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Prologue2 犯罪集団世紀末ポリス

「あんなにかっこつけてアレはさすがにダサいよな…てか、あの女、なんなんだよ」

 事件の翌日、月曜日の登校中に薬野は昨日の出来事について愚痴をこぼしながら、そして推測しながら、自転車をこいでいた。空は暗く、ふてぶてしいまでに灰。それは鬱を意味していた。しかし、そんな天気とは裏腹にいつもは土日にどれだけ退屈してようが、月曜日は必ず憂鬱な日であって、ほぼ毎週サザエさん症候群や、ブルーマンデー状態になっていた薬野が元気に登校していた。のは初めてではなかろうか。


「薬野…今日はどうしたんだよ!?」

 友人の坂原(さかはら) 徹平(てっぺい)は薬野の身を案じていた。いつも不機嫌な友人が普通の一般高校生の顔をしていたら、友人として気に掛けるのは当然なことだろう。

「ちょっと、色々あってな…それにしても今日はやけに曇っているな」

「ああ、こんな日には何か良くないことが起きそうだな」

 妙に暗い外を見つめながらそう返事をすると、薬野は周りの席のクラスメイトと取り留めのない会話をして、ホームルームまで時間を潰した。その後、薬野に変わったことはなく、気付けば五限目の授業が終わった。これが彼のいつも「退屈」と言っている日常だ。


 しかし、今日という日は実に変わっていた。初めてだろうか、薬野が違うクラスの女子から誘いを受けたのは。長い黒髪に白い肌、整った顔立ちと容姿。美貌を絵に描いたかのような女子が薬野の元を訪れた。「いつも死んだ魚の目をしている人には女子は来ない」神がそんなお告げをしているかのようだ、と薬野以外の男子は思った。

「薬野くん、今日この後空いてる?」

 「(俺は何かしたか?最近、女子と関わるようなことはなかったはずだ)」

 全く面識のない女子が押しかけてきて薬野は戸惑った。平穏に暮らしていた彼にとってこの出来事は予想だにしていない事態だった。

「空いてるけど…」

「やったー、ならホームルームが終わったら屋上でね」

 「(女子が手を合わせて喜ぶやつ…、現実世界では見たことがないな)」

 念のために言っておくと、彼はこんな性格が災いしてか色恋沙汰とは全く縁も所縁(ゆかり)もない生き物である。


「やるじゃねえか、颯太。お前が校内でも美人と名高い奏上(そうじょう) 恵葉(めぐは)に告白されるとはな。ってか、なんでお前なんだよ!」

 坂原は薬野に感心すると同時に冗談交じりに逆恨みをした。もはや、彼女はアイドル的立ち位置に立っていたからか、ほとんどの男子は彼女に恋愛感情は持っていなかった。

「知らないし、知ってても教えない。っていうか、まず告白されてないし」

「女の子が放課後に屋上に呼び出すって言ったら告白しかないだろ」

 この意見にクラス中の男子、そして一部の女子が頷いて賛同した。見事にシンクロしていて、全員が「高校生ともなると、そんなのは常識だ」とでも言いたげな表情であった。

「そうなのか?」

 薬野は不思議そうに顔を傾げた。もう一度言うと、彼は恋愛関連には疎い。


 ホームルームが終わり、薬野が席を立つとその瞬間、坂原がすごい勢いで机に手を叩いて起立をした。そして、真正面を向いて真面目な顔をして言った。

「薬野、ちょっとビンタしていいか」

「なん――痛ッ!なにすんだ!」

 考えさせる間もなく、坂原は薬野に平手打ちをした。

「悪い、本当はライオンの餌にしてやりたかったが友人の情けだ」

「どこのグロ画像だよ!」

 視線を坂原の方へ戻すと、彼は獲物を捕らえる時のライオンのような顔をしていた。その百獣の王のような威厳の溢れる人面犬ならぬ、獅子(しし)面人(めんじん)は恐怖以外の何物でもなかった。気が付けば、クラスの男子全員は坂原のような顔をしており、薬野は慌てて教室を出て行った。


 薬野は教室を出てからも少し急ぎ気味に走っていた。彼の目指す先は屋上。階段を上り、屋上に通じる扉を開けると、まず目に入ったのは薄暗い雲だった。あまり良いことが起きないという前触れのようにも感じられるその雲の大群は不吉を意味していた。

「薬野くん、来てくれたんだ」

 薬野が右側を向くと、奏上は壁にもたれかかっていた。

「それで用って?」

 薬野の後ろからはヘリの音が聞こえていた。すぐにでも大雨が降りそうなこんな日にヘリを飛行していることに彼は疑問を持てなかった。それが彼の唯一の欠点だったろう。

「目をつぶってくれる?」

「え?分かった」

 薬野は驚きの表情を見せつつも、言われた通りにした。目をつぶると奏上は薬野に抱きついた。

「え?ちょっとなにを」

 驚きのあまり声を出したものの、次の瞬間には薬野は意識を失っていた。それから、彼女は颯太を地面にゆっくり下ろすと同時に持っていた空の注射器をスカートの中の太もものホルダーに仕舞った。

「対象を確保。ロープを下ろして」

 彼女はスカートの中から取り出したインカムに話しかけた。ヘリからはワイヤーが降下してきて、それに薬野を括り付け、奏上も一緒に吊り上がっていった。ヘリの中に入った奏上は、仲間を使って薬野をベッドに運んだ。二十代くらいの白衣を着た男が赤十字のマークの入った救護箱をベッドの傍に置き、開いた。

「このまま拠点に向かって。彼にはプロピファール希釈剤(麻酔の効果を弱める薬剤)を投与して。できる限り早く起こすの。あと、手足に拘束具」

「分かった」

 その男は言われた通りに薬野をベッドに括り付け、左腕に点滴を刺した。


「ボス、ここらの警察の動向がおかしいらしいです。」

「後で行くからマークしておいて」

「了解です」

 部下を従えていたのは奏上だった。その背中は(おんな)刑事(デカ)とも言えるたくましさで学校での高嶺の花みたいな女の子という様子を微塵も感じさせない。(はた)から見れば頼れる女上司という感じだろう。

 時間が経つ(ごと)に麻酔の効果は薄まり、ヘリに運ばれてから五分も経たない内に薬野の意識はほとんど回復していた。彼が目覚めた頃には学校からは十五キロほど離れた場所にいた。一瞬目を開けたが知らない天井があって、目の前には知らないイケメン風の男がいたからか静かに目を閉じた。そして彼は状況を整理することにした。


「(おい待て!ここはどこだよ!?ホームルームが終わってから覚えていない。あ、奏上との約束…、緊急事態だ。諦めよう。悪い。プロペラの音が二つするということは大型ヘリか、プロペラ機だが、恐らくプロペラの音が上からしか聞こえないということはヘリだな)」

 凄まじい速さで薬野の頭は回転していた。実際にそんなことは起こりえないがそんな表現が適切というくらいの思考速度だった。

 "しかも、手足が拘束されている。なんでこんなことを…。"

「あれ、起きた?」

 白衣の男は薬野に話しかけた。

「起きてるよね?」

 反応がなく、自論が合っていたのかを問いただすためにもう一度言った。

「寝てます(なぜ気づかれた)」

 薬野は目を閉じながら答えた。

「いや、僕らは敵じゃないよ。君に協力してほしいんだ。」

 男は必死に弁明していたが、薬野は口と心臓以外ピクリとも動かない。

「寝てます」

「起きてるってわかってるからね!?口で寝てますなんて『起きてます』って言ってるようなものだよ!」

 無視されてショックだったのか、少しツッコミを入れるような感じで男は言った。

「なぜ分かったんだ」

「簡単な話だよ。胸を見れば一発さ」

 男はよく聞いてくれたと言わんばかりの口ぶりだった。

「胸…?」

「心拍数の上昇、誰だって知らないところで目覚めると驚く。その時、心拍数は急激に上昇する。目に見えて違いが判る。それだけさ」

 最後にそれだけさをつけるだけで何事も爽快に言ったように聞こえる。


「あれ、起きたの?」

「お前は…?!」

 小さな部屋に奏上が入ってきたのをみて薬野は驚きの表情を見せた。

「私がやりますっ…てね」

 薬野はその言葉を元に自分の記憶をたどった結果、さらに驚くことになった。全く同じ声のトーン。間違えるはずがなかった。

「お前が偽警察官の仲間…?そうなのか」

「ピンポンピンポン大正解!私は君が見破った警官の仲間なんだよ」

 衝撃の事実が二回連続で伝えられると、人は何かを諦めたような顔をするみたいだった。

「俺をどうするつもりだ?」

 今の状況に整理がつかない薬野は考えることを放棄し、情報を集めることにした。対して、奏上は優秀な人材を前にして興奮が抑えられなかった。

「私は世界危機抹消委員会東京支部の捜査課実行班、奏上慈 恵葉。」

「そんなことは聞いていない…会話のキャッチボールどこいった」

 薬野は聞いてもいないことだったので、自然と受け流していた。


「君に仲間になってほしい。」

 薬野はまるで、は?とでも言いたげなくらいに唖然として、開いた口が塞がらなかった。

「聞こえてる?だから、世紀末ポリスの私たちの班に入ってほしいの」

 固まっていた彼の耳元で大きな声で言った。その中の「世紀末ポリス」という語句を聞いてから時間が経つ毎に彼の口はみるみる開いていった。

「は!?待て!世紀末ポリス!?」

「うん、そうだけど」

 二回も同じようなことを言ったので、今更驚かれても…と至極当然かのように彼女は返したが、薬野は動揺が隠せていなかった。


「世紀末ポリスってあの犯罪集団のやつか?」

 これは後で考えればこの上ない失言だった。薬野は今それに気付く訳がない。

「犯罪集団?冗談じゃない。一種の慈善活動とでもいうべきよ」

 二人は実に同じことを思っただろう。「こいつは何を言っているんだろう」と。

「俺は絶対に入らない!犯罪者の仲間入りなんて絶対いやだね!」

「なにおう?!まー、まあ顔を見られたからには生きて返すのはできそうにないねーははは」

 大根役者より酷い演技に冗談か見抜けず、さらに拘束されている中で薬野は少なからず恐怖を感じたようだった。

「な、何をするつもりだ…」

 奏上は彼の耳元に顔を近づけ、囁いた。

「君が世紀末ポリスに入ってくれないというのであれば私達の拠点には連れていけないつまりここで死んでもらうしかないんだなー。どうする?即効性がある毒薬を投与するか、ここから落ちるか。もし、落ちるなら天文学的確率で生きて帰れるかもね!」


 笑顔で囁く奏上と思わず細かく身震いをした薬野の姿は(おんな)刑事(デカ)と取調べを受けている被疑者のようだった。

「いいなー、僕も美人な女子高生に笑顔でおっかない事囁かれたいね」

 白衣の男が口を出すと、奏上はクスッと笑い、男に話しかけた。

「あんたにはこれがお似合いだわ」

「グ八ッ!痛いっ、だが、女子高生に蹴られるならそれも本望ッだ・ねっ」

 白衣の男は笑い泣きしながら蹴られていた。それは少し特殊な性癖が関係していて、現代の科学では治療不可能なものであった。天才は性欲が強いというがそれも関係しているのだろうか。

「こいつは後でキツイお仕置にかけるとして君はどうする?冗談抜きで顔を見られてしまったら生きては帰せないよ」

「わ、分かった。入る!入ればいいんだろ(後でこっそり抜け出せばいいよな)」

 甘い考えでそう返事をすると彼女はにっこりと笑い言った。


「そう。賢明な判断だね。よしよししてあげるよ」

 彼女が薬野の頭をなでようとした。

「こんな歳にもなってよしよししてもらう高校生がどこにいるんだ?(色んな所が筋金入りな女だな…)」

「え、でも、私が良い事したらマスターは頭撫でてくれたんだけど」

「それは子供の時の話だろ」

 必死に撫でられないよう薬野は頭を動かした。

「今も撫でてくれてるんだけど」

「今もかよ!それはどうかと思うが」

 薬野の抵抗も空しく、彼女の手が薬野の頭に触れようとするその瞬間だった。

「当機は間もなく着陸する。シートベルトの着用は必ず行ってくれ」

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