七つの凶感情について
■歓喜■
不満とは対になる凶感情。歓喜は人の恐怖狂気の最終形態であるとされている。歓喜を目標に、人の思想は歪み、やがて正しさを忘れる。
善いことをしようじゃないか。
正しきことの喜びのために。
復讐のカタルシスを。
悪を滅した世に歓喜を。
遥か昔に世界を混乱を招いた凶感情者でもある。のちの世界に終焉を齎す者、餓渇の王が誕生するきっかけとなり、影の王が生物覚醒を行い、虫格類が誕生するきっかけともなった。そして影類を作ったのもこの凶感情の持ち主なのだ。
喜びとは凶な感情ではないのだから、喜びの伴う事柄全ては正しき理由の先にあるのだ。喜びは精神を支配する。喜びのあまり、身体は勝手に動き出してしまう。それらが狂気であるという事に、誰も気づくことは出来ない。どれだけ感情を突き放し、切り離そうと笑いや喜びを遠ざけることは出来ない。
だからこそ我と共に歓喜しよう、全ての人生を抱いて。悲劇も惨劇も、最後には全部笑えるように。
■不満■
歓喜とは対となる凶感情。不満は最もありふれた負の感情でありながら想像を絶するほどの凄まじい力を持つ凶感情である。不満は負に属する全ての感情の根幹であり原初の凶感情。だが故にそれは強大で、最も恐ろしい凶感情でもあるのだ。
何故私だけ報われることがないのか。
何故私だけがこんな目に合わなくてはならないのか。
何故私だけがこんな運命を辿らなくてはならないのか。
何故私だけが不満を抱いて生き続けなければならぬというのか。
不満はふと湧いてくる。不満は歪な形をしており、一度引っかかってしまったらそれを取り除くのは容易ではない。やがてそれは蓄積し、連鎖反応を起こす。君の不満はいったい何から生まれ、何処へ辿り着くのだろうか。
あろうことか満ちて正すべきその不満は決して満ちることはない。不満になるということは器そのものに欠陥が生じてしまっているからだ。つまるところ、奈落に水を注ぎ続けているようなものなのだから。
混沌たる感情は燃え尽き、そこに辿り着くまでには凡ゆる感情を絡め摩耗し、生き世を巻き込んできた。今は極めて純な感情となり、しかし醜くひずみ、最後の答えをただ求め続けている。
あなたはあの時、どんな感情を抱いていたのだろうか。どんな想いをして俺の頭を撫でていたのだろうか。どんな表情をして俺を見下ろしていたのだろうか。それを識ることはもう叶わない。
■約束■
約束とは信頼の心と謀る心が溶けて複雑に絡み合った感情のことを指す。この感情がどちら側に傾くかは抱く想いの質によって変化する。2人でこそ約束の感情は完成され、互いの想いが約束の感情を形成する。
ひとりは神を退けて神の地に君臨し、愛を貪った。
ひとりは正として姉妹たちに無条件の愛を与えた。
ひとりは与えられた愛を一生涯愛し続けた。
ねえ、約束をしましょう。
だから、誓いましょう。私たちが永劫、王たちで在り続ける為に。
だから、指切りをしましょう。この約束が永久、心に刻まれるように。
だから、約束をしましょう。
私たちだけの永遠の約束を。
凶感情で最も影響力が強く、その力が及ぶ対象は無限に広がる。あまりの影響力の強さに当時の人々は約束の凶感情を持ち、神に近しい力を振るう彼女を神の子キルライフと呼び、崇め畏れられていた。そんな彼女の死は嘗ての深淵の王を大きく狂わせ、凶行に走らせた。
結ばれた約束が恐怖によるものなのか信頼のもとに築かれたのか、将又無性の愛によるものなのか。それは互いの想いの質で決まるのだ。
永遠の約束は互いの想いが一致した場合でのみ形成される完成された想い。
愛も信頼も謀る想いも全てが一方通行のまま。
想いを完成させることなく終わったこの約束の感情を。
アンタはアタシとどんな約束を交わせるの?
どんな約束なら交わせるの。
ねぇ、教えてよ。
■同情■
同情とは全ての感情の収束点であり、最も浅く、最もいじらしい凶感情。心の底から揺れる振動が連鎖を起こし、思わずその場の全てを支配してしまえるほど絶大な影響力を持つ。
私を見ろ、私を識れ、私を憶えろ。
私がこの禍殃を誑かすぞ。
同情を引き起こす場面は決まって感情が最高潮に到達した瞬間であり、心情を想い、共鳴してしまった時である。この物語の主人公が主人公たらしめる為に、世界が彼に同情する。その場にいる全ての生を巻き込んで、喜びも怒りも悲しみも全部、66種の感情全てがその心に合わせて揺さぶられ、その者に同情してしまうのだ。
僕の人生に意味を与えてくれたのは先生だったから。多くは言わない、ただ懐かしさを求めているだけだから。空は曇り、雨が降り始める。次第に風は吹き荒れ、大地は揺らぎ、海は荒れる。それらは彼に同情し、彼の心情を映した。
凪ぐのは想いが尽きたときだ。
■快感■
歓喜と非常に近しい形態の凶感情。歓喜は他人を感化させ、想いを強制するのだが、快感は徹底的に自分本位であり、自らの想いの為に動く。凶感情きっての凶悪な力を持っている。
狂乱悦舞。快楽に身を委ね、爽快感を味わう為に乱れ舞う。私は孤独で、けれどもこんなにも満たされている。何よりも快楽が幸福をもたらしてくれる。
快感とは不満とは対にある感情であり、不満からの脱却を目指して快楽を貪ることを目的としている。満ちることはあっても満ち続けることはない。飽くなき想いは思考を支配してやがて快感の凶感情は、その想いは、脳髄を支配する。
快楽の病と称されるほどこの凶感情は厄介なもので、その悪質さは不満と対をなす。満ちれば満ちるほどに飽き足りず、貪る想いは指数関数的に増えていく。その者の快楽を何とするかによっても変わるが大体は碌でもないもの。
昨日まで止まっていた心臓が、今、鼓動する。俺の心臓は動いている。心臓は脈動し、血管を血液が巡り、生が波打つ。篭らせてもいないのにその鼓動の音は自らの耳に響きまくる。うるさいと思ってしまうほどに。
死に絶えていた心臓が、戦いという名の血液が全身に循環することによって心電図の波形は上下に振れる。彼にとっての快楽とは、快感とは、生き甲斐とは、戦いであった。
■執念■
盲目的に何かに固執するその想いは快感や歓喜とは遠くかけ離れた不満に近しい形態の凶感情。何か一つに対する異様な執着心は一点集中という意味では絶大だが影響力は然程脅威にもならない。逆を言えば執念を抱かれた相手は何があろうともこの感情から逃れることは叶わない。
必ず私がお前の為に成し遂げるから。
何十、何百、何千、何万回でも私は必ず蘇るから。
執念は誰しもが心のどこかに抱えておりそれは正に転換することはなく、永久に負のエネルギーとして潜んでいる。そして皆この負のエネルギーに導かれ強制された果てに遂げるのだ。過程がどれほど過酷なものであっていても。
皆、何かに熱中する。何かに夢中になっている。成し遂げるべきもののために死に物狂いになっている。正になれぬこの凶感情は、この凶感情を抱いた者は漏れなく最悪な結末を迎える。故に永久にこの感情を抱え続けることも棄て去ることも叶わない。破滅を迎えたのちにいずれ後の世代の誰かがこの爆弾を宿らせる。たったひとりが抱えるのにはあまりにも強大で不安定でかつ孤独でありすぎるのだ。
この世界の何処へ征こうとも、お前を探し出して殺し尽くす。何処にいても悉く。例えば俺が殺されようが、お前の記憶から蘇りお前をぶっ殺しに行く。お前を屠る為に俺は何にでも成れる。
■共有■
凶感情と呼ばれる世界を恐怖に陥れた感情の中で唯一何の影響も与えずに静かに消えていった凶感情。感情を共有するという同情の完全下位互換の影響力を持っており、突出した部分はない。その為後の時代では歴史から抹消された凶感情でもある。
…
【影の王が遺した家族への手紙】
コーマ、シーハース、へリーグ、グメノウ、ディープ、パールレフト、フェストー、リコール、ギネル…ワースヘルプ、ズレングル、ドルレイブ、リグリアゲルツ、シルクリオン、リシャヘル、ヴィネクトルセン、エルシィロード…
欠けてはならない血脈の輪たちよ…




