第二章 96 ギレオと泥濘の王都 2
誤字が多かったので修正
ボルボロスは怒りに身を任せ、地面を蹴った。そうして舞った大量の泥は空を覆い、雨のように降り注ぐ。
「私には汚れた雨も切れぬのです。だから何れは解けて無くなってしまうでしょうな」
「我輩にはお前の心が解らないな。さっきは散々煽り散らしていたというのに…今は達観した様子で立ち尽くす。いやいや度し難い。我輩とお前との間に一つでも成立した会話があっただろうかね。」
「…さあ、どうだろう。感情が四方八方に散って反射し入り組んでくる…所謂混沌、こんな感情は初めてだ。なぜこんなにも心が躍っているんだろう。あの方と約束を交わした時からこうなってしまったのかもしれない。」
ギレオは全身を溶かしながら冷静にそんなことを分析する。今度は急に不敵な笑みを見せてボルボロスに向けて刀を向けるのだ。
「銃と剣の問題はどうした?ハッキリさせるんじゃあなかったのかね」
「ボケちまったのかジジイ。…まあそうだな、じゃあ二回戦をするか。お前のつるぎの刃がいい具合に溶けて欠けたから丁度いいハンデになるだろうな」
だがボルボロスはもう重火器を生成することなく土の球をギレオに投げた。それを切り落とそうとした直前で土の球は弾けて穴だらけの若い肉体を泥で塗り潰した。急速に溶けていくわけではないが確実にゆっくりとその肉体を腐食していった。
…
「私は私であることを拒んだが故に人間を遠ざけることになった。それは同時に死を遠ざける事ともとれる。約束は守るためにあるのだろう?私はまだ一つだって果たせてない。」
腐敗した皮膚を脱いで赤く染まった体を空気中に晒す。あまりの痛々しさにボルボロスは舌打ちをして少し距離を取る。皮膚が剥がれ落ちたとしても腐敗は進んでいる。だから至るとこが化膿して酷い悪臭を放ち続けている。
そんな中丁度心臓の位置に奇形の臓器盛り上がって脈を打ち始める。ソレは膿を噴きながら鼓動を鳴り響かせる。ギレオの呼吸が荒くなり、興奮が高まるにつれ、鼓動は強さを増し、速さに拍車を掛ける。
「病気で腐った豚の死骸みたいな臭いがするな、ジジイ特有の加齢臭か?」
腐敗の獣は剥がれた皮膚を巻き付けながら大地の王へと飛び掛かる。ボルボロスは視界を閉じて何もしなかった。そのまま鉤爪が振り下ろされると先ほどの比じゃない速さで気化していく。
知性の足りぬ獣はそれでも攻撃し続ける。右手を失ったのなら今度は左手を。両手がなければ口を大きく開いて齧り付く。だがどれもがむなしく空気中へと散っていく。そうして攻撃手段の失った獣の狼狽え方はまさしく獣のようで人と呼ぶには根本的なものが欠落していた。
「今貴様が何処にいるかなぞ知らぬが…どうした、もう攻撃は終わりか?」
呼吸音がする時点で命を落としていないことを知り、余裕を見せて獣を煽る。獣のくせに言葉を理解したのかボルボロスの発言を境に呼吸音は激しくなっていった。だがすぐに興奮を抑えて人間のようにすすり泣いた。
「祓ってくれ…私に憑いたこの呪いを祓ってくれ…」
「つまらん」
あらゆる感情が混濁し、存在が確立しない獣のギレオに対してボルボロスは失望したかのように冷たくそう言い放った。瞼を開き、怯えた獣を見下ろしながら続けて罵倒する。
「糞爺が何か秘策があるのかと『約束』をつけて強化しても脳みそが狂ってしまうなど言語道断だ。終いには獣に成り果てた、能無しには分らんだろうが知性のない獣に我輩は殺せんのだ。人でも遠く及ばない…我輩は祖たる神なのだから。」
ボルボロスはその日を終えたことを知らせる鐘の音とともに獣を消した。そしてうんざりしたように深いため息を吐いて再び東の王都の内部へ入ろうとした。だが異変はすぐに気づく。
項垂れる英雄の姿はあるが王都内がやけに静かだ。我々の強襲に気づいていながら兵も出さず迎撃もしないなどありえない。
そして数秒もしない内にその理由が明らかになる。左方向の遠くの荒野を無音の列車が加速していくのが見える。
英雄もジジイもすべては我輩を此処に留まらせ、時間を稼ぐための囮だったのだ。そして誰かの能力で音を消して国を捨てて逃げるつもりだったのだろう。
「まあそれも無駄な訳だが」
そう、偶然にもボルボロスは左側を見てしまった。
ほぼ完璧な作戦ではあったがもう一人くらい囮を作り、王都内で戦わせるべきだった。そうすれば今よりもっと時間が稼げただろうに。だが我輩にその姿を見られてしまったのならもうその先はない。
ボルボロスは土塊を車へと変えて乗り込み、猛スピードで列車を追う。そしてあっと言う間に追いついてしまった。並走しながらニタニタと笑い、エンジン音をかき消す程の邪悪な笑い声を荒野に響き渡らせる。
「自らの足を使い、己が心の底から生を渇望し、中央王都まで逃走していたのならまだ我輩にも考えがあったが、こういうのは許さん。ダメだ。こう、我輩を出し抜いて欺き、巧みに姑息な手で逃げるってなら許さん、何があっても絶対に許さない。お前たちはそうやって我輩の加虐心を煽るのだ。もっと徹底的に追い詰めたくなったぞ!皆殺しにしてやる。」
ボルボロスが列車に乗り込もうと距離を更に詰めたとき、列車の外側に不自然な穴が無数に空いていたのに気が付いた。
だが、何かアクションを起こす前に無数の穴は瞬時に突起として突き出して大地の王を穴だらけにする。その様子を見届けたシェネントハープは列車の窓を開けて嘲る。
「はじめまして、祖の神。そしてお前は誰も殺すことができず…ああ残念、四股さんさん。」
突起に貫かれて宙に浮いていた車は、その突起が解除されると地面に落ちて派手に回転しながら列車から遠ざかって行き、そして列車の最後尾に立ってその様子を眺めていたステンレスが石を投げる。
「お前の座席はねえよボルボロス。」
投げられた石は空中で爆発し、線路を餌にして導火線のように車まで連鎖爆発を起こす。そして車を中心に周辺の石を巻き込んで大爆発を起こした。




