14.アサガオ
息を飲んだ。
街で偶然見かけた女性の姿。高身長によく似合う長いワンピースをなびかせ、颯爽と目の前を過ぎていく背中から、目が離せなかった。
慌てて追いかける。話しかける口実を数秒で考え、とにかく引き止めたい一心で前に立った。
「あの――お、お姉さん! …………ここらへんに、美味しいレストランって、あります?」
突然声をかけた私に、彼女は驚いた顔をしながらも冷静に答えてくれた。
「ごめんなさい、ここらへんのことあまり知らなくて」
「あ、そっかそっか……分かりました。というか、お姉さんすごい綺麗ですね、びっくりしちゃいました」
変な人だと思われているだろうな。困り眉で笑いながらお礼を返される。だけど綺麗なのも、びっくりしたのも本当だ。整った顔立ちは、身長と相まってまるでモデルみたい。
去りたそうにしてる、けどなかなか離れられない様子の彼女が、目を逸らして耳に髪をかけた。隙間から、薄い水色のイヤリングが見えた。
はっ、として凝視する。間違いない、アサガオのイヤリングだ。私が今耳につけているものの色違い。
……なんで。
「お姉さん、そのイヤリング……どこで……?」
「これは……ちょっと、覚えてないんです。でも母親に『大切にしなさい』って言われて」
「あぁ、そうなんだ……みて、私も、同じやつ。……色違いなんだよ?」
「本当ですね、すごい偶然」
「そうだね、じゃあ、ありがとう、お姉さん。私はここで…………」
堪えられなくて逃げ出した。
やっぱり、やっぱりそうなんだ。やっぱり、私の親友だった。見た瞬間に分かった、そうだろうと思った。
アサガオのイヤリングが色違いなのは、お揃いなのは、偶然なんかじゃない。だってそれは、私があげたものだから。ずっと友達でいようねって、お母さんに手伝ってもらって手作りしたものだから。
私と彼女が出会って仲良くなったのは中学校。プレゼントしたのは中学生最後の年。同じ高校に行って同じバイトを始めて。そして……彼女が事故に遭ったのは、高校2年生の時。
何ヶ月も経て目を覚ました彼女は、私を見て「知らない」と言った。一時的だろう、と言われた記憶障害。私は二度と彼女に会いに行くことはなく、彼女も同じ学校に戻ってくることは二度となかった。
その記憶障害はまだ治っていないのだと、さっきの出会いで知った。きっとこの先も私を思い出すことなんて無いのだろう。
私の親友、元気そうに見えた。今はどんな人生を選んでいるんだろう。別の親友とか、彼氏とか、作っちゃったりしてるのかな。遊びに行く途中だったりして。
考えれば考えるだけ、嫌になる。もし私が、入院中にちゃんと会いにいってたら思い出してくれていたのかも。そんなの、もう今更遅いか。
あーあ、イヤリングを大切にしなさいだなんて、彼女のお母さんはすごく残酷だ。そして、着けてる彼女はもっと残酷だ。大切にしていればいいんだから、着けなくたっていいのに。いいのに、なのに、着けてる。
嬉しい。会えたこと、着けてくれていること、元気そうなこと。
だけど、辛い。苦しい。悔しい。悲しい。どうしようもできない過去を、無性に取り戻したくて仕方ないや。
でもなにより、
街中でひとり泣きじゃくる私のそばに
親友が来てくれないことが
すごく、寂しいや。
アサガオ
『固い絆』




