第二章 9 『疑念』
やはりサバ定食にハズレはない…安定した美味さだった。アースは「ごちそうさま」と告げ、食堂を出る。…さてこれから何処へ観光へ行こうか。でもまあ俺に気を使ったとはいえ女王の死を目の前に観光は流石に不謹慎だな。しかし女王直々の命令でもあるし…まあ王都の把握も兼ねて散策すれば罪悪感も薄まるか。
アースがいい訳をしながら意味もなく大通りの端に突っ立っているとスタスタと一直線に早歩きをする銀髪の女性が目の前を通り過ぎ去っていく。
彼女が向かう方向には目ぼしいものはない…強いて言うなら屋敷だが今この状況で屋敷に用がある人間と言えばメイドか余程信用する用心棒…或いは暗殺者か。疑い始めたら疑問点は幾つも出てくる。何故まだ季節的に早いコートに人間一人入りそうな大きな荷物…間違いない…。
アースは咄嗟に叫び、彼女の足を止めようと考えたがそれは逆に不味いのではないのかと思い留まる。これは俺が決断をしていい問題じゃあない。ただだからといって疑問を疑問で片付けるのも問題だ。なら今は確信を得る事が第一だ…白黒ハッキリつけようじゃないか。
アースは一定の距離を保ちつつ女性の後を付ける。その女性は速度を緩める事もなく確実に屋敷の敷地内へ侵入する。それを確信したアースはほくそ笑む。がしかし敷地内に入ってからも道の中央を速度を落とさずスタスタと歩く彼女は暗殺者にしてはあまりにも堂々とし過ぎている。
アースが疑問に思いつつも尾行を続けると扉付近で止まり、急に振り返る。その鋭い黄色の眼球に睨まれたアースの心臓が縮み上がる。
「何か用ですか?ストーカーさん」
女性は荷物を置いてコートのポケットに手を入れる。アースは込み上げる緊張を抑え、その質問に数秒遅れに回答する。
「やだな、俺もこの屋敷に用があって来たんだよ。君はどうだ?君こそ何の用があってこの屋敷に?こんな時に客人なんて…そんなに大きな荷物を持って…」
「私は貴方にこの屋敷に来た理由を聞いたんです。でも、もう聞く必要はありませんね」
女性は鞄の中に手を突っ込み姿勢を低くする。それが戦闘態勢だという事が瞬時に分かる。迂闊だった。こういう事態になるならばもっと慎重に行動すればよかった。そんな事を悔やんでいても仕方がないのは分かっている。だが、悔い改めねばならない。前回はそれが吉に動いたが常にそうとは限らないのだから。
「おいおい止めてくれ!さっきの発言が癪に障ったのなら謝る!疑うならまず聞いてくれ!」
アースは両手を上げて必死に呼びかける。だが銀髪の女は表情ひとつ変えず聞く耳を持たない。アースは情けなく両腕をクロスさせ、無駄な防御をした所で腕の隙間から二階の窓から頬杖をつくミーナの姿が見える。
「ステラさん、彼は例の人です。」
ギレオの声と共にステラの鞄から武器を出そうとする動きを止める。そして即座に「申し訳ございませんでした」と一言だけ呟き、深々と一礼をする。そして他に何も言わずに屋敷の中へ入って行った。
アースはただ茫然としていた。今まで考えていた浅はかな答えは何処かへ消え去る。咄嗟の行動が無駄極まりない防御だと振り返るとそれだけは恥ずかしく思った。だがそれ以上に自身の愚かさが際立った。ミーナはこれを見越して俺に「単独行動」を避けるように言ったのかもしれない。
「はぁ」
短く重い溜め息を吐く。敵ではない事の安堵、愚かな自分に対する恥ずかしさの失望…この両方の意味を交えた溜め息だ。そして同時に自分の使命を考える。やはりどう考えても観光なんかしている場合ではないのだ。今は何より屋敷の全体図を把握し、少しでも役に立てるように頑張らねば。
アースは町には戻らずそのまま屋敷へ入る。エントランスにはギレオとステラが真剣な表情をして話をしている。アースは申し訳なさそうに話を割る様に二人に近付いて喋り出す。
「お話し中すいませんね、ギレオさん。ステラ…さん。そしてステラさん…少し外して貰えるかい?」
ステラは「ええ、分かりました」と無表情のままアースから距離を離す。ギレオは黙って耳を傾ける。
「本当なら先程の応接室で話しておくべき内容だったのでここで言うのもなんですが…追加でお願いしたい事があります。」
「ええ、我々が出来る事でならやりましょう。しかしアース殿、敬語を話していて大丈夫なのですかな?」
「はい、何故か分からないですが今は大丈夫な様です。そして内容なのですがまず全員のメイドの姿を確認しておきたい事と、屋敷全体の把握。後これは可能であればですが資料などを読ませて貰いたいのですが」
ギレオは口元を手で隠し、長考する。その間アースは少しエントランスを見渡し、構図を確認する。
「アース殿。」
アースが構図の記憶に集中しているとギレオが声を掛けてくる。
「あ、はい。どうです?強制はしませんが出来る事ならばやっておきたいのです」
「それは心配せずとも両方可能です。勿論資料室もとい図書室を自由に使う事も許可しましょう。しかしです、アース殿。最初の要望である召使い全員の姿を確認をするのは今すぐには不可能です。夕食の時に皆集まるのでその時にしましょう。名前だけでも確認しておきますかな?」
アースは自分の眉を撫でる。しかしまあ今日、メイドを確認できるだけマシだろう。
「ええ、ぜひ。」
「…まあ其処まで人数が多い訳でもないので口頭で言っても記憶できるでしょう。メーリア、リレス、テア、ステラ、ネム、リアスの六人です。」
「ありがとうございます。その…度々の失礼、申し訳ないです。」
「いえいえ、私共は気にしませんので。我々が望むのは女王の命の保証だけなのですから。…それと屋敷の把握でしたか?それはそこにいるステラに頼んでおきます。図書室への案内も伝えておきます。では、また夜に会いましょう、アース殿」
「はい」
ギレオはアースの肩を叩いて、ステラの元へ行く。そして事を伝えるともう一度アースへ振り返り、丁寧に一例をして廊下に消えていく。
頭を上げるとステラは既に目の前まで来て無表情のまま立っている。アースと目が合うと「では、案内します。」と一言喋る。アースは「お願いします」と頭を下げ、ステラの後をついていく。
とりあえずはだ。今は騒ぎを起こすまい…ただこのステラというメイドだけは信用がならない。一年前に入ってきて態々休暇を与えて屋敷から離れて貰ったというのになんの理由があって今、このタイミングで戻ってくるという?大抵は想像もつく、だが確定ではない、だからこそ今は監視が最もすべき行動だ。それに…もう一つ疑問がある。
「しかしまあステラさん。俺がここに来る事が分かっていたんですか?」
「ええ、はい。お客様が来るとだけ御聞きしておりました」
ああ、繋がった。これで疑問は嫌疑に変わった。考えたくもなかったが今考えられる最悪のケースはギレオさんやメイド達が黒幕だという事だ。出来れば彼を信じたかったが彼は嘘を吐いた。ギレオさんはステラにはこの事を伝えていないと言っていた。
だがお客様とだけ聞いてたなんて…それなら例の人なんて言い方はしないだろう。それに屋敷だって本来しっかり案内する筈だしこの緊急事態に俺を外で観光させる筈がない。ギレオさんがやると怪しまれるからあの無邪気な女王自らにやらせるように誘導したんだ。だがダメだ、確信がなければ何処まで近付いても真実も妄想も同じ事だから…だからこそボロを出させるんだ。




