10.ネモフィラ
滝のような涙で床に水溜まりを作って。かっこいい顔面はぐしゅぐしゅなブサイクにしちゃって。
あっ、そのワイシャツ、アイロンかけてないでしょ。全くもう、私がいないとそんなことすらやらないんだから。
しかも朝ご飯、食べるのやめたでしょ。それから、昼と夜はコンビニで済ませてるでしょ。ダメだよ、ちゃんと自炊しないと。
……なんて、こんなこと伝えたくても、伝えられない。ちゃんと健康で幸せな生活をしてほしいのに、貴方はこうして毎日、遺影の前で泣き崩れている。
情けない。
あーまったく、情けないよ!
たかが私がいなくなっただけじゃない。
私と結婚する前の日々に戻るだけじゃない。
貴方の職場なら、女性なんて何人もいるでしょう。
だったら早く、慰めてくれる女性をそばに置いたら楽になれるのに。
だけど、まぁ、
こうして私を想って泣いてくれる貴方だから、私は貴方と結婚したんだよね。
そんな貴方が大好きだったから。
「許してくれ」
繰り返し呟いているその言葉。理由は明確。貴方が運転する車に乗って、私達は事故に遭ったから。とはいえ悪いのは、信号無視した相手。
それでも、知らないわけがない。貴方がどれほどの罪悪感を抱えて今を生きているのか。だからとっくに許しているし……というかそもそも、貴方に怒ってなんかいないし。
貴方は悪くない。それに、死んじゃったけど悔いはないの。死んじゃう直前まで、貴方と一緒に居られて楽しかったから。結婚してから毎日が幸せだったから。
いつ死んでも良いって、思えた毎日だったよ。
こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないね。でも、本当の気持ちだよ。
あーあ、こんなにもたくさん言いたいことがあるのに。私は何も喋れなくて、触れられなくて。悲しんで謝って、辛そうな苦しそうな貴方を見つめているだけで。
ごめんね。
……どうか、貴方に気付いてほしいの。玄関先に咲いた、少しのネモフィラの花達に。こんな私たちを不憫に思った、きっと神様からの贈り物。
私の気持ちの全て。貴方に伝えられる唯一の言葉の代わり。花が咲いていたのは偶然だけど、奇跡だけど、これで貴方がもう、自分を責めないようになってくれたら嬉しいと思ってるよ。
ね?
お願い、泣かないで。
ネモフィラ
『あなたを許す』




