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公爵夫婦は両想い  作者: 三国司


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 部屋の中で魔術師同士の戦闘が始まると、炎や風が巻き起こって壁が破壊され、氷の魔術でベッドが凍った。

 だが、前王妃が眠っている棺とまだ状況が飲み込めていないアゼスには、アルカンがシールドを張ったようだ。

 そしてピチカはヴィンセントが自分たちを包むように作った頑丈なシールドによって守られた。

 ヴィンセントはピチカの頬に両手を添え、顔を覗き込みながら心配そうに眉を下げて言う。


「怪我はないか? アゼスに何かされなかったか?」

「少し怖かったですけど、大丈夫です」

「すぐに助けに来れなくて済まない。アルカンに止められて来れなかった」

「そちらでは何が起こっていたんです? 私にはヴィンセント様がかけた術がかかっていて、それで緑の髪の魔術師がヴィンセント様のところに飛ばされたらしいんですけど……」

「そう、自分でかけた術だが、突然あの男が側に現れた時は驚いた」


 しかしイーサンが現れた事でピチカに危機が迫っているかもしれないと気づいたヴィンセントは、ピチカの無事を確かめるために城を出ようとしたらしい。


『おい! 待てって!』


 けれどそこでアルカンに肩を掴まれて引き止められ、こう言われたのだ。


『ピチカのとこに行くなら、分身して行け。片方はここに残れ』


 確かにその方がいいと思ったヴィンセントは二人に分身し、一人をピチカの元に向かわせた。


「時間的にピチカは仕事を終えて帰路についている頃だったから、〝王の森〟から家までの道を探す事にしたんだ。それで最終的にうちの御者やデオたちからピチカが攫われたという話を聞いた。そして城に残った方の私は、アルカンたちと一緒にイーサンを尋問して情報を聞き出していた」


 それでイーサンがアゼスの手下だという事が判明し、アゼスからピチカを連れ去ってくるよう言われた事も分かったという。

 

「私はすぐにアゼスの屋敷に向かおうとしたんだが、アルカンや陛下から止められた。私はその時冷静じゃなかったし、下手をすればアゼスを殺して屋敷を破壊してしまう。そうすれば糾弾されるのは私になるかもしれないとアルカンたちは言った。だが、『上手くやればアゼスを追い込めるかもしれない』とも続けた。いくら王弟と言えども、公爵夫人を誘拐すれば罪に問われると」


 ヴィンセントはピチカの頬を両手で包んだまま話す。

 周りでは戦闘が続いているのでピチカはそちらも気になったが、ヴィンセントはマイペースだ。


「それでアルカンがイーサンに成りすまし、アゼスの元に侵入する事になった。ピチカが攫われている状態で私に演技はできないから、アルカンが行く事になったんだ。だがアルカンが変化したイーサンは本物より少し鼻が曲がってしまって、何度やっても真っ直ぐにならない。だからイーサンを殴って顔を腫らした後、もう一度変身術を使った。そうすれば顔が腫れた状態のイーサンに変化して、鼻が曲がっているのも気にならないからな」

「それで……」


 変身術を使っても完璧に他人に変化するのは難しい。イーサンは怒れるヴィンセントに殴られたのかと思ったが、本物との違いを見破られないために殴られたようだ。


「遅くなって済まない。怖かっただろう」


 ヴィンセントはピチカを抱きしめ、ピチカのこめかみに猫のように頬を擦り寄せた。無事でよかったと心から安心している様子だ。

 

「お前らこんな時にいちゃついてんじゃねぇ」


 アルカンがイライラしながら言ってくるが、その時にはすでに魔術師同士の戦闘の決着は着いていた。アゼスの手先の魔術師たちは全員捕まっていたのだ。


「いてて……。補佐~、治療魔術かけてくださいよ。ヴィンセント隊長が全然手伝ってくれないから、思ったほど余裕じゃなかった」

「えー、俺も結構魔力消費したんだけど」


 風の魔術で腕と太ももを切られたのか、シリンが血を流しながらノットに頼んでいる。痛いらしく、さすがに笑顔は保てていないけれど、元々タレ目なせいで笑っているように見える。

 ノットは何だかんだ言って、ちゃんとシリンの怪我を治してあげていた。ジュリアも怪我を負っていたが、アルカンが治療しているので問題ないだろう。


「お前たち……これはどういう事だ? 兄上の差し金か?」

「まぁ差し金と言えば差し金ですが、殿下が勝手に暴走して自爆したと言った方が正しいですね」


 呆然としつつもヴィンセントたちを睨みつけているアゼスに、彼にかけていたシールドを解きながらアルカンが辛辣に返す。

 

「ピチカを攫ったのもまさかでしたが、前王妃の墓を暴いていたなんて……」


 アルカンは部屋の隅にあるガラスの棺を見て言った。そして自分の首にかけていた奇妙な黒い首飾りを持ち上げる。

 

(いいえ、首飾りじゃない……?)


 ピチカがそれをよく見てみると、黒いチェスの駒を紐でくくって首にかけているだけだった。駒は馬の形をかたどったナイトの駒だ。


『アゼス』


 するとその馬が口を動かし、突然言葉を発した。

 ピチカもアゼスも驚いて目を丸くする。


『全部聞こえていたぞ』

「な、何だ……?」


 喋る駒に動揺するアゼスに、アルカンが説明する。


「この駒は陛下に繋がっているんですよ。こちらの声や音は陛下に聞こえるし、陛下の声はこちらに聞こえる。そういう魔術です。ヴィンセント野郎が編み出した術を使うのは癪だったんですが、便利なんでね」


 ヴィンセントのその通信魔術は、人形やぬいぐるみにしかかけられない。本人が決めたルールではないが、耳と口がある事が重要らしかった。だから例えば同じコップ二つにその魔術をかけて繋げようとしても無理なのだ。

 ルードルフの私室にはぬいぐるみや人形はなく、女神の彫像はあったが持ち運べない上に一つだけしかなかった。だからチェスの駒を二つ使って、それに魔術をかけたのだ。他の駒では駄目だったが、ナイトの駒ならば馬の形なので耳と口があり、成功した。

 アルカンは続ける。


「今、陛下は〝審議の間〟におられます。そして円卓に座って、証人となってくれる大臣たちと一緒にアゼス殿下の発言を聞いておられました。つまり人妻に手を出そうとし、前王妃の墓を暴き、ヴィンセントを使って陛下を暗殺しようとしていた事、全て聞いておられたんですよ」

『そういう事だ、アゼス。もう言い逃れはできんぞ』


 アルカンとルードルフの言葉に、アゼスは目を見開いて唇を歪ませた。


「貴様ら……ッ!」


 血の混じった唾を飛ばしながら言うと、アゼスはアルカンの胸ぐらを両手で掴んだ。


「卑怯だぞッ! こんな汚い手を使って私を嵌めるなど……!」


 そこでハッとピチカの方を向き、こう叫びながら走り寄ってくる。


「ピチカッ! お前はどこまで知っていたんだッ!」


 ――しかしピチカに詰め寄る前に、アゼスはヴィンセントに殴られて倒れた。

 ヴィンセントが魔術を使わず殴った事にピチカもアルカンたちも驚く。


「ピチカは何も知らない。ただお前に怯えていただけだ」

 

 そして倒れているアゼスに近づくと、服を掴んで無理矢理起こす。


「よくも私のピチィを怖がらせてくれたな」

「おい、やめとけ。お前に遠慮なく殴られたせいで気を失ってる。夫婦揃って王弟を殴りやがって。……まぁ殴られて当然だけどな」


 再び拳を握ったヴィンセントをアルカンが止めた。


「隊長ってば、本当にピチカさんの事を愛しているんですねぇ」


 シリンは少し目を見開いて驚いているようだった。

 アルカンは疲れたように白い髪をかき上げて言う。


「さぁ、城に戻るぞ」


 倒れたアゼス、それに拘束されている敵の魔術師たちを連れ、移動術を使って城へと戻る。そこにはルードルフや大臣たち、それに騎士や兵士たちが待ち構えていた。

 敵の魔術師たちと気を失っているアゼスは、兵士たちによって一旦牢獄へと連れて行かれる。


「アゼスの事は我が弟ながらよく分からない奴だと思っていたが、予想以上だったな。母上は確かに跡継ぎである私を贔屓する傾向はあったが……」


 ルードルフは兵士たちに運ばれていくアゼスを見て、やるせなさそうに言った。

 しかしだからと言ってルードルフは弟を見逃す事はしないだろう。彼を生かしておけば自分や子どもが狙われるのだから、最も厳しい処罰を与える事になるはずだ。


「ピチカ」


 兵士や大臣たちが慌ただしく動く中、ヴィンセントがそっとピチカの手を握った。


「疲れただろう。今日はもう家に帰って休むといい。屋敷まで送ろう」

「はい、そうします……」


 アルカンたちに声をかけてから二人で部屋を出る。廊下を歩きながらヴィンセントは言う。


「イーサンを尋問して、アゼスの狙いが私ではなくピチカだと聞いた時、頭がカッとなって心臓が燃えてしまうかと思った。まさかアゼスがピチカを欲しがるなんて」

「私もまさかです。だってアゼス殿下とちゃんと話したのは昨日が初めてで、しかも私の変なところを見せただけなのに……」

「変なところ?」


 ヴィンセントに首を傾げられたので、ピチカは恥ずかしがりつつも、アゼスにヴィンセントへの愛を語った事を説明した。


「そうやってアゼス殿下にとってはどうでもいい事を延々喋って、煙に巻こうとしたんです」

「ああ、アゼスはそこでピチカの愛の大きさを感じてしまったんだな」


 ヴィンセントが納得したように言うので、今度はピチカが首を傾げた。


「私の愛の大きさですか?」

「そうだ。ピチカの心の中にある『愛の入れ物』はとても大きい。きっと家族や周りの人間から愛されて育ってきたからだろう。たくさんの愛を受け入れ、人に惜しみなく愛と優しさを与えられる度量があるのだ。そして私やアゼスのような何かが欠けた人間は、そういう愛に溢れた人間に惹きつけられるのかもしれない。我々の中には愛がないからな」

「でもヴィンセント様は私の事を愛してくださっています」


 ピチカがそう断言すると、ヴィンセントは優しく笑った。


「そうだな。今はそうだ。だがピチカと結婚する前はそうではなかった。よくアルカンなどにも『無感情野郎』と言われていたしな」


 そんなヴィンセントに、ピチカは首を横に振ってもう一度否定する。


「いいえ、そんな事はありません。ヴィンセント様の中には、元から『愛の入れ物』はありました。だって、覚えていますか? 小鳥を――」


 と、そこで、話を続けようとしたピチカを突然誰かが後ろから抱きしめた。


「きゃあ!」

「ピチカ、よかった」


 驚くピチカをぎゅうぎゅうと抱きしめてくるのは、なんとヴィンセントだった。

 しかしピチカの目の前にもヴィンセントは立っている。


「え? ヴィンセント様が二人……?」

「それは私の分身だ。イーサンが私のところへ飛んできた後、ピチカを探しに城を出て行って、今戻ってきたのだ」

「あ、なるほど」

「意識はつながっているからピチカが無事だった事は知っていたはずだが、実物を見て安心したのだろう」


 ヴィンセントがそう言うと、続けて分身の方のヴィンセントが心配そうにピチカに顔を寄せてきた。


「怖かっただろう。怪我はないか?」

「はい、えっと……ヴィンセント様」


 目尻にキスを落としてくる分身のヴィンセントに、本体のヴィンセントが軽く眉間にしわを寄せる。


「おい。勝手な事をするな」

「うるさい。私だって心配したんだ」


 分身のヴィンセントが本体のヴィンセントから隠すようにピチカを抱きしめると、本体のヴィンセントは声を低くしてピチカを取り返そうとする。


「私のピチィに触るな」

「いや、ピチィは私のだ」


 二人のヴィンセントに取り合われながらどうする事もできず、ピチカはされるがままになっていた。


(というか、ヴィンセント様ってたまに私の事『ピチィ』って呼ぶのよね)


 今まで影でそう呼んでいたのだろうか? 特別な呼び方は嬉しいから表でもピチィと呼んでくれていいのにと思う。

 ヴィンセント同士のピチカを巡る争いは数分続いたが、最終的に分身が本体と一つになり、一人のヴィンセントに戻る事で無事に決着が着いたのだった。

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