第二章 3 地の記憶
「眩しい…」
いつの間にか日は昇っていた。ちょっと前まで眠っていたからかやけに太陽が眩しく感じる。馬車はもう到着していた。事務所からアースとミーナの姿を確認した女性が馬車へと案内する。二人を乗せると女性は御者台に乗り、馬を御する。
「なあ、団員に別れの挨拶とか言っていた方がいいんじゃないのか」
「君が寝ている間に済ませたよー」
「ああ…申し訳なかったね」
「ううん。じゃあちょっと今回の作戦の本当の事と東の王都の事を説明するよ」
ミーナが喉を整え、説明しようとした時にアースは自らの唇に人差し指を立ててストップを掛ける。
「待って待って、大丈夫なの?」
「なにがー?」
ミーナは不思議そうに頭を傾ける。天然なのかわざとやっているのかがさっぱり分からない所が何処か掴み辛いんだよなコイツは。でもこの状況でわざとやっているのであればアホ以外の何者でもないぞ。アースは申し訳なさそうに御者台の方をちらっと見てから理由を話す。
「その…部外者がいるだろ?」
「ああなんだ、その人は関係者だよ。東の王都、女王の召使のリレスさんです」
「よろしくお願いしますね」
「ああ、どうも」
リレスは振り向いてアースに微笑み、また前を向く。久しぶりに優しさに触れて一目惚れしてしまいそうだ。アースも頭に手を当てて挨拶をする。しかしさっきは眠気でさっぱり考えてなかったけど…何故亜人の拉致と女王の監視…ああ、女王が亜人なのか…なるほどな。
「じゃあ話入っていいかな?」
「あっはい」
「実は今回の問題の本質は『亜人拉致組織の特定』ではなく『女王の守護』なんだ。この作戦の内容はもう一回屋敷に着いた時に詳しく言うから」
「うん」
「じゃあ東の王都について説明するよ。東の王都はねー四大王都の中で最も小さく権力がない都でね」
手始めの説明が劣っている事を一番に言うあたり弱い都市だと感じる。まあ大凡想像は出来るが大きな都市の女王の守護など俺に任せる必要もない。言うならば「見定め」…ミーナ自身の選定の目が間違いではなかったという事を確定させる為の任務。戦闘経験のない二等兵に王の身を任せる馬鹿が何処に居るか。
「しかしこれから守りに行こうっていうのに随分厳しいな」
ミーナも溜め息混じりに説明を続ける。
「事実だからねー。まぁその弱い都を馬鹿にされまいと今のひとつ前の女王が凄い頑張ってねーそれでなんとか他の王都と張り合える位に成長させてきたんだけど前女王は突然死で亡くなってしまったから急遽現王女が王位を継ぐ事になったのだけど内政とか武術とかその他諸々一切触れる事無くに生きていたものだから都民からは無能呼ばわりされてる感じかな」
「それは前女王が抜けていたんじゃないのか?普通教えるべきだろう、いつ死ぬかなんて分からないモノだから」
「うん、本当は現女王の姉が継ぐ筈だったんだけど彼女は暗殺されてしまったの。これもきっかけで妹の方はかなり責められてるわけなんだよね。母親も母親で権力争いを避ける為に姉のみに教えていたそうだし…まあそこを狙われて内部から崩壊させる魂胆なんだろうけどねーどこかの悪い団体さんはさ…」
アースは少し間が空いたあと、眉を撫ながら喋る。
「なるほど、じゃあ味方がいない状況で暗殺者が王都崩壊を目的に女王の命を狙っている訳か。」
「まあそこの彼女を含め召使の人や側近の方々は重々承知しているから皆が皆敵ではない事は確かなんだけどねーまあハッキリ言えばここでその組織がチェックメイトを行おうとしているだろうと言う事は間違いないだろうね」
「ああ、まあ一様軽くだが『女王の守護』の意味を理解したよ。…しかしまあ、傭兵みたいな事をするんだな?」
「いいや?雇われ兵ってわけじゃないよ?私は女王の姉と幼い頃からの友人だからねー助ける義理はあるし…妹の女王にかなり懐かれちゃったし。あの子は呆れるほど抜けている部分があるし本当の意味での無垢な女性という感じだからそれを普段知っている関係者側は女王が暗殺者を雇って姉や母親を殺したなんて一ミリも思わないだろうね。第一今回の女王の守護を頼んできたのも側近の方々だしさ。」
「なんだ、そういうこと。さっき呆れ気味に説明してたのは別の意味だったのね」
アースとミーナが話し合いをしている最中に軽く揺れが生じる。リレスが馬車を止めたのだ。リレスは後ろを振り向き、声を掛ける。
「東の王都の近くまで来たので作戦の内容や内情等の話は避けましょう。そしてあまり怪しまれない様にお手数をお掛けしますがここからは歩いて向かってください。」
ミーナはそれを聞くとすぐ降りてリレスに礼を言う。アースも続いてゆっくり降りて礼をいう。
「そうだね、その方がいいよ、わざわざお迎えありがとねー。」
「どうも、ありがとう」
「いえいえ、此方こそ屋敷までご案内出来ず申し訳ございません。」
アースは中央王都へ帰っていく馬車を見届けて東の王都の進行方向を確認する。なにゆえ会話に夢中で今現在何処をどう移動しているのかすら分からずにいた為に何分、何時間経ったのかも分からない。その所為で今何処を見渡しても建物一つないこの広大な大地にぽつりと二人で立っている事が少し不安を煽るのか…いや…それとはまた違った何か得体の知れない恐怖だ…煮え滾る様な憎悪。そんなアースを見て気遣ったのかミーナは東南の方角を指差して笑う。
「心配しないで、ここの先は坂になってるから王都が見えないだけだよ。少し行けば見えてくる。そんな距離も遠くないからさ」
「…申し訳ないな、記憶がないとこうも見知らぬ土地が恐怖に感じるとはね」
「…でも中央王都は不安じゃなかったの?広い所が怖いとか?」
「分からない…懐かしいような…初めての感覚のような…恐怖を感じたり…複雑な感覚なんだ…」
懐かしい感覚と初体験の記憶が交差し、頭を狂わせる。急に頭に痛みが走り、反射的に目を閉じると痛みが治まってその引き換えに謎の映像が目蓋裏に映る。それは白い布を纏った女性が自分に話しかけている不思議な映像が映し出された。
『遺志を継いだ人達を大切にね。私みたいに全部溝に捨ててしまわないように…これはすべて君が始めた物語なんだから……』
その言葉を最後に映像は途切れ、再びアースは目を開ける。頭痛は消え、更に疑問が増える。俺は何者なのか、もし元々この世界の住人だったのならば俺の別世界の記憶は一体何なのか。頭がおかしくなりそうだ。
なんでこう俺の脳味噌は不明な記憶を度々見せつけてくるのか。覚えてもいない過去の罪に向き合えと体が叫んでいるのだろうか。そんなことを言われても…俺にはもう関係ない筈だ。いくら過去に罪があろうと俺が何をしたというのかと、俺にはどうしようもないのだ。
アースはそう自分に言い聞かせ、前を向くとミーナは王都のある方向へ向かって同じ速度で歩き始めた。




