第二章 90 あなたを知る者より
今この時ばかりは自分がまだ責め立てられたほうが気分が救われた。心は急激に締め付けられて呼吸が苦しくなっていく。自分で約束を破って招いた結果なのに勝手に一人で結論付けて納得できる合理的な理由を都合よく作り悪者を仕立て上げた。そんな自分に吐き気がする。此処に来てようやく『自惚れ』の言葉がよく理解できてしまう自分が情けない。
「ごめん、本当にごめん。都合がいいのは分かってる。…今からあの少女の分もジョニーの分も全て掬って取り零さない為に…今から最初からやり直して…」
「ムリよ、二度同じ約束はできないから。アンタがこの世界に来る前に死んでるんだからどうしようもないわ。それに今時間を戻して中央王都に戻っても…シモスに殺されるだけよ。………ねぇ、アンタ拳から血が出てるわよ?」
吐き出しようのない怒りを抑え込もうと力いっぱい拳をしめると爪が肉を抉って僅かに血が流れだした。そして蠢くどれかの感情から作用されて涙がこぼれたのかは分からないが同時に力なく座り込んで急に無気力になってくる。
いつもこの少女を前にすると何故かこんなにも感情が揺さぶられる。それともオールディの言う仮面はこの事なのだろうか。虚勢を張って強いフリをして自分を不死身だと思わせて奔走してきた。ここまで走って穴があった事をしった途端に両足が泥と化す。弱気なセリフが勝手に口から漏れ出してしまうのだ。自分の意志とは無関係に。
「俺は…どうすればよかったんだよ…どの面下げてあの子に謝ればいいんだ」
そんなアースにしびれを切らしたエリーは頭上から再生薬をぶっかけて怒り口調で話す。
「ばっかじゃないの!?どのみち死ぬ運命だった女の子の命を一つ救えたんだからいいじゃない!一つも取り零さないで全部掬って笑顔でいれるならみんなそうしてるわよっ!大体アタシの力と空白の時間遡行で得た未来じゃない!!自惚れないでよ!アンタの力だけでここまでいい未来なんか辿りつけないから!最善を尽くしたならいいじゃない。アンタは生きて、アンタの覚悟で救われた人間が一人でもいるなら」
「…」
「…あーもう!なんでアタシがアンタを慰めなくちゃならないのよ!!頭でも撫でてあげたら元気だす!?」
地団駄踏んで説教するエリーの言葉が切っ掛けなのかアースは自分自身についての話を切り出した。そしてアースという者の物語の核心へと。
「知ってるんだろ、俺をさ」
「…?当り前じゃない」
「なら俺の記憶を戻してくれよ。記憶人形で…戻せるんだろ?もう知らないのは嫌なんだ。」
その言葉を聞いた途端に再びエリーは真剣な眼差しを向けて、ただ何処か言い難そうに、後ろめたいような表情を見せた後、逆にアースに質問する。
「それ、シモスから聞いたの?アタシは持ってないから。それに他にもシモスから何か言われているなら全部嘘だから。」
「嘘とか…とても吐いているようには見えなかった」
「ふん、嘘だらけよ!今は殺そうとしなくてもどうせ何か理由をつけてアンタを殺しにくるわ!」
「殺されそうになったが…でも以前の俺はそれを望んでいたようだ。それにあいつからは憎悪とか殺意とか感じられなかった」
「虫格だからよ。…虫格には感情なんてない、人の形をした虫。だから殺意や憎悪なんて感じられなくて当たりまえ!」
これほど答えを望んでいるのに誰も真実を教えてはくれない。誰もが俺を遠ざけて、核心までの道のりを遠回りさせるんだ。シモスもルザもエリーも空欄も俺の過去を知る者たち全員。
「…お前らは何なんだ。俺に何をさせたいんだ。俺にどうして欲しいんだよ…」
窶れた表情をエリーに向けると表情豊かなエリーは少し恥ずかしそうな顔をしてアースの頬を両手で持ち上げる。
「アタシは幸せに過ごしてほしいって願ってる。けれどアンタを知る他の奴らはアンタを自分の私利私欲の為に利用しようとしてるの。アタシは違う。アタシが…アタシだけがアンタの本質を知ってるから!アタシはアンタが優しいことを知ってる。アタシはアンタが不器用なことを知ってる。アタシはアンタが子供だってことを知ってる。」
「…」
「あの時代はあなたみたいに純粋な力を持つ者…道を切り開く者が必要な時代だった、でも今はそんな時代じゃない…もうアタシもアナタも大人になったから…。…でもね、今も昔も何処か相違点はあってもアナタの本質は同じなのよ。だから…アナタが望むならさ…アタシと一緒にこんな世界を…おさらばしない?」
「…」
「そしたら!誰もアナタを傷つけないから!少なくともアナタ絡みで誰かが地獄を見ることはなくなるし!それに!アナタ自身の心を知ってる数少ない人間なんだから!」
口調が少し穏やかになり、声量は大きくも最初から咎めるような感じではなかった。この子は空欄と似ている。欲張りで虚勢を張る俺の心を見透かして逃げるという消極的な選択肢を笑顔で出してくる。そんな行動が少なくともアースの心を救うきっかけにはなったのだ。
「ありがとう。」
「…」
「…エリーお前が、優しくて不器用なことも分かったよ、ありがとう。」
「そ。やっぱり…本質は変わらないのね。アンタの分際でアタシの誘いを断ろうなんて!」
言葉ではそう言いながらもそっぽを向いて涙を見せずに強がった。アースもそんな言葉が心に響いたのか涙が止まらなくなった。これ以上俺自身が俺を責め立てる事はもうやめよう。何度も言った、最善を尽くしたんだ。頑張った結果なんだ。まだまだ未熟ながら俺には守るべきものが沢山あるんだ。
「…それで?これから中央王都に行くんでしょ」
「…そうするよ、でもその前に…ここで死んでしまった者を眠らせてやりたい。過程はどうあれ己の正義に真摯に向き合った奴だから…自己満足で…いいんだこういうのは。」
「そう。じゃあ中央王都に行ったら『キュウグ・タフォ』って子を探してみて。きっとアンタの助けになるから」
エリーはそう告げるとどこか失望したような表情を見せ、一瞬にして姿を消した。同時に突風がアースの髪を吹き上げる。それに乗せられて見上げた遥か上の空には影も見えない暗黒とも言える真っ黒なドラゴンのシルエットが優雅に空を泳いでいた。




