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31の花言葉  作者: 夏川 流美
13/32

13.アマリリス

 貝殻のような模様をした、綺麗な花瓶を置いた。自分ひとりだけになったリビングで、いつも妻が座っていた席に。


 妻のように明るい、鮮明で温かい赤色をした花――アマリリスは、俺の視線に応えるように首を揺らした。



 暮れ方。部屋の中が少しずつ暗くなってきて、窓から差し込む夕日が足元に伸びてくる。その光景はより一層俺の寂しさと苦しみを強めて、両手に拳を作った。


 椅子を引き、腰掛ける。アマリリスを置いた向かい側、いつも俺が座っている席に。頬杖をついて、ぼんやりと花を見つめた。


 何もやる気が起きない。

 流しに溜まった洗い物も、溢れるほど詰め込まれた洗濯物も、いくつもの袋が放置されているゴミも。

 明日には仕事に戻らなくてはいけないというのに、家事のひとつさえこなせない。


 これならいっそ、仕事を辞めてしまいたい。妻のいた痕跡に、僅かな温もりに、しがみついて涙を流して、情けなくても構わない。そうやって生きていたい。




 2週間前に他界した妻は、闘病生活1ヶ月の短い病気だった。治る見込みはないと投げ出されるのは酷く早かった。そしてそれを受け入れて……「貴方との子どもを作れなくてごめんね」と謝る言葉を投げかけられたのも、早かった。


 俺は、妻と2人だけでも生きていたかった。買ったばかりのこの家で、この部屋で、もっとたくさん過ごして遊んで、隣に居たかった。





 なぁ、アマリリス。





 彼女はよく喋る人だった。とにかく感情豊かで、ころころ表情をかえて、オーバーリアクションともいえる反応で……だけど、それが彼女の素で。


 あまり喋るタイプじゃない俺にとっては、これ以上ないほど嬉しい相手だった。


 相槌を打っていれば嵐のように喋り続けてくれる。話すことが大好きなんだねと言えば、聞いてくれる貴方も大好きよと返してくれる。



 幸せだったんだ。リビングに居ようと、寝室に居ようと、遊びに出掛けていようと、たくさん喋ってくれる彼女が横にいること。幾度となく幸せに思ってきたんだ。





 なぁ、アマリリス。





 病気に選ばれたのが、どうして妻だったんだろうな。俺を選んでくれれば良かったのに。


 生きているのが妻だったら、妻にそっくりの可愛い子どもを産んで……その子はきっと性格もとても似るだろうから、賑やかな家庭になるはずだ。


 たった2人だった部屋でさえ、物凄く賑やかだったのだから。


 それなのに、絶え間なく聴こえていた妻の声が、今はどこにもない。妻と一緒に選んだこの家が、静寂の闇に沈み込んでいく。





 そうだ、アマリリス。





 代わりに喋ってくれよ。妻の声じゃなくても、妻の性格じゃなくても、妻の体温じゃなくても構わない。何でも良いから話が聞きたいんだ。



 大切な人がいなくなったこの家が、あまりにも静かすぎて、暗すぎて。気がおかしくなってしまいそうなんだ。







 頼むよ、アマリリス……。






アマリリス

『おしゃべり』

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