第一章 6 低能コンピューターの横着
回転するファンの音で目が覚める。体に変な疲労感が押し寄せる。記憶を何度も回想するが、あの生々しい感覚が夢じゃない事ぐらい分かっている。再び時間は戻ったんだ…きっと前の時間遡行もエリーがやってくれたんだ。
だからこそ、やらなければならない、やり遂げなくちゃならないんだ。だが…落ち着け、万が一これが駄目でも次がある。そしてエリーはあの化け物達をここまで釣ってくれる筈だ。アースはゆっくり立ち上がり、現実を感じる為に辺りを見渡す。
前回より若干早い時間に目覚めた。まだあの青年は奥の部屋に居るしミーナはテレビを眺めている。アースはミーナに聞えるように「ちょっと外の空気を吸ってくるよ」と言い残す。ミーナは何かを感じたのか少しだけアースの方に振り向くがすぐにテレビの方を向く。アースはミーナに悟られない様に静かに壁に飾ってある長剣を取って外へ出る。
円形の広場に出ると褐色肌の青年が一人、襤褸布を着て右手に銃を下げて事務所へ向かってきている。アースが出た瞬間に青年は気付いて引き金を引く、アースは咄嗟に事務所内に伏せて銃弾を避けるが銃弾はガラス窓を突き破り弾丸を連続で撃ちこみ、自身の存在を晒す。
「来たか…!!」
ミーナは轟音と共に瞬時にソファーを蹴って壁にする。アースは匍匐前進でソファーの所まで辿りつく。するとミーナは呆れた顔で文句を言ってくる。
「君を助けたのは間違いだったかもねー。何事か…とは思ったけどさ、まさか直接ここに厄介事を持ってくるとはねー?」
「こうでもしないとあいつを捕まえる事が出来ないから…本当に申し訳ないと思ってる…それで事務所内の人間は何人くらいいるんだ?」
「えー?私とゲル君だけだよー?」
「ゲルってあの好青年か…いや、まてよ…二人だけ…?」
「巡回騎士兵事務所は常に王都全体を巡回してるからね、今日は事件が多発しているから…まあ、巡回してる人は多いよねー」
「なら援軍を呼ぼう。人数不利だ。このままじゃ確実に敗北する。」
ミーナは上着を脱いでシャツ一枚になって自身の青い長髪をゴムで結び、アースの持っていた長剣を奪ってソファーから褐色の青年の姿を確認する。青年は入口にギリギリ入ってない所まで近づいてきていた。
「奥の部屋でゲル君がもうしてると思うよ。それに…敵はもうすぐそこまで来てるしもたもたソファーに隠れてたら私も君も脳髄ぶちまけちゃうよ」
「でも…」
アースが言葉をしゃべる前にミーナはソファーを素早く入口まで押して勢いがついた所でソファーの下の方を蹴って宙に浮かせる。褐色の青年は驚き、腕で防御するが耐えられず銃を遠くに飛ばしてしまい、武器がないまま拘束される。アースは「凄い…」と口にして全力で走り、地面に落ちた銃を拾い、ミーナに向かって叫ぶ。
「ミーナまて!一人じゃないんだ!こいつは何人も化け物を作れる…あの化け物が現れる前に笛がなった…そしてその笛は恐らくその男が持っている!」
ビィィィィィィーーーーーッ!!ミーナがアースに顔を向けた瞬間に青年は隙を狙って笛を口に運んで不気味に笑う。
「ハァーハッハッハ!!馬鹿だなァ!!お前達はァーー!!」
「クソ!影に注意してくれ!そのソファーもだ!」
ミーナは舌打ちして褐色の青年から距離を取る。言われたとおりにソファーの影から大鎌を持った通常サイズの男と拳と頭蓋が肥大化した男が現れる。
俺が死亡したあの時もそう、怪物が同時に二体現れた。逆に言えば同時に二体までしか呼びだせないということだ。それに構造上は怪物と人間が同じだとしっている。だが、怪物は二人とも鉄仮面を被っている。間違いなく、時間遡行とは無関係で学習している。決着はここで決めなければならない。
アースはすぐさま手に持っている銃で肥大化した拳の怪物のアキレス腱を撃ち抜き、歩く事を不可能にしてから脊髄を撃ち抜く。怪物は眼球だけ殺意を滾らせ体は動けないでいる。殺してしまった瞬間からまた笛によって呼び寄せられると考え、敢えて殺さずに放置する事にしてアースはミーナに向かって叫ぶ。
「この怪物は二体までしか同時に存在出来ない!殺さない限り増えることはない!俺はこのまま笛を壊しに行く!」
「了解ー!」
笛を壊すと聞いた瞬間大鎌の怪物がアースを目標にして向かおうとしたがミーナによって行動を阻まれる。怪物は鎌を振って女の命を抉り取ろうとするがミーナは長剣を巧みに使い、大鎌の男の攻撃を弾いて逆に怪物の肉体に殺さない程度に傷を付けていく。
ミーナのこの巧みな戦闘技術にアースは勝利を確信し、褐色肌の青年は敗北を確信して気配を消してゆっくりと後退りする。そしてこの場から離れようと勢いを付けて走り出す。アースはそれを逃さず、間髪入れずに青年の足首に向かって引き金を引く。しかし、銃弾を撃ち切ってしまった事が分かり、焦って追い掛けようとした、その瞬間に何者かの弾丸が青年の足を撃ち抜く。青年は派手に地面に転び、手に持っていた笛を地面に放り投げてしまう。
「もう10分もしないうちに応援がきますよ!」
ゲルは銃を構えて事務所から出てくる。援護射撃をしてくれた者の正体はゲルさんだ。さすが巡回騎士だ、これだけ距離が離れていても精密に足を狙えるそのエイミング力には感心する。この場に居る誰もが勝利を確信した時だった。
突如大鎌の男はミーナとの戦闘を強引に止め、アースではなく、拳の男の元へ向かう。そして大鎌を大きく振り下ろし、拳の男を殺し、自身もその勢いのまま首を落とす。
「不味い!!」
「あ!」
非常に不味い事が起きた。青年は再び大笑いをして地面を這って一歩先の笛に手を伸ばす。ゲルは「動けば撃つぞ!」と叫ぶが、距離も遠いしうつ伏せになったあの体勢では腕を狙う事や命を奪う事は不可能に近い。笛を銃で壊そうにも青年の影に隠れて狙えそうにもない。ミーナとアースが全力疾走で止めに向かうが、明らかに間に合う距離ではない。
しかし、間に合わなければ怪物は更に学習をして全身に鎧を着込み、アキレス腱はおろか、攻撃を与える事すら不可能になる。そんな中、青年と笛の距離が5cmもなく、褐色の青年が勝利を確信した所に青年ではない大男が笛を拾う。
「返せ!それは僕のモノだぞ!!」
「これが欲しいのか?」
「あ、ああそうだ!早く!」
大男はアースが前方不注意でぶつかった酒臭いあの男だった。状況を知らないであろう人間が拾った事でチャンスは生まれた。持ち主に返す前にまだ何かを言って注意をひかせたり説得したりして、褐色肌の青年に渡さぬよう、時間を稼ぐ事が必要だ。アースが大声を出す為に空気を目一杯吸った瞬間だった。大男は拾い上げた笛を指で粉々にして大きく溜め息を吐く。
予測していなかった行動に思わず二人は溜めた空気を呑み込んで足を止める。褐色肌の青年はそれを見ると「あぁ…」と情けない声をだしてから大人しくなりもう動いて抵抗する事はなくなった。
「…や、やった」
ゲルはそのまま走って手錠を青年の腕に掛けて、無理矢理体を起こさせてから同時に応援に来た警備団員に身柄を渡す。ミーナはゴムを解いて青い髪を靡かせながら体を捩じってストレッチをする。
「ふぅーまあとりあえず終わったねー」
「本当に…感謝しきれないよ…ありがとう…」
アースはミーナに深く頭を下げるとミーナは欠伸をして「別にー?仕事だし、あのままじゃ事務所滅茶苦茶になってたし」と言いながら事務所の中へ帰る。ゲルさんと団員たちが話している間に大男はその場で立ち尽くし、その様子を眺めている。アースは一言礼を言おうと大男に近づいた。
「ありがとう、本当に助かったよ」
「あ~。まあ、さっきはごめんな。酒飲み過ぎちまって八つ当たり飛ばしちまったよ。俺はジョニー。アンタ、名前は?」
「アースだ。此方こそ前を見ずに歩いていて申し訳なかった」
大男は財布を探しに来たらしく、無事に財布を持ってアースに別れを告げて事務所を去る。ゲルが事件の経緯を伝える為に警備団員達と事務所を去って行った。
アースは結局仕事を探せなかった事を後悔してトボトボと事務所のソファーを元の位置に戻すとミーナに声をかけられ「テレビの交換手伝ってくれたら明後日までいていいよ?」と言われる。きっと彼女なりに気を使ってくれたのだろう。アースは快くそれを了承して地獄のような一日を終えた。
一章終了です。二章は話数が多くなります。