第二章 6 人の心
先にアストレア女王とミーナが入るというのでアースは脱衣場の入口の椅子に座って待つ事にした。特にすることもないしあの泥濘を進んで汗だらけで疲労した体を早く休ませてあげたいから余り動く事は止そう。…しかしホントに広いしでかいな…装飾も豪華だし……まあでも…思えば王族が住む家だったな。
30分程時間が経過すると今度は脱衣場から会話が聞えてくる。ようやく風呂から上がったようだな。女性の割には入浴時間が短く感じるが…こんなものか。それに短い方が次に入る身としては助かる。
「お次どうぞ」
女王がひょっこりと扉の隙間から顔を出してそう言う。声のトーンもミーナに向けるものとそれ以外では全く違うのか。そうやらミーナに対してだけは他を忘れて甘えてしまうらしい。
「ほら、いくよー話したい事まだまだあるんでしょー?」
ミーナはアストレアの背中を押して脱衣所から出てまた会話しながら二階へあがって行った。こうしてみると本当に姉妹じゃないかと思ってしまう。アースは溜め息を吐いて脱衣所に入り、服を脱ぐ。「男性用衣服入れ」と書いてある籠があったので其処に服を入れて浴場に入る。
「おお、凄いな…まるで銭湯じゃないか」
幾つもの風呂が用意されており、シャワーも沢山ある。アースは早く浸かりたいと思いながら体を洗って
一番大きな風呂に入る。その湯加減に力の抜けるような声を出し、目を瞑って耳を澄まし湯の音を聞く。
「…う…うう………ふぅぅ……最高…」
…気持ちよさで眠ってしまいそうだ。しかし…俺が見ていた世界とこの目が見ている世界は大分違いがあるな。ボディーソープやシャンプーとかリンスとか風呂の物も同じくあるし、言葉とか殆どが夢でみた世界と同じな癖に違う所も多い。
やはりあの世界は俺の曖昧な記憶でつくられた世界なんかじゃないんだと思う。きっと…この世界と同じように存在する世界なんだ…なのにこっちの世界の方がしっくりくると…まだまだ謎が多いな。
「長風呂ですなアース殿」
「…?その声は…ギレオさん?」
アースが目蓋を開けると其処には屈強な体をした老人が立っており、湯船に入ってアースの隣に座る。
「いえ、俺は入ったばかりですよ、前の彼女達が30分程入ってましたから…」
「苦痛を感じる敬語など使わなくて良いですぞアース殿。」
…たった数分話した程度で俺が苦痛なのが見破られたのか?かなり必死に隠していた為暴かれるとは思わなかったな。
「…貴方には敵いそうにないな。非常識だがそうさせて貰うよ。その通り、ホントは使う度に頭が金槌で殴られる鈍痛がするから使いたくなんかないんだ。貴方も俺に敬語なんか使わずに喋ってくれて構わないよ」
「ははは、無理して苦しい思いをする事はないのです。この世界の人間の殆どは寧ろ敬語なんて使いませんし、随分苦労をしたのでしょう。私もそういう事に理解はありますのでな。…私は好きで喋っているので気になさらず。」
アースも親しみやすいこの老人に対して親近感が湧いて久しぶりに笑った。
「私はね、ミーナ殿が新人を連れてくるというから何事だと思いましたが…アース殿。貴方は人の事に真剣になれる素晴らしい人ですよ。それにその体もそうやって人の為に酷使してきたのでしょうし…私は貴方の様な人間が来て下さりうれしく思いますよ」
「ああいやきっと俺じゃなくても同じ事だと思う、人間は感情を持った生物だからさ…」
「ええ、それでもです」
アースは少し照れて頬を緩ませて髪をかき上げる。
「…そういえばギレオさんは随分鍛えてるんだね」
「ははは、好きで鍛えた訳ではないのですよ」
「ああ、メアリー女王を守る為に?」
「いえ、私の肉体は少年の頃からです。…こんな爺の昔話よりもっと面白い話をしましょう」
ギレオは過去を隠すように話を逸らす。アースはそれを察してそれ以上聞く事を止めた。
打ち解けてから二人は暫く他愛のない話をして満足したアースは先に風呂を上がる。体を拭いていると自分の服が籠にないことが分かり辺りを見渡すと中央のテーブルに変えの着替えがある事に気がつく。
近付くと『アース様』と書かれた紙が綺麗に畳まれてある服の上に置いてある。アースの元着ていた服に似たものを選んでくれたのか、かなりシンプルなものだった。ギレオさんが持ってきてくれたのだろうか?なんだか久しぶりに人の優しさに触れた気がしてアースは呟くように「ありがとう」と言った。
髪を乾かして脱衣場から出ると待っていたかの様にアストレアが椅子に座っている。アースに気付くとアストレアはゆっくりと立ち上がる。
「あ、やっと出てきましたね」
「なにか用か?」
アストレアはアースの言葉に呆然とする。アースはすぐに自分の過ちに気付く。さっきのギレオとの話で完全にうっかりして敬語ではなく喋ってしまった。やってしまったと謝ろうとしたら先程まで黙っていたアストレアは嬉しそうに口角を上げて喋り出す。
「少し吃驚しましたが…アースはその方がしっくりきますよ?敬語を使ってる時はなんだかつらそうでした」
全く、この子も出来た子だ。屋敷の人間が彼女を守りたくなる理由も彼女の母親を慕う理由も彼女から分かる気がする。
「本当…悪いね女王様」
「それもです!親しみやすく私は名前で呼びましょう!」
「了解、アストレア・リゲイル」
「面倒じゃないですか?」
「オーケー、レア」
「大分カットしましたね!でもその呼び方が楽でいいです!」
アースは照れくさそうに頭を掻いて話題を変えてミーナの話をする。
「ミーナはレアの事はなんて呼んでいるんだ?」
「あーちゃんって呼ばれてますよ?」
「へぇ…でも君は彼女を呼ぶ時ミーナちゃんなんだ」
「いやぁ…みーちゃんって猫いるんですよね。それにアースだってあーちゃんだったら私と被るでしょう?だからミーナちゃんなんです!でもよく考えたら「女王様」や「アストレア」より面倒ですね?」
よく考えなくてもミーナちゃんは面倒だと思うが。あれほど仲が良いなら遠慮せずにミーナって呼べばいいのにな。
「ああ、そう。…それで俺を待っててなんか様があるんだろう?」
レアは手を叩いて思い出したかのようにこれまたテンションが高く喋り出す。
「そうです!実は東の王都を一度観光がてらぶらぶらしてみて欲しいんですよ。パーライドはいい所ですし町の人も凄い親しくしてくれますよ」
「ああ、丁度町を見に行こうか思っていた所だったよ」
「じゃあはい!使ってください!」
レアはそれを聞くとポケットから一万円札を取り出してアースの腕を引っ張り、手を開かせ握らせる。金とかも前世界と同じなのか…いや、似ているが写っている人物も違うし所々デザインが違う。
…ってそんな事ではない。
「いやいや流石に受け取れないよお金なんて」
「いいんですよ!貴方がいい人だって事は分かりましたし…それに報酬の前払いって事で!」
「…じゃあ報酬が出たら返すから頂くよ」
「えー貰って下さいよ」
「分かったよ…ありがたく頂戴するよ」
「そうしてください!それだけでした、また会いましょうね!」
アースは彼女が折れないと思い、ありがたく受け取る事にした。報酬が出たらこっそり返そう。こういうなんていうか優しさに触れ過ぎると色んな意味で怖い。レアは用事を済ませると階段を上っていく。アースはとりあえず外に行く事にした。
屋敷の外へ出るとやはり日差しが眩しい…時刻的に昼のちょっと前位だろうか。とりあえず目指す所もまだ決まっちゃいないしとりあえずさっきいった広場を目指すか。
坂を下って行き、広場に着くと大通りとは違い人がいなくて静かで…なによりここを差す日光が気持ちいい。
案内板から地図をとってベンチに座り、地図を確認していると欠伸が出てくる。少しだけ休もうと目蓋を閉じたアースはうっかり夢の世界へと入ってしまった。




