第二章 95 ギレオと泥濘の王都 1
憎悪に満ちた叫びを最後にウィーズは意識を失った。ボルボロスはため息を吐いて関節を鳴らしながら王都の門前までいくと目の前には侵入を拒もうと立ちはだかる剣を腰に携えた老人が居た。
「…実際こうなることはずっと前から知っていた」
悔しさが混じった声でそうつぶやく。
「お前も我輩を止めに来たのか?」
その問いには答えず静かにギレオは語り続ける。
「女王様がこの王都と共に朽ちていくのは知っていた。それを拒み続けてきたのは私だ。滅びゆく運命に抗い続けたのはこの私なのだ。執念のような思いで彼女の残したものが正しかったのだと知らしめたかったのだ。それこそが私の人生の答えであり、永遠の課題の回答だ。」
「…何をぶつぶつ言っている?それはつまりお前が空欄だというわけか?祖の神のくせにそこまで老けるということか?」
「本来ならばもっと可能性を模索していたかった。しかし何事にも限りはある。そして辿り着いた今現在が最善の未来だとするならば私もそれに死力を尽くさなければならない。もっと生きてこの王都の行く末を見ていたかった。だが、これ以上いい未来が来ないというのであれば、もうあとがないと言うのなら、私も腹を括らねばならない。」
「まるで一方通行の会話だな。なぜ我輩がジジイの戯言に耳を貸さねばならんのだ」
「何も果たせぬしがない老翁の最後の想いを約束に乗せて。」
そう言いながら剣を振り上げて自分の腹に振り下ろす。その意味不明な行動にボルボロスは何かの危機を察知したのか大量の泥を飛ばしてギレオの体に付着させ、瞬時にすべてを溶かしてしまう。
「…自殺を見せつけるために来たわけじゃなさそうだな。」
溶けて何もなくなったはずの個所から腕が伸びてゆっくりと人型を形成していく。そして完成した姿はギレオの老体とは全く違う成人男性が現れた。しかしギレオが来ていた服を纏っており、筋骨隆々の体を見せ、腕を伸ばして無から剣を生成する。体が若いもののどこかギレオと面影が重なって見える。
『私、謝らなければならないことがあるの。あの日、あなたに私に人生を捧げて欲しいと願った日からずっとあなたを呪縛し続けていた…だからもうこれで終わりにしましょう。』
『いまさら何を…あなたは何時だって自分勝手だったじゃないですか。』
生成されてから眼球に景色が映るまでの間に過去の映像を脳裏に映し出していた。結局のところ言葉の呪いというものは掛けた者が解こうとしたって解けず永久に付きまとうのだ。もう解放されて数十年とたっているのに私はまだ朽ちていくこの時の流れに逆らっていく。
「…お前まさかエリセラクトと接触したのか?約束を経て、余生を捧げて。」
「50年前と同等の力を得たのならば多少なり時間を稼ぐことは可能だろう。それともう一つ、旧友であるホークに助けを請い、叶った。ここに到着するその時、それまでに時間を稼げればいい。」
「冗談だろう。所詮腐れジジイごときが若返ったところでどうなるというのだ」
「その答えを導き出すのは貴様だボルボロス」
ボルボロスは小手調べをするか如く地面からぬかるんだ土を掬い上げ、ギレオに投げつける。以前から垣間見えていた動体視力は更に高まったようで全てをつるぎで薙ぎ払う。やはり土に触れた剣は形を解けていく。
「大地の王ボルボロス…地は最終的にすべてを分解するという思想を能力に表しているのか」
「ご名答だジジイ。だから我輩と相対して無事でいた者はいない。誰一人とていないのだ。」
にやつきながら再び土を掬うと今度は土がリボルバーの形に変わっていく。そして余った土で六発分の弾丸を作り、込めていく。
「銃と剣の問題を、何度か議論したことがある。多くの者は間違いなく銃を指し、多くの者がそれに肯定するだろう。銃はどんな奴が扱ってもそれなりの脅威になり得る。もちろん銃を持つものの実力次第では殺意がぐんと上がるのだが。」
「…」
「剣はどうだ?確かにそのもの単体で多少の脅威はあるものの銃に比べられるほど素人が握ってその場を凍てつかせる程恐ろしいものではない。飛び道具とは違って距離をある程度詰めなきゃならないし自由に振り回すには一定以上の筋力も必要だ。剣というものは銃以上に持つ者の実力次第で全てが変わってくる。」
「…随分余裕そうじゃないか」
「そう睨みつけるなジジイ。誰が応援に来たって我輩には勝てんのだ。殺戮の上でまともに会話できるものなどそうそう居ない。ただでさえ印象の薄いこの王都だ…少しくらい話をしようじゃないか。」
「…」
「それで剣と銃の問題だ。我輩はまだ会ったことがないのだが、撃ち出す銃弾を切り落としてしまえるほど剣の扱いが巧い者と実力のあるガンマンが戦えば何方が倒れるのだろうな?こうなってくると殆どの奴は剣を持つ者が勝つと言い切る。ジジイ、お前はどう思う?」
「バカバカしい。どう考えても銃に決まっているだろう。」
ギレオの予想外の回答にボルボロスは思わず笑ってしまう。
「剣を持つお前がそれを言うのか!そいつは笑えるな、つまり今この場で争ったら間違いなく我輩が勝つということではないか!」
「質問はじめ、何を企んでいるのかと思えば戦いを遊んでいるのだろう。残念だが私は銃弾を切れるほどの動体視力は持ち合わせていない。仮に見えたとて動けまい。」
「…どれ」
ボルボロスはギレオに向けていた銃の引き金を引いた。弾丸は勢いよくギレオに向かって飛んで行ったが、彼に着弾することはなかった。
「切れるじゃないか。」
「切ったのではない。当たったのだ。お前が放った銃弾がこの剣先に触れ、結果私に当たらなかった。それだけだ。予測して、そこに剣を固定するだけで当たることはない。仮にも自分の名に神と入れているのなら当てて見せるのだな」
ボルボロスはそのまま連続で二発撃ったがそれも当たらなかった。
「祖の神は人間とは違うのだろう?そう思考が単純だと、読めるぞ…このジジイと見下す私とて。」
「ほう…」
癪に障ったのかボルボロスは残る三発も放つがそれすらも当たらない。そんな祖の神を見てギレオは小馬鹿にして笑った。
「書いてあるぞボルボロス…私を『苦しめたい』と、顔に。もっと人を撃つときは狙う個所をばらさずにするものだが…所詮自惚れ者が、土くれ程度で人を殺そうなどとおこがましい。そんなに大地を愛しているなら貴様が還ればいいのだ、ボルボロス・トゥ・タイタン」
「ジジイ…この野郎…」




