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第25話 「 ask about her health 」




 明くる日、俺は有名なスイーツ店の紙袋を提げたまま、大きな洋館の前に立ち尽くしていた。


 小高い丘の上にある閑静な住宅街。その中でもとりわけ地価が高そうな、見晴らしの良い立地に建てられている。


 俺は意を決して、門に設えているドアホンのボタンを押した。


『―――はい。どなた様でしょうか?』


 俺は訪問の趣意を伝えると、門が開くのを待った。


___________________



 高価そうな壺や名だたる画家が描いたであろう絵画たちを横目に、俺は1人の紳士の後ろについて歩いていた。


 この邸の門を開けてくれたは1人の紳士で、彼は何度か会った事のある、坂崎氏だった。彼に案内され、俺はある扉の前に辿り着いた。


 一礼して坂崎氏が去った後、俺は扉をノックした。


『どうぞ』


 扉の向こうからくぐもった少女の声がした。


 果たして部屋の中にいたのは、ベッドの縁に腰掛けていた水瀬だった。


 流石にパジャマ姿ではなく、水色のキャミソールと七分丈のパンツを穿いていたが、髪型はいつものようなツインテール ではなく、おろしてストレートにしていた。だいぶ印象が変わって見えるな。


 まるで血の通っていなさそうな蒼白の顔、そして1日で驚くほどやつれた顔。


 水瀬は明らかに衰弱していた。それも、不自然なほどに。

 

___________________



 昨日―――タッちんと名乗るマスク男が逃亡した後、俺とレイラはジョーの運転するセダンで我が家に戻った。


 レイラを連れて戻ってきたことに軽く驚いていた聖だったが、逆にそのことで事情をある程度察したようだった。


 長い時間水瀬は苦しんでいたらしい。と言ってもせいぜい30分ほどだが、聖には長く感じたのだろう。聖はその間、救急車を呼ぶか否か散々迷ったという。


 水瀬の容態がこれ以上悪くなるのは危険と判断して119番通報しようと決断した時、おもむろに水瀬から苦しみが脱していったらしい。


救急車(ambulance)を呼ばなかったのは結果的に正解だったわ。この症状を普通の医師が診たところで、原因不明で手も足も出ないでしょうし」


 そう言ってレイラは倒れて気絶している水瀬の頭から足のつま先まで手をかざし、入念にチェックしていた。


「それ、何してんの?」


 聖が素朴な疑問を口にする。


「彼女―――アスカと言ったかしら―――の肉体には何の異常もないわ。異常をきたしているのは肉体ではなく、精神体よ。私が今行なっているのは簡単に言うと、手で精神体をスキャンして何処にダメージを受けているのか診ているのよ」


 レイラは口元を手で覆い、神妙な(かお)で続けた。


「やっぱり間違いないわ。アスカは何らかの方法によって、あの『力』を起動させる装置と接続させられているわ」


「いま明日香はどんな状態なんだ?」


「分かりやすく言えば、かつてキースが貴方の友達にした事と似たような状態ね」


 キースという名を聞いて聖がしかめ面をした。


 俺はキース・リーブスの魔術によって傀儡(くぐつ)と化し、生命力を吸い取られた高梨部長と守屋翔馬を思い出した。レイラが言ったのは彼らの事だ。


 水瀬はいま、彼らと同じように自らの意思に反して非道な方法で生命力を略奪されているのか。


「なんだよそれ!そんなバカな話あるかよ。レイラ、何とか水瀬を救けられないか? そうだ、キースの時みたいに、《擬似召喚魔術》で水瀬にかけられている魔術だかなんだかを解除できないのか?」


 ちょっとした思いつきだったが、口に出した途端それしかないという程に可能性が高い気がした。


 レイラは黙っていたが、ややあってから、


「……そうね。やってみましょう。やる価値はあると思うわ」


 レイラの呪文の詠唱ももどかしく、すぐさま俺はアンプのスイッチを入れてギターの音を出し、人間サイズに縮小した《炎の巨人》を喚び出した。


 右腕から緑色の炎を出し、水瀬の身体を優しく包み込む。


 この《緑炎》は『魔術を無効化/解除』の特性があるようなのだ。


 頼む―――。


 すがる思いで俺は《想像》する。


 《緑炎》が消えて、レイラが再度手をかざしてスキャンする。


「どうだ。成功したのか?」


 しかし、レイラは瞼を閉じ、静かに首を振るだけだった。


 その様子から、レイラは初めからこの結果が判っていたのだろうと察した。


 それでも敢えて俺の提案に同意してくれたのは、俺に気を使ってくれたのだろうとも。


「レイラ、教えてくれ。お前にはどうすれば良いのか判ってるんだろう?」


「ええ。今回とキースの件との違い。それはアスカが魔術による直接支配を受けていない、という事ね。彼女はいま『魔術的回路を持つ装置』と繋がっている。であるならば、その『装置』を破棄してしまえば良いということになるわね」


「そう言えば、確かさっきも『装置』と言っていたな。その『装置』っていうのに、心当たりはあるか?」


「恐らく、だけれど」


 そしてレイラが立てた仮説に俺と聖は息を呑んだ。


「そんなの……聞いた事ないよ」


「そんなことが可能なのか?」


 聖も俺も、信じられない思いで呻いた。しかし今まで俺たちが出くわした出鱈目な出来事の経験が、その思いを上書きしていた。


 俺は床に倒れたままの水瀬を見る。


 彼女の顔は苦しみから解放されたからか、安らかな寝顔をしている。


 喜怒哀楽の表現が豊かで感情の起伏が激しいし、たまに何を考えているのか理解できない。だが音楽のセンスは抜群だし、天性の歌声を持っている。


 何より、音楽に対するひたむきさは本物だ。


 水瀬は俺の友人だ。音楽をする仲間だ。


 俺は仲間を失いたくない。


「次だ」


「「え?」」


 俺の唐突な言葉に聖とレイラの疑問が異口同音で声を上げる。


「次にあの男―――タッちんが姿を現した時、俺は必ず決着をつける」


 俺の決意表明に、レイラは真剣な面持ちで頷く。


「アタシも何か協力できることない?」


 おずおずと手を挙げて聖が申し出る。


「願っても無い。もちろん協力してほしいことがある。ジリには、ギターを整備してもらいたい。()()にな」


 その後、迎えに来た坂崎氏に水瀬を預けて(よくあることなのか彼はそれほど驚かず、俺たちに詫びと礼を言うだけにとどまった)、俺・レイラ・聖の3人は来るべき決戦の日に備えて各自のなすべきことをミーティングした。


 それが昨日の話。


_________________



「いらっしゃい弦輝」


「悪いな、いきなり押しかけて。体調はどうだ? あ、つまらない物だけど、これでも食って元気を出してくれ」


「ううん、気にしないで。まぁ確かにビックリしたけれど」 そう言って俺から紙袋を受け取る 「わ、凄い!嬉しい!ここのお菓子、美味しいんだよね」


 水瀬はベッドのベッドサイドチェストの上にあったルームフォンで紅茶を頼んでいた。


 聞けば、使用人部屋に電話する為のものらしい。


 ほどなくして、年配の家政婦がワゴンを押してティーセットを運んできた。


 しばらくの間取り留めのない話をした後、俺は本題を切り出した。


「ところで、頻繁に倒れたりするのか?」


「ああ、うん。実はね、昔からちょっと体が弱くて……でもそれだけ。ちょっと休めばすぐ治るから」


 気丈に微笑む水瀬。まるで落ちそうな花が、健気に風に耐えているようだ。


 何ともないわけが無いじゃないか。


 叫び出しそうになるのを我慢する。


「原因は何なんだ?」


 会話の接ぎ穂のはずの、何気ない質問だった。


 だが―――。


「え? あ、うん。昔からの持病っていうか……そう、ちょっとした貧血体質なの。だから……」


 心配しないで、とか細い声で訴える水瀬の態度に、微かな違和感を覚えた。


 同時に、俺の脳内に稲妻が駆け巡った。


 直感が直感を呼び、俺はあることに気付いてしまった。


 俺は大きな間違いを犯してはいないか?


 大きく息を吸い込み、意を決して震えそうな口を開く。


「なぁ明日香、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 反応は劇的だった。


 ビクッと彼女の体が強張り、唇が固く引き結ばれた。


 やはりだ。俺は前提が間違っていたのだ。


 水瀬は何も知らずに生命力を奪われていたのではない。受動的か能動的かはさておき、彼女は自分の生命力が何かに利用されているということ、そしてそれを誰が為しているのかということを知っていたのだ。


 以前、後輩の香山せいらから聞いたことがある。


 人間は嘘をつく時、視線が右に動くという。


 つまりこちらから見たとき、相手が左に視線を動かした時は嘘をついている可能性が高いらしい。


 先ほど水瀬は左上方を見て、まばたきの回数も増えた。だから俺は不審を覚えたのだ。


「な……んで?」


 震える声で、絞り出すように問いかけてくる水瀬。


 なぜ俺がタッちんを知っているのかということか。


 それとも、なぜ水瀬とタッちんの繋がりを知っているのかということか。


 どちらにせよ俺はそれには答えず。


「知っているんだな?」


 念押しした。


 水瀬は俺から目を逸らして俯き、黙り込んだ。


 何も答えないつもりか。いや、どう答えるべきか迷っているんだろう。


「俺には不思議な能力と知識を持った友達がいるんだけど。そいつが言ったんだ。このままだと明日香の命が危ないって。そしてその原因は、タッちんという男にあるとも言っていた。俺はそいつのことを信用している。間違いない事実だろう、と」


 そこで俺は、努めて柔らかい口調で語りかけた。


「なぁ明日香、俺はお前を救けたいんだ。何か事情があるから、話してほしい」


 辛抱強く、水瀬が話し出すのを待った。


 やがて水瀬は、ポツンと話だした。


「半年前、()()()()()は急に私の前に現れたわ」









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