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これは正しい婚約破棄  作者: 冬瀬
30/44



季節は暑い夏を超え、肌寒くなった秋。

十月となり婚約破棄まで、まる三ヶ月に迫った頃。


千影と壱成は相変わらず、互いの目的のために歪な契約を守り続けている。

千影はコツコツとお金を稼ぎ、偽造パスポートの用意や、照子の治療費を貯めている。

当初は婚約破棄をいつされるかビクビクしていたが、今は塚田に(もちろん、被験者として)帰ってきていいと言われているので、怯える必要はない。

花火大会に行ってからは、色々な場所を回ってみたいという思いが強くなり、せっせと旅行の計画も立てている。


壱成は、喜助を捕まえるべく吾妻と協力しながら彼を追ってはいるが、今のところ動きがなく、悩まされている。真香については、こんなメリットのない契約生活をさせてしまい、気の毒に思うのと同時に疑問であった。

最近では、この婚約は正太郎が真香に推したもので、本当は彼女は乗り気ではなく、婚約破棄をして例の王子と駆け落ちでもするつもりなのではないか、というところまで推理が進んでいる。



そんなある日の夜。



壱成は夜警の当番だったので、真環郡を飛ぶように駆けて、悪霊を祓っていた。

時間が時間なので、人々は寝静まり、街は静かだ。

そこで彼は、一台の高級車が大通りをもうスピードで走るのを目撃する。

よく見てみると、後ろには大量悪霊たちが、波のように押し寄せていた。


「なんだ、あれは」


壱成は一気に走り出す。

部下たちも異変に気がついたようで、車の後を追っているが、あれだけの量を祓うのには時間がかかる。

車の様子を見る限り、“見える” ものが乗っている可能性が高い。


高級車は闇に囲まれ、行き場を失う。

壱成は建物の屋根を走るのをやめて、急降下した。


腰の愛刀が抜かれ、青い炎の斬撃が飛ぶ。


悪霊を燃やす炎は燃え広がり、うめき声とともに闇の住人は消えていった。

安全を確認した壱成は、止まっている車に歩み寄る。


「もう、大丈夫です」


運転席を叩き、声をかける。


「あ、ありがとう!! もう少しで、追いつかれて呪い殺されるところだったよ!!」

「あなたは……」


壱成はその人物を見て、大きく目を見開く。


「いやぁ。助かった。これで事故でも起こして死んだら、皆さんに顔向けできないところだった。鈴村音八です。軍人さん、助かりました」


あなたの名前を知らない人間が、この国にいるだろうか。

壱成は息を飲んだ。

この男は、能力者の一族ではなく常人。

それなのに悪霊が見えていたとなると、先ほどまで彼を追っていた悪霊は、彼への憎悪によって生まれたものの確率が高いのである。

あれだけの恨みを買うとは、一体この男は裏で何をしているんだ、と壱成は頬をひきつらせる。


「あれが、噂の悪霊というやつか。わたしは全く信じていなかったのだが、今日から反省して、君たちの存在に感謝するよ」


何か含みのある言い方だ。


「それにしても、君たちの運動能力は凄いねぇ! その力には救われたよ。ぜひ、お礼がしたい!」

「いえ。これが我々の任務なので、お気になさらず。どちらまで? 安全のため、ご一緒します」


音八は不服そうであったが、大人しく目的地へ車を走らせる。

壱成はその間ずっと、先ほどの悪霊たちについて考えを巡らせるのであった。


「いやぁ。すまないね。いろいろやってもらってしまって。帰りはどうするんだい? 車を貸そうか」

「問題ないです。念のため、夜は先ほど張った結界からは出ないように心がけてください」

「うん。わかったよ。今日はありがとう」

「お困りのことがありましたら、月光まで」

「はい」


壱成は颯爽とその場を離れる。

音八は建物の中に入ると、上機嫌で鼻歌を歌った。


「いやぁ。まさか本当に悪霊なんてものがいるとはね。喜助の言う通りだった。それに祓い人の、あの身体能力。悪霊祓いの一族は御伽草子ではなかったか」


彼は赤ワインをグラスに注ぐと、チーズをおともに嗜んだ。


「フフ。となると、テレパシーなんて夢みたいな力も実在するのかな?もう、人間じゃないね。手に入れられれば百人力だろ。

戦争でうまく使えば、また一儲けできる!」


ハハッと軽快に笑うと、音八は豪快にボトルのままワインを飲むのだった。








「大佐。これは?」


壱成は渡されたそれに、怪訝な表情をあらわにした。


「おまえこの前、鈴村音八を助けただろ? それで、どうしてもお礼がしたいらしい。受け取ってくれよ。向こうの面子を潰すわけにはいかねーんだ」


そこは統国軍月光本部にある一室。

中嶋に差し出されたのは、鈴村音八から離島で行われるパーティへの招待券だった。

そう言われては、壱成も受け取るしかないのだが、相手が相手だ。正直、行きたくはない。


「そんな顔すんなよ。ご丁寧に、ペアチケットだ。婚約者殿は喜ぶんじゃねーのか?」

「……やっぱり、彼女と行かないといけないですかね」

「そりゃ、だって、おまえ……。ほかに誰と行くんだよ。正直、結界なんてなくてもおまえがついてれば、安全だろ? 塚田のお嬢さんと行ってこいよ」


中嶋は大きく溜息をつく。

そんなに嫌な顔をするなら、自分が代わりに行ってやりたいものだ。


「それとも何。おまえ、また婚約破棄するつもりなのか?」

「……」


黙り込む壱成に、中嶋は再び深ーい溜息をついた。


「女嫌い、いや、女性恐怖症か? 深いところまで掘り下げるつもりはないが、それならそれで、自分と向き合えるようにしっかりしろよ。婚約破棄も4回目となると、笑えないぞ? おまえは美形だから、それでも女性が食いついてくるだろうが……」

「……肝に銘じます」

「ん。それ、ちゃんと出席しろよ。任務より優先だからな。相手は大物なんだから。もし、彼が統領になったとき、軍を贔屓してもらえるよう、少しでも良く振る舞えよ?」

「善処します」

「ほんと、頼んだぞ?」


中嶋は心配そうな顔で、退室する壱成を見送った。扉が閉まり、完全に壱成が去っていったのを確認して、彼は何度目かになる溜息を吐く。

机の引き出しにしまってある、女性と自分の写ったツーショットを久し振りに手にした。


「……あいつはちゃんと恋したことねーんだろうな。桃花」


もう昔の話になる。

その人は中嶋が唯一、心を許した “二つ持ち” の女性だった。

裏の掟上、結ばれることが許されなかったふたり。

彼女は今では、三人の子どもに恵まれ、幸せにやっているが、自分は未練たらたらで、未だに独身である。


「守りたい奴ができたら、なりふりなんて構ってられねぇよ」


そんな人に会えたなら、きっとあいつも変わるだろうと、中嶋はかつての自分と似ている壱成を思った。





部屋に戻った壱成は、受け取った紙の切れ端が鉛のように感じていた。

今の時期ともなると政治的な交流の場であることが簡単に予想できる。

自分は、裏ではそこそこ名が通った家門であるが、表ではそうはいかない。

どう振る舞ったものかと、想像するだけで気が重かった。

それに


(……ハァ。結婚することが、そんなに大事か?)


中嶋に釘を刺された壱成。

しかしながら、彼はそれに動じはしない。

寧ろ人々は何故そこまで結婚に拘るのか、壱成には悩ましかった。

一族の血を絶やさないようにするためならば、弟がすでに子を授かっているので、心配することはない。


——いや。気にするところは、そこではないか。


壱成は思い直す。

鈴村音八が悪霊に追われたことを報告すれば、政界の頂点を争う男なので恨まれることがあっても当然だろう、と上層部は判断した。

しかし、壱成はどうにもそれだけではない気がしていた。

吾妻には無理を言って喜助と共に音八についても調べてもらっている。


(最近、また彼女は部屋にこもりっきりだし、連れ出すのもいいか。正太郎殿の怒りは買いたくない)


壱成は何かを諦めて、机の上に重なる資料に手を伸ばした。


(……でも、七ヶ月経って、結婚の催促が来ないのは可笑しいよな?)


彼はふと考える。

真香が何か手回しをしてくれているとするのが、正しいだろう。


(ハァ。世話になりっぱなしだな……。例の男——白須 黒夜だったか? 彼の消息を確認することくらいしたほうがいいかもしれない)


アフターケアについて、手を回すべきかと悩んでいたところ、気になる会話が聞こえる。


「なぁ、おまえは見たことあるか?」


「いや。俺は見たことない。あれだろ? ここ最近、夜の巡回でヤバそうな男が街を闊歩してるっていう」


「何の能力かはわからないけど、えげつない身のこなしってところが、影風と似てるな? でも、面はつけてないし、男なんだろ?」


「ああ。おれ、この間、偶然フードが取れかかったあいつの顔を見たんだよ」


「本当か?!」


どんな顔だった?! と仕事そっちのけで、身を乗り出す部下たち。


「ま、口は覆ってたから、目だけだけどな。でも多分、あれは美形だぞ?」


目撃したといった彼は、裏紙にスケッチを始める。出来上がったのは、リアルな人物画。

意外な特技が披露され、男たちは感嘆の声を上げる。


「強くて、イケメンって。それはないだろ。なぁ、神さま……」

「諦めろ。天が二物も三物も与えているのは、今に始まったことじゃないだろ?」

「「あぁ〜」」


彼らは意味深な瞳を壱成に向ける。

壱成は立ち上がると、そちらに歩き出す。

叱られると思った一同は、一斉に机にしがみついた。


「それ、貰っていいか?」

「え? あ、はい!」


絵を書き上げた部下に壱成が声をかける。

近々吾妻に会うので、手土産に持って行こうと思ったのだ。様々な能力者を追っている彼なら、食いつくのが目に見えている。


受け取った裏紙に書かれた男は、中性的な雰囲気だった。黒い装束を身にまとい、どこかを見据えている姿は知らない人のはずなのに、どこか見覚えのあるものだった。








千影の部屋のベランダが、ゆっくり開かれる。

入って来たのは、塚田の隠密組織を象徴する白い面をつけた伊代だ。

彼女たちは何も言葉を発することなく、服を交換する。


(お気をつけて)

(うん)


目だけで会話をし、ものの数分で千影は屋敷を抜け出す。

穂高に用意させたマンションの一室で準備をして、すぐさま仕事に向かうのだ。


「よし」


鏡に映った自分の姿を確認し、千影は頷く。


壱成が、部下の絵に親しみを覚えるはずだ。

なにせ “彼” は、千影が姿を隠して夜の仕事をするのにやむを得ず使用している「白須 黒夜」という隠れ蓑なのだから。


(今日は、不正書類の盗みか。さっさと終わらせて屋敷に戻ろ——)


千影はフードを深く被ると、武器を手に、自ら暗闇に紛れ込んでいくのだった。







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