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31の花言葉  作者: 夏川 流美
16/32

16.ネリネ

 私の友達。肩くらいまでの髪は艶があってさらさら。目はぱっちり大きくて長くて濃い睫毛が目立つ。頬が少し、なんというか、ぽってりしていて可愛い。


 確か、今月で3年の付き合いになる筈だ。それなりの期間になるんだなぁと、改めてしみじみ考える。


 ただ――月の綺麗な冷たい夜風の今日。私は、大切な事を伝えに会いに来た。それだけのために、待ち合わせをした。



「大切な話があるの」



 話を切り出すと、不安げな上目遣いで私を見る彼女がぎこちなく頷く。そんな目をしないで、と、話を逸らしたくなる気持ちに蓋をした。



「病気が見つかったんだって」



 途端、彼女は黒目を小さくさせ肩を強張らせた。そんな反応をするだろう、そんな反応をしてくれるだろうと、予想はついていた。この子は必ず、真剣に受け止めてくれる。そう信じていたから、話にきた。



「化学療法でひとまず治せるらしい。でも、早くても1年。長いと3年くらいかかる。その間、私は入院しなきゃいけなくて」



 治せる。そう聞いて安堵したのか、か細い息を吐く音が聞こえた。それでも尚、目に涙を浮かべ心配そうに私の顔色を伺う様子の彼女に、居心地の良さを……変わらぬ安心感を胸に抱く。



「入院は明後日から。本当は今日からだったんだけど、明後日にしてもらったの。まだあなたに、ちゃんと伝えてなかったから」



「……そ、か。しばらく会えなくなっちゃう、のか」



「うん。……ごめん」



「謝ることないよ、むしろわざわざ教えてくれて嬉しい。入院して、ちゃんと治そう。治せる病気なんだからさ」



 伝えにきたことが悪いとか、病気になったことが悪いとか、そういうのじゃないと分かっていても、私は酷く重い罪悪感に苛まれた。


 味方してくれている彼女の声が、寂しそうに掠れているから、目が見られなくて。靴先に視線を落として石ころを足裏で転がした。



「さよならに、ならないよね。

 また、会えるよね?」



 私は俯いたまま、問いかけた。


 1年も会えなかったら、彼女が消えてしまう気がした。もう二度と会えない気がした。きっと彼女はここに居てくれると思う。それでも、恐怖が拭えなくて。



 彼女は、答えなかった。





「また明日、会ってくれる?」




 この問いには、彼女は答えた。短く、うん、と一言だけ。



「じゃあ」

「また明日、ね」



 ようやく目線を交えた先には、私以上に怖がっている彼女がいた。目が覚めるような思いだった。あなたは優しいから、こんなにも怖がってくれている。そうと知って、僅かに気を取り直した。



 明日、彼女のためにプレゼントを送ろう。

 私が戻るまで彼女の希望になるような、そんなプレゼントを。




***




 翌日の月は、雲に隠れていた。薄暗い中で彼女と合流する。会話はとても淡々としていて、お互いがお互いの顔色を伺っているような状況だった。何を話せば良いのか分からない。けど、今は静けさが怖い。きっと彼女も、同じことを思っていた。



 私は、後ろ手に持っていた花を、プレゼントとして差し出した。まんまるく見開いた目で驚きのリアクションをしてくれた。それから、堪えきれない様子で顔を綻ばせる。


 細い指筋を伸ばし、慈しむように撫でるフリをする彼女。そっと隣に置くと、ありがとう、と満面の笑みでお礼をされた。



「ありがとう。これ可愛いね、なんのお花?」


「ネリネ。あなたが寂しくないように選んだのよ」


「それはもっと嬉しい!」



 先程までとは打って変わって、にこにこと笑顔を溢してくれることに、ほっとした。あぁ、喜んでくれて良かったぁと、胸が温かくなる。雲の向こう側で光輝く月に目を向け、話しかけた。



「病気が判明してから、ずっと考えてたことがあるの。もし……死んじゃったら、どうしようって」


「治るってお医者さんも言ってるけど、怖くて怖くて、堪らなくて。万が一、治らなかったら私は、死んじゃうのかなって」



 頬に涙が伝う。家族には言えなかった不安を言葉にしてみると、自分が病気なんだという現実を認識させられる。


 治るけど、治さなかったら死ぬ。お医者さんも家族のみんなも、大丈夫だって言うけれど、結局死ぬ可能性はあるんだ。病気だから。私は、病気になっちゃったから。



「ねぇ、もしも」



 夜の闇に吸い込まれそうになりながら、話を続けた。寒さなんて感じていないのに、声が震えて、詰まった。




「もしも私が死んじゃっても、また会ってくれる? ……探しに来てくれる?」




 彼女は、ううん、と答えた。首を横に振ったほうの答えだった。







 私の友達。突き放したように思えても、本当は私のことしか考えてない。優しすぎるくらい優しくて、3年もずっと仲良くできたのに、どうして出会ったのが遅かったのだろうと悔しくなる。





 私の友達――彼女は幽霊。

 出会ったその日には、もう死んでいた。









「必ず病気を治して、生きてまた会いにきて。絶対に、絶対に私と同じにならないで」



 彼女は力強い声でそう言いながら、私の両手を取る。――――否、取るように、手を重ねた。感じるわけない手の温もりを感じて、彼女の優しさに目の奥が熱くなるのを感じて、散々号哭した。







 そして最後、






「じゃあ」

「また、ね」





 私の声に、彼女は答えなかった。






ネリネ

『また会う日を楽しみに』

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