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第2話 闘えない(前編) vsモグラ

 「おはようございます」

翌日出勤した仁子に、異変調査、災害処理班(雑班)の加藤班長が、向っていたPCから顔を上げいつものように右手を上げようとして、ぎょっと固まった。

「なにそのイメチェン、似合わね~」

吹き出し笑いをしながらPC用の眼鏡を外し仁子に声をかけたのはジェニファー・コントレラス。プエルトリコ生まれのヒスパニックで、MITに学び生物学と宇宙物理学のデュアル博士号を持つ天才研究者。高額サラリーで日本の国土交通省に迎えられたが、フィールドワーク第一主義者の彼女が望んだ職場はここ特殊災害対策庁の雑班だった。

「あんた気でも振れたの?あ~、恋に目覚めたか?でもコンタクトはわかるけど、その少年のような髪はいただけないなあ」

ウェーブのかかったブラウンヘア、褐色の肌にのったファンデーションは薄めだが、真紅のルージュと濃いアイシャドウが性格同様のビッグマウスとつぶらな鳶色の瞳を際立たせる。肌の色に近いプリント柄のミニのワンピースにエメラルドグリーンのピンヒール、申し訳程度に肩にかけている防災服さえ取れば、銀座のティファニーでダイヤのペンダントトップを選んでいてもおかしくない。そんなゴージャスサイエンティストジェニファーが興味津々の視線で仁子の顔を舐めまわす。

「そうじゃないのジェニファー、これには訳があって‥‥」

「女格闘家じゃあるまいし、また仁子は勝手な思い込みでこんなことしたんでしょ」

「う~、その通りなんだよね」

ジェニファーに聞こえないよう俯いて、頬を紅に染めながら仁子はつぶやいた。

「まっ、切っちまったものは仕方ない。このジェニファー姉さんが生物学的見地から、そのヘアスタイルでどうオスどもを惹きつけるかをいっしょに考えてあげるわ。夕飯つきあいなさい」

勢いに押され仁子がうんうんと頷く。

「おいおい、大倉山では名取君の事故の後も、頻繁に異常震動が観測されてるんだぞ。午後装備の準備が出来次第SDTUのメンバーが現地に向かう予定になってる。我が班も待機命令下にあることは忘れないでくれ」

「わかったわミスターカトウ。乾杯のシャンパン1杯にしておく」

加藤に向かい人差し指をふわりと上げて、ジェニファーが片目をつぶった。


 「SDTU指令室、こちら丘(智美、おかさとみ)、大倉山前回事故地点到着」

仁子の証言から特殊災害の可能性が特定され、今回は脅威排除専任のオレンジのユニフォームに身を包んだSDTUメンバーが派遣された。装甲車両を降りた丘、上原ら5名は仁子の事故時とは違い、予め巨大モグラの出現を想定して携帯軽火器以外に対怪獣バズーカも担いで、異常を告げるセンサー設置地点へと向かう。

「雑班の姉ちゃんが群発地震で緩んだ崖の崩壊にビビッてハンドル切りそこなったのを、始末書怖さに適当に言い訳してるんじゃねぇっすか?」

「木下、そのくらいにしておけ。あいつを救助した時に現場を見たが、あれは自然現象じゃねえ。気を抜くな!」

あの日の自分の態度と言動をそっくりコピー再生するような木下を、苦虫を噛み潰したような表情で上原が窘めた。ズズズシ~ン。足元が揺らいだと思ったら、SDTUの行く手10mほど手前に土ぼこりが舞い上がり、何か巨大な生き物が上半身を現した。

「道の両側に散開。武器の使用を許可する。各個に目標を威嚇攻撃せよ!」

リーダー丘の指示のもと、林道沿いの杉の大木の陰から対怪獣バズーカ他の武器の狙いを定めようとするが、

「目標消失!」

そこには盛り土が積み上がるばかり。《グオ~ン》、生き物の雄叫びに振り返ると、今度は道の数十mほど後ろ側に土煙りが上がった。上原が素早くショットガンを発射。ズドーン、

「手応えがねえ。また消えやがった」

ザッバ~ン、巨大生物が掘り上げた土が派手に飛び散り、バラバラと上原たちの頭上に降り注ぐ。難を逃れた道の反対側の丘たちも発砲するが、むなしく土くれが砕けるだけだった。

「モグラたたきかよ!」

「上原君後ろ!」

丘の通信に振り向くと、背後の杉の木が数本倒れて来る。

「一旦道に出て左右に退避!」

ドシ~ン、轟音を響かせて装甲車両の前後、直上に大木が根こそぎバラバラと倒れ込んだ。

「SDTU指令室、こちら丘、推定全長5mの巨大モグラ出現。装甲車倒木により行動不能、目標は主に地中を行動中で捕捉が困難な状況。引き続き警戒しつつ、装甲車の再稼働を図る」


 「仁子の新たな旅立ちの成功を祈って。チアーズ!」

先ほど暮れ落ちた初秋の夕陽の残照を微かに映すシャンパングラスを優雅に掲げるジェニファー。おずおずとグラスを合せる仁子はベージュのパンツに細かい花柄の白いノースリーブブラウスに着替えている。加藤班長のお願い(二人とも今夜は当直ではない)で遠出はせず、庁舎近隣の公園内のガーデンレストランでテーブルについた二人。

「ほんとは表参道のとっておきのフレンチに連れてってお祝いしてあげようと思ってたんだけどねえ」

「ねえジェニファー、旅立ちとか、お祝いってどういうこと?」

乾杯はしてみたものの、戸惑いを隠せない仁子。

「その大胆なイメチェンは決意表明なんでしょ?相手を選ぶボーイッシュなショートヘアにしたってことは、ターゲットは決まってるってこと。そうよね」

ジェニファーが艶然と微笑みながら前菜のカナッペを手で摘まみ、吸い込むがごとく上品に口に運ぶ。

「いや、そういうんじゃなくて。ちょっと気分転換で。活動的になりたいなあなんて」

ジェニファーに倣って手にしたカナッペが震えているのに気づき、仁子はそれをパクリと口に放り込んでシャンパンを流し込んだ。

<自分的には選手時代のスタイルに戻しただけなんだけどなあ。こんな大ごとに受け取られるとは思わなかったよ>

「まあいいわ。嘘のつけない正直者の仁子だもの。パスタも出てきたことだし、食事をしながらゆっくり本音を聞き出すとしましょうか」

コンコンチキチンコンチキチン、鉦と笛、太鼓のお囃子が突然二人のテーブルに響く。

「何よこれ?」

お互い顔を見合わせ首を傾げ、左右のテーブルに目をやるが近くに客はいない。どうやら音源は仁子の傍らのベージュのトートバッグのようだ。中を覗くとスマホが光っている。

<これ祇園囃子ってやつじゃ?マナーに切り替えてあるのになんで設定もしてない音が出るの?もしかしてこれって>

スマホを取り出して画面を見ると大倉山の位置情報が表示され、動画に切り替わると巨大モグラの攻撃を受ける丘や上原たちの姿が映し出された。

「ごめんジェニファー、家族から急な電話みたい。ちょっと待ってて」

仁子はスマホを手にガーデン席を立つと、公園の木立ちの奥に向って駆け出していった。

「オリエンタルな祭囃子には、人間の心に作用して駆り立てる効果があるようね。次の研究論文のネタに取っとこ」


 人気の少ない場所で通話ボタンにタッチすると、スマホから眩い光が溢れだし仁子の身体を一瞬包み込む。光が消え樹々の間に立つのはグリーンの幾何学ストライプに彩られたシルバーのボディ。

<あっ変身しちゃった!やっぱりこのピッタリコス恥ずかしいなあ。まさか透けてないよね?>

クネクネと身体をさする仁子の両手が、今度は硬質なフェイスと紅い髪に触れる。

<し、しまった髪型変わっちゃってる!これじゃ私ってバレバレじゃん>

最初の変身スタイルは誰も見ていないし、いつであっても見られてはいけないのだ。

<そうだわ、こんなとこで変身したらみんなに見られちゃうよ!>

しかし数m先の散歩道を歩く人は、明らかにおかしな格好の仁子に注意を払う様子もなく通り過ぎる。

<そっか夜は見えないんだった。でもここで変身しちゃってもジュワって飛べるわけじゃなく、どうやって現地に行けば‥‥>

大倉山まではゆうに2百kmはある。エネルギーに限りのある変身体の仁子はいきなり窮地に立たされた。

 「教えたじゃろ。強く念ずるのじゃよ」

少しエコーがかかった聞き覚えのあるしわがれ声が耳に飛び込んできた。

「あなたはM90星人。どうやって話かけてるんですか?」

キョロキョロしてみるが例の光のヒト型は見当たらず、どうやら声は仁子の頭上からしているようだ。

「私が説明し始めると長くなるのは知ってるじゃろ。エネルギーがなくなる前にさあ念ずるのじゃ」

一つ頷いた仁子は、シルバーボディの左の二の腕にとまる黄金の蝶のアームレットに右手で触れ、心静かにしかし力強く念じた。

<そこへ!>

強い金色の光に一瞬閉じた眼を開いた仁子は、都心の公園の木立ちとは違う鬱蒼とした森林の斜面に立ち、眼下ではこの間彼女を襲った大モグラがSDTUクルーと対峙していた。

<移動成功。よし!>


 《グオ~ン》、装甲車の復旧作業に当たっていたクルーの前に再度現れた巨大モグラは、日が沈んだことで戦法を切り換えたようでズンズン地上を前進して来た。クルーの保持する唯一の重火器である対怪獣バズーカは、モグラの向う側に転がっている。突然のモグラ出現に、バズーカを抱え周囲警戒の任に就いていた隊員が取り落として後退してしまったようだ。クルーはショットガンを始め各自携帯の軽火器で応戦しているが、金属的響きをあげてモグラの皮膚に弾かれている。

 前回の遭遇は文字通り夢中で実感がなく、今改めて目にするモグラは自分の2-3倍ほどはありそうで、懸命に応戦するSDTUは明らかに劣勢だ。現職に異動してきてから半年余り、実は特殊災害対象に同僚が実弾発砲するのを体験するのも今夜が初めての仁子は、モグラの唸り声や連続する発砲音に我が身の立場を忘れ脚をすくませていた。

<あんなやつと闘うなんて、やっぱり私じゃ無理だよ。マジ怖い‥‥>

SDTUクルーはモグラの前進に分断され、リーダー丘と高木が斜面側に追い詰められ始めた。先ほどバズーカを放り出した高木は丸腰で、丘が彼をかばうようにショットガンを放つが斜面を背にもう後がない。丘のヘルメットが仁子のすぐ足元に見える。

<このままじゃ丘さんたちが危ない。使い方も威力もよく分らないけど、それは使って初めて分かること。行くしかない!夜だからみんなには見えないんだよね>

仁子は斜面からジャンプして道路上に降り立ち、肉迫するモグラと丘たちの間に割って入った。モグラは突如現れたシルバーボディのヒロインに驚き、立ち上がって彼女に抱きつくように覆いかぶさってきた。

<キャア~!>

心中悲鳴を上げつつも、立ち上がると自分の倍近い背丈のあるモグラを、ガッシリと受け止めた。

「モグラが立ち上がってもがいてる。高木君、今のうちに左に退避するよ!」

二人が背後にいなくなったのを一瞥するも、ほっとする暇はない。

<M90星人にもらったパワーはすごいわ。でもこの後どうしたらいいの?この間は身体が勝手に動いて闘ったよね>

<あれは試運転。これからはあなた自身が考え行動し、それを私たちの授けた能力がサポートするのじゃ。健闘を祈る>

<ちょっと待ってください。私、人とですら取っ組み合いのケンカなんてしたことないのに、こんな化け物とどうやって闘うのよ?>

《グオオ~》仁子に生臭い息を吐きかけ吠えたモグラは、それにひるんだ彼女の身体を左右に振って投げ飛ばす。ドーン!仁子は道路上に尻餅をついた。四足歩行に戻ったモグラは彼女に向かって突進してくる。

<やばい!>

素早く立ち上がった仁子はモグラの背中を跳馬に見立て、咄嗟にそこに手を付いてハンドスプリングで宙返りしながら軽々とモグラを跳び越した。


 実は仁子は幼稚園の頃からの器械体操競技経験者で、中学一年時にはナショナル強化メンバーに選出されていた一流選手だった。小学校の卒業文集に記した”オリンピックで最高の演技をする”夢に大きく近づきつつあった。しかし、女子体操選手として標準よりやや高い程度の身長(152cm)だった仁子の身体は、中学で学年が上がるにつれ本人の意図に反して急激に成長し、卒業時には170cmに到達。併せて遅まきながら第二次性徴も迎え、急激に胸が膨らみ、一般的に巨乳と言われるカテゴリー(バスト88cm)まで大きくなってしまった。器械体操の器具は規格が統一されているため、彼女の全般的に大きくなり過ぎた身体で演技すると、床の対角線からはみ出し、段違平行棒では低棒での脚捌きが負担となり、平均台では目線が高過ぎて足元へのケアが行き届かなくなった。更に大きな胸は演技の空中バランス感覚に影響し、今まで簡単に出来た降り技で失敗するようになってしまった。そんな仁子はいつしかナショナル強化メンバーから外され、それでも高校で体操部に入り競技を続けたが、散々な結果だった一年時のインターハイを最後に器械体操と訣別したのだった。

 何をしていいか判らないどん底の挫折を経て、彼女はやり場のないエネルギーを勉学に向けた。成績はグングン上昇。幼少時両親に連れられて訪れた山や海での、大好きだった土や砂そして大地の手触りを想い出して、土と同化し土を利用する土木工学を志し、東京工業大学で修士課程を終え、難関の国家公務員総合職試験を突破して国土交通省に技官として採用され現在に到っている。就学中も学費の足しにと、大学近くのスポーツクラブでちびっ子体操教室のアシスタントインストラクターとして子供たちを指導しつつ、自らもクラブの器具を利用して身体を動かしてきた仁子にとっては、モグラの背中を跳び越えるのは造作もないことだったのである。

 仁子に交わされたモグラは再度彼女に向き直り突進してくるが、今度は右側転でやりすごす。

<なんの制約もルールもないこの大地の上で、自分の本能のまま演技ができるなんて、こんな感覚初め

て!>

さっきまでの恐怖心はどこ吹く風、競技のくびきから解き放たれたスーパーヒロイン仁子の身体が躍動する。

<こういう時はジュワとかヤ~とか叫んだほうがいいのかな?いやいやそんなことしたら舌噛んじゃうよ>


 「やつはいったい何やってんだ?何かの幻とでも闘ってるように右往左往してるぜ」

一時は追い詰められていた上原がつぶやく。

「今のうちにバズーカを回収する。上原君、木下君は道路の崖下を回り込んでモグラの向う側に進出し、バズーカを確保。そのまま攻撃に転じて。我々はモグラの動きに注意し、必要に応じ二人を援護する」

丘の命令に、全員が揃ってサムアップして行動を開始した。

 その後も仁子はモグラを引き付け、床運動の技で闘牛士さながらに相手を翻弄していたが、やがて彼女の身体に浮かぶストライプがイエローに変化する。

<エネルギーの減少はストライプの色の変化でわかると彼は言ってたけど、こういうことか。交わすことにエネルギーを費やしていてはダメ。攻撃してダメージを与えなきゃ>

しかし、打撃や格闘術の経験の全くない仁子は、闇雲にモグラに突進しロンダート(側方倒立回転跳び1/4ひねり後向き)で背中に飛び乗ってパンチを繰り出そうとするが、子供のけんかのようにその狙いは不正確で、逆に立ち上がったモグラに身体ごと払いのけられ、道路沿いの斜面に背中から叩きつけられてしまった。ガシ~ン!

<痛った~!>

今度はストライプがレッドに変化し、仁子にエネルギー切れを訴える。

<どうしたら‥‥>

 ズドーン!その時轟音がとどろき、モグラが土煙りで見えなくなった。バズーカを奪還した上原たちが、攻撃を開始したのだ。

「ちっ、外した。木下~次弾装填頼む」

「了解!」

「今度は外さねえぜ」

しかし、視界が開けたそこにモグラの姿はなく、大きな盛り土があるばかりだった。突如現れたヒロインとの追っかけっこに疲労しているところに、バズーカ攻撃に遭ってひるんだモグラは再び地中深く逃亡したのだった。

「ちくしょう!逃げられた」

地団駄を踏む上原の肩に、駆け寄ってきた丘が軽く手をかけてふっと息をついた。

 SDTUクルーが無事なのを見届けた仁子は、さっきの背中への衝撃にふらつきながらもアームレットに触れて瞬間移動と変身解除のシークエンスに入る。

<私に何ができたのだろう?次にモグラが現れた時、私はどうしたら‥‥>

一度は捨てた体操技が思いのまま繰り出せる喜びを感じたのも束の間、”闘えないヒロイン”仁子は心にそうつぶやくのだった。



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