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公爵夫婦は両想い  作者: 三国司


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 手首を掴まれて強引に連れて行かれる。

 部屋を出て廊下を少し歩き、別の部屋に入る。魔術師たちも黙ってついてきた。

 どうやらここはアゼスの寝室のようで、天蓋付きの大きなベッドが部屋の真ん中に置かれていた。

 しかしベッドの他にも一つ、目立つものがある。 

 部屋の右側に長方形の台座があって、その上にガラスの棺が置いてあるのだ。

 

 それを見た途端、ピチカは思わず動きを止めた。棺を寝室に置くなんて普通じゃない。

 今のピチカの位置からは、棺の中に敷き詰められている白や紫の花しか見えなかったが、アゼスはそこに誰かがいる前提でこう話しかけた。


「私の愛しい人を連れてきたよ、母上」


 母上? とピチカが疑問に思うと同時に、アゼスに引っ張られて棺の中が見えてしまった。

 

「あ……」


 悲鳴が出なかったのは、中で眠っていた女性がまるで生きているかのようだったからだ。

 けれどこの女性は確かに死んでいるはず。

 だってアゼスと現国王ルードルフの母親である前王妃は、五年ほど前に五十八歳で亡くなっている。


「前王妃様……。どういう事です?」


 ピチカは信じられない気持ちでアゼスを見た。アゼスは少年のように明るく言う。


「埋葬した後に、こっそり遺体を掘り起こしたんだ。母上を生き返らせようとしたんだが、それは魔術を使ってもできていない。だけど肌の色なんかは死んだ直後の状態にまで戻せた。それで今はその状態を保って母上が腐らないように、この棺には魔術をかけている」


 魔術をかけているのは、後ろにいる魔術師たちだろう。ピチカはちらりと彼らの表情を確認したが、アゼスが母親の遺体を自分の寝室に置いている事については特に何も思っていないようだった。もしくは五年前からこの状態なのだとすると慣れてしまったのだろうか。


「母上は僕の事をあまり愛してくれなかった」


 アゼスは唐突に言って、棺にそっと触れる。


「いつも兄上の事ばかり気にかけて、僕の事は『出来の悪い子』だと言った。だから母上に僕の事を認めさせたいんだ。兄上から王座を奪って、僕が王になる。そうすれば母上は僕の事を認めてくれるかもしれない。生きているうちにそれができなかったのは残念だけど……」


 眠っている前王妃を見るアゼスの目には、憎しみはこもっていなかった。ただ寂しい子どものような目をして母親を見つめている。


「話を戻すけど――」


 アゼスはピチカの方に振り向いて続ける。

 

「昨日は、君のヴィンセントに対する想いを聞いて驚いたよ。彼に本当に恋して、彼の事を愛しく想っている君の表情を見て、君の事が欲しいと思った。私もそんなふうに誰かに想われたいと」

 

 アゼスは真剣なように見えた。

 だけどもちろんピチカはアゼスに心動かされる事はない。母親からの愛情を感じずに育ち、こんなふうに歪んでしまった事に同情するだけだ。


「ピチカ、君の愛が欲しい」

「やめてください……やめてっ」


 抱きついて首元に顔をうずめてくるアゼスを、ピチカは思わず突っぱねる。そして拳を無我夢中で振り回すと、それが偶然アゼスの鼻に当たった。


「……ッ」

「あ、も、申し訳ありません殿下!」


 つい謝ってしまうが、謝罪している場合じゃないと考え直し、アゼスから離れて急いで自分の周りにシールドを張る。

 御者にかけたシールドの維持に魔力を使ってしまったせいで、今、自分を守るために作ったシールドは薄く頼りないものになった。魔術を使わなくても、何度か殴られれば壊れてしまうかもしれない。


「ピチカ、お前……」


 アゼスは鼻を押さえてギロリとこちらを睨んでくる。当たりどころが悪かったのか、派手に鼻血をしたたらせていた。


「どうして拒むんだッ!」

「きゃあ!」


 アゼスは目を血走らせながら、ピチカを守るシールドを蹴りつけようとした。

 しかし寸前で刺青の男に取り押さえられる。


「危害を加えようと近づけばヴィンセントのところに飛ばされますよ、殿下」


 そう注意されて、アゼスはギリギリと奥歯を噛んだ。

 そして子どものように地団駄を踏んで叫ぶ。


「このッ! クソッ! どうして誰も僕を愛さないッ!」

「それは……」


 ピチカは一瞬考えて、結局自分の思った真実を言う事にした。


「……それは、殿下が誰も愛さないからです」


 ピチカは震えながらも、シールドの中からアゼスをまっすぐ見つめる。

 

「殿下、貰おうとするばかりでは誰も何も与えてくれません。お金ではなく、優しさや愛を与えなければ、誰も返してくれないんです。母親からの無償の愛を与えられなかったのには同情しますが――」

「うるさいッ! 貴様ッ! この僕に説教しようと言うのか!?」


 激高したアゼスが、刺青の男を振り払って再びシールドに近づいてきた。

 しかしそこで、緑髪の魔術師イーサンが一歩前に進み出る。


「殿下、俺がやりますよ」


 ヴィンセントに殴られたという頬は腫れたままなので、イーサンは少し喋りづらそうに続けた。


「任せてください。シールドを壊して普通に殴ったって、殿下も気が済まないでしょう」


 そう言いながら、体内で練った魔力を指先から出し、絨毯の上に魔術陣を描いていく。

 アゼスはにやりと笑って尋ねた。


「ほう……。何の魔術だ?」

「悪魔を召喚するんです。恐ろしい悪魔ですよ」


 イーサンはかなり才能がある上、勤勉な魔術師のようだった。自らの魔力で陣を描く魔力記描まりょくきびょうを使っている点と、陣を描く速さでそれが分かる。複雑な陣を丸暗記しているようで、何の迷いもなくさらさらと描き出していくのだ。


「悪魔? そんなもの召喚できるのか? というか、お前……魔力記描ができたのか?」


 刺青の男が訝しげに言う。彼は仲間の実力をきちんと把握していなかったのだろうか?

 イーサンは不遜に笑って返した。


「当たり前だろ。俺を誰だと思ってやがる」

「……どうした? お前……」

「俺は天才だぞ。今はヴィンセント野郎の方が目立ってるけどな。さぁ来るぞ!」


 イーサンがそう言って片方の唇の端を持ち上げたところで、魔術陣が強く光った。ピチカは目をつぶってその光をやり過ごす。

 ――そして光が収まった時には、陣の上に黒尽くめの格好をした悪魔が立っていた。

 眉間にしわを寄せ、魔力によって髪を揺らめかせ、怒りを瞳にたたえたその姿は、見るものによっては悪魔に見えるだろう。

 しかしピチカには、それは大好きな夫にしか見えなかった。


「ヴィンセント様……!」


 オーラというものが目に見えるなら、今のヴィンセントは黒く燃える炎のようなオーラをまとっているはず。それくらい怒りの感情が漏れ出ている。

 けれどピチカはそんなヴィンセントの姿を見ても恐怖を覚える事なく、逆に安堵した。

 全身から余計な力が抜けて、指先や足先にまで温かな血が行き渡っていくのが分かる。止まっていた心臓が動き出したかのようだ。

 

「アゼス」


 ヴィンセントは殺意のこもった冷たい目でアゼスを見下ろし、彼に向かって行こうとしたが、その前にシールドを解いたピチカが胸に飛び込んだ。


「ヴィンセント様!」

「……っ、ピチカ」


 ヴィンセントは飛び込んできたピチカに気づくと、ハッと表情を変えてピチカを受け止める。

 

「どういう事だ? ……どういう事だ、イーサンッ!」


 アゼスがイーサンに怒鳴る。するとイーサンは笑って姿を変えた。胸の辺りまである白い髪の、細身の魔術師に。

 美しい顔立ちをしているが目つきは悪い。


「あんたの手下のイーサンは今ごろ牢屋に入ってる。俺とヴィンセントが逃がすわけねぇだろ」

「アルカン……?」


 いるはずのない人物がここにいたので、アゼスは疑うように眉根を寄せて呟いた。けれどあれはどう見てもアルカンだ。イーサンに姿を変えていた時にあった頬の腫れもなくなっている。

 そして魔術陣がまた光ると、次々に人が移動してきた。ヴィンセントの補佐官のノット、アルカンの補佐官のジュリア、それに本物のシリン、その他にも第一隊の魔術師が三人。

 イーサンに変身していたアルカンが描いたあの魔術陣は、悪魔を喚び出す召喚陣ではなく、移動術に使う普通の魔術陣だったようだ。


「敵の魔術師は六人か」

「まぁヴィンセント隊長もアルカン隊長もいますし、余裕ですね」

 

 ノットとシリンが順番に言う。

 本物のシリンは、ヴィンセントが変身していたシリンと同じく常に顔に笑みをたたえているが、ヴィンセントの笑顔ほど嘘っぽくはなかった。だけどピチカと目が合うとウィンクをしてきたりするので、本物のシリンは本当の女ったらしなのかもしれない。


 と、そこで敵の魔術師たちがそれぞれ呪文を唱え出したので、アルカンも部下たちに素早く指示を出す。


「捕まえろ。一人も逃がすんじゃねぇぞ」


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