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これは正しい婚約破棄  作者: 冬瀬
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蓮丹 1



壱成は喜助の劇を観に行ってから、表向き変わりなく働いている。

吾妻には無理をさせるが、彼に喜助の行動は把握してもらっていた。

喜助に今のところ動きはない。役者の仕事が忙しいようだ。


彼を捕まえるには、現行犯しか無理だ。

逃げられれば何も跡が残らない。


それはつまり、被害が出てから助けに行くしかないということ。

正義感の強い壱成だ。それについては罪悪感もある。

ただ、わからないことが多いあの男を捕まえるには、ほかに手段がない。


喜助が演じた役は、まるで彼自身のようで、壱成を挑発しているともとれた。

何か動きはあるはず。

壱成は気を引き締めて、日々を過ごしている。


「大尉。第三支部から連絡が」


彼は榎本から書類を受け取る。

壱成は平時、支部から集まる資料を分ける仕事をしている。上から見れば雑用、下から見れば羨ましいデスクワーク。

ずっと机に向き合わなくてはいけないのは、壱成からすれば嬉しいことではない。

現場に出て調査するほうが、よっぽどやり甲斐がある。

そんな文句は言えないので、もらった資料に目を通した。


「……祓い人による、武装集団だと」


事態は一変した。

彼はすぐ上層部に報告を入れる。

ここ数年で一番の事件だ。







「これは由々しき事態だ」


緊急会議が開かれ、参謀部の上官たちが重々しい口調で説明し始める。


「祓い人が常人に隠れて暮らさなくてはならなくなったことに、不満が爆発したらしいな。なぜ今このタイミングで……」


まだ事件が起こる前に、武装集団の動きを察知できたのは幸いだった。


「責任者を捉えて、早々に解体しろ。能力の使用は許可する。本部からも何人か向かわせろ」

「誰を行かせますか」

「……徳永大尉を。彼にはそろそろこちら側の人間になってもらわないとな」


上官たちは無言だったが、それはつまり肯定を表していた。


「あの」


ひとりの男が挙手する。


「なんだ」

「わたしは、塚田を呼ぶのが良いかと」

「たしかに第三支部の管轄であれば、塚田を動かせるようにしといたほうがいいな。要請を入れておけ」

「はっ」


提案した男は快く声を切った。


(影風の仕事が見られるかもしれない!)


千影の知らないところで、彼女の存在は大きく広がっている。

まさか、こんな風に軍の内部にも自分の姿を見たいと願うものがいるとは、見当もつかない。


そしてそれは今回、いつも塚田に課された暗い仕事をする千影に、思わぬ試練を与える。



会議が終わると、すぐに正太郎に電話が入る。

要件を聞いた彼は顎に手を置き考えた。

特例として、使える人材(=千影)を手においている塚田。

本来なら、あれほどの実力者は軍に引き抜かれてもおかしくないのだ。

日比野郡で息をひそめる武装集団——蓮丹——を解体する、という本部直々の協力要請を断るわけにはいかない。


「ちょうどいいか」


照子から聞き出した「幻薬」の研究の資料は大体集まったところ。

使える医者を見つけるのに苦労したが、先日よい人材を見つけた。

半信半疑のようなので、実物をみせるほうが話も早いだろう。


——千影を屋敷に呼び戻し、血液のサンプルをとらせることにしよう。



正太郎はニヒルな笑みをこぼした。






壱成の屋敷にある電話が鳴った。

風間が受話器を取ると、相手は塚田正太郎だった。


「真香さまでしたら、ただいま外出中ですが」


てっきり愛娘への連絡だと思った彼は、そう切り出したが、意外なことに正太郎が望んだのは壱成だった。

呼ばれた壱成は、なんの用かと考えるが思い当たる節はない。


「お電話代わりました。壱成です」

『仕事前に悪いね。急な話なんだが、明日から真香をしばらくこちらに呼んでもいいか?』

「それは構いませんが」

『水を差すようですまない。こちらで少々真香が必要なことがあってね。娘には追ってこちらから連絡する』

「わかりました」


受話器を掛けて、壱成はなぜ真香が呼び戻されるのか不思議に思う。


(婚約破棄? こちらとしては願ってもないが、塚田の恨みは買いたくないぞ……)


壱成は想像してヒヤリとした。

塚田に睨まれることだけは、避けなくてはいけないことだった。

この婚約を舐めてかかっていた自分に気がつき、深いため息を吐く。

いままでの婚約とは違い、相手が大きすぎる。

たとえ娘と契約が順調でも、親は一筋縄ではいかない。


(……それなりに、婚約者らしい扱いをするべきだったのか?)


ここに来て後悔の念が押し寄せるが、それで彼女に勘違いされるのも困る。


「壱成さま?」


気分転換に散歩に出かけていた千影が帰ってきた。電話の前で腕を組む壱成に、小首を傾ぐ。

壱成は彼女をじっと見た後、口を開く。


「お父上から連絡があった。明日から君をしばらく塚田のほうに戻したいと」

「え?」


突然のことに、千影は目をさらにする。

正太郎からの呼び出しとなると、いい予感はしない。


(照子さんに会える!)


それでもあそこには最愛の人がいる。

ずっと様子が気になっていたので、帰れることは嬉しかった。

ただ、彼女は壱成の渋った表情が気になる。


「わかりました。その、父は他に何か?」

「……いや。特に何も言われていない」


それにしては何かを言いたげな眼差しで、千影は彼が何を考えているのかわからない。


「期間はどれくらいになるかはわかりませんが、しばらくこちらを留守にさせていただきます。何か私の方から父に伝えたほうがよいことはありますか?」


「支援についての礼を伝えてくれると嬉しい。……もし、正太郎さんから何か言われるようなことがあれば、遠慮せず連絡をくれ」


(ああ、そういうこと)


それで彼女は理解する。

正太郎の機嫌を損ねてはいないか、心配なのだろう。真香は彼に溺愛されていたのだから、娘のためになら徳永も恐れない、くらいには思われているのかもしれない。


「恐縮ながら、私はこの婚約のお陰で自由に外を学ぶことができています。壱成さまにはとても感謝しているのです」


千影はにこりと笑った。これで彼の婚約破棄についての心配は、少しは和らいだはずだ。


(コネは大事だもんな)


真香の顔は、塚田の顔。

千影からすれば能力者社会のコネクションなんて、心底どうでもいいのだが、壱成は違う。


「いや。俺のほうも助かっている。塚田のほうでは体を休めてくれ」

「お気遣いありがとうございます。壱成さまもお仕事は忙しいでしょうが、無理をなさらないでください」


決まり文句を適当に並べる。

千影は自分が屋敷に戻って休めるなど、微塵も思っていない。この壱成の屋敷にいる時間が、休暇のようなものだったのだ。


(照子さんにお土産、なに買っていこうか)


照子には自分がいない間、苦労をかけることもあっただろう。体が心配だが、どうか元気でいて欲しい。


こうして千影の里帰りが決まった。






その日、壱成が職場に着くと、緊急で上官に呼ばれた。

話の内容は予想がついている。


「徳永大尉。603中隊を率い、明日1500に日比野郡に向かえ。到着次第、第三支部と合流。そこからは上橋支部長と指揮を取れ。相手は同士だ。被害は最小に。小火を消して来い」

「承知しました」

「期待しているぞ」

「ハッ」


壱成は寸分違わぬ完璧な敬礼をし、部屋を出ようとする。


「そうだ。大尉」


呼び止められ、振り返る。


「何でしょう」

「これはわたし個人が気になっていることではあるのだが、今回はあの塚田の番犬が任務に参加する。あちらの申請では、塚田の血を引いていて治癒能力をもっているとなっているが、本当にそれだけか見極めておいてくれ。無理にとは言わないが」

「わかりました」


そういえば吾妻にも「影風」のことを言われていたな、と思い出す。喜助と会って、すっかり失念していた。

上層部でも名が通っている人物だ。

これはいい機会に恵まれたかもしれないと壱成は思う。

彼が影風を見たのは、本部に来たばかり——喜助のことで敏感になっていた時。

当時は「影風」なんて通り名を知らなかったので、あんな能力者が存在していたのかと衝撃を受けた。


(吾妻に言ったら、ついてきそうだな……。まさかあいつ、影風を見ようと現場に来るんじゃ?)


どこからか情報を掴んでくるやつだ。

その可能性が捨てきれず、壱成は頭が痛い。


「失礼します」


壱成は次こそ部屋を出た。


(集中しないとな)


上官の「期待しているぞ」という言葉が反芻した。


(彼女が屋敷に呼び戻されたのは、何か関係があるのか?)


壱成は明日自分の屋敷を去る、彼女を思い浮かべる。

塚田の番犬と真香には何か関係があるのかもしれない。影風は治癒の力をもつそうだし、顔見知りの可能性は低くない。

吾妻に言われた通り、聞いてみるべきだったなと思う。


(それか俺が屋敷を留守にすると知って、正太郎さんが引き取ってくれたのか……)


こちらのほうが筋が通っているな。と彼は気がついた。

正太郎の過保護ぶりには、驚かされるものだ。しかし、自分も気にせず仕事に臨めるのだ。感謝をしておくべきだろう。


壱成は中隊を集め任務を伝えると、その日はすぐに解散し、明日の準備を始めるのだった。






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