Prologue3 お勤め先
今回は少し面白みに欠けるかもしれませんが、次回からはバトルアクション多めです(多分)
白衣の男と奏上はその場を離れ、席でシートベルトを付けた。薬野は一人、ベッドに取り残されていた。
港付近にある機械的な人工物の上にヘリは下降していた。そして、近づいた所でホバリングを行っていると、その人工物のゲートは左右に開閉した。まるでマンガやアニメのようでヘリは更に下へ下降していった。地下の壁はコンクリートで出来ていて、とても高度な技術がなければできないようなつくりだった。
「薬野くん、君の入会を歓迎するよ」
「(おっかない人だと思っていたけれど、急に笑顔を見せられても…。これがストックホルム症候群ってやつか?)あの、奏上?この手錠取ってくれないか」
「あ、待っててね」
薬野は奏上がもう普通の女子高生にしか見えないという状況に陥っていた。ストックホルム症候群は極めて重症だった。奏上は部屋を出て、少しすると白衣の男を連れてきて言った。
「鍵を取ってあげて。彼はもう立派な仲間だよ」
「はいはい、取りますよっと」
男は手錠に鍵を差し込み、解錠した。薬野は全く動かせなかった手首と足のストレッチを行う。
「俺は戒我 雄二だ。役割は武装医師だ。ちなみに二十四歳だから敬語でよろし――グハッ!」
奏上が彼のお腹に勢いよく肘打ちをした。手加減なんて言葉は存在しない。彼は「グハッ」と声を漏らし床で痛みに悶え、小刻みに震えた。そして、それを見ていた薬野は固唾を飲んだ。
「私は奏上 恵葉。役割は武装捜査官よ。」
「バトル?戦うのか?」
「うん、戦う場合のことも考えて武装をするよ。ああ、大丈夫。銃なんて訓練すれば打てるようになるよ」
軽く背中を叩く奏上に薬野は「銃」という単語に反応し、びっくりした様子だった。
「え、銃!?鉄砲?!なんでそんなものがここにあるんだよ!!」
ここが日本で銃刀法が存在することとつじつまが合わない。薬野がそれについてつっこむと奏上が彼の耳に近づいてひそひそと囁いた。
「実はね、世紀末ポリスって結構いろんな業界と繋がってて、アメリカの軍用銃器製造工場から密輸されているらしいわ」
「犯罪じゃねえか!」
「だって、犯罪組織だもの」
奏上は常識だとでも言いたげな口調で話した。ヘリから降りると、彼らの目の前には地下帝国があった。しかし、驚いているのは一人、薬野だけで思わず彼は驚嘆の声を上げた。その地下帝国はよく見てみると、およそ五つほどに分かれていて、とても広い。そして、上を見上げて空がないということだけがここが地下であることの証明となっていた。太陽がないのに草木が生い茂り、人々が行き通っている。それはまるで一つの国のようだった。
「真正面にあるのが関東・東京支部局。日本支部は愛知の農村部にあるわ。それで左奥は医療・保護エリア、保護対象者の治療や、軟禁状態にして保護するところ。その手前は武器庫・車庫エリア、一階から四階が車庫で、五階と六階が武器庫。装甲車もロケットランチャーもあるわ。左奥が情報管理・分析エリア、その名の通りよ。最後に左手前が犯罪者拘禁・審議エリア、留置棟で犯罪者などを拘束して審議棟で尋問や処遇の審議、時には拷問を行うわ」
「拷問」という単語を聞いたところで薬野の眉がピクリと動き、五つのエリアの紹介が終わったところで薬野は顔をこわばらせて言った。
「拷問…なんでそんなこと行うんだよ!」
「行うのは重犯罪者で犯罪組織との関連性が百パーセントのときのみ。確実に安全な特製自白剤を首に投与するだけよ。体への苦痛が一番少ない方法だから大きな問題ではない」
「それなら良い…のか?」
奏上に諭された薬野はそっと胸をなで下ろした。
「さあ、支部に行ってチームを登録するわよ」
真ん中の一番大きい支部局に向かって一行は歩き始めた。近づいていくほど、その建物はより大きく見える。高層ビルというほどではないが、明らかに屋上から下を見ると足が震える程度の高さはあった。
「ところで、あの偽警官はどうしたんだ?」
歩いている途中、薬野はふと気になった疑問を投げかける。
「あいつらはヘマをしたからって自分から降格申請を出しに行ったわ」
「そうか、何も知らずにこんなこと聞いて悪い…」
少し暗めに返す彼女に薬野もなんて反応すればいいのか分からなかった。
「まあまあ、昔のことだろう?気にするなって。もっと明るく――グホッ…結構効く・・・な」
またまたお腹に肘打ちをくらった戒我は断末魔のような叫びで一生を終える・・・なんてことはなく、凄まじいまでのシステマ呼吸法で何事もなかったかのように持ち直した。
「まったく、ゴキブリ並みの治癒能力ね」
「武装医師って言うくらいだから体は強くないとだよ」
支部局の入り口には小銃を持ち、とても重たそうな防弾衣をつけた番人が直立しており、その後ろには軽い防弾衣と拳銃を持った警備員のような人が何人かいた。入口の所まで行くと警備の女性に声をかけられた。
「委員証の提示を」
そう言われると、奏上と戒我はいつの間にか首にかけていたカードを見せた。
「所属と名前を」
「捜査課実行班、武装捜査官の奏上 恵葉」「同じく捜査課実行班、武装医師の戒我 雄二」
その警備員は三人いる中で一人だけ名乗らない薬野を睨んだ。
「そいつは誰だ?」
「私たちの連れです。名前は薬野…」
奏上がカバーしようとしたが彼の名前を忘れていて、しばらく思い出そうとしていた。
「颯太だ!人の名前くらい覚えろ!」
薬野はしばらくの沈黙をかき消すように言った。誰だって昏睡状態にされ、誘拐され、脅迫までされた間柄なのに名前を忘れられていたら怒るだろう。
「ごめんごめん。名前が普通(笑)過ぎてわすれちった。てへぺろ」
薬野に向かって某キャンディー菓子メーカーのマスコットキャラクターのような顔をした奏上に咳ばらいをして警備員は話を戻した。
「コホン。とにかく、委員証の所持が確認できない限りはその薬野…」
「颯太だ!!」
「そう、その薬野颯太さんの立ち入りを許可することはできない(決まったあ!)」
彼女はキビっとした表情で人差し指を薬野に指した。
「な、なんでよ!マスターにも言ってチーム登録しにきたのに」
「委員証のない者の立ち入りは禁止しているんだ」
「そんなの聞いてない!」
薬野の入場を諦めようとしていた頃、何者かが場に割って入った。
「何事だ」
その場にいた全員が声の主の方へと振り向いた。そこには薄い紫色の髪にカーディガンを羽織った三十代後半くらいの女性がいた。
「あ、マスター」「関東支部長!実はかくかくしかじかで――」
「薬野颯太…君があの…」
「あの…何か?」
関東支部長が何かを言いかけ、薬野はその続きが気になり尋ねたが、答えてもらえなかった。彼女の様子から察するににあまり良いことではないように感じた。
「いや、なんでもない。関東支部長の権限でこの者の立ち入りを許可する」
「なぜですか!なぜこんな者に前例のない措置を取られるのです!?」
支部長の宣言に奏上は喜ぶも警備員はとても不思議そうに異議を申し立てた。
「薬野颯太個人に対する特別措置だ。」
「それでも納得いきません!こんな奴に…(私は誰ともチームが組めずに降格したというのに!なぜこんな奴が私より上なんだ!!)」
彼女が少し悔しそうに言うと、支部長は声を張って少し冷たい声で言った。
「私の宣告に何か不満でもあるのか?」
「いえ!滅相もございません!ご無礼をお許しください」
自分のしていることが逆恨みだと自覚すると、一歩身を引いて宣告を受け入れた。しかし、彼女は謝罪をするでもなく、一礼さえせずに去っていった。
「私の部下が悪いな。早速だが、支部長室に来てほしい。」
「え、あの…自分はチームとか嫌なんですけど」
彼は素直に断りたかったのだろう。犯罪集団なんて嫌だと思っていた。支部長室に入るまでは。
「とにかく、来てくれ。話だけ聞いてほしい。それからなら、辞退も快く受け入れよう」
「はあ…。それならまあ行きます」
仕方なくというか、チュートリアルをクリアしない限りは自由に行動できないという立場だったので、受け入れる他なかった。
言われた通りに支部長についていくと、首から下げている委員証をカードのようなマークの所にかざすと、ドアが開いた。エレベーターのドアだった。この地下帝国は委員証に付いているICチップでドアの開閉や、エレベーターの利用などができるらしい。
エレベーターの階ボタンはB2から40までの四十二個のボタンがあり、この建物の大きさに改めて驚くことになった。支部長が5691の順番にボタンを押すと、ボタンの光は消え、上の電光掲示板は43の数字を表していた。だんだん階数が増えていき、43で止まるとすぐにドアが開いた。そこにはガラス張りの壁オフィスデスクに椅子、ソファがあり、後ろを振り向くとエレベーターのドアには「関東支部長室」との表記があった。
「さあ、かけてくれたまえ」
薬野が言われた通りにソファに腰を下ろすと、支部長が別にそこまで景色がいいわけでもない外を眺めながら話を切り出した。
「いきなりだけど、鹿菜多 祐大は知っているね?」
「知っているも何も俺の父だ、俺を捨てた…」
支部長に質問され、彼は思い出したくもないことを思い出してしまい、うつむいて答えた。
「実はあの方は警察に目を付けられていてね。自分もあの人とは五年前から音信不通なんだよ」
自分が捨てられたのも五年前でつじつまは合う。支部長と父の関係性が気になり、関係について尋ねた。
「父とはどんな関係なんだ!」
「あの方は元警察庁刑事部特殊犯罪捜査係の秘密工作員だったんだ。秘密工作員とは特殊犯罪の被疑者を犯罪行為を用いて半殺しにして生け捕りにする仕事さ。SCSとも呼ばれている」
父は自分を捨てた上に犯罪者?意味が分からない。なにもかも最初から夢なのか?
実に的外れな回答であったが、それよりも衝撃の事実に薬野は頭を悩ませていた。父が犯罪者であることにひどく動揺していた。薬野のそんな様子を見て支部長は話を続けた。
「まあ聞くがいいよ。その後、あの方は正義がわからなくなって八年前に世紀末ポリスの原型となる犯罪撲滅会を設立した。その時、構成員になったうちの一人が私だ。その組織は暴力団や、犯罪集団の崩壊、ひどい汚職事件に関与した公務員に濡れ衣を着せ、退職させるという組織だった」
単なる犯罪集団ではなかったということか。
「そして、組織は拡大していった。海外にまで進出して構成員が二万人にまでなったのが六年前。その頃、世界危機抹消委員会に名前を変えた。そして、あの方は警視庁刑事部捜査四課に目を付けられ、五年前から音信不通になった。それくらいからか、笹木野区の警察の動向がおかしくなった。度重なる職務怠慢により、犯罪検挙率が著しく低下。笹木野区にはエクセキューション国認会社による通行制限により、ギリギリ治安維持はできているものの彼ら二人での治安維持活動は難しい。今では、感染するように東京中の警察機関の活動が止まりかけているしな」
「それで俺に治安維持活動に参加しろと?無理な話だ、他をあたってくれ」
薬野が突き放すと、支部長は粘って勧誘してきた。
「普通の一般人を捜査官にしたことはないんだ。お前のお父さんが正しかったことを証明しないか?」
「悪いが、犯罪者になる気はない」
きっぱり断ると、支部長は残念そうな顔をし、ためらいながらも言った。
「そうか…でもこの場所を知られたからには生かしては帰せないな…ここで死んでくれ…」
そう言いつつ、ペンスタンドに立ててあったハサミを持ち出し、光の速さで薬野の首に突き立てた。
「待て!やる!!やらせてくれ!」
「良い返事が聞けて良かった。ちなみに聞かせてくれ、君にとって正義とはなんだ」
支部長はハサミをペンスタンドに戻し、一つ質問をした。
「正義とは、個人の良心の一つであり、誰にも肯定も否定もできないもの…だと思っている」
その答えに支部長は少し顔のこわばりが緩んだ。
「最後の質問だ。悪は正義になりえるか」
「なりえる。いつだって同じシステムが正しいとは限らない。悪が正義と呼ばれることだってある」
支部長はニヤリとして言った。
「実にいい人材を手に入れたようだ。彼女には感謝だな」
支部長は薬野に向かって、物を投げた。キャッチして見てみると、それは紐がぐるぐる巻きにされたカードホルダーだった。
中には武装捜査官 薬野颯太と書かれた委員証が入っていた。