13.アマリリス
貝殻のような模様をした、綺麗な花瓶を置いた。自分ひとりだけになったリビングで、いつも妻が座っていた席に。
妻のように明るい、鮮明で温かい赤色をした花――アマリリスは、俺の視線に応えるように首を揺らした。
暮れ方。部屋の中が少しずつ暗くなってきて、窓から差し込む夕日が足元に伸びてくる。その光景はより一層俺の寂しさと苦しみを強めて、両手に拳を作った。
椅子を引き、腰掛ける。アマリリスを置いた向かい側、いつも俺が座っている席に。頬杖をついて、ぼんやりと花を見つめた。
何もやる気が起きない。
流しに溜まった洗い物も、溢れるほど詰め込まれた洗濯物も、いくつもの袋が放置されているゴミも。
明日には仕事に戻らなくてはいけないというのに、家事のひとつさえこなせない。
これならいっそ、仕事を辞めてしまいたい。妻のいた痕跡に、僅かな温もりに、しがみついて涙を流して、情けなくても構わない。そうやって生きていたい。
2週間前に他界した妻は、闘病生活1ヶ月の短い病気だった。治る見込みはないと投げ出されるのは酷く早かった。そしてそれを受け入れて……「貴方との子どもを作れなくてごめんね」と謝る言葉を投げかけられたのも、早かった。
俺は、妻と2人だけでも生きていたかった。買ったばかりのこの家で、この部屋で、もっとたくさん過ごして遊んで、隣に居たかった。
なぁ、アマリリス。
彼女はよく喋る人だった。とにかく感情豊かで、ころころ表情をかえて、オーバーリアクションともいえる反応で……だけど、それが彼女の素で。
あまり喋るタイプじゃない俺にとっては、これ以上ないほど嬉しい相手だった。
相槌を打っていれば嵐のように喋り続けてくれる。話すことが大好きなんだねと言えば、聞いてくれる貴方も大好きよと返してくれる。
幸せだったんだ。リビングに居ようと、寝室に居ようと、遊びに出掛けていようと、たくさん喋ってくれる彼女が横にいること。幾度となく幸せに思ってきたんだ。
なぁ、アマリリス。
病気に選ばれたのが、どうして妻だったんだろうな。俺を選んでくれれば良かったのに。
生きているのが妻だったら、妻にそっくりの可愛い子どもを産んで……その子はきっと性格もとても似るだろうから、賑やかな家庭になるはずだ。
たった2人だった部屋でさえ、物凄く賑やかだったのだから。
それなのに、絶え間なく聴こえていた妻の声が、今はどこにもない。妻と一緒に選んだこの家が、静寂の闇に沈み込んでいく。
そうだ、アマリリス。
代わりに喋ってくれよ。妻の声じゃなくても、妻の性格じゃなくても、妻の体温じゃなくても構わない。何でも良いから話が聞きたいんだ。
大切な人がいなくなったこの家が、あまりにも静かすぎて、暗すぎて。気がおかしくなってしまいそうなんだ。
頼むよ、アマリリス……。
アマリリス
『おしゃべり』




