扉を開けるまで
本が好きだった。
ガラスの靴を履いた女の子、素敵な王子様、満月の夜に響く人魚の歌。そんな風になりたくて、仕草も、話し方も、全部全部真似した。そうすればガラスの靴を履けると信じて疑わなかった。誰かが迎えに来てくれると、信じていた。
でも知った。透明の靴の重さを、満月を隠す雲を、迎えに来る王子が居ないことを。
「酷いわ」
困惑した。憤慨した。だって、だって、
「そんなの『何処』にも書いてなかったじゃない」
セットした目覚ましを鳴る前に止めた。いくら目を覚ます為だからってあんなにけたたましく鳴らなくたっていいんじゃないの?その音を聞くのが、セットした時から響く音を鳴らす事実が、怖くて寝れない。この前親に言ったら呆れられた。まぁそんなもんだ。よいしょと心の中で呟いてベッドから這い出した。朝は灰色。太宰治の女生徒を思い出して一人で得意気になるんだからいい気なもんだ。ぼうっとしてるとリビングから母の声が飛んできた。静かな時間に水を差されたようで少しがっかりする。昨日は。ふと思い出す。昨日は大嫌いな目覚ましで起きたな。親が折角買ってくれたから言えないけど。止めないとずっと鳴ってんだ。嫌だな。ずっとなんてさ、
「怖い、」
じゃん?
そう呟いて自室の扉を開けた。
開けっ放しにしないと言われたことを思い出す。
本が、好きだった。
でも知った。「所詮」御伽噺なのだということ。
私では到底ガラスの靴は履けなくて、誰も迎えには来ないこと。
ならば。
ならば、自分で作ろう。私の「所詮」御伽噺。誰も助けに来ないし、満月も雲に隠れる。そんな御伽噺。
そう決意して、扉を閉めた。