再会 1
「千影さん! 盛岡さんが来てくれます!」
そこは統国から北西に位置する国——亜夢洲登呂。
その首都マレフィアにある、城のごとき邸宅のソファでぴょんぴょん跳ねるのは、横川澄香。
現在を見る白昼夢から目を覚まして、喜びをあらわにしていた。
お分かりだろうが、彼女こそ統国政府に取引を持ちかけた予知能力者だ。
「澄香。はしゃぎすぎ」
その横でため息をついているのは、宍戸国明。
「まさか、本人が来るって言うとは思っても見なかったわね。千影」
「そうですね。私も驚きました」
その前で、照子と千影は冷静に会話をする。
「いくら千影さんが強いからって、わたしは反対だ。瞬間移動の能力で連れ帰られたらどうする? 今からでもいいから、やめるべきだな」
「もう、お父さーん。輪を乱さないでよ。この間、多数決で決めたことでしょう?」
少し離れた椅子で、しかめっ面をしているのは、横川純忠。彼も半年前に統国からこの国に移っていた。
「純忠さんの言うことは正しいですよ。しかし、将来的に考えても統国の協力が必要になるんです。澄香がこの会社を大きくすると決意し、世界に進出することを選んだ以上、能力者たちのケアが必要になる。もちろん、純忠さんと一緒にこちらに来てくれた皆さんの力を信用していない訳じゃないですよ。しかし、規模が大きくなればなるほど、祓い人と常人の溝が大きくなってしまう可能性が高い。それを防ぐには我々の力だけでは足りないんですよ」
「それはこの前も話し合ったから、わかっているけれどな……。わたしが言いたいのはそういうことではなく」
純忠はそれでも渋った。
「もーう。お父さん。護衛役を引き受けてくれた千影さんに失礼でしょう? わたしの能力と千影さんが連携すれば、怖いもの無しだよ!」
「それは過信だよ、澄香。調子に乗らない」
「………ハイ。すみません」
千影に叱られた澄香は、しょんぼりする。
「とりあえず、おもてなしの準備をしないとね。国明くん。任せて平気?」
「はい」
「オーケー。じゃあ、間広さんと穂高が帰ってきたら、作戦会議だね」
千影が短くなった髪をかきあげると、映えるピアスが揺れた。
彼女は今、亜夢洲登呂で横川澄香を支柱として様々な事業を展開する新興財閥「シャドウ」の一員として働いている。
ここ一年で急激に成長したのは、もちろん澄香が能力を使って、あれやこれや手回ししたからだ。
澄香の要望では、将来的に人材派遣事業に力を入れてガンガン能力者を活躍させたいらしい。
千影のなかでは、それはそれで問題があるので、うまく方向を修正していこうと思っていたりするのだが、それはここでは横に置いておこう。
ここでなぜ千影がそこで働くことになったかと言うと、経緯は一年前に遡る。
千影と照子は、澄香と国明の案内で統国を出た。
千影はなぜ、この子たちはこんな高級車に乗っているんだ? と疑問に思うだけだったのだが、連れていかれた先で唖然とする。
そこは、超高級ホテルのスイートルーム。
「今日はここで休んでくださいね!」
「旅行プラン、オレのほうでも用意してみたんですけど、もし気に入るものがあったら教えてください。ご案内します」
澄香と国明の自慢げな表情が、千影の不安を煽る。
「き、君たち。これ、どうしたの?」
「ふふ〜ん! 凄いでしょう! わたしたち、あれから、それは波乱万丈な体験を経て、億万長者になりました!」
褒めて、褒めて、と尻尾を振る子犬のような澄香に、千影は目をぱちくり。
澄香の能力を使っていることは間違いないし、国明の能力も脅威だ。
悪人に知れたら、まずタダでは済まない。
「もしかして、かなり危ない橋を渡っているんじゃ……」
パワーに満ちた少年少女に舌を巻いた。
照子も不思議そうにしていたので、とりあえず部屋で事情を聞く。彼らは宝クジで当てた金で、会社を立ち上げようとしていることや、澄香の能力で回避しているが最近危ない目にあいそうになっていることを知った。
「千影、あなたが頑張れって背中を押しちゃったんでしょう?」
「そ、そうですけど……」
照子にそう言われて、頭が痛い。
「世界一周の旅はまた今度でいいから、ちょっと観光して、手伝ってあげたら?」
彼女にそう言われて、千影も動かないわけにはいかない。
「本当は今、お願いするつもりは無かったんですけど……。影風さん! お願いします! どうか、わたしの護衛をしてくれませんか!!」
「オレからもお願いします」
二人に深々と頭を下げられる。
もともとお金が尽きそうになったら、どこかで働くつもりでいたし、もはや乗りかかった船だ。これも何かの縁だと思って、千影は頷いたのだった。
それから、澄香と国明も連れて、千影は照子と観光。
思う存分楽しむと、蘭西利加に買った別荘へ。
最初のうちはそこを拠点に動いていたが、一つの場所に長居するのは良くなく、時にはギャンブルで金を稼ぎ、各地を転々とした。
そうして事業が安定すると、亜夢洲登呂に屋敷を買い、純忠と村の人をこちらに呼んだ。
彼らの能力が加わってからは、格段に効率も上がったので、余裕ができた千影は新薬の開発をしている。
ちなみに、幻薬は完成済みだ。
千影が完成させた直後、統国でも佐々木愛善が後を継いだ塚田恭介と政府の協力のもと薬を完成させたので、統国と薬の取引をすることはなかった。
情報収集に統国を往復する穂高によると、北条樹の治療も間に合ったそうだ。
今はまだ薬の量産が出来ないため、50歳以上の人が優先的に投薬できる制度らしい。
もちろん、なんでも順風満帆に進んだわけでもなく、途中、危険な目にもあった。
澄香は正義感が強すぎて、人の話を聞かないで暴走するし。国明は澄香に振り回されてるかと思えば、彼女の為なら危険を省みなくて、目も当てられない。危なっかしくて、放っておくことができなかった。
また国によっては、悪霊やお化けの存在を強く信じている文化があり、そういう場所ではうじゃうじゃ悪霊が湧いてきたので、処理が大変だった。隠さずにいうと、徳永の青い炎が恋しくなったのは本当だ。
一年はあっという間だった。
目まぐるしく過ぎていく日々は、大変だったけれど、とても充実している。
しかし、ふとした時思い出すのは、壱成と過ごした日のこと。
今思えば、真香のフリをして彼と一緒にいられたことは、不幸中の幸いだった。
彼からもらった万年筆は、まだ大切にしまってある。あれは、照子以外の人に自分を認めてもらった証だ。
(元気にしてるといいな)
彼との最後の記憶は、鳩尾に本気の拳をいれたこと。謝れないのが残念だが、壱成なら元気にやっているだろうと千影は疑わなかった。
その彼が、自分のことを探しているとも知らずに。
*
「穂高さん、穂高さん」
ちょいちょい、と盛岡を迎えるための会議を終えたばかりの穂高を澄香が呼ぶ。
「どうしたの?」
「すんごい事になりますよ、これから!」
ニヤニヤしている澄香を見て、穂高はピンと閃く。ふたりは場所を移して、秘密の会議を始める。
「で、何がどう、すんごい事になるの?」
刺激を求めて、勝手に千影の居場所を突き止めてこの組織に入った穂高。いい年した大人だが、こういう時のこの男は澄香よりもタチの悪い子供だ。
「な、ん、と。盛岡さんの隣に、徳永壱成さんが見えたんですっ」
澄香は、キャーっと興奮した声を上げる。
「おぉー! 面白くなってきたぁ!」
穂高も拳を振り上げた。
「それからふたりがどうなるか見えた?」
「残念ながら、それしか見えなかったんですよ……。未来予知は、危険が起こりそうな時は結構見えるんですけど。そうじゃないと頻度が低いんですよね……」
「うーん。まぁ、ネタバレは防止ってことだね。今のは次回予告だ。あーー。楽しみだなぁ。一年ぶりの再会か!」
「千影さんは、徳永さんのことどう思ってるんですかね?」
澄香は徳永壱成が千影を探していることを知っている。姉のように慕っている彼女が嫌だといえば会わせたくないが、壱成の前では心を少しだけ開いていた過去が見えたので、せめて話くらいして欲しいと思う。
「何とも思ってないことはない。彼にもらった万年筆、今でも大事にしてるからね。会ったらどんな反応するかな〜。徳永壱成はまだ結婚してないし、これはワンチャン?」
「え!! そしたら、千影さん、ここからいなくなっちゃうかもしれないじゃないですか!」
澄香はブンブン頭を振る。
「あー。そうだね……。オレたち的には、千影さんには残って貰わないと……」
ふたりは揃って「うーん」と唸った。
「まぁ、なるようになるさ」
「そうですね。またその時考えましょう。いざとなれば、『徳永壱成がここに残らないと、災厄が!』って脅しますよ」
「わーお。それは心強い……」
澄香と穂高の秘密の話し合いは、特に結論を出すわけでもなく幕を閉じた。
千影と壱成の再会のときは、着実に近づいている。
 




