エルフに科学技術を解説してみた
やあ、いらっしゃい。
キミがこの世界に迷い込んだっていうエルフさんね? うん、話は聞いている。
魔法が使えなくて困ってるんだよね?
なんでって……ふふ、顔を見れば分かるよ。
向こうの世界と違って、こっちじゃ大気中の魔素も極端に薄いし。
帰るための転移魔法はおろか、生活用の魔法すらロクに使えないしね。
ボクを訪ねてきたのは正解だ。さ、立ち話もなんだし、中へどうぞ。
あ、靴は脱いで、そこに置いといてね。
知らない街で一人ぼっちじゃ心細かったでしょ?
この辺りは夜でも明るいし、魔獣に襲われる心配もないけど。
でも不安なことに変わりはないもんね。
それじゃ、そこのテーブルの椅子で待ってて。今温かいコーヒーを淹れるから。
――はい、どうぞ。
いい香りでしょ。ボクが焙煎して挽いた自家製のオリジナルブレンド。
エルフの口にも合うはずだよ。……って、今はそんな話どうでもいいか。
それより……、ふぅ……。どうすればキミが元いた世界に帰れるか、だよね。
そのことなんだけど…………ん、どうしたの? 妙にキョロキョロ辺りを見てるけど。
あ、そっか。確かキミ、フォーリア出身なんだっけ? 第7異世界『マギアーナ』にある森林都市の。
それならこの家の家具とか照明に驚くのも無理はないか。向こうの世界にはないものばかりだし。
どうして出身地を知ってるのかって?
大した理由じゃないよ。単に前情報として聞いてただけさ。
キミはとある青年にボクを紹介されて、ここに来たんだろう?
実は彼、ボクの助手なんだよ。
こう見えてもボク、異世界文化学の研究者をやっててね。
キミの故郷だって、研究目的で何度か訪れたことがあるんだ。
――素敵な場所だよね。澄んだ空気と木々に囲まれたエルフの都、フォーリア。
自然と魔法の調和がとれた街並みに、森の精霊達が煌びやかに舞う光景……。初めて訪れたときは、特に魔法で大樹をくり抜いて造った家々に感動してね! まるで森の鼓動の中で生活するような雄大さに、思わずボクも永住したくなるほどに身震いが……!
っとごめん、また話が逸れた……。キミが帰る方法だったね。
それじゃ、単刀直入に言うけど…………正直、今すぐキミを帰してあげることは難しいんだ。
別に魔術的に不可能なわけじゃない。詳しい事情はここでは明かせないのだけど……。
とにかく、異世界転移のためには、どうしても準備期間が必要なんだ。
キミがこっちの世界にやってくるのは、さほど苦労しなかっただろう?
まあ費用とか魔法の技術面は別としても、準備に時間はとられなかったはずだ。
でもこの通り、この世界では大気中や大地から魔素を集めることができない。
キミを『マギアーナ』に帰すためには、少なくとも数ヶ月はかかるだろう。
……あまりショックを受けてないね?
……え? むしろ、そのくらい滞在するつもりだったから、口実もできて好都合……?
うーん……まあ、キミがそう言うなら、それでいいんだけど……。
ああいや、キミのプライベートを詮索するつもりはないんだ。
誰だって人に言えない事情はあるだろうし。
でも、時間が経って落ち着いてきたら……少しずつ教えてくれると助かるかな。
ボクも余計な心配をせずに済むからね。
……うん! そう言ってもらえると嬉しいよ。
とまあ、そんなわけで、キミはしばらくこの世界に滞在するわけだけど……。
もし当てがないなら、ボクのうちで暮らす、ってのはどうだい?
この世界じゃキミも魔法が使えなくて不便だろうし。ボクが生活をサポートしてあげよう。
その代わりに、ときどきキミの世界の話を聞かせてくれないかな?
研究の参考にもなるし、退屈な一人暮らしも賑やかになるしね。
どう? お互いメリットのある話だと思わない?
……ふふ、決まりだね!
それじゃさっそく、この世界で生活するにあたっての注意事項。
まずこの世界では、まだエルフや異世界転移術について公にされていない。外出するときは、できるだけ自分の種族は隠したほうがいい。尖った耳は目立つから特に注意。いいね?
あとキミが生活するための部屋だけど……。
…………え? それより先に、質問したいことがある? うん、何かな。
えーと、……この世界で魔法が使えないのは、嘘じゃないかって?
そんなことないよ。ボクも含めて、この世界の人間は全員魔法が使えないんだ。
……なら、どうして夜なのにこの部屋は明るいのかって?
それに、こんなに温かい飲み物をすぐに用意できるのは、魔法がないとおかしい……?
…………ふふ、いい質問だね。
まあこの世界で生活するためには必須の知識だし、ちょうどいいか。
よし、予定変更。
先にこの世界での“魔法”について説明しよう。
できるだけエルフが理解しやすい言い回しを心がけるけど、分からない単語があったらその都度聞いてね。
まず前提として、この世界の人間が魔法を使えないというのは本当だ。
いくらボクらが両手を掲げたところで、炎を生み出すことも水を操ることもできない。
魔法で文明を発達させたキミ達『マギアーナ』人からしたら、考えられないだろうけどね。
でもね、キミ達の生活水準よりもボクらの生活水準が劣っている、なんてことはない。
なぜならボクらは、魔法を使えなくても、魔力を利用する術はあるからだ。
それがこの、……よっと。今ボクが手にした「魔道具」。
実はこの世界の人間は、魔法が使えない代わりに、「魔道具」によって文明を発達させた種族なんだ。
キミ達の世界で言うなら《転移石》とか《スペルスクロール》とか。あーゆうのがたくさん流通している世界、って思ってもらえれば、大体合ってるかな。
例えば、キミがここへやってきたとき、ボクはそのことをあらかじめ知っていたよね。
それはキミが出会ったボクの助手が教えてくれたからなんだけど。
さて、ここで問題。ボクはどうやって彼から情報を得たと思う?
ちなみに言うと、ボクは彼と直接会ってはいないし、馬も鳩もテレパシーも飛ばしていない。
それどころか、ボクがキミの話を聞いたのは今から一時間前――キミが彼と出会っていた、まさにその最中のことだ。
不思議に思うかい? 魔法も使えないのにどうやって、ってね。
その答えこそ、この世界で使われている魔道具の力なのさ。
今キミに見せたコレ。不思議な鉱物でできた板だろう?
こんな手のひらサイズの道具だけど、こいつにはとてつもない力が秘められている。
この結晶に光を灯すとね、この世界のどこにいる人間とも会話ができるし、風景を一瞬で絵にして記録することだってできるんだ。
道に迷っても自分の居場所は瞬時にわかるし、図書館へ行かずとも数千冊もの本を閲覧・所蔵することさえできる。
この結晶板一枚で幅広く応用が効く、一級品の魔道具さ。
ボクらの世界では、これを《スマートフォン》って呼んでいる。
他にもまだあるよ。そこのキッチンの奥にある箱を開いてごらん。
……ふふ、冷たいでしょ?
それは氷結魔法を応用した魔道具で、食材を保存するために使われるんだ。
《冷蔵庫》って言うんだけど。
あ、でもあまり開けっぱなしにはしないでね。
どうしてかって? んー、キミなら経験があると思うけど、魔法を維持するためには多くの魔力を消費するんだ。
この世界の魔道具も多くは魔力――この世界で言う《電気》を消費しちゃうから、乱用には気をつけないと。
魔法がタダじゃないのは、どこの世界でも同じさ。
ちなみにキミの世界では、保存食は干し肉が主流だよね。
でもこの世界だと、ホラ。果実も生で保存できるし、料理だってまるごととっておける。
お腹がすいたときは好きに食べていいよ。そこの箱を使えば、出来たてのように温め直すことだってできるし。
……これ? 熱魔術を応用した《電子レンジ》っていう魔道具だよ。
他にも、水流を操って衣服を洗う《洗濯機》とか、空気の温度を自在に操作する《エアコン》とか。
馬より速くて長く走れる乗り物、《自動車》なんてのもある。こっちは《電気》とは違うタイプの魔力を消費する魔道具なんだけどね。
この家の中だけでも、まだまだあるよ。そのほとんどがキミ達の世界では見かけない魔道具なんじゃないかな?
興味が湧いてきた、って顔だね。エルフのキミからしたら心引かれる道具ばかりだろう?
……え? 魔道具の仕組みが知りたい? 自分で作ってみたいのかい?
ふふ、さすがはエルフさん、勉強熱心だね。
でも残念ながら、ボクは専門の魔道具師じゃないから、細かな説明まではできないかな。ごめんね。
実は魔道具を作るためには、ある特殊な言語が必要でね。
ほら、キミの世界でも魔法陣を描いたり、呪文を詠唱したりするときは普通の話し言葉とは異なる言語を用いるだろう?
魔術式を表現するにはそれに特化した言語体系が不可欠だ。それは魔道具作りでも同様で、術式から魔術を構成するには、まずその言語を習得することが必須なんだ。
そのうえで魔道具を設計し、組み立てる術を身につけないと、専門の魔道具師にはなれなくてね。
……その言語の名前? 《数学》っていうんだけど。
……それを、教えてほしいの? ボクにかい?
アハハ……、参ったなぁ。術式の研究は専門外だからあまり得意ではないのだけど。
そもそもボク文系だし……ああいや、ごめん、こっちの話。
でもまあ、初等的なレベルでよければ教えることはできるよ。
試しにちょっと実演してみようか。えーと、紙とペンは……ああ、あった。
例えば……キミの生まれ故郷はどんな場所だった? 形とか特徴とか。
……森の中に拓いた小さな村で……一本の大樹を中心とした円形だったのね。こんな感じ?
で、一周するのに歩いて50ティメくらい……つまり約1時間かかる、と。
てことは、歩行速度を時速4キロとしたら円周約4キロだから……円周率で割ると…………直径約1.27キロ……。
その村の端から端までで、だいたい800ハイトってところか。確かに小さな村だね。
……フフフ、いいリアクションありがとう。
どうして見たこともない土地の大きさが分かるんだ、って顔してるね。
簡単だよ。今ボクが描いたこの術式が教えてくれたんだ。ホラ、見てごらん。
……何が書かれているのか、さっぱり分からない? 初めはそんなもんさ。
でも呪文の詠唱と同じで、慣れてくればキミだってすぐ使えるようになるよ。
もっと複雑な術式となると、ボクもお手上げだけどね。
どうだい? 様式は違えど、この世界の魔術だってエルフの技術に負けてないでしょ?
キミの世界の魔法だと、どうしても個人個人で技量差が生じてしまう。
便利な魔術が開発されても、使える術者が限られてしまって、あまり世に浸透しなかったりね。
反面、魔道具って一度作れば誰でも使えるから、普及しやすいんだ。
社会全体の魔術レベルを底上げするって意味では、魔道具の方が適していたのかもしれないね。
あとこの世界では魔獣の脅威がほとんどなかったり、種族が人類一種族だけだったのも大きい。
その分、戦闘や攻撃用の魔術研究よりも、生活のための魔術研究に専念できるからね。
戦闘がまったくのゼロじゃないって所は残念だけど、比較的平和なのはありがたいことだよねぇ。
さてと、脱線しちゃったけど、概要の説明はこんなもんかな。
まだ分からないことだらけだと思うけど、しばらくは一緒に暮らすわけだし。生活してて困ったことがあれば、遠慮せずボクに聞いてくれれば……。
……あれ? ……どうしたの、急に元気なくなって。
……うん、……こっちの世界は、向こうの世界より発達してて……、あー……自分の故郷や種族が劣っているように思えたの? それで落ち込んでいるのね。
そっか……、確かに生活面でいえば、キミの世界よりも便利な部分が多いし。初めてだとそう感じちゃうかもね。
あとごめん、ボクがちょっと自慢げに説明したのも悪かったかも……。
でもね、できない魔術が多いからその世界が劣ってるだとか、そんなことは決してないよ。
例えば、治癒魔術なんかは、キミ達の世界の方が進んでいる。
狩りや戦闘の文化から発達した技術だろうけど、一瞬で傷を治したり毒を浄化できるなんてすごいことだよ。こっちの世界ではどうしても治療に時間がかかってしまうからね。
あとは精霊を使った魔法術なんかも、向こうの世界の方が優れているかな。
こっちの世界にもなくはないんだけどね。
植物の精霊を使って豆から調味料を作ったり、土の精霊の力で農作用の土壌を豊かにしたり。
《発酵》って言うんだけど。
でもそっちの世界だと、風の精霊とか水の精霊とか、種類が豊富だよね。
そして何より、転移魔法はキミ達『マギアーナ』の世界から学んだ魔術なんだ。
それを科学技術――ボクらの世界での魔法に適合させたのが異世界転移術ってわけさ。
言語翻訳術の進歩だって、『マギアーナ』の人達のおかげだし。ボクらの世界の魔道具だけじゃ、今キミとここまでなめらかな会話はできなかっただろうね。
何が言いたいかっていうと、キミ達の魔法術とボク達の魔道具術では、得意分野が違うんだってこと。
お互いがお互いの苦手分野を補えるからこそ、ボクらは『マギアーナ』を、『マギアーナ』はボクらを尊敬して発展できる。
それこそが異世界文化の交流でもっとも意義のあることなんじゃないかな。
だからキミが劣等感を感じる必要は全くない。
むしろ……ボクの方こそ、キミ達の世界に憧れているくらいだ。
魔道具を使って水を操ったり、空を飛んだりするのもいいけど。やっぱり、自分の力で魔法を使うことには魅力を感じるなぁ。
ここでは味わえない世界に幻想を感じるのは、人間もエルフも一緒なのかもね。
そういえば、キミの話をまだ全然聞いてなかったね。
そりゃあもちろん、興味津々だよ! キミ達の世界の文化、ぜひ教えてほしいな。
キミは向こうの世界では、普段どんなことをしているの?
……ストーリーテラー? へぇー、若いのにすごいじゃない!
でもエルフにしては珍しいね。同じ見習いでも、てっきり冒険者とか魔術研究家とかだと思ってたよ。
……ううん、全然! むしろ物語を紡ぐプロから直接話を聞けるなんて光栄だよ!
ねえ、何か一つ、物語を聞かせてよ。
………………。
…………うん、…………うん……………………。
………………すごい。
すごく面白いよ! 冒険者達の生き生きとした活躍が目に浮かぶようだった!
今のは向こうの世界に伝わる伝承か何かかい? ……え!? キミの経験談なの!?
キミが売れないストーリーテラーだなんて、とんでもない! 今の冒険譚、きっとこの世界でなら受けるよ! 幻想的な異世界での冒険は、ボクだけじゃなくみんなの憧れなんだ。
……私もみんなに楽しんでもらえたら嬉しい、けど……? ……あーそっか、キミの正体を不用意に晒すわけにはいかない、か……。
あ、でも匿名の創作ってことなら、あるいは…………ええと、ちょっと待ってて。
確か、サイト名は……ああ、あった!
……ん? これかい? この魔道具は《パソコン》って言ってね。さっきの《スマートフォン》みたいな物なんだけど、これを使えば、世界中の人と情報交換することができるんだ。
特にここのサイト……って言っても、今は分かんなくていいか。
とにかく、ここは物語好きの人達が集まる場所で、みんな各々に持ち前の物語を披露して楽しんでいるんだ。
試しにキミも参加してみたらどうだい? キミなら間違いなく人気者になれるよ。
この場所の名前かい? 《小説家になろう》って言うんだけど――