第二章 11 エンジンは加速する
どの地理についての本を読んでもミラから聞いた情報と変わらない。色々他にも本を読み回ったが得られた情報はさっきの謎の『感情の本』と今が1468年の3月だという事だけだ。3月にしてはかなり温かく感じるのは地理にも書いてあったこの大陸が特殊な位置に在る為、北に行けば行くほど寒くなり、南に行けば行くほど気候は暖かくなっていく。東と西は1年を通して温かい気候が続く。
それともうひとつ情報がある。1438年より前の記録が何処にもないという事だ。これ程本は大量にあるというのに全ての記録は1438年より後だ。今から三十年前に一体何があったかを本が語れないのであれば人に聞くしかないか。
「…失礼します。テアと申します…あ、アースさんいますか?…ひっ…い、じジョニーという方から手紙が届き…ました」
召使いが図書室の扉を叩き、怯えるような声で恐る恐る扉を開いて顔をひょっこり出す。丁度いい所に人が来た。アースは「有意義な時間ではなかった」と眼を鋭くして少し眉間にしわが寄った状態で目を向けた為にメイドが縮み上がり、怯えた様子で用件を伝える。
「ああ、どうもテアさん。何か用件でもあります…う」
さっきは敬語が使えたのに今度使おうとした時は酷い頭痛が襲ってくる。確かに最初の時よりはマシになった。だがこんな苦痛を味わいたくはない。つくづく嫌になる。
「あ、アースさん?」
「ああ、そこに置いておいてくれないかな。すまないけど。」
「あ、はい。…では」
「まって。…なんで君はそんなに怯えてるんだよ?」
先程からのアースの鋭い眼光に縮みあがったテアは長髪の先端を指で弄り、躊躇わず吃りながら説明をしていく。
「じ、実は…す…ステラさんが「アースと言う人は一度疑った人間をとことん追い詰めて精神崩壊させる危ない人」だと…」
「ああ……そんな事はあいつにしかしないから大丈夫だよ。ステラに「アースは怒っている、過度なホラは吹くなよ」と伝えて置いてくれ」
「えっあっはい。で、では失礼します」
…あいつ、俺が必要以上に疑った事を根に持っているな…仕返しのつもりか。アースは直ぐに手紙を開けて中身を読む。
『アース、今すぐ今日の食堂の前に来てくれ』
アースは手紙を雑にポケットに入れ、走って玄関まで向かう。この手紙の意味は色々とある。きっとジョニーが悩んでいた種の秘密か、俺の目的である亜人関連であるか。どちらにせよ「今」いかねばならない。手紙では伝えきれない…以上にこの一文には「急ぎ」が感じられる。
アースが玄関の扉に手を掛けた時にステラから声が掛かる。
「こんな時間に何の用で出かけると言うの?」
「ああ、ステラか。大切な友人に会いにいく。少し遅くなるかもしれない。」
ステラはアースの言葉を静かに聞くと玄関の鍵を閉める。
「へぇ記憶が戻ったの?」
「…昨日の事件の解決に大きく貢献してくれた人に会いに行くんだ。重要の話をするんだよ俺はこれから…言っておくが明日行こうじゃあダメなんだ。「今」なんだよ俺が行かねばならないのは」
「…あら、随分都合がいいのね。自分に疑いがないのを良い事に大胆に行動しようとしているのかしら。それとも…作戦だけ合わせて自分は何もしなければ…バレないとでも?」
「…分かったよ…そんなに疑うのならついてくればいい…何人でも傭兵を連れてな…逆にその方が俺たちにとって都合のいいことかもしれないしな。ああ、いいや。俺も意地が悪いな。……ステラ…俺自身も過度な疑惑の反省はしているんだ…確かに「忠誠と年数」はイコールじゃねえよな。…部外者の俺がそれについて疑問を思う事自体が間違っていた。俺は信じる事にするよ。疑って本当に申し訳ない、ごめんなさい。」
ステラは頭を下げるアースに驚いて少し返答に困り、若干声のトーンを上げて返答をする。
「別に謝って欲しくて問い詰めてるわけじゃない。意地悪で言ってるわけでもない。私は心の底から貴方を疑ってる。…だけど全く、私もそこまで意地悪じゃあないわ。私がついていく条件でならいいわよ。それに銃も持たずに襲われたらどう抵抗する気?全く。」
「でもそれじゃあステラはどうやって身を守るんだよ?」
「私はか弱い女だからこれを持ってるのよ」
ステラはそう言い、腰の銃をアースに渡し、ポケットから裁縫針のような物が10本入ったケースを見せて得意げに語る。
「これは一瞬で体を痺れさせ、呼吸すらも薄くしかできない強力な麻酔針、これが刺されば10分足らずで眠ってしまう強力な睡眠針、そしてこの太い奴が魔物向けに作った血液が凝固するように作った猛毒針。力はないけどこういうアイテムの前に強者は平伏すのよ?利口でしょ?」
「確かに凄いな。でも俺が憎たらしいからって俺に誤射するなよ?」
アースの冗談に先程からのステラの冷たい表情が少しだけ崩れて笑みを浮かべる。
「その時は謝るわよ」
そう答えるとアースもくすっと笑う。二人とも準備が完了した所で屋敷から飛び出し、急いで夜の街を駆ける。昼と同じ所を歩いているとは思えないくらい誰もいない。昼間には人が溢れ返っていたこの大通りが店まで全部閉まっている。
「なんでこんなに人がいないんだよ…」
「察せるでしょう。無論亜人の件よ。自分が亜人じゃあなくとも無暗に出かけたりなんかしないわ。だから実質この王都を歩きまわってるのは私達と国の警備兵くらいね…でも国の警備兵も…。」
「そうか…じゃあもし俺達がここで襲われたら…一巻の終わりだな。」
「能力者じゃなければ余裕よ。ただし能力者と出会ったら…私は生き、貴方は死ぬわね」
「はは、御冗談を。」
二人は食堂に辿り着くと街灯に照らされた人影が一つ見える。アースは確かな異変を感じて少し距離を置いて立ち止まる。アースの表情にステラは何かがおかしいのを感じ取った。
「ねぇ…あの人がジョニーという人なの?」
「…いいや違う。」
人影はゆっくりと顔を照らし始め…髪の色もハッキリさせる。緑色の短髪に…光が反射しない玩具の様な眼球…どこからどう見てもジョニーとは程遠い存在だ。
「…仕方なく、「一人で来てくれ」なんて事は書けなかったんだ。だが、二人であるならば…問題ない。二人ならば問題ないぞ、決してなあ。これからお前達は僕に跪くか命乞いをする事になる。」
その男の一言がこの場に緊張を走らせる。何故ジョニーの名を偽って俺を呼び出したのか。そう考えを巡らせる前にもう一つ言葉を放った。
「…だけど僕は答えない。マイ・オールディはお前達を殺す」




