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アルカンはヴィンセントに突っかかるばかりなので一向に仕事は紹介してもらえないんじゃないかと思ったが、ヴィンセントを早く部屋から追い出したいらしい彼は思い当たる仕事をさっさと紹介してくれた。
「前任者は現役引退した魔術師のジジイだったんだが、先週死んじまってな。ピチカがその仕事を引き継いでくれるなら、後任を探す手間が省ける」
「どんなお仕事ですか?」
「城の近くに、陛下が所有する森があるだろう。あの森の管理というか監視というか」
その森の事はピチカも知っている。代々の王が受け継いでいる古い森で、とても広いというわけではないけど狭くもない。そして一般人は立ち入り禁止になっている。
「ですが、森にはちゃんと兵士たちがいるのでは?」
ピチカは小首を傾げて尋ねた。
アルカンは頷いて言う。
「ああ、基本的な管理は奴らがしてる。動物や薬草、木を奪おうと侵入してくる小悪党も兵士たちが捕まえてくれる。だが、悪さをしようと森へ入ってくる者の中には、魔術を使える者もいてな。例えば過去には森の中にこっそり移動陣を描いて、自宅から簡単に森に侵入できるようにし、貴重な薬草を採っては売りさばいて小銭を稼いでいた奴もいたし、とある闇医者に依頼されて、処分に困った死体や薬品を森に転送して捨てていた奴もいた」
「いろいろ考えますね……」
「魔術の使えない兵士は魔力の気配を感じないから、魔術が使われた痕跡や隠された魔術陣を発見するのが難しい。だから、それをピチカにやってもらいたい。兵士たちと一緒に森を見回って、異変がないか探るだけだ。異変があれば魔術師団から応援の人員を送るから、お前がそれ以上の事をする必要はない」
「だが、侵入者たちと鉢合わせしてしまう事もあるだろう。そうすればピチカも危険だ」
ヴィンセントは腕を組んで立ったまま言う。アルカンは嫌そうにヴィンセントと会話をした。
「確かにそうだが、魔術を使えて、かつ、王の所有する森に侵入してくる奴なんて少ないんだ。さっき言ったような、薬草を売りさばいていたとか、死体や薬品を捨てていたっつー事が年に何度もあるわけじゃない。魔力を持たない普通の密猟者だって月に一度現れるかどうかだ」
椅子に座ってふんぞり返りながらアルカンは続ける。
「それにピチカは攻撃魔術はてんで駄目だが、防御魔術はそこそこできる。侵入者と鉢合わせしたら、自分の周りにシールドを張って逃げればいい。だが逃げるまでもなく、兵士たちが侵入者を拘束するだろうがな」
話を聞く限り、多少の危険はあるかもしれないが、シールドを張れれば大丈夫だろうとピチカには思えた。密猟者、それに熊や狼といった動物はもちろん、万が一悪い魔術師と鉢合わせしてしまっても、全ての攻撃はシールドで防御できる。
自分一人、それに兵士数人を守るくらいならシールドは半日くらい持続できるし、それだけあれば森を出て城に助けを求めに行くくらいは可能だろう。
「基本的には、王の森は平和な森だ。危険な森なら魔術師団から魔術師を派遣するが、そこまでするほどじゃねぇから、現役を引退した暇なジジイに頼んでたんだ。現にジジイが怪我をしたのは自分ですっ転んだ時だけだ。兵士たちは森を熟知しているから迷う心配もないし、ピチカでも問題なくこなせる仕事だ」
そこまで言ってもヴィンセントは納得していなさそうだったので、アルカンは苛々しながら続ける。
「嫌だっつーんなら、俺はもう知らねぇぞ。他にピチカに頼むような仕事はねぇし」
仕事があれば、普通は自分の部下や魔術師団の魔術師に回すわけで、部外者であるピチカに任せられる仕事は少ないのだろう。
「ぜひ、その仕事をさせてください。一生懸命頑張ります!」
ピチカが意気込んで言うと、アルカンは「よし」と頷き、いつから始めればいいのかなど詳しい説明をしてくれた。
アルカンの部屋を出ると、ピチカはヴィンセントに恐る恐る声をかけた。眉の間に、ずっと少しだけ皺が刻まれているのが気になったのだ。
「あの、勝手に『やります』と言ってしまったのは駄目でしたか? けれど他にいい仕事があるか分かりませんし、もし私の事を心配してくださっているなら、シールドだけは本当にちゃんと張れますから、自分の身はきちんと守ります。ヴィンセント様にはご迷惑をかけないようにしますから……」
やっぱり仕事をするのは駄目だと言われるんじゃないかと思って、ピチカはしゅんと眉尻を垂らした。
そのまま隣を歩くヴィンセントをじっと見上げていると、やがてヴィンセントはちらりとこちらを見てからまた前を見て口を開く。
「ピチカがやりたいのなら仕方がない。私もできる事は協力する」
「ありがとうございます!」
ヴィンセントは優しいなと、思わずピチカは顔をほころばせしまう。
「だがやはり心配だ。私も一緒に森について行こうか」
しかしボソッと言われたその言葉には、慌ててブンブンと首を横に振った。
「いえいえいえ! ヴィンセント様にもお仕事があるのですから、いけません。私もこれ以上ヴィンセント様のお仕事を増やしてご迷惑をおかけしたくありませんし」
そんな事を言っているうちにヴィンセントの執務室に着いた。
「では、私は屋敷に戻りますね。ありがとうございました」
仕事は明日からでいいらしいので、今日は帰って、森を歩くための服や持ち物を準備しよう。
去り際、ヴィンセントに手を振ってみたが、ヴィンセントは手を振り返してくれなかった。そうしてやっぱりちょっと不満そうな顔をして、離れていくピチカを見送っていたのだった。
***
「あ、おはようございまーす……」
先に執務室に着いていたノットは、ゆっくりと扉を開けてヴィンセントが中に入ってくると、眠そうな声で挨拶をした。昨日の夜はヴィンセントからの通信が長くてなかなか寝させてもらえなかったのだ。
「隊長、あのテディベア捨てていいですか? あ、というか、ピチカちゃんの仕事って結局どうするんです?」
「もう決まってしまった……」
暗い声でヴィンセントが言う。
「決まったって、昨日の今日で早いですね」
「今、アルカンのところへ行ってきたんだ。そしたらちょうど後任を探している仕事があったらしい。陛下が所有している森の監視だ」
「へー、いいじゃないですか」
「よくない。危ない」
不機嫌な声で言って、ヴィンセントは自分の机に座った。
ノットはヴィンセントにやってもらいたい今日の仕事を振り分けながら言う。
「そんなに危なくないでしょ。あの森では陛下たちがよく狩りをしていますから、狼や熊も人間の気配を感じれば逃げていきますし、やってくる犯罪者もケチな密猟者くらいでしょ」
「だが、心配だ」
「だったらピチカちゃんにそう言えばいいじゃないですか。心配だからやっぱり家にいてくれって」
「そんな事は言えない。理解のない夫だと思われたくない」
「知ってたけど面倒な人だなぁ、隊長は」
ノットは呆れて言った。本当は妻の行動を色々制限して安全な環境にいてほしいが、嫌われたくないのでできないのだ。
「何か対策を考えなければ……」
ヴィンセントは机に両肘をついて指を組み、ぼそぼそと呟いたのだった。