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キルライフ  作者: 沼郎
第1章 yの世界へようこそ
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第一章 2 追求者からの約束




[帰ってきたのか?今更]


 …男の声が聞こえる。体は死んでいるからなのか分からないが手足の感覚はないし視界は暗黒のままだ。だが何故か重みは感じるし、開放感がある。その状態が5分ほど続くと変化は訪れた。無感覚の体は痺れから入り、動くようになる。


 視界は徐々に色付き、そこが元いた世界とは全く違う事は直ぐに分かった。建物の殆どが石で造られており、野菜や果実などがケースの上に並べられ、それらを眺めて品定めをしている人がいる。その中には人ではない人型の…亜人が存在している。


 風景の奥の方は壁が連なり、余りにも広大すぎるこの土地を端から端までいくのに徒歩で何時間かかるのだろうか。きっと一日歩いてようやくたどり着くくらいだろう。見渡す限り幻想的な世界だが、中には折り畳み式の携帯電話を使用している者もいて何処か中途半端に成長した世界みたいだ。


 意識はハッキリしていた。いつの間にか服装は上下無地。何故この格好なのか不思議で堪らないが、気にしない事にした。


 借りにもし俺が生きていたとして…、金もないし住む場所もない、仕事もない。ここがどういう場所かもわからない。天国か、死後の世界なのか。おそらく俺は死んだ。もし生きていれば病院とかそういう所で目が覚めるだろう。だがしかし俺が理解できる言語が飛び交っている。そのうえ誰も俺が突然現れた事に疑問も抱かない。


「傷…そうだあいつに刺された時に出来た傷…」


 服を捲り、傷を探すがそれらしきものは一切見当たらなかった。ふと左腕に違和感を感じ、目をやるとそこには『俺の名前はアース。記憶がない場合の確認だ』と書かれており、自分の名前をアースと認識すると次第に前の名前がなんなのか分からなくなってしまった。同時に左腕に書かれた文字は消える。


 このまま何もせず日が暮れてしまっては駄目だと考え、まずはここが何処であるのか情報を得る為に、図書館を探す事にした。本屋もいいのだが、金はないし、立ち読みしようったってきっとご丁寧に包装されて読む事が出来ないだろう。


 アースは手探りに町を歩き始める。途中で掲示板を見つけ、巨大な図書館がある事を確認すると掲示板の脇にある観光客用の地図を1枚取り、それを見ながら図書館のある場所を目指す。が…本当に運が悪い。図書館は改装中で中に入る事すら出来なかった。続けてダメ元でいった本屋や雑貨屋も本がカウンターの奥にあり、会計を通さないと見れない仕組みだった。


 万策尽きたと人気のない路地で座り、これから如何しようかと溜め息をつくと「何か困った事とかあったんですか?」女の声が聞えた。顔を見上げるとそこには黒く艶めく肩まで伸びた髪に、紅い瞳に短い翼の女性がいた。何より困った人間に手を伸ばす心に加えて可憐で美しい姿に暫く顔を見たまま答えずにいた。


「あの…もしかして前に会った事がありますか…?」


「あ、いや…多分知らない…と思います」


 じっと見つめていた事が不思議に思われたのか、とても恥ずかしい。アースが首を横に振って否定すると女性は申し訳なさそうに謝った。


「あっ…ごめんなさい…私も懐かしい匂いがしたので……あの、何か困っているように見えたのでなにかお役に立てないかなと…思いまして」


「あ、ああ…困ってると言えば色々あるんですけど…この辺りの地理を教えて欲しいんですが…国とか?」


 女性は少し不思議そうな顔をして答える。


「地理…ですか?」


「えーっと…地方の村出身で…土地には疎いもので…できればこの地についても教えてほしいのですが」


 慌ててアースは何か苦しいいい訳をする。女性が純粋無垢なのかは分からないがそんな理由で納得してくれた。


「あ、そうなんですね!ここは世界地図の中心に位置していて、最も大きい王都です。中央王都アラドールという名前が王都の名前なんですが中央王都でも全然通じると思いますよ」


 女性は両手でジェスチャーを加えながら分かりやすく説明を始める。アースは腕を組んでその話に耳を傾ける。


「へぇ~」


「他には…東の王都パーライド……以外は訪れたことはないんですけど西と南と北にも其々国…王都がありますよ!」


 やはり、ここは地球ですらない。なのに聞いた事のない地名に違和感は感じない。だがまあよっぽどあちらより此方の方が現実の世界のように感じる。景色を見ても懐かしさは感じないが。


「面白いぐらい東西南北に国が分かれてるんだなぁ…」


「昔に戦争があったらしいですよ。私は学校とか行ってなかったので歴史はあんまり詳しくないのですが、40…?50…年かな、くらい前に戦争があってそれで一つの国がさらに4つに分かれたのが王都国の始まりらしいです!」


「…あ、ご親切にどうもありがとうございます。私の名前はアースといいます。また機会があれば何処かで」


 立ち去ろうとするアースに女性は呼び止める。


「あの、他にお役に立てる事はないですか?」


「いえ、大丈夫です。すみません、ご親切にありがとうございます」


「あ、はい。私はミラといいます。またの機会があればいつでもどうぞ!」


 アースはミラから情報を得て、別れる。その際にアースが使っていた『敬語』が、何故かはわからないが心の底から深い嫌悪感に包まれて胃が鉄で押しつぶされているかのような吐き気を催した。笑顔を装っていた為に多分気付かれなかっただろう。…敬語を使うたびにこの苦しみが押し寄せて来るのなら…今後は使用を控えなければならない。


 アースは今後の事を考えて地図を見る。すると交番ならぬ『巡回騎士兵事務所』と『警備騎士兵舎』があり、「巡回」のほうが≒警察だと思いそちらの方へ向かう事にした。やはり、現状仕事も住む場所もないのだから頼りになるのは国家公務員であろうこの騎士兵たちだ。


 大通りを避け、地図を見ながら裏路地を進んでいくといきなり硬い何かとぶつかった。ああ、これを避ける為に裏路地を使っていたのに……間違いない。人だ。硬いというのは筋肉だろう。そしてなにより酒臭い。


「おい、アンタ。俺にぶつかっといってなんか言うこたァねえのかよォ」


 2mを超えるほど高い身長に加えて全身に筋肉がしっかりついている。手に何も持っている訳でもないのに全身から酒がきつく臭う。でも酒に酔ってるとは言え俺が地図を見っぱなしで前方不注意だったんだ。俺が悪い。


「ごめんなさい、前方不注意だった。」


「いや、違うなァ?…財布を掏ろうとしやがったなてめェ」


「勘弁してくれよ……」


「許さねェ」


 大男は叫び、腕を振り上げるとアースは危険を察知して両腕を顔を覆うようにして防御態勢をとる。すると突拍子もなく大男は吹っ飛び、置かれてある樽にぶつかって意識を失った。


 アースは後ろに気配を感じて振り向くとそこには自分と然程変わらない格好をしたツインテールの幼き少女がアースを見つめながら驚いた顔をする。ああ、これこそ『前に何処かで会ったことありますか?』だ。だが、アースがその問いをする前に何かを悟ったのか少女は驚いた顔からなにかやるせない表情を浮かべ、一粒涙を零す、そしてその涙を拭くと口を開く。


「なにか言う事は無いわけ?」


「あ、ああ。助かったよ…ありがとう」


 少女は「ああそう、どういたしまして」と言って不機嫌そうにすぐに去った。一体何が目的だったのかは知らないが助かった。大男が吹っ飛んだのは恐らくあの少女がやったのだろうな。やはり世界がファンタジーの色を染めているのであれば魔法やらなんやらあるのだろう。さっきあの男が叫ぶ前に何か女の声が聞えたし…


 アースは前方を注意しながら地図通りに進んでいく。巡回騎士兵事務所の近くまで来るとそこは幾つかのベンチが置かれた広場があり、傘の自動販売機の横に事務所らしき建物が見えた。この広場には人が全くいない。アースはあそこで間違いないと地図をポケットにしまって事務所の中にはいる。


 建物がまあまあでかい割に人が2人しかいない。手前の方にパソコンに向かって文字を打ち込む青年に、奥の方で尻尾をくねらせてテレビを眺めている女の亜人。他の人は名の通り巡回に勤しんでいるのかそれとも事務所の奥の扉にいるのか休みなのか。アースが事務所に入ってから少し眺めていると男の方が気付いてよってくる。


「こんにちは、どうかなさいましたか?」


 とりあえず事務所には来たが冷静に考えると日本語が通じている上に日本じゃないとすれば俺はどういう存在なんだ?地球から来た、仕事も家もない男です?そんな事言ったって警察がどう対処する?仕事がないなら就職案内所へいけとしか言われないだろう。


 ならここは記憶喪失でいくのはどうだろうか?それなら保護してくれるかもしれない。まずは家族を捜索する事から始まるだろうが、当然いない。いや、いるかもしれないか。最悪の場合は病院に送られるだけだろう。


「実は…過去の記憶がなくて」


「えっと……記憶喪失ですか…?」


「はい、この中央王都に来てから頭をぶつけたみたいで…」

「嘘は駄目だよー」


「え?嘘なんですか?」


 諂いながら言ったアースの嘘を一瞬で暴いたのは奥の方でテレビを見ていた青髪の女の亜人だった。ここまでズバッと嘘を見破られてはちょっと困る。しかしこのまま嘘を付き通して行けるものか?だが…正直に言っても信頼が下がった状態で…異世界から来たなんて信じてくれるか?いや、逆にあの女性は俺の嘘を瞬間で見破ったんだ。なら…


「記憶喪失とでも言わなければ信じてくれないかと思って…実はこことは別の世界から転移させられて仕事もなく金もないし家もない状況だからなんとかならないかとこの建物に来たんだ」


「へー嘘だったんだね、記憶喪失」


 透き通った碧い長髪に量産型の猫耳を生やした女の亜人はソファーに座ったまま此方に顔だけ向けて笑いながらそう言う。アースはしてやられたと女を睨む。


「嘘は困りますよ」


 …不味いな。別にだますつもりでもなかったのに墓穴を掘って信用は溝に落ちた。


「馬鹿だなー私は嘘が見破れるんだよー。でも別に『そう言わなきゃ信じてくれないかと思って』って正直に言ってるし実際に信じがたい内容だしさー?今大して忙しくないなら手伝ってあげればいいんじゃないの?ゲル君」


「言われなくても分かってますよミーナさん…それで…貴方はどうしたいんですか?」


「ありがとう。俺の名前はアース。仕事もそうだが先ずは寝泊まりする場所とか生活の基盤を手に入れて後々元の世界へ帰りたいと思ってる…つもり…帰れなかったら最悪こっちで暮らす覚悟はある。」


「そうですか。仕事を探しているのなら仕事は山ほどあります。あなたみたいに長身でガタイが良いひとなら純粋にそっち系の仕事は山ほどありますし、加えて戦術があるとか能力があるとか魔法が使えるとかいう人は傭兵や日雇いの警備とか後は冒険者ギルドとかで依頼をこなす事とかでやっていくっていう方法もありますよ。泊る場所がないなら今日一日位は泊ってもらっても大丈夫ですし」


「泊めてもらえるのはありがたい。ただ問題は俺は仕事でたまたま鍛えられた程度の足腰と筋肉だけであって力仕事はいいけど傭兵とかいうなにか技術面での力が必要且つ命払う仕事は、多分依頼をこなす前に俺が死ぬと思う」


「うーん、ちょっと戦闘とかじゃなくて普通の日雇いの仕事とか一覧あった筈なので持ってきますね。そこのソファーでテレビでも見ていてください」


「あ、はい」


 一瞬冷っとしたがなんとか色々と上手くいった。あの亜人も最初は俺を邪魔しようと遊び半分で適当な事を言ってるのかと思ったら今度は俺を助けるような事を言うし単に振り回して遊んでいるだけか…だが本当に助かった。この感じのいい青年には感謝しきれない…どっと安心感が押し寄せてくる。


 アースはミーナから少し離れた位置に座った。よほど疲れていたのか、アースはテレビを見ている内に睡魔に襲われてそのまま寝てしまった。


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