第7話 ヒロイン辞めたい(前編) vsクラゲ
「なんか静かになっちまった」
上空をホバリングするSDTUの攻撃ヘリは、クラゲの触手に絡めとられた際にミサイル、機関砲などを制御する電路がダメージを受けて使用不能となり、空しく傍観するしかない状況だ。さっきまで触手を見え隠れさせながら海面で激しい飛沫を上げていたクラゲが、今は完全に動きを止めて考え事でもするように漂泊している。身を乗り出すようにその様子を覗き込む上原の隣で、こちらも何やら思案気だった丘が顔を上げた。
「電路をやられても手動投下ならできるはず。上原君、あいつの直上で空中静止してナパーム弾を落とすよ」
「海にナパーム落としても火が付かないんじゃ?」
「ナパームの燃焼源はガソリンより更に発火点の低い超軽質油。海水より比重が軽いので、水面に拡散して一時的にだけど火の海が作り出せるはずよ。但し、弾頭がドボンと海に沈んじゃだめ。正確に奴の傘の上で爆発させれば」
「丘さん、操縦代わってください。力仕事はおれが!」
上原が席を立ち、自動投下器にセットされたナパーム弾頭の固縛ロックを外し、重い手動レバーをグルグル回して機体底部のハッチを開けにかかる。
「信管の感度を上げて!さっきみたいに傘に包み込まれたら終わりよ」
「わ~ってますって!それよりちゃんと奴の真上で止めてくださいよ」
ヘリでサムアップを交わす二人は、仁子がクラゲの体内に取り込まれていることを知らない。
動きを止めたクラゲは獲物の消化にエネルギーを使い始めたようだ。仁子はクラゲの体内で内膜に包み込まれ胎児のように身体を屈曲させているが、何とか意識は保っているようだ。消化酵素と思われるぬめりとした分泌液が全身にまとわりつく。
<あ、熱ッ!身体が溶ける‥‥>
遠ざかる意識の中、ジェニファーの言葉が浮かぶ。
”クラゲはね、漁網に引っかかったりして身体がバラバラになっても、発芽細胞から再生するのよ”
<バラ、バラッ。こいつをバラバラにするには‥‥そんな能力があるのか彼から聞いてないけど、やってみるしかない>
内膜に圧迫されて不自由な右手を、仁子は残った全エネルギーを集中させて左の二の腕に近付ける。アームレットまであと少し、3m、2m、1m‥‥届いたぞ!
<もっと大きくなれ!>
「目標直上で静止した」
「こっちも準備完了!」
オレンジのコンバットスーツの背中を汗でどす黒くした上原が荒い息遣いで叫ぶ。
「いくわよ」
「ハイサッ!」
上原が弾頭を支えるフックに手を掛ける。
「待って!」
バチバチバチ!クラゲの傘の内側から沸騰するような眩い閃光が湧き起こった。
「おいおい何だよ!」
開いたハッチから飛び込む強い光が、薄暗い機内を昼間のように照らす。危険を察した丘は、稲妻のような光に顔をそむけながら操縦桿を引いた。
「一旦上昇する。上原君掴まって!」
その瞬間、ズッ、バ~ン!クラゲの傘が爆発し粉々に砕け散った。四散した構成物がバラバラと落ちた海面には、身長60mまで更に巨大化してクラゲの身体を突き破ったレッドストライプをスプラッシュさせるヒロインが、仰向けのシルバーボディを大の字にして深呼吸を繰り返しつつ漂流していた。飛び散った巨大クラゲのブヨブヨした欠片をつぶさに観察すると、ポリプと呼ばれる発芽細胞が見られることを知っている者は極わずかしかいない。
東の海面がオレンジに輝き出した。日の出の時刻になったようだ。
<やばい。見えちゃうよ>
曙光を顔に受け、仁子が慌てて縮小→瞬間移動→変身解除モードに入るが。
「うん?海面に大きな銀色のひと形が!」
丘が指さす。
「え、どこですか?何もいませんよ」
上原がハッチから身を乗り出すが、夜明けの自然光が海に反射してキラキラするのが見えるのみ。仁子が収縮して瞬間移動する際の光がそこに含まれていることには気付かなかったようだ。
「ほんとだ。黎明時の幻だったのかな?フウ~、帰ろうか上原君」
「ハイサッ!」
「やった~!」
母船のブリッジでは、ブイからの現場映像を映し出すタブレットをチャートテーブルに置いたジェニファーが、エレガントな彼女にはこれまた似合わないガッツポーズを繰り返して、満面の笑みを浮かべていた。
「私は何も見てないわ。ねえ、仁子!」
「名取君、君は今日から3日強制有給休暇だ。ご両親に顔を見せてあげなさい」
夜明けの巡視船上に帰ってきた仁子に加藤雑班長から通信が入った。
「班長ご存知だったんですか?」
「一応君の上司だからね、って実は君を阿嘉利島に派遣してから思い出したんだけど。そうそう帰京交通費は個人負担ということで頼むよ。何せ予算厳しいんで」
「お心遣いありがとうございます」
こんなタイミングで親元を訪ねるかどうか、いろんな面から逡巡していた背中を押してくれた班長の厚意に感謝しつつ、仁子はヘリで帰るジェニファーたちに事情を話して別れ、巡視船を下船し連絡ボートで島に上陸した。先ず最初に島で唯一のスーパー兼ホームセンターでジーンズ、シャツ、スニーカーを買ってフィッティングルームで着替え、防災服と安全靴をキャスターバッグに押し込み両親の家へ向かった。
「わっ、びっくりした、仁子どうしたん?」
「お母さんただいま。異常潮位の調査で派遣されたんだけど、原因が解ったんでそのままお休みもらっちゃったの。明後日までお世話になります」
両親の家は海岸からわずかに陸地に入った一面のサトウキビ畑に囲まれた場所に建つ二階建て。ベランダからは狭い海峡を挟んだ小島の向うに青い大海原が見渡せる。何度眺めても絶景だと思う。
「お~、仁子。帰ったか」
家庭菜園の農作業から父親も戻ってきた。島に来て早2年、会社経営者の鋭い眼差しはやわらぎ、色鮮やかなスエットパンツにTシャツ姿が青い海の背景にフィットしている。
「昨日は緊急避難指示とか出て大騒ぎだったで。高潮や言われてもこの島には逃げる場所もそうはなくて、防災無線がとにかく高いところへ言うんで。全財産持ってここの二階に上がっとったけど、生きた心地がせんかったわ。何ともなかったみたいでよかった。大クラゲが出たらしいなあ?」
島に移住しても名古屋弁の抜けないのんびりした父の語り口に切迫感はないが、母と二人恐怖の明け方を過ごしたのだろう。
「この子もその関係で島に来たんやって」
「いや、私は国土交通省なんで調査だけだよ。よく知らないけど大クラゲは自衛隊がやっつけたみたいだよ‥‥」
<その大クラゲと直接闘ったのは自分だなんて言ったら、二人ともきっと卒倒しちゃうよ>
特殊災害対策庁に配属されていることすら心配かけまいと話せていない仁子は言い淀む。
「まあ、これで怖い思いもせんでええみたいやし、ゆっくりしてったらええわ」
「ありがとう!」
その日の夕飯の食卓。沖で獲れたばかりの沖縄県魚グルクンの唐揚げや夜光貝の刺身が並ぶ。
「仁子は今スポーツでもやっとるんか?何や体操に打ち込んどった時みたいに身体つきががっちりしとるように見えるな」
父が自分の両肩の端に手を載せる。
「えっ、う~うん。特には‥‥あっ、ちょっと太ったのかも」
父の仕草に反応し両腕をクロスさせて肩をすぼめる仁子。
<父さん鋭いなあ>
「国土交通省にはええ人はおらんの?」
箸を片手に今度は母が訊ねる。
「ええ人って?」
「ほら彼氏とか」
「いや全然」
敢えて反応薄を装いビールグラスに口をつける。
<今頃気付いたけど変身ヒロインって、やっぱり恋愛禁止なのかな?>
半分空いて中空にとどまる思案気な仁子のグラスに、優しく両手で支えた瓶から母がビールを注ぎ足す。
「あっ、ありがとう」
「私らがここに移ったのは名古屋より暖かい場所でのんびり過ごしたいゆうのと、もう一つ孫の遊び場にここの海は最高かなとも思ったからなんよ」
「ま・ご‥‥」
グルクンの骨を外していた箸を止めて絶句する仁子。ビールを飲んでいたら派手に吹き出しただろう。
「わっ、私まだ25よ!結婚とか出産とかは先ずは仕事で一人前になってから。日本の女の婚期はお母さんの頃とは違うのよ」
動揺を隠しきれず箸を振り回して早口でまくしたてる。しかし、狼狽がだんだん収まると同時にある疑問が仁子の脳内に持ち上がった。
<私、変身できる今の身体で赤ちゃん産めるのかな?>
「ちょっと自転車借りるね」
「ええけどどこいくんや?行きたいところがあるなら車で乗せてったるが」
「昨日お父さんに見つかっちゃったけど、デスクワークばかりでちょっと膨らんじゃってて。ダイエットするより運動の方がいいかなって」
翌朝食事の後、自転車にまたがると、仁子は島一番の白砂のビーチに向かった。シーズンともなれば本土からのリゾート客が鮮やかなビーチパラソルやレジャーシートを広げる人気の砂浜だが、真冬の朝人影は見えない。自転車脇でスニーカーを脱ぎ靴下を押し込むと、仁子は朝の光で目を覚ました真紅のハイビスカスたちが今を盛りに咲き乱れる生垣をくぐり抜け、裸足でビーチに歩み出した。空はこの季節には珍しく雲一つなく澄み渡り、陽光を跳ね返すホワイトサンドはほんのり暖かく、ジーンズの裾をまくり上げた仁子の足を優しく包み込む。
<昨日母さんに言われるまで全然気付かなかったなあ>
独りでビーチを訪れたのは考え事をしたかったからのようだ。少し冷たい風が額にかかるショートヘアを揺らす。浮かない顔の仁子は汀に近い乾いたところに海を向いて腰を下ろした。海は昨日のクラゲとの激闘が嘘のように穏やかで、仁子の心中など無視したようにエメラルドグリーンの海面をキラキラと輝かせている。
<”結婚して母になるだけが女の幸せではない”ってよく言うけど、母さんたちがこの歳になった一人娘の私に期待するのはやっぱりそこなんだよなあ>
沖合をダイビングポイントに向かうのか、赤字に白斜め一本棒の小旗をなびかせた白いプレジャーボートがゆっくりと横切って行く。
<体操を辞めた時も、理系それも土木工学をやるって決めた時も、二人は何も言わず経済的にも精神的にも私を支えてくれた。国家公務員試験に合格して官僚になって、これが最高の親孝行だと思ってたのは私だけだったのかな?>
ドスン、両手を広げてビーチに大の字になる。優しい日差しが仁子の身体に降り注ぐ。
<あっ、この格好昨日もしてたな。とにかくきれいな空気を吸いたかった‥‥死ぬかと思ったよ>
クスっとしたのも束の間、またハッと身を起こす。
<親より早く死ぬ確率が高いことしてるんだな私。それは最大の親不孝。変身能力を与えられて数ヶ月。とにかくここまでガムシャラにがんばってきたけど、これって私、いつまでやるんだろ? >
満ちてきた渚の潮が仁子の白い素足を洗い始める。南の島の抜けるような青い空と煌めく美ら海をもってしても、彼女の心に立ち込める雲はどんよりと晴れないまま‥‥
短い休暇を終え玄関でキャスターバッグを手にする仁子に母が声を掛ける。
「あんなこと言ってごめんねえ。私らは仁子が元気でいてくれたらそれで十分。危ないことだけはせんようにね」
父がその横でにっこりと頷く。両親は仁子の仕事に薄々気付いていると思われるが、その想像はたぶん雑班の業務範疇。まさか彼女がかつてのウルトラマンのように巨大生物と闘っているだなんて思いもよらないだろう。
「私は技術職国家公務員よ。危ないことなんかしてないから大丈夫だよ。お世話になりました。また来るね」
仁子は軽く両親に手を振り、ピンクのブーゲンビリアの花が彩る実家を後にする。精一杯口角を上げてみるが、次々湧き起こる自らに対する疑問がクラゲの体内膜のように纏わりつく感覚は振り払えないのだった。
里帰りでリフレッシュするはずが、新たな悩みを抱え込んで帰ってきた仁子は、浮かない顔でデスクに向かう日々が続いていた。
「申し訳ありません!」
加藤班長の横で長身を折りたたむ仁子。
「君がこんな単純なところでミスするなんて珍しいね。この資料明日の本省との会議で使うんで、悪いけど今日は残業してやり直しておいて」
加藤が言い終えるやいなや終業ベルが鳴り、同僚たちが次々席を立つ。ジェニファーは仁子の変化にとうに気付いていたが、”不可視のヒロイン”事件以来、積極的に声をかけられないでいた。
「ネバーマインド、仁子。お先に失礼するわね」
「ありがとう。バイバイ、ジェニファー」
仁子が力なく微笑み手を振った。
その後何とか資料を作り直して深夜に帰宅し、ベッドに入ったものの眠れない。
<私、いつまでこの役割を引き受けたらいいんだろ?こんな激しい運動や格闘は若いうちしかできない。これって期間限定だよね?>
「ねえ、聞いてるんでしょ教えてよ!」
サイドテーブル上のスマホに手を伸ばし、アプリを起動して叫ぶがM90星人からの答えはない。
<私だって恋愛もしたいし、結婚して赤ちゃんも欲しいけど、ヒロインに産休ってあるの?その先は夫に隠してママさんヒロイン?あり得ない!も~何でこんなことに‥‥>
頭をかきむしりながら仁子はあることに気付きハッとする。
<大倉山の事故で私たぶん死んでたんだ。最大の親不孝‥‥>
今は宇宙人に余生を与えられ、脇目もふらず”地球の平和を守るのが我が使命”と考えをまとめにかかるが。
<地球を守る?>
モグラ、ハヤブサ、サイそしてクラゲそれぞれとの戦闘シーンが脳裡に蘇える。自分が闘ったのは皆地球の生き物だった。彼らには巨大化してまで訴えたいメッセージがあったのではないか?それを自分は宇宙人に授けられた力で抑え込んだだけではないか?仁子は自らの”使命”にさえ懐疑を抱き、再び煩悶する。両親にも心配をかけ、大好きなジェニファーにも嘘をつく日々。ベッドから起き上がる。
「もう無理、辞めたい!前みたいに目立たず平凡に生きたい。だって私、そのために公務員になったんだもの!」
そう声に出して拳を振り上げる仁子。確かに辞めるのは簡単だ。白昼みんなの前で変身すればそれでおしまい。こんな悩みに囚われることはなくなる。器械体操もそうして簡単に止めた。
<今度もそうするの?>
遅ればせながら登場したもう一人の自分がつぶやく。再びベッドに倒れ込み闇に見開いた目から零れ落ちる自らの涙に驚いて、布団を顔までかき上げる仁子だった。
翌日夕方、庁舎内ジムで仁子は丘との格闘術のスパーリングマッチに臨む。仁子の上達ぶりは庁内で噂になっていて、試合情報を聞きつけたギャラリーがジムの壁際にズラリと貼り付いている。ハーフパンツとノースリーブTシャツ、髪も含めて黒一色の仁子と、黒の短パンにゴールドのタンクトップ、いつものポニーテール姿の丘が入場してきた。誰とも知れず起きた拍手が、あっという間にジム全体に広がる。
「よろしくお願いします」
レフリーの上原に一礼後、二人はヘッドギアとフィンガーグローブをぶつけ合い試合開始。
丘がパンチを繰り出すが仁子が消える。側転して丘のサイドに現れた仁子が右脚で丘の後頭部を狙う。《バチ~ン!》咄嗟に半身で振り返った丘の左腕がキックを受け止めた。
「ウオ~!」
ギャラリーからどよめきが沸き起こる。衝撃を吸収しパンチで反撃に転ずる丘に対し、仁子は幻惑するような後方転回で間合いを空けた。長い素足が優雅に弧を描く様子に、ギャラリーから溜め息が漏れる。巨大生物との実戦で鍛えられ、打撃と体操技を融合させた仁子オリジナルのヒットアンドアウェイ格闘術に翻弄される丘。遂に仁子の鋭いパンチが、蹴りを警戒していた丘のガードの中央の隙間を突き破りヘッドギアにヒット。グラつく丘のガードが下がる。丘に教えられ闘争心を身に付けた仁子が、勢いをつけて後ろ回し蹴り一閃!しかし、丘はこの一瞬を待っていた。素早く両腕を上げて強烈な蹴りを受け止め、仁子の軸足の付け根に肩から飛び込んだ。《ド~ン!》背中から押し倒された仁子に、マウントポジションを取った丘の右手が仁子のTシャツの右襟ぐりを掴みクロスさせると、左肩から仁子の上半身に覆いかぶさり、奥襟を左手で絞り込んでその肘を首に滑り込ませ、十字絞めの体勢に入る。頸動脈が塞がって気が遠のいていく仁子。落ちる寸前空いている左手で、絞め上げる丘の右腕を極めて、渾身の力で下半身を振り上げて左に横転した。これには丘もたまらず手を放し、回転して受け身を取った。お互い離れて丘は片膝立ち、仁子は立ち上がってファイティングポーズをとって睨みあう。《カンカンカンカ~ン》5分経過のゴングが鳴り響き、上原が殺気漂う二人の空間に割って入る。
「それまで。この勝負引き分け!」
固唾を飲んで試合の行方を見守っていた同僚たちから深い溜め息に続き、万雷の拍手。
「自衛隊員と互角に渡り合うとは、名取ってすげ~奴だったんだ」
「丘さんの逆転サブミッション、キレッキレだったね」
口々に出るギャラリーの称賛の言葉を背に、二人は並んでジムを後にしたのだった。
<巨大化してたらここで変身解除か。変異生物たちは自分より大きなのばかり、丘さんは私なんだ。今の彼女の動き覚えとかなきゃ。え?あれ?私もう闘わないつもりだったんじゃ‥‥>
闘い終えてドレッシングルームのスチームバスに並んで腰かける仁子と丘。
「仁子一気に強くなったね。これどこかで使ってない?」
ヘアピンで止めてアップにした髪に左手をあて、右の拳を仁子の目の前にかざす丘。
「何言ってんですか智美さん。私国家公務員ですよ。ストリートファイトで懲戒免職なんてそれこそ御免です」
現場を共にし、ジムで鍛え合う二人はいつしか名前で呼び合うようになっていた。
「ま、そうだね。でもあんなにウジウジ暗かった仁子が、ある日いきなり髪切ったと思ったら、上原君に弟子入りした時は驚いた。あなたが全国クラスの体操選手だったって知らなかったしね」
「ウジウジは言い過ぎですよ、も~。でも憧れの智美さんとこんなふうにお風呂で並んでお話できるなんて、私嬉しいです!」
やっぱり汗をかくことがストレス解消の特効薬なのか、仁子の声も弾んでいる。
「そんなにおだてたって、安月給の自衛官からは何も出ないよ」
汗が滴る顔を見合わせて微笑み合う二人。そんな雰囲気が仁子の背中を押したようだ。
「智美さん、一つ突拍子もない質問してもいいですか?もしも智美さんがウルトラマンみたいな巨大変身能力を身に付けたとしたらどうしますか?」
瞼を見開きしげしげと仁子の顔を見つめた後、丘が静かに語り始めた。
「私、ウルトラマン嫌いなの。もちろんリアルには見たことないけど、ニュース映像とか見る限り彼は怪獣を情け容赦なく徹底的に痛めつけ、スペシウム光線で完全破壊して悠々と飛び去ってく。3分という時間的制約もあるんだろうけどまさに問答無用、怪獣の言い分は一切斟酌なし。実はね私が自衛官になった動機の一つは彼だったんだ」
「すみません。つまんない質問して」
「う~うん。たぶん近親憎悪ってやつよ。ほんとはスーパーヒーロー大好きなくせして、自分ならこうできるなんて、自衛官それもSDTU隊員になってはみた。でもモグラに情け容赦なく焼却弾を撃ち込んじゃったし、クラゲにも‥‥」
いつもキリっと前を向く丘が肩をすぼめて俯いた。
<智美さん‥‥>
「そうそう仁子、ジェニファーに聞いたわ。一連の巨大生物事案には、私たちを助ける見えざる力の介在があるってね。もしその何か、誰かなのかな?本当にいるとしたら、サイの結末は私の理想だった。ただ脅威を排除するんじゃなくて、サイに寄り添ってくれたんじゃないかと思う。クラゲの時はなぜ?って思ったけど、帰りのヘリでジェニファーが終始ご機嫌だったってことは、つまりそういう解決だったってことなんでしょ」
「ジェニファーが‥‥」
「その時ジェニファーに訊いたの。その見えざる力の正体を、あなたはもう掴んでるんでしょって。でも彼女は笑いながら、私はファンタジー作家じゃなくて科学者よ。魔法は解き明かせないわって」
丘がいつも通りキリっと顔を上げた。
「私もね、そんなスーパーヒーローならなってみたい。っていうか武器を扱う人間として、いつもそのマインドを忘れずに脅威に接していきたいと思う」
仁子の目からまた涙が零れ落ちる。ただこの涙は昨夜のそれとは明らかに異質のものだった。
「あ~、仁子の顔が汗みずくだね。スチームバスってついつい長居しちゃうんだよな。さあシャワーシャワー!」
丘が引き締まった裸の背を向け、さっと右手を上げながら出ていった。
<ありがとうございます。智美さん>