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キルライフ  作者: 沼郎
第1章 yの世界へようこそ
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第一章 4 アビスの黙示録



 アースは立ったまま惨く殺された四人家族の母親らしき人物の手に持っている刺身包丁を取る。そして同時に化け物が鍵の掛かった扉を打ち壊して入ってくる。化け物は一直線にアースの元へ向かって突進してくる。アースもまた勢いに乗って包丁を両手で握り化け物へ向かって走る。化け物は刃物を見ても勢いを緩めることなく両者はぶつかり、刃物は化け物に刺さって血を噴き出し、勢いを付け過ぎてアースは両手の第二関節の肉を薄く切ってしまう。


 化け物は耳を劈くような甲高い悲鳴を上げ、暴れ始める。この時初めて化け物の顔を目にしたが何処にでもいるような男の人間の顔だった。少し違う点があるとすれば顔がふた回り頭がでかい事ぐらいだ。さっきとは同一人物に見えないほど怪物と大差がなくなっている。


 アースは必死にしがみ付いて散乱した死体の臓器の中に倒れる。化け物は無意味に暴れる事を止めてアースの手首に噛み付く。余りにも人間離れした顎の力に反射で刺さった包丁を抜いてしまう。だが化け物はその隙に致命傷にはならない手首ではなく、確実に殺せる首に噛み付いてきた。


「ぁ”あ”ぁ”あ”あ”あ”」


 叫んだ際に子供の臓器や肉片がアースの口に呑みこまれていく。しかしそれをどうでもよくさせるほどの激痛が全身に響く。出血量は手首とは比べ物にはならなかった。心臓の鼓動と合わせて勢いよく血が迸り、アースが興奮を高める度にその鼓動は早くなる。アースは臓器を飲み込みんで、口内の肉を全力で噛み、痛みを逸らしながら震える手を押さえて包丁を握り、何度も化け物の首に刺す。それでも化け物は力を弱める兆候がなく、アースは遂に口内の肉を噛み千切ってしまう。アースは口から血を吐きながら化け物に向かって罵倒を繰り返し、包丁を降り下ろす腕を休める事をしなかった。


「死ね!死ね!死ね!死ねよ!死ねよォォッ!!」


 意識が朦朧として来た事に焦り、直接脳にダメージを与えようと首に向けた包丁を頭に向けて全力で降り下ろした。だがこれは大きな間違いだった。この顎の力で理解できたはずなのだが頭蓋骨が尋常じゃないくらいに厚く、立てた刃は音を立て斜めに折れ、アースの胸に刺さる。アースは更に焦り化け物の頭を殴るが効く筈がない。


「クソ!クソが!!」

『時間制限ってのは冷静さを殺して撹乱する為の罠だからまんまとハマるなよルザ』


「ハァ…ハァ…ハァ……!」


 再び何かの記憶が脳裏に浮かんだ。これを機にアースは一度呼吸を整え、冷静になり始めた。尋常じゃないくらい嚙む力は強いものの未だ喉元は噛み千切られてはいない…落ち着け…意外と脳を直接潰すというのはいい案かもしれない。アースは斜めに折れた刃を胸から抜いて化け物の肥大化した頭蓋の眼孔の中心を貫き、何度も回し、脳味噌をかき回した。化け物は動きを止めて口や鼻から二酸化炭素に塗れた血が流れてくる。眼球の奥にも骨がある事は知っている。ただそこにも穴があるという事も知っていた。幸運なのか、折れた刃がその穴を突ける位には細かった。だからこそその行動が出来たのだ。


 アースはぐったりとした怪物を退けて首を押さえながら家を出る。化け物を殺せたのはいいがアースが致命傷なのは変わりない。流血は相変わらず続き、もう意識は朦朧としていた。この辺り全てに人がいないのはもう知っている。だがそれでもここは王都だ。中心街へいけば助かるだろう。アースは折れた刃を握り締め、一歩一歩ゆっくりと足を進めて中心街へと向かう。


 いまのところ気配は一切ない。歩かなければ、この住宅街を抜ければ俺の異常さに誰かが救ってくれる。参ったな…これは治療費がとんでもない額になるんじゃないか?馬鹿か俺、助かるだけマシだろ。それも歩いて人に会わなければそれすら叶う事すらないけど…寒い、只管に寒い。地面が揺れてもいないのに揺れている感覚がする。地上0mで綱渡りをしている感覚だ。少しでも集中が途切れてしまえば簡単に倒れてしまう。もう限界が近いのはハッキリしていた。


「止まれ!両手を上げろ!」


 半分絶望していたアースはこの声を聞いて一気に希望へと変わった。声の先を見るとそこには銃口を構えた兵隊服を着た男がいる。アースは両手を上げ男の方へ向く。


「まずはその刃物を捨てろ。ここで何をしている?その血はなんだ?」


「助けてくれ…化け物に襲われてこの刃物で身を守っていた…必要なら捨てる…それより病院へ連れて行ってくれ…出血量が多すぎて…そろそろ限界が近いんだ…」


「…呑気に質問をしている場合じゃなさそうだな。話は後で聞こう、一度応急処置をする為にここから一番近い巡回警備兵団事務所へ向かうぞ。」


 団員が銃をしまってアースを背負おうとした瞬間だった。大地がうねる様な低音を響かせてようやく化け物らしく四足歩行で片方の眼球を宙に揺らし、血を撒き散らしながら走ってくる。団員はアースと同時にそれを見て困惑している様子だった。


「まだ…生きてたとはな……この鈍い歯型のこの傷はあの化けもんに付けられたんだよ…!」


「一度は退けたんだろう?ならどこを狙えば殺せるか分かるよな?」


 アースは念の為に折れた刺身包丁を握り、団員は銃を取り出し、両手で構えて標準を合わせる。


「脳味噌だが…狙うは眼球だ。頭蓋骨はアホみたいに硬い…多分弾丸なんて弾いてしまうだろう…無駄にはするなよ…あんた、団員だろ?」


「心配は無用だ。ここはそんな力自慢共があつまる中央王都だ、そして俺はそれを牽制する警備兵だぜ」


 引き金を引くと銃声は響き、化け物の眼球に上手く命中して化け物は倒れ、勢いが付いた分だけ地面に体を引き摺らせて停止する。同時に下手糞な笛の音が響く…そして音が収まると太陽につくられた建物の影から人が現れる。さっきの化け物より一回り体が大きい。酷いのが鉄仮面で眼球が守られている事。


「眼球…狙えそうにないな」


「あの仮面を剥げばいいだけの話だろう」


 化け物は影から巨大な斧を出して一歩一歩重く、地面を揺らしながら向かってくる。


「脳味噌があるなら心臓もあるはずだ」


 団員は動じずに正確に狙いを定めて心臓を若干左側の胸を貫く。だが化け物は勢いを緩める事をしなかった為、斧を振り降ろす瞬間に裏に回り両足のアキレス腱を撃つ。やはり構造上人間と余り変わらない為か思惑通りに転んでくれる。倒れたまま後ろに斧を振ろうとするとアースが斧を持つ手の甲に刃を突き刺す。


「終わりだ」


 団員が鉄仮面を剥がそうと触れた瞬間団員の頭から血を噴き出して鉄仮面を剥いで地面に倒れる。アースが唖然としていると裏路地から褐色肌の青年が現れる。


「本当に…心の底から軽蔑するよ」


 アースはすぐに団員の手から銃を奪おうと手を伸ばすがその手を化け物が斧を振り翳し切断する。切断された激痛よりも自分が生存する確立を上げる為に消す事を優先にして、激痛を叫びで濁し、化け物の手に刺さっている刃を抜いて脱げた鉄仮面に隠れた眼球に向けて突き刺す。生へ執着する男はそのまま団員の手から素早く銃を取って褐色肌の青年に照準を合わるが、もう既に銃口を此方に向けていた青年が笑う。


「バッドエンドからは逃れられないよアース。たとえ何度抗おうがね」


 アースの体が妙な浮遊感を覚え、額から血が噴き出しているのを自分の目で見た。だれもが確信した、アースの死を。アース自身も悟った、もう自分がこれ以上生き永らえないという事を。



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