格。我ながら、お母さんが菜の花みたいだという例えは的確だと、子供心に思ったものだった。




 それから中学、高校と過ごし、高校生の時には反抗期で散々な迷惑をかけた。


 私からの一方的なイライラをぶつけ、大喧嘩に発展したこと。せっかく用意してもらった夜ご飯を食べずに部屋に引き篭もったこと。無断で学校をサボって遊びに行ったこともある。


 その上、家出をしてお母さんとお父さんを物凄く怒らせたことも。



 けれど、私が悩みに悩んで希望を出した大学進学を誰も否定しなかった。


 きっとお金が苦しい場面もあっただろうに、私には一切そんな話をせず「貴女が決めたところに行きなさい。私たちは何処に行っても応援するから」と背中を押してくれた。



 大学を無事に合格すると同時に、距離を鑑みて一人暮らしを始めることになった。実家から出て行くことの不安と寂しさと、知らない場所への恐怖。


 そんな思いを抱え続けていた私に、お母さんは菜の花の押し花が入った栞をプレゼントしてくれた。



「大丈夫。貴女は立派で素敵な私の娘だから、何があっても乗り越えられる」



 お母さんのその言葉に、うっかり涙が溢れちゃったりなんかして。


 貰った栞をお守り代わりにしながら、お母さんの口癖を大切にして生きてきた。





――そんな私が今日、付き合って4年目になる好きな人と結婚式を挙げる。親しい人だけを呼んだ、小さな挙式。


 純白のドレスに身を包み、あっという間に過ぎていった自分の人生を振り返っていく。


 両親共に涙ぐみながら、微笑んで式の様子を見守ってくれる中、ブーケトスの時間がやってきた。私は夫の許可を得て、この時間にやろうと思っていたことがある。



 投げる振りをした後に、特定の人にブーケを手渡しするサプライズってやつ。この為に、わざわざ菜の花のブーケにしてもらった。


 行う前に夫に目配せをすると、いいよ、と言うように微笑を浮かべてくれた。私も、同じように笑みを返してみんなに背中を向ける。



 その場の全員の視線を感じながら、後ろに投げたと思わせて振り向くと、お母さんの元へ真っ直ぐ歩いていく。



「お母さん」



 きょとんとした表情で、戸惑いながらも返事をしてくれるお母さんを前に、今度は私が涙ぐんでしまう。ブーケをしっかりと握りながら、震えた声で続けた。



「たくさん迷惑かけてきたけれど、今まで育ててくれてありがとう。


 お母さんが教えてくれた『菜の花を大切にして生きなさい』って言葉、ずっと守っていくからね。


 大好きだよ!」



 言い終わって菜の花のブーケを手渡す。お母さんは大粒の涙をぼろぼろと頬に伝わせながらブーケを大事に持ち、ありがとう、と繰り返し繰り返し呟いた。


 私も感極まってお母さんに負けじと号泣してしまい、最終的には知らぬ間にお父さんも加わって泣いていた。






『菜の花を大切にして生きなさい』




 幼い頃は意味の分からなかった言葉。


 高校の頃は意味を知ってても行動しなかった言葉。


 大学の頃からようやく意識をし始めた言葉。


 社会人になって重みを知った言葉。



 そして次は

 私の子どもに伝えていく言葉。


 小さな幸せを疎かにせずに、認識して、感謝して、日々大切にすること。それが当たり前にできる人になりなさいと、そんな思いを込めて。






菜の花

『小さな幸せ』

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