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Prologue 始まりは未遂から

 ――なぜつまらない事は溢れているのに楽しい事は奥深くに沈んでいるのだろうか。つまらない事がなくては楽しい事が味わえない。そんな理不尽という名の自然の摂理のような周期を永遠に彷徨っていた。あの日までは。


 ここは東京都笹木野(ささきの)区。住みたい市町村ランキング一位。主要都市の犯罪発生率が一パーセントで最下位。しかし、年々上昇している。現行犯以外の事件の検挙率は五パーセントで最下位。犯罪は起きにくいが、起きた事件は迷宮入り。つまり、起きてしまった事件の泣き寝入り率が高いということだろう。そんな町の良いところは家賃が安く、物価が安いのに賃金が高いということだ。家の需要は高いが引っ越しが後を絶たないので、空き家が少なからず存在する。そんな町に住む少年は昨日と同じように嘆いていた。


 ──退屈だ。


 彼、薬野(やの) 颯太(そうた)は実に無益な時間に「退屈」という二字熟語をつけて暇を持て余していた。なぜ土日は学校がないのだろうかと、実にそんなことを言いたそうな顔をしていた。実際、土日も学校に行っていたら、過労でぶっ倒れてしまうのに。そんな矛盾も(いと)わないほどに暇をしていたということだろう。


「よし、外に出てみるか」

 それがインドア派の少年の暇つぶしの究極系だった。しかし、薬野のようなインドア派にとって休日の玄関ドアは重いみたいだ。ドアの前に立っても開けようとしない。学校のある日にドアを開ける時は大して気にも留めなかったのに休日になると、どうしてこんなにも重く感じるのだろうか。そんな謎について考えていた。

 薬野の家は横に広い商店通りにあり、その性で外に出る時はいつも右に曲っている。日曜日なので歩きゆく人々も騒々しいくらいに話し声が漏れていた。この商店通りに入って、まず目につくのは何と言ってもでかい家電量販店のテレビだ。


「続いてのニュースです。強盗殺人の容疑で指名手配されていた石木山(いしきやま) 恭朗(きょうろう)容疑者が昨夜、笹木野警察署前でバラバラの死体となって発見されたとのことです。なお、警察は「犯罪者に危害を加える犯罪グループ、世界危機抹消委員会の犯行とみており、殺人及び遺体損壊・遺棄事件として捜査を進めている」とのことです」

「世紀末ポリスだな」「世紀末ポリスは最強だな」

 誰もがその名を知っている世紀末ポリス。「世界」と「危機」と「抹消」のそれぞれの頭文字をとって「(せい)()(まつ)」。誰かがそれにポリスをつけて「世紀末ポリス」になった。世紀末ポリスは紛れもない犯罪集団であるが、更生のしようがない人間を厳選して殺害しており、「正義の味方」と呼称される事も少なくない。


「(テレビが展示されていればそれに映っているニュースを見てしまうのが人間としての基本的な行動だな)」薬野は家電量販店の前でそんな「くだらない」と言われそうな理論を展開していた。彼が再び歩き始めると、怪しそうな人は女性にぶつかり、途端に走り出した。


キャア!ひったくりよ!誰か捕まえて!


 薬野は考えることなく、走り出した。こういう展開を待ちわびていたのだろう。女性の悲鳴をスタートの合図にするかのように駆け出していった犯人を走って追いかける。高校生の平均的な体力より少し上くらいの薬野にしてみれば犯人は速くはなかった。犯人はそこまで大した速さではなく、あっけなく捕えることが出来た。彼は犯人の顔をまじまじと見つめるとこう言った。

「その顔、あんた常習犯だろ」

 彼の特技は長期間の暗記。ちょっと目に入ったことは最低一週間は覚えていられる。彼はSNSで警察が公開した防犯カメラ映像を憶えていた。

「ええ、一般人が確保。パトをよこして」

 慣れた様子でインカムに話しかけているその怪しい女性は薬野と距離を取った。


 誰もがドラマなどで聞きなれたサイレン音。それは紛れもないパトカーのものだった。

 しかしながら薬野は警察の到着が異様に早いように思えた。時速八十キロメートル走行だと交番からでも少なくとも二分ほどはかかる。パトカーの音が聞こえるまで三十秒、明らかに早い。しかし、パトカーから出てくるのは普通の警察官二名、男性と女性。他におかしい点は見当たらない。

男性警察官が薬野と犯人の方に駆け寄ってきて、こわばらせた顔を崩して言った。

「君が犯人を捕まえてくれたのか。協力、感謝するよ。後日、警察署に出頭してくれ。感謝状を贈呈したい」


 それから男性警察官は犯人の手を後ろに組ませ、腕時計を見てから時刻を宣言した。

「二十七日十三時四十八分、逮捕」

そして、手錠をかけてから犯人と女性警察官が後部座席に乗り、男性警察官が運転席に戻ろうとしたその瞬間。薬野が手を掴んで引き留めた。その男性警察官を握る手には少し強めの握力があった。

「警察手帳を見せて欲しい」

「え?ああ。いいよ、はい」

 警察手帳には巡査官 職員番号二四九九三二 沢渡(さわたり) (こう)と書いてあり、ホログラムも組み込まれていた。エンブレムにもPOLICE警視庁と刻印されていて、不審な点は何一つなかった。警察手帳の内容には。


「ところで、あんたはなぜ俺に警察手帳を見せた?」

彼は一つの疑問を問いかけた。それは一般人になら見抜けないほどの些細な疑問だ。

「なぜって警視庁警察手帳規程で決まっているからだよ」

警察官は表情一つ変えずに答えた。

「嘘だな、それは職質(職務質問の略)と捜査で要求された場合に限る。それに、あんたは犯人の手錠を後ろに掛けた。犯人に凶悪性がないにも関わらず。おかしい。」

 無駄知識を使う機会が初めてできたからだろうか。彼は少し興奮気味だった。例えるなら、まるで眼鏡をかけた小学生探偵のようだった。

「極めつけは――」

「いい加減、いちゃもんをつけるのはやめてもらおうか。我々の品位が疑われる。警察手帳は疑われたくないから見せただけで手錠の位置も我々が凶悪性があるとみてこうしただけだ。もういいかね」

 その警察官には威圧的で暴虐な感じがあった。颯太はもちろん、周囲にいた人々も分かっていただろう。彼らが偽物の警官であったことに。


「逃がすか。現行犯逮捕の時は逮捕した人の氏名・住所・逮捕した理由を聞かなければいけないはずだ。だが、あんたらは俺に何も聞かなかった。あと、実は警察官の持っている手錠って鍵穴が二つあるんだ。でも、あんたらの持っている手錠には鍵穴が一つしかない。それはどういうことだ?」

 薬野がスマートフォンの手錠の画像を見せながら言うと、その警察官は顔面蒼白だった。周りの人も険悪モードで、疑いは払拭できない。というような感じだった。正に孤立無援というべきか。


「このガキがァ!」

 偽警察官は薬野を襲おうとしたが、ろくに武術を習っていない人になら薬野は勝てるだろう。彼は向かってきた手を捻り、地面に警察官を抑えつけた。女性警察官はパトカーの中から出てこない。何か余裕のある表情をしながら犯人の横にいた。薬野は不思議に思いつつもそれに疑いをかけることはできなかった。

「いてててて」

「誰かこの人を抑えてほしい」

薬野は沈黙が続き、結局誰も名乗り出ないと思っていたが、その予想は外れた。

「私がやります」

 すぐに誰かが名乗り出たのだ。その人は帽子にサングラス、マスクをして、怪しくも少しか弱そうな女の子だった。だが、薬野はそこまで深く考えておらず、彼女に抑え込みを任せると、彼はそこから離れて警察に電話をかけた。後から考えればそれは止めておけば良かったことだろう。誰だってそう言う。


「事件ですか、事故ですか」

「事件です。今、犯人を取り抑えて――」

 さっきまで物珍しさにパトカーの周りを囲んで野次をしていた人々が急に腑抜けた声を出し、黙り込んだ。急に沈黙になったことを不思議に思い、後ろを向くと薬野は携帯を落とした。目を疑う光景を目撃したのだ。あのパトカーがあったところは白い煙で覆われていて、突然大きなエンジン音がかかった。そして、エンジン音と共にサイレン音も遠ざかって行った。

 ――逃げられた?!

 かすかに聞こえるエンジン音はまだ聞こえる。白い煙は少しずつ晴れていった。まるで薬野を揶揄するかのように。何事もなかったかのように。煙が薄くなった時、そこにパトカーとさっきの女の子の姿は無かった。それは彼女があの偽警官の仲間だということを意味していた。


「もしもし、大丈夫ですか。どうしましたか」

 静寂な場に響くのはオペレーターの声だけだった。

 唖然としたその場の人達は少しビックリしただけで行動に戻った。犯罪発生率が非常に低いため、この市で育った人は警察への電話のかけ方を知らない人が多数だ。知っている人が物知りと言われるくらいには浸透していない。


 犯罪を犯罪として認知できない人が段々と増加傾向にあるため、最近は犯罪件数が上昇していた。あまり需要がなかった警察職の求人の紙も町を歩いていれば自然と目に付く。

 そのため、今はこの町は治安崩壊が問題視されており、笹木野区に入るには区役所から発行される「通行証」か、エクセキューション国認会社から発行してもらえる「イノセンスパス」という身の潔白を示す民間の身分証明ICカードが必要になっている。この町の出入りは制限されているのだ。


 イノセンスパス。それはこの町の衰退の証拠。

 世紀末ポリス。それは正義の怠慢の結果の産物だ。

 警察機関の怠慢により、この町は黒に染まりかけていた。

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