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第8話 ヒロイン辞めたい(後編) vsウェルウィッチア

 「私はそういうの全く興味がない。断る」

「そんなこと言わずに協力してよ」

特殊災害対策庁のリフレッシュルームで押し問答するのは丘とジェニファー。ジェニファーは悩める仁子の気晴らしと、彼女との仲直りの機会にと、外資系金融機関の東京支店長として赴任している叔父を頼り、彼の部下の日本人との3対3の合コンをセットして、丘に協力を依頼した。ジェニファーの思いを聞き、最近は妹のように感じている仁子のためと。

「今度だけだぞ。普段着で行くし、口をきかない置物だと覚悟していて」

「わかったわ。それでもあなたなら最高のビスクドールよ」

満足そうに口角を上げ仁子のもとにいそいそと向かうジェニファーに、優しい笑みを見られてはなるかと背を向けた丘だった。

 「仁子助けて!合コンのメンバーがインフルエンザに罹って一人欠けちゃったの」

「えっ、合コン?ムリムリ!私、知らない人となんて気軽に話せないよ」

オフィスに戻ってきたジェニファーにいきなり手を取られ、グイグイ引き摺られてきた給湯室で、思いも寄らないオファーを受けて戸惑う仁子。

「これサトミの依頼案件なのよ」

「誰、サトミって‥‥え~!ウ・ソでしょ」

「ああ見えて彼女も婚期を意識し始めたようなのよ。私のアンクルにお願いして、一流銀行マンを調達したので、智美のためにも絶対外せないの。プリ~ズ!」

両手を胸の前で組んで腰をくねらせ、濃いアイシャドウとつけまつげに飾られた目を潤ませて懇願するジェニファー。

「だって私、今は恋愛禁止だし」

唇から零れ落ちた本音に自ら驚き、両手で口元を覆う仁子。

「ホワット?テルミー・ワンスモアマサコ」

そう言いながら微笑を浮かべたジェニファーの顔には”聴いたわよ”と書いてある。またやってしまった仁子は視線を外して観念の溜め息をついた。

「う~うん、何でもない。お世話になってる丘さんのためなら協力するわ」

「ソー・ハッピー!お礼に当日のファッションコーディネートは私に任せて。仁子を大人の女に大変身させてあげる」

仁子の頬にさらりと手を滑らせるジェニファー。

「私は数合わせなんだから。そんなことしなくていいでしょ」

「美女三人でエリート銀行マンの度肝を抜いてやるのよ。気にしないでね」

「そう、なの?」

踵を返して給湯室を後にする同僚を唖然と見送る仁子には、彼女に背を向け片手で小さくガッツポーズを作ってウインクするジェニファーの様子はうかがえなかった。


 「ねえジェニファー、このワンピースとても着心地よくてデザインも素晴らしいと思うんだけど、膝上15cm丈はちょっと短すぎる気が‥‥」

冬晴れの土曜日の昼下がり、”コートだけは自前で”との指示通り黒のハーフコートを羽織ってジェニファーのマンションを訪れた仁子が着せられたのは、ベージュのカシミヤニットワンピース。前身ごろだけ手編み風のケーブル柄で上半身にフィットし、袖やスカートはふわりとゆったりしたデザイン。

「よく似合ってるわ。あなたは脚が長いんだから、これくらいの丈ならセクシーだけどエロくはないわ。さあこれ履いて。靴はブラックのショートブーツを用意してあるのよ」

「えっ、ナチュストなんて絶対無理!黒のタイツにする」

「トゥーシャイ・マサコ。しょうがないわね。でもタイツは40デニールで。これだけはスポンサーとして譲れないわ」

<変身後のピチピチスタイルと比べれば、これくらいどうってことないか。とっても動きやすくて戦闘にはバッチリなんだけど、やっぱりあの姿は掟抜きに人目に曝せないな>

苦笑いを浮かべ、観念したようにもぞもぞとタイツを履き終えた仁子の後ろに回ったジェニファーが、背伸びして結んだブラックリボンチョーカーには大粒のティアドロップパールが下がっている。

「あとはメイク、あなたの肌は私と違って白くてきめ細かいので、ルージュはローズピンク。アイライン入れたら、ルージュと同系色のチークを軽くね」

デパートの化粧品売り場にいる販売員のような手早さで仁子にメイクを施すジェニファー。

「何から何までありがとう。でも、どうしてここまでしてくれるの?」

「いいのよ。大切な友人を思い通りに着飾らせて美しくするのは私の趣味。あっ言っとくけど、ワンピースと靴はサイズの問題でプレゼントするけど、アクセとバッグは貸すだけよ。今夜別行動になってもどこかに忘れて来ないでね」

イタズラっぽくウィンクするジェニファー。

「もう!丘さんを差し置いて、おまけの私がそんなことするわけないじゃん」

「合コンは成り行きよ!じゃあ行きましょう」

襟周り、肩口、スカート部の両ポケットにふんだんにパールの縫い込まれた、黒のノースリーブワンピースに身を包み、モスグリーンのロングコートを手にしたジェニファーが艶然と微笑んだ。


 ”アフリカの赤い砂漠展 =ナミブ砂漠の奇想天外な生き物たち=”

仁子とジェニファーは合コン会場の上野の森の一軒家フレンチへ向かう道すがら、科学博物館に掲げられたこの看板を目にして足を止める。

「奇想天外か。あれが来てるなら面白そうね」

まだ待ち合わせまで余裕があるため、専門家ジェニファーの解説付きで会場を見て回ることにした二人。仁子の目を惹いたのは、完全成長体としては本邦初公開のウェルウィッチア。ナミブ砂漠外縁の生息地から自然な状態のまま移植されたグロテスクで神秘的な植物。地面から直接ウジャウジャ湧きだしたような細長い葉っぱが数十枚、左右の葉先と葉先を結んだ直径はゆうに5-6mはありそうだ。パックリ縦に割れ縁がソテツの幹のようにカサカサしている中心部に近付いて中を覗き込んだ仁子が、飛び上がって悲鳴を上げる。

「キャア~!」

大きなすり鉢状の割れ目には薄黄色の松ぼっくり状のものがキノコのように立ち並び、その間を鮮やかなオレンジ色の何かが無数に蠢いていた。

「まあ、自然のまま移植ってこういうことだったのね。松ぼっくりは雌花、ウェルウィッチアは裸子植物なのよ。雌花の周りを活動してるのはホシカメムシ。よく見るとオレンジの甲羅に黒の三角ストライプが入っててかわいいのよ。彼らはこの割れ目を棲み処にして雌花の受粉を手助けしているの。刺激すると臭腺から耐えがたい悪臭を発するから気を付けてね」

ジェニファーのガイドも上の空、仁子は虫が苦手のようで、口元を片手で覆ってこみ上げてくるものを必死にこらえているようだ。

「ウェルウィッチアは別名”奇想天外”。昔の人のネーミングセンスは抜群ね。千年も生きると言われるこんな生き物、実物見るまで誰もその姿形を想像できないわよね」


 ウェルウィッチアショックで這う這うの体でレストラン前に到着した仁子たちに、セミロングの髪を下ろしてはいるがいつも通りデニムにブラックの革ジャンを羽織った丘が合流する。

<今日の主役は智美さんなんじゃ?>

丘の装いに戸惑いの表情を浮かべる仁子。何食わぬ様子のジェニファーと丘だったが、仁子のこの”変身”ぶりに、微かに頷きあった。

 「一番後ろ、デカっ!」

「でも脚長くてスタイル良さそう。あのショートヘアお前の好みじゃね?」

「二番目はチョー美人だけどあえての普段着?手強そうだな」

「俺、ツンデレ大好き。チャレンジしてみるわ」

「アメリカ人が一人いるとは聞いてたけど、三人とも全然国家公務員っぽくないんだけど。こいつは思ってたより当たりかも、やる気出て来た~」

先にテーブルについていた、思い思いの柄のツイードのジャケットに身を包んだ銀行マン三人組が、入店してこちらに案内されるお相手の”値踏み”と”手分け”の相談を始めているようだ。

「ハ~イ!エブリバディ。さあ今夜は美味しいフレンチと楽しい会話で盛り上がりましょう!」

ジェニファーが両手を広げて満面の笑みのオープニングパフォーマンス。そのテンションに気圧されつつ男性側中央に座る眼鏡が応じる。

「それじゃあ恒例なんでこちらの自己紹介から」

男性三人のコメント中、カメムシパニックを引き摺る仁子は青白い顔で俯き、興味なさげな丘はデニムの脚を組んで時々天井を睨んでいる。

「じゃあ私たちの番ね。それじゃ隣のビスクドールが口を開くわよ」

ジェニファーのふりに、左頬を上げ困ったような表情をしたのも一瞬。律儀に姿勢を正すと。

「丘智美、28歳陸上自衛官。以上!」

「国家公務員ってお姉さんたち自衛隊のヒトなの?」

丘の正面に陣取ったツンデレ狙いがあんぐり口を開ける。

「いいえ、私たちは別の省庁。この子と違ってか弱い乙女よ。ねえ仁子」

気分悪く俯いていた仁子は会話の空気が読めていない。やにわに顔を上げると。

「はい、智美さんにはこの間もスパーリングでお世話になりました!」

「ス、スパーリングって、こういうやつ?」

仁子の前のショートカット好きが、恐る恐るファイティングポーズを取る。あきれつつ溜め息をつき、ジェニファーがそれでもフォローの口を開こうとしたその時。《ズッシ~ン!》

グラリとレストランが傾き、何かが崩れ落ちるような重低音がテーブルを囲む6人の腹に響く。丘のスマホに”科学博物館が突如倒壊した”との一報が入り、その旨を二人に耳打ちすると、セミロングの髪を手際よく黒ゴムで纏めて、さっと飛び出していく。ジェニファーが取り出したタブレットには博物館近隣の監視カメラ映像がキャッチされ、倒壊した瓦礫に被さるのは巨大な緑が枝分かれした物体。覗き込む仁子。

「葉っぱみたい?まさかこれさっきの!」

「ヘイ、ボーイズ、ベリーソーリー。私たち急用ができちゃったの。宴の続きはまたの機会に。あなた方は上野の森を南に下ってお家に帰った方がいいわ。寄り道しちゃだめよ」

「お姉さんたちはいったい??」

コンコンチキチンコンチキチン、ここで仁子のスマホから祇園囃子が流れる。画面には今度はウェルウィッチアとはっきり判る植物が映し出される。

<さっきより大きくなってる?>

「さあボーイズ、そこまで私がご一緒するわ」

ジェニファーが男たちの背中を押しつつ仁子に振り返る。

「仁子は先にお仕事場所へ向かってくれる。さっきの講義忘れないでね。ウェルウィッチアは裸子植物よ!」

ジェニファーが人差し指を立ててウインクすると、三人の男性をせかしてレストランを出て行った。

「ジェニファーはきっと私のこと‥‥よし、私がんばるね。ジェニファー!」

そう呟き右の拳を握り込むと仁子はレストランの化粧室に駆け込んだのだった。

 

 巨大化したウェルウィッチアは直径60mを超え博物館を突き崩し覆いつくしている。その傍らに両腰に拳を充ててすっくと立つのは身長40m、シルバーボディにグリーンのストライプ、深紅のショートヘアに金色のティアラ、オレンジ色揺らめく慈愛に満ちた眼光。本人の意向はさておき不可視なのはもったいない、力強くかつしなやかな変身体の仁子。動かない植物に対し体操技や格闘術は不要とばかりに、早速巨大ウェルウィッチアに駆け寄り葉の下に潜り込むと、数十本はある長い葉を根本からまとめて抱きかかえて膝立ちとなり、抱えた右手を左腕のアームレットに触れて念じる。

<元に戻って!>

大量の葉を抱え込んだ仁子の身体が光に包まれるが、フラッシュを重ねるばかりで収縮が始まらず、やがて弱々しく光が解けたが彼我に変化は見られない。

<どうして?>

葉の束がどんどん重くなってきた。

<まだ増殖してる>

重みに耐えきれず地面に広がろうとする葉に弾き飛ばされた仁子は、敷地を空けて隣接する美術館や公会堂へ背中から落下。

<危ない、またやっちゃう!>

背面に危険を察した仁子が上半身にひねりをきかせながら下半身を伸び上がらせ、公会堂と美術館の間に手を付いてバク転で美術館を飛び越して何とか着地したが、ポーズを取る余裕もなくガクリと膝をついた。縮小技に時間を要したためエネルギーを通常より多く消耗し、肩で息をする仁子の身体のストライプがスプラッシュしてイエローに変わる。

<そうか、植物には根っこがある。地面に出てる葉っぱだけ抱えてもだめなんだ>

 そうしている間にもジワジワとウェルウィッチアは葉先を伸ばし遂にその直径は100mを超えた。

<このまま大きくなり続けたら街が呑み込まれてしまう>

慣れない植物相手の戦闘に苦戦するヒロインの脳裡には、窮余の解決策は想定されている。しかし、巨大化した葉を振り回して辺りを破壊するわけでもない、毒花粉をまき散らして人間に危害を加えるわけでもない、ただ大きくなっていく我が身を持て余しているかのように見えるウェルウィッチア。

<この子を助けたい>

どうする仁子!君に奇想天外な一手は残されているのか?


 轟くジェットローター音に、片膝立ちで苦しげなヒロインが顔を上げると、夜空に2機の攻撃ヘリが浮かび上がる。

「丘さん大丈夫っすか?」

上原からの通信がレストランから駆け付けて来た地上の丘に入る。

「無事よ。公会堂の壁際。さっきすぐ近くで凄い震動が起こったけど何でかな?」

仁子咄嗟の捻りバク転が巻き起こした土埃が、丘の革ジャンの肩に白く積もっている。

「隊長からやつの焼却命令が出てます。これから木下機と協同して、やつの周りにナパーム弾を投下します。退避してください」

「ちょっと待って、他にいい方法はないの?」

「気持ちは分かりますが、奴はどんどん大きくなってるんです。手遅れになる前に止めなきゃ、人的被害が出ます」

<また焼却か‥‥なんて私は無力なんだろう。さっきのドスンという震動源、ひょっとしてジェニファーの言っていた”不可視のヒロイン”?もしそうなら、あれを助けてやって!>


 ウェルウィッチアの周囲にヘリからナパーム弾頭が投下され始め、今や120mまで広がった植物の先端に火が移り増殖が停止した。燃え上がった葉先が宙にユラユラと浮かび上がる。左頬に炎熱を感じ、SDTUの作戦を察した仁子。

<遥かアフリカからここに連れて来られたあなたを、ただこのまま燃え尽きさせるわけにはいかない>

息を整え立ち上がったヒロインは、もう一度全速力で助走をつけ、炎にゆらめくウェルウィッチアの葉をロンダート(側方倒立回転跳び1/4ひねり後向き)で飛び越して、パックリ割れた茎に間に飛び込んで行った。” ウェルウィッチアは裸子植物よ”。

<ならばこの雌花の中に受粉してできた種があるはず。あなたの子孫だけでも助け出す>

並び立つ松ぼっくり状の巨大化した花序をまさぐる仁子の身体のあちこちにゾワ~とした違和感が。オレンジ色のホシカメムシもまた宿主とともに体長1mに巨大化し、ヒロインの全身に群がり這いまわる。

「ギャア~!だめ、来ないで~!」

そんな仁子のヒロインらしからぬ弱気な叫びにおかまいなく、無数のカメムシが火の気配に怯え、彼女の身体に這いのぼり、臭腺を次々開放し始めた。鼻のもげるような刺激が仁子の脳天に突き抜けた。

「ア~ン!」

遂に仁子は茎の谷間で頭を抱え呼吸を詰まらせしゃがみ込んでしまった。カメムシたちが蠢き、身体のストライプと見分けがつかないほどだが、どうやらそれがレッドに変わりヒロインにピンチを告げているようだ。

<そうかこの虫たちも我が身の危険を訴える地球の仲間。連れて帰らなきゃ>

決然と顔を上げた仁子が無数のオレンジ色のカメムシをシルバーボディが見えないくらいに纏ったままそろりと立ち上がり、種の捜索を再開した。しかし、敢えて身体に付けたままのカメムシたちの分泌物が蒸散を続けて毒ガス状態となり、ヒロインは失神寸前だ。

<あったわ!>

気が遠くなりつつも花序に生成されたいくつかの大きな種子を拾い出して左手で胸の下に大切に抱え、身体中カメムシだらけの仁子が、右手で左腕のアームレットに触れた。

<私もこの選択を人任せにしない>

ヒロインが右掌に湧き上がった青き光に輝く右腕を周囲に一閃すると、茎の谷間の内側も紅蓮の炎に包まれた。

<ごめん。あなたの子供たちは必ず私が守る>

茎の谷間が燃え落ちる寸前、仁子の身体は縮小→瞬間移動モードに入った。ヒラヒラと燃え盛る葉をさよならをするように揺らめかせる巨大ウェルウィッチア。まさに夜闇に生命の刹那を輝かせる奇想天外。少し離れた場所に瞬間移動アウトして、オレンジの瞳に同じ色の炎の反射を湛えたヒロインが、ゆっくり黄金の蝶に右手を添えてレッドスプラッシュを続ける変身を解除した。


 「ギャア~!やっぱり虫キラ~イ!!」

達成感に浸る間もなく、視界にオレンジ色に被さり身体中に貼り付く原寸大に戻った大量のカメムシを払い落とし、それらの放つ悪臭に耐え切れず膝から頽れて、今度こそ胃の腑を吐き散らかす仁子。しかし、喘ぐ彼女の左拳には、数個のウェルウィッチアの種子がしっかり握られていたのだった。ゆっくりと近寄ってきた人影が仁子の背中を優しくさする。

「ホシカメムシは日本の冬を越せないよ」

ジェニファーがバッグから取り出した先ほどのレストラン名の入ったドギーバッグを広げ、彼女の大好物でいつも持ち歩いているジェリービーンズを一掴み放り込んで地面に置くと、わらわらとカメムシたちが袋に吸い込まれていく。その様子に安堵の一瞥をくれた天才生物学者は、糸の切れたマリオネットのようにペチャりと地面に跪き、未だ嘔吐と恐怖と興奮に震えながらきつく握り込まれた仁子の左拳に手を添えると、一本一本ゆっくり指を開いていき、彼女が命がけで回収してきたウェルウィッチアの数個の種子を確認する。

「千年後まで地球や私たちを見守ってね。奇想天外‥‥」

「ジェニファー私!」

抱きつく仁子。人間体に戻っても大質量の仁子が覆いかぶさってくるのを、一瞬たじろぎながらもしっかりと受け止めたジェニファーは、優しく彼女の口元に手を充てる。

「その先言っちゃだめよ。よくがんばったわね仁子。もう、せっかく美人にお化粧してあげたのに、あらゆる顔面器官から放出されたいろんな液体でグチャグチャよ」

抱き合う二人を優しい月光が包み込んだ。そしてもう一人、街路樹の陰から二人を見守っていた小柄な人影が静かに背を向けて去って行く。埃まみれのビスクドールの頬に光る液体は?

<ありがとう見えざるヒロイン。ありがとう、仁子‥‥>


 燃え尽きたウェルウィッチアの遺した大切な種子は、ジェニファーの研究ネットワークを経由し、生き残ったホシカメムシたちをお伴に秘密裏(事の次第を詮索されることなく)にナミビアへと送られ、故郷の赤い砂漠の大地に播種された。現地の研究施設から送られてきたその時の映像を見るジェニファーと仁子。

「この種が芽を出して成長し、日本に来た時の大きさになる頃、私たちはこの世にいないんだね」

仁子が感慨深げに胸前で組んでいた両腕を緩める。

「人間の生涯は長いようで短い。何百年後もこの子たちがすくすく育つような地球環境を保持するシステムを創造し、後の世代に受け継いでもらえるようにしなきゃね」

ジェニファーがそう静かに語り、強く頷きあう二人だった。


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