再会 2
ガタン、ガタン、と列車は揺れる。
壱成は微動だにせず座席に座り、向き合うように座っている男性をちらりと見た。
「まさか壱成くんが護衛についてくれるとはね。心強いよ。そう畏まらず、何か話さないかい?」
彼——盛岡源一郎は今や、統国の先頭に立って舵をとる人だ。昔は遊んでもらっていた仲ではあるが、壱成は万が一に備えて警戒を怠るわけにはいかず、また自ら話しかけることは憚られた。
「たとえばそうだな。何で僕が自ら出向くことにしたのか? とか」
壱成はハッと表情を変える。
「気になってるだろう?」
「……そんなにわかりやすかったですか?」
彼は降参した。図星である。
「まあね。まだしばらく列車の旅は続くし、せっかくだから話をしようじゃないか」
源一郎はにっこり笑って話し出す。
「去年から今年にかけては本当に忙しかったね。鈴村や塚田のこと。僕も色々考えさせられた。特に、祓い人についてはね。
ああ、鈴村喜助は、その性格のために幼少期から悪霊に取り憑かれやすい体質で、自分を依り代にして悪霊を操り、操られる体質だったと判明したのにも驚かされた。もしかすると、僕たちの知らないところで、他にも同じようなことがあったのかもしれない」
なんだか最初から暗い話になってしまったね、と源一郎は苦笑する。
「祓い人と常人の共存。これが僕が今、見直しているこの国のことだ。
祓い人たちはいつのまにか影に生きる存在になって、黄権寺のような場所もできていた。
力があるからと常人とは別の視点で見て、消えゆく仲間たちを見てこなかった。逆差別、これ以外に当てはまる言葉は見つからない。僕自身が能力者ということで、心の中に良くないプライドが根を張っていることに気づかされたよ。
だから、僕は『能力者の働き方改革』という提案に、強く興味を惹かれた」
彼は組む足を変える。
「どんな相手か、わからないのに?」
壱成はまだ見ぬ取引相手に不安しかなかった。
「わからないから会いに行くのさ。どうやら向こうは僕のことをよく知っているようだけれどね。相手を知ることから始めるしかないんだ。それに『能力税』って案、単純に面白いと思うんだ。ぜひ、考えた人に会って話がしたい。
……まあ、問題は働き方どうこうより、あちら側が保有する能力のほうなんだけれどね」
これは困った、と源一郎はさほど悩んでいない表情で言う。彼の中では、すでに解決案は決まっているのかもしれない。
列車は進む。
外には雪化粧した街が見えてくる。
あと数刻すると、彼らが目指す亜夢洲登呂だ。
*
「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
「あなたは……」
駅で源一郎を迎えたのは、純忠だった。
壱成は意外な人物の登場に眼を見張る。
「壱成、知っているのかい?」
「黄権寺の住職、横川純忠さんです」
「その節はお世話になりました。幹部の横川純忠です。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ。ここからは車の移動になります」
純忠はぺこりと頭を下げる。以前は法衣に身を包んでいたのに、今は洋装ですっかり外国に馴染んでいる。
壱成はほかの護衛たちに指示を出し、自分は源一郎とともに純忠と車に乗った。
「まさか知っている人が出迎えてくれるとはね。安心したよ」
源一郎の言葉を壱成は素直に肯定できない。
ただ、この男が社会に居場所をなくした祓い人たちに手厚く支援を行っていたことは、壱成もよく知っている。
「我々の組織の上層部は、皆統国のものです。言葉に困ることはないでしょうから心配なさらず。あと少しすれば本拠地に着きます」
純忠はそう答えると、前を向いた。
「あなた達のボスはどんな人ですか? ああ、もちろん、気に触るなら答えなくてよいのだけれど」
源一郎は始終朗らかな表情で、不快感を感じさせない。外交に携わってきたので、これくらいの探り合いはウォーミングアップだ。
「ボスなんて大それた人はいませんよ。わたしとしては、彼らがあなたの気を悪くしないか心配だ。どうか大目に見てやってください。我々も支えるので必死なところですから」
部下の言葉にしては褒められたものではない。
一体どんな人物が待っているのか、源一郎と壱成は余計にわからなくなった。
「それは、あなた方の組織は複数人で取り仕切っていると?」
「そうなりますね。もう少しすれば着きますよ」
話は実際に会ってから、ということだそうだ。
車は大きな屋敷の敷地に入り、玄関で止まる。
「どうぞ、こちらへ。お疲れでしょう。ご連絡した通り、今日は我々のプランについてご説明させていただきますが、返事をすぐにとは言いません。明日はこちらでゆっくりお休みになってください。ご出発の明後日まで何かありましたら、お申し付けください」
(彼はあまり僕を歓迎していないようだね)
源一郎は純忠のオーラを読み取った。
「穂高くん。後から来る護衛の人たちは君に任せるよ」
純忠は歩きながら、誰もいない場所に向かって話す。穂高と呼ばれたものが、何かの能力を持っていることは確かだろう。
横の廊下から出てきたのは、長身にスーツを着こなす中年の男性。
「間広か。穂高くんはどうした?」
「……姉御にしばかれてる」
間広は深くため息をつく。
「そうか、少し時間が要りそうだ……」
何となく事情を理解した純忠も呆れた顔になるが、客人に笑って応接室へ案内する。
「よくぞいらっしゃいました。代表補佐の緒方照子と申します。どうぞおかけになってください」
人の良さそうな女性が出迎えて、源一郎はようやく話し合いの場に座ることができる。
それでも彼女は「代表補佐」だそうだ。
肝心の代表は、まだ現れていない。
壱成は源一郎の背後に控えている。
その瞳はじっと照子を捉えていた。
(緒方、照子……)
それはその名前に、思い当たるところがあったからだ。
それから照子と源一郎は他愛もない話を始める。今回の取引は思いのほか、ビジネスライクのフランクなものになりそうだ。
閉じた扉の向こうに複数の足音が聞こえた。
「あら、来たみたい」
照子は微笑む。
「お待たせして、大変申し訳ございません」
謝りながら入ってきたのは、まだ成人を迎えていないであろう若い娘だった。
源一郎は目を丸くした。
「シャドウ代表の、横川澄香と申します。わたしがご連絡させていただいた予知の能力者です。お待ちしておりました。長旅のところお待たせしてしまって、申し訳ありません」
ぺこりぺこりと澄香は頭を下げる。
「澄香、そんなに忙しなく頭を下げない」
そんな彼女の隣で、少年がささやく。
「あ。……ごほん。こちら、副代表の宍戸国明です」
「宍戸です。まだまだ駆け出しで、お気を悪くさせることもあるかもしれません。本日から、どうぞ、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
国明も頭を下げた。
澄香と国明も席に着き、その後ろに護衛らしき男もつく。
壱成は会ったこともないはずのその男に、どこか見覚えがあるように感じていたが、任務に集中する。
ひとまず挨拶が終わったところ、源一郎は口を開いた。
「これは驚いた。まだこんなに若い子たちだとは。それに横川というと」
どんな切れ者が出てくるかと思えば、まだあどけなさが残る自分よりも随分と若い子たちだった。
「はい。先ほど案内させていただいた純忠の娘です。養子ではありますが」
「そうだったのか」
「この組織を立ち上げたのはわたしたちで、代表と名乗っておりますが、仲間に支えられてここまでやってきました」
澄香は答える。
「それは、後ろの彼も?」
源一郎の視線は、澄香の後ろにいる中性的な顔をした彼をさしていた。
「はい。ち——」
「白須黒夜と申します。護衛兼、代表補佐として働いています」
澄香の言葉を遮るように、白須に扮した千影が名乗る。
壱成はその名前を聞いて、眼光を放つ。
(こいつが、白須黒夜。まさか、こんなところで会うとは)
やっと見つけた手がかりに、壱成の中では湧き上がるものがあった。
対する千影は、内心穏やかではない。
(穂高のバカ……。なんで壱成さまが来ると黙ってた! 焦って準備したから、白須にしかなれなかったじゃないか。でもこの様子だと、盛岡さんにはオーラで私が誰だかバレてる)
「別に隠す必要ないじゃない?」と変装中、照子に声をかけられたが、千影はとにかく偽装に集中していて、なぜ自分が壱成から存在を隠そうとしているのか考えもしなかった。
——彼には見つかりたくない。
それでも千影はそう思う。
穂高の情報から、塚田真香がふたりいたことはバレていると知っている。
つまりは、壱成も自分の婚約者をしていたのが、影武者のほうだとわかっているのだ。
千影はそれが嫌だった。
そんな気持ちが伝わったのか、源一郎はそれ以上千影に何か問うことはしなかった。
「さっそくではありますが、わたしたちの計画についてご説明させていただきます」
澄香と国明は、源一郎に資料を渡す。
これは澄香の一世一代の勝負。
予知能力が露見すれば、彼女は統国から安全な箱庭の中に入れられる。
しかし、彼女は黄権寺で見てきた居場所をなくした能力者たちを自分の力で救いたい。
だから、この企業で得た収入から「能力税」を国に収め、また必要な予知であれば提供することを条件に、彼女は自由を得たかった。
もちろんこれは自分のエゴが混ざっていることは、百も承知だ。
それでも澄香は、強欲に自分の自由と困っている能力者を救うことを望む。
——諦めてたまるか。
影風——千影の協力を得て、外国に出たあと、彼女の人生は一変した。
この世界には自分の知らないことはたくさんあって、今まで見てきた世界がどれほど視野の狭いものだったのかを知った。
国によれば文化も違う。
そして、統国の、あの長閑な風景も恋しいが、彼女が本当に必要としていたのは認めてくれる人とのつながりだったのだと気付かされた。
最初から諦めていれば、何も手に入らない。
澄香はこの一年半ほどでそれを学んだ。
だから、相手が一国の統治者であろうと譲る気はない。
祓い人の能力に合わせた職と環境を提供し、常人からは逸脱した収入から「能力税」として、ある一定の割合で税を納めるという案。
話を聞き終えた源一郎が、厳しい表情で口を開く。
「……私がこの案について賛同し、統国に持ち帰って実践するとは考えなかったのかい?
それに、この計画を断られたら君はどうするつもりで? 統国の決まりでは予知の能力者は国から保護を受けることになっている。存在が明らかになった以上、この案に関係なく澄香さんはそれを受けるべきだ」
「そうなった場合、わたしは国に予言をいたしません」
澄香は言い切った。
源一郎の目にも、彼女が揺るぎない確固たる決意をしていることが映る。
「それは国を相手にしても?」
「彼女の存在を知ってしまった方には、綺麗さっぱり忘れてもらいます」
机の下で澄香の手を強く握りながら、国明が挑む。
しばらくの間、沈黙が空間を支配した。
「フゥ……。君たちの覚悟はよく分かったよ」
ついに源一郎が折れた。
それもそうだ。彼女たちは、国に協力の体制を示しているのに、それを蹴る必要はどこにもない。
むしろ怒りを買って、大事な能力者を失う方が損だ。
「でも、予知の能力者の保護は国の決まりだ。だから、ここに軍から護衛を置きたい」
澄香と国明は表情を硬くする。
「必要ありません。ここにいる、ち、……黒夜さんが守ってくれています」
それでは監視されるのと何ら変わりがないではないかと、澄香が反発する。
「そうだな。じゃあ、こうしよう。ここにいる彼は指折りの軍人だ。彼が白須くんと戦って負けたら、護衛の件も人数を減らす。君のプライバシーもちゃんと考慮しよう」
「な、」
いきなり巻き込まれた壱成が、声を漏らす。
(謀ったな……)
ニコニコしている源一郎に、千影は遊ばれているとしか思えない。
聞き耳を立てていた穂高は、大爆笑中だ。
壱成と千影は、こうして再び闘うことになる。




