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これは正しい婚約破棄  作者: 冬瀬
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花火大会 4



街をぶらぶらしながら、旅館に着いたふたり。

いつのまにか壱成の手には買い物袋がいくつも握られているのは、気のせいではない。

部屋に着くと、それを全て差し出された。


「たくさん買ってもらってしまって、すみません。ありがとうございます」


千影は恐縮しながら、それを受け取る。

欲しいと言ったわけではないのだが、壱成が気を利かせて買ってくれたものだった。そのほとんどが食べ物なところをみると、どれだけ食い意地を張っているのかと、自分を責めたくなる。

保冷剤が溶けたプリンは、早く冷蔵庫に入れたほうがよさそうだ。


「残りは風間さんに渡したほうがいいですかね。どちらのお部屋でしょうか?」


ふたつを備え付けの小さな冷蔵庫に入れると、千影は壱成に問う。


「下の階にある椿の部屋にいるはずだ。琴吹はその正面」

「では、お届けに行ってきます」

「ありがとう。六時ごろ祭に行く。準備があるだろうから、琴吹がいたら声をかけるといい」

「わかりました」


残りを持って彼女は部屋を出る。

風間に渡し終えると、そこにちょうど琴吹が帰ってきた。


「ああ、真香さま」

「こんにちは」


先ほど獲物に目を光らせていた琴吹はそこにはいない。


(彼の本性を知ったら、世の中の女性たちは一体どうなることやら……)


千影は溜息を押し殺す。


「今日は楽しみですね。浴衣の方はわたしにお任せください」

「はい。お願いします」


琴吹がここにきてくれたのは、千影の世話をするからに他ならない。

わざわざ来てもらって申し訳なく感じたが、彼女も祭りを楽しむことができるので、逆によかったのかもしれない。


「琴吹。差し入れを頂きましたよ」

「まぁ。ありがとうございます!」


風間に言われて、彼女はすぐに礼を述べる。


「いえ。壱成さまからですよ。お礼を言っていたと伝えておきますね」

「そうでしたか! そうお伝え願います」

「はい」

「そうだ。真香さま。お着替えのほうは何時ごろに致しましょうか?」


千影も、ちょうどその話をしようと思っていたところだった。


「六時に祭に行くので、五時で平気でしょうか?」

「はい。大丈夫ですよ。では、そのお時間に伺います」

「お願いします」


用も済んだので、壱成が待つであろう部屋に踵を返した。





「うん! すごく綺麗ですよ」


あの後、時間通りに部屋にやってきた琴吹によって、千影はあの青い浴衣に着替えていた。

鏡には真香と瓜二つだが、本物の彼女とは明らかに違う娘が映っている。


「ありがとうございます。琴吹さんはお化粧が上手ですね」

「いえいえ。ちょっと、手を加えさせていただいただけですよ」


いつもより化粧が濃いが、夜外に出るには丁度いいらしい。ゆるく結いあげられた髪には、壱成が用意させたらしい簪が刺さっている。


「いいですか、真香さま。壱成さまのお近くを離れてはなりませんよ? もちろん悪霊のこともありますが、夜は酒が回った男たちがいます。ひとりでいては絡まれる可能性が高いので、十分注意なさって、お楽しみくださいね」


「わかりました。ご迷惑をおかけしないように頑張ります。琴吹さんもお祭り、楽しんでくださいね?」


「はい。真香さまのお陰で、わたしもあの喜助さまを拝めるのですから、感謝でいっぱいです」


(き、喜助さま……)


どうやら、琴吹はすっかり喜助の毒牙にかかってしまっているらしい。


「えっと、その。琴吹さんもお気をつけて」

「ふふ。そこら辺の男どもや、喜助さまのファンに遅れをとるわたしではありませんよ」


……色々な意味で心配だ。

千影は琴吹が無事に祭りを楽しんでくれることを願った。

準備を終え、襖を開いた先には、同じく浴衣に着替えた壱成が待っている。

普段から和装をしている彼なので、特に違和感は感じない。

強いて言うなら、男らしさが花開く首元とちらりと覗く鎖骨が色っぽいのは、女性が見逃さないだろう。


「どうです? お似合いですよね?」


後ろに立った琴吹の笑顔が壱成に迫る。


「……似合ってる」


「そうですよね! 壱成さま。真香さまをお一人にさせぬよう、呉々もお気をつけください。敵は悪霊だけではありませんので!」


「あ、ああ……」


琴吹の気迫に押され、壱成は眉を寄せる。

彼女がやる気に満ち満ちていると感じるのは、きっとこの後、混雑が予想される現場で、お目当の人をその目に捉えるという、誰にも譲れない任務が待っているからであろう。


「それではわたしはここで失礼いたします。風間さんが、場所は押さえていますので。お困りのことがありましたら、彼に言伝お願いします」

「あ、琴吹さん」

「はい」


去ろうとする琴吹を千影は呼び止める。


「夜は自分でできますから、私のことは気にせず、お祭りを楽しんでくださいね」

「お気遣いありがとうございます。しかし……」


彼女が言葉を濁すので「今日くらい甘えとけ。何かあれば女将に頼む」と、壱成は飄々と応えた。


「かしこまりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」


琴吹は嬉しそうに深々と頭を下げて、退出していく。

静かになった部屋で、ふたりは顔を見合わせた。


「俺たちも行くか」

「はい!」


初めての祭りだ。千影は期待に胸を躍らせていた。






祭囃子が人々の活気を鼓舞する阿佐美の河川敷。既に大勢の人で埋め尽くされ、花火大会を前に、腹ごしらえをしようと屋台は盛況。

空はだんだん暗くなり、あと少しすれば夜がやってくる。


「すごく盛り上がってますね」

「毎年こんな感じだ。はぐれないようにな?」

「はい」


壱成が先導を切ってくれるので、千影はその側をついていく。


(彼、今日は刀を持ってないんだな?)


得物もないのに、護衛とは大した自信である。

祭を見守っている月光の軍人たちがある程度は始末してくれるだろうから、心配していないのかもしれない。


(まあ、私が塚田だからといっても、うじゃうじゃ悪霊が湧いてくるわけではないから、そんなに警戒せずとも楽しめるか)


彼女の血の匂いには反応してしまうので、怪我さえしなければ、狙われにくいのである。


「なんだか、いい匂いがします。あ、あれかな?」


千影の嗅覚が、ソースの香ばしい匂いを感じた。


「はしまき?」


初めてみる食べ物だ。千影は熱い視線を注ぐ。


「食べるか?」

「はい! 美味しそうです。壱成さまは?」

「俺はいい。あっちを食べる」


壱成が見た先には、焼き鳥が売られていた。


(うわぁ。絶対、お酒が飲みたくなる)


それぞれ好きなものを買って、一度屋台が並ぶ道を外れる。出来立てを食べるのが一番だ。

ちゃっかり、酒を買っている壱成に千影は笑みがこぼれる。

熱々のはしまきには、目玉焼きがのっている。

ふうふうと息で冷まし、大きく口を開けて一口。


「ん〜っ!」


もっちもっちとした生地にはチーズが入っていて、それにソースとマヨネーズのコンビが最高。

これは当たりだ。食べてよかったと千影は、もぐもぐ食べ進める。

隣では壱成が、地鶏の炭火焼とビールを味わっていた。


「はしまき、すごく美味しいです!」


満面の笑みを浮かべる彼女。

一緒にいてわかったが、このお嬢さんは食べることが大好きなようだ。


「こっちも食べるか?」


壱成は焼き鳥ののった器を差し出す。


「いいんですか? あ、なら、食べかけで申し訳ないのですが、私のはしまきもお味見どうぞ」


(……こいつ、好きな奴がいるんじゃなかったのか? 変なところで気にしないよな)


呆れつつも、ぐいっと押し付けられるようにして渡されてしまったはしまきに、気にした方が負けだと思ってかぶりつく。

口の端についたソースを親指で拭って、ぺろりと舐める仕草に「この人、本当に何をしても色気がひどい。もう少し自重しろ」と千影に思われているとも知らなかった。どっちもどっちである。


そのあとは、千影は目当ての林檎飴を食べたり、壱成はこの祭で定番のもつ煮を食べたり。壱成は女性から、千影は男性からオマケしてもらえたり。

千影は決して自分の容姿を好いていないので複雑な心境になったが、あまり深く考えないようにした。

お腹が膨らんでくると、次は子ども向けではあるが遊戯に手を伸ばす。

射的をやれば、千影も壱成も難なく景品を獲得する。輪投げも同様で、一応一回だけ失敗しておいたが「なぜこんなに簡単なものを外すんだ?」と千影は逆に疑問だった。


「うわぁん! 金魚が取れないよぉ!!」


隣の屋台から、小さな男の子が泣いて駄々をこねるのが聴こえて、その子の前にしゃがむ。


「泣かない、泣かない。これあげるから、ね?」


取った景品を少年に持たせてあげると、すっかり泣き止んでキャラメルを口に入れる。そばにいた母親が「すみません、ありがとうございます」と頭を下げた。


「いえ。お祭りは楽しまないと」


「ね?」と少年に同意を求めると、彼も「うん!」と元気よく返事を返してくれる。


「ありがとう、おねーちゃん! ばいばーい!」


少年は上機嫌で母親に手を引かれ、人混みに紛れていった。

壱成は黙ってその様子を伺っていたが、彼女に感心してた。


(出来たお嬢さまだな)


普段、部屋で大人しく勉強している彼女なので内向的かと思えば、人前に出ても臆することなく、しっかりしている。秘密主義的な塚田で、どんな教育を受けてきたのか、少しだけ興味が湧いたりするのだった。


「そろそろ時間だな」

「え、もうそんな時間ですか?」


あっという間に時間が過ぎ去っていて、千影は驚く。

楽しい時間はあっという間、と言うが、まさにその通りだ。

ふたりは風間が場所を取ってくれているというところに向かった。







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