第二章 7 忘れ去られた食券
『じゃあ、また。数百年後か数千年後か…或いは数日後にまた来るよ』
男は燃える大木の鎖に繋がれ炎に包まれながらそれを見ていた3人に向かって言った。
ある者は膝を付いてその死を惜しみ涙を流す。
ある者は遣る瀬無い罪悪感に苛まれ目を逸らす。
ある者は歓喜の声を上げ燃え上る男を神と呼び崇拝した。
だが、間違いなく燃えているあの男は俺自身だ。じゃあこの視点はなんだ?確かに感じるのは何故か湧き上がる憤怒、憎悪、嫌悪の感情。
『アースゥゥ…!犠牲になった人間の怨念の…お前が殺してきた数の人間の…お前が潰してきた未来の数を数えろォォ!!その分だけお前のォォ…お前の心臓を何度でも握り潰してやるぅぅ……』
これは燃える俺を視界に映す俺自身の口から出た言葉だ。この煮え滾る憎悪、どうしようもない感情。これから無様に死に行くというのに俺は俺自身を呪っているのか。
『静かにしろよ、再誕への炎の音が聞こえないだろ?』
俺の意識が叫んだ言葉に焼かれている自分が回答する。冷静で皮肉のこもった回答に更に怒りは込み上げる。しかしどれだけ敵意を向けて我武者羅に暴れてもその拳はアースに届かない。肉体の持たない意識の想像上の拳は空を切るだけだった。
何度も、何度も届かぬ拳を振う。時間が流れ、大木が燃え尽き、アースを取り巻いていた三人も既にその場から去っていた。時がいくら過ぎようともこの感情は消え失せない。あの皮肉と嫌味な顔が背中に膠着いて放れない。惨めな意識が無意味な叫び声を上げ続けている中で夢は終わる。
俺が眠ると必ずと言っていいほどこういった可笑しな夢を見る。だが…依然俺は何も思い出せない。
「…はぁ」
アースはベンチから起き上がり溜め息を吐いた。あの意識の阿鼻叫喚…もうそろそろこんな重い夢ばかり…いい加減ノイローゼになりそうだ。しかも太陽も然程動いていないから時間も数分程度なんだろうがその程度夢を見させないでくれ。
脳内で悪態を吐いていると不意に腹の虫が鳴る。そういえば朝にミーナから貰ったパンを食べた位で飯など食っていなかったな。飯でも食いに行くか…。
アースは背伸びをしてとりあえず大通りに出る。来た時はベンチで休んでそのまま屋敷へ向かったしよく見てなかったが…随分沢山飯屋があるな…どれも見覚えがあるが…安定するのはやはり定食屋か?派手でもない地味な定食屋でそれなりに人がいる所は…あそこか。
『ピンフ食堂』と書かれた店に決め、入ろうと戸に手を伸ばすといきなり声を掛けられた。横を向くとそこには見覚えがある顔がある。昨日の一件で世話になった大男ジョニーだ。
「よぉアース。昨日ぶりじゃねぇか」
「ああ、ジョニーもパーライドに用があるのか?」
「ま、そうだな。おうそれより飯食いてえんだろ?中で話そうぜ俺も腹ペコなんだよ」
二人は中に入り、出口付近の食券販売機でメニューを選ぶ。ジョニーが先に一番奥のテーブル席に座ったのでアースはセルフの水を二人分汲んで席に向かう。
…肝心の食事だが、ここのメニューは色々選べて豊富だったんだがここは安定のサバ定食にすることにした。ジョニーは何故か飯を買わず酒とツマミの食券だけを買った。
「おう、水サンキュー。んで、なんかこれから用とかあんのかよ?アース」
「俺か?いや、俺は特にないな。…まあでも今日はここに来るのにかなり歩いたから激しい事はしないつもりだけど」
「んぁえ?オメェ―まさかここまで歩いてきたのか?なんだってそんなことをよぉ」
「途中までは馬車だったよ」
「そりゃ意地悪な御者だな」
「まさか。その御者も態々忙しい中送ってくれたんだから」
丁度注文したビールと鳥の唐揚げが届く。ジョニーは一口飲んでから落ち着いた声で話し始める。
「列車は使わなかったのか?もしかしてお前、東地方は始めてか?東地方は若干土地が広いから利用するなら『無人列車』を使うと良いぞ。」
「無人列車?そんな物があるのか?」
「おう、東の女王いるだろ?あー今の前の女王だ。その女王の権限で無料で利用できるいいもんだぜ?どうやって無人で列車動かしてんのかはしらねぇーけどよ」
「へー便利だなそれ。で?何処で乗れるんだ?」
「おう、しょぼい無人駅が東地方の至る所にあるんだけどよぉ、そっから乗んだぜ。列車は一車両だが10台くらい動いてっからそんな待たねェからストレスフリーってやつだ」
ジョニーは口は悪いがなかなかいい奴だな。しかし本来の目的であるサバはまだ来ないのか…店に来て20分は経ったと思う。流石にもうそろそろ食いたい…ていうか皆食ってる中俺だけ食えないのはある意味拷問だ。
「教えてくれて助かるよ。…しかし俺のサバ来ないな」
「なに言ってんだアース、そりゃあ魚料理は長いだろーが…でも東地方みてえに湖のある地域でしか食えないだろうし食っとけ食っとけ」
「マジか…っていうか東方面でしか食えないのか…驚きだ。」
「ああ、魚いねーからなあんま」
「へえ…あ、そうだ東で思い出した。ジョニーもパーライドに用があってきたんだろ?」
「ああ」
露骨にジョニーの表情が暗くなる。何か後ろめたい理由があって東の王都に来たのだろうか?
「安心してくれ、詮索はしないよ」
「……なあ、アース」
アースの名前を呼んでから1分位下を向く。何かを考えた末に皮肉のこもった笑みで喋り始める。
「正しい事を続ける為によォ…命を捨てるか悪事に手を貸して続けるかっていう状況だったら…お前ならどうする?」
「…続けるな、だが悪事には手を貸さない」
「…命を捨ててもか?」
「…ああ、貫き通すぜ。……もし、ジョニー…それがお前の悩みなら…俺がお前の人生にとやかく言う権利なんてないのかもしれないが……正しい事をしようぜジョニー…少しでも悩んでるんならな。」
再び大男は情けなく唸り声を上げて俯く。そして直ぐに顔を上げてビールを一気に飲み干して何かを決心したようにスッキリした表情をして再び喋る。
「よし決めた!そうするぜ!サンキューアース!」
「…お前って意外と表情豊かなんだな。…ああそれより心配な事があったら東の王都の屋敷に俺当てに手紙をくれ。無茶はするなよジョニー。」
「おう…じゃあ気分も変わったし俺ァこの店脇の路地で酒遊びしてくるぜ」
「酒遊び?」
「気にすんな、水鉄砲でアルコールを摂取するだけだ。それともお前もくるかァ?でけえ樽に酒がいっぱい入ってんだぜ、飲み放題だ。俺が買って置かせて貰ってるだけだからなァ。聞いて驚けよ?俺ァアルコール度数を自在に変えれるんだぜ」
「面白い冗談だな、まぁ…遠慮しとくよ」
「そうか、んじゃあな」
ジョニーはアースに別れを告げると先に出て行った。アースは暫く水を飲んでサバ定食を待つがいつまで待ってもサバ定食の名前が呼ばれない。
…もう40分は経っている。流石にサバ定食にしては調理時間は長すぎる。その上何故か店の人たちがやたらと此方を見てくるのだ。
アースが店員に催促しようとした時だった。ポケットに何か違和感がある、そう思い手を突っ込んで取り出すと『サバ定食』と書かれた食券が出てくる。アースはジョニーに水を持っていく際に食券をしまったまま出すのを忘れたのだ。
アースは恥ずかしがりながら食券を出しに行く。
「…すみません店員さん、サバ定食一つお願いします…」




