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公爵夫婦は両想い  作者: 三国司


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「ヴィンセント様とは関係ないって……どういう事です?」


 戸惑うピチカの手をアゼスが握る。


「昨日、私は君との出会いに衝撃を受けたんだ」


 アゼスは少年のようににこにこ笑いながら言う。

 そしてピチカの両手を自分の両手で包んだまま、興奮気味に声の音量を上げた。


「君はまさに私の理想だ! 私が求めていた女性そのものだと思ったよ」

「理想……?」


 思ってもみない事を言われて、ピチカの方が衝撃を受けた。どういうつもりでそんな事を言っているのだろう。


「君を私の妻にしたいと思う」

「えぇ!?」


 突然何を言い出すのかと、ピチカはのけぞった。

 あまりにも展開が急過ぎてアゼスについていけない。しかし呆然としているピチカを気にする事なく、アゼスは晴れやかに笑っている。

 

(何かの作戦かしら?)


 そうでなければ、人妻にこんなに直球で告白する人がいるだろうか。

 ヴィンセントは関係ないと言いつつやっぱり彼の事を懐柔しようとしていて、これも最終的にはヴィンセントを手に入れるための策なのでは? と考える。


「殿下、私はヴィンセント様と結婚しているのですが……」


 アゼスが何を考えているのか分からないので、ピチカは困惑しながら、相手も当然知っている事実を改めて口にした。

 しかしアゼスはひるまない。


「もちろん知っている。けれどヴィンセントは関係ないんだ。離婚すればいいだけの話だから」

「一体何の冗談なんです? いきなりそんな事を言われても困ります。それに昨日は、殿下は普通だったじゃないですか。ヴィンセント様の事を語る私に呆れている様子で、全くそんな素振り見せなかったのに。それなのにどうして今日はそんなおかしな事ばかりおっしゃるんですか」

「おかしな事じゃないよ。冗談でもない。私は本気だ。昨日だって君に呆れていたんじゃない。ただびっくりしたんだ。こんなふうに夫の事を一途に愛するなんてと」


 つまりアゼスはあの時、『何だ、こいつは』と呆れていたわけじゃないらしい。

『何だ、こいつは!』と衝撃を受けていたのだ。


「それで私もそんなふうに愛されたいと思った。君のその大きな愛を全部私に向けてほしいと思ったんだよ。私はずっと、君のような一途な女性を探していたんだ」


 そんな事をいきなり言われても、当たり前だが応える事なんてできない。

 アゼスとは今までちゃんと話した事がなかったので、どういう人物かはよく知らなかった。けれど昨日今日と話してみて印象に残ったのは、無邪気に笑う少年のような顔。そして話が通じなさそうな怖さだった。

 アゼスの、このきらめく瞳が怖い。ピチカが自分の妻になってくれると信じている目だ。どうしてそんな自信を持っているのか分からないが、ピチカが自分のものになると当たり前に思っている。


「アゼス殿下……」


 相手を冷静にさせたいと、ピチカが思案しながら呟いたその時。

 部屋の床の一部が発光し、円形の魔術陣が浮かび上がった。さっきピチカたちが移動してきた時にも使った陣だ。

 絨毯に黒い絵の具か何かで描かれているそれは、いちいち消したりせずに普段からずっとそこにあるようで、外出先からこの屋敷に戻ってくる時に使われているらしい。

 

(誰か来る)


 ピチカがそう思ったと同時に、魔術陣の上に人が現れた。最初はぼやけたシルエットしか見えなかったが、すぐに人物が鮮明になる。

 現れたのは、眉間にしわを寄せて機嫌悪そうにしている見知らぬ男だった。

 けれど短い緑色の髪をしているので、刺青の男や赤髪の男の仲間であり、アゼスの手下でもある魔術師だと予想ができた。

 

(敵がまた一人増えてしまったわ)


 ピチカは焦りつつ、緑髪の男の様子を観察した。


(あの顔、どうしたのかしら?)

「クソ……」


 ピチカが思ったのと、緑髪の男が悪態をついたのは同時だった。男は誰かに殴られたかのような酷い顔をしていたのだ。

 左の頬は腫れていて、唇は切れて血が出ている。それに鼻血の跡もあった。


「おいおい、どうした?」

「随分男前になったな」


 アゼスが驚いて尋ね、刺青の男もからかうように言う。

 

「というか無事だったのか。どこに飛ばされてた?」

「ヴィンセントのところだよ」

 

 刺青の男の質問に、緑の髪の男は不機嫌そうに答えた。


(ヴィンセント様?)


 心細さから、今は名前を聞くだけでヴィンセントが恋しくなってしまう。


「どういう事だ? 何かあったのか、イーサン」


 アゼスも状況がよく分かっていないようで、イーサンというらしい緑髪の男に尋ねていた。

 しかし説明したのは刺青の男だ。ピチカを顎でさして言う。


「彼女をここへ連れてくるのにまずイーサンが近づいたんですが、彼女を捕まえようとしたところで、その場からいきなり消えたんですよ」

「イーサンがか?」

「ええ。どうやら彼女にはそういう術がかけられているようです。おそらく彼女を悪漢から守るためにヴィンセントがかけたんでしょう。他人が彼女に近づき過ぎるとどこかに飛ばされるのかと思いましたが、俺は大丈夫でしたし、今アゼス殿下が飛ばされていないのを見ても違うのでしょうね」


 刺青の男がそう言うと、アゼスは「そういう事は早く言え」と言いながら、握ったままだったピチカの手と自分の手を見た。ピチカはハッとしてアゼスの手を振り払う。

 刺青の男は続ける。


「たぶん彼女に危害を加えようとして近づくと、触れる直前にヴィンセントのところに飛ばされる仕組みになっているんでしょう。イーサンは少々手荒な手段で彼女を拘束しようとしていたので、その術が発動したようです」

「ヴィンセントめ、ピチカにそんな術をかけていたのか。それでお前はどうなったんだ?」


 アゼスはイーサンに尋ねた。

 痛むのか、イーサンは腫れた頬を気にしながら言う。


「気づいたらヴィンセントの前にいました。周りには他に中年の騎士が三人と、魔術師団のアルカン、それに国王までいました。どうやら国王の元にヴィンセントたちが集まっていたところに飛ばされたようです」

「兄上のところにヴィンセントやアルカン、騎士たちが? 一体何を企んでいるのやら」


 イーサンたちの話を聞いていて、ピチカは少し希望を持った。イーサンが一度ヴィンセントの元に飛ばされたという事は、ヴィンセントはピチカに何かあったかもしれないと気づいてくれている可能性が高いからだ。

 

(今ごろ、私の事を探してくれているかもしれない)


 御者から話を聞けばピチカを攫ったのは魔術師たちだと分かるはずだが、彼らがアゼスの手の者だと気づいてくれるだろうか。

 昨日アゼスに話しかけられた事は伝えてあるので、予想をつけてこの屋敷まで探しに来てくれればいいのだが……。


(きっと来てくれるって信じよう)


 ピチカが心の中でそう祈っているうちにも、イーサンは話を続けていた。


「突然現れた俺に驚いて話を止めていたので、国王がヴィンセントたちを集めて何を話していたのかは分かりません」

「それでお前はどうやって逃げてきたんだ? お前よりも強いヴィンセントとアルカンがいるところから」


 刺青の男の問いに答えてイーサンは言う。


「ヴィンセントの野郎は突然部屋を出ていったんだよ。その女に危険が迫っているかもしれないと思って探しに行ったんだ。焦ってる様子で冷静じゃなかった。アルカンもヴィンセントを止めようとして俺から意識をそらした。だから俺はその隙をついて逃げた」

「だったら、その傷は誰にやられたんだよ」

「これは最初にヴィンセントに殴られた。『ピチィに何した』っつって。あの野郎、本当に腹立つぜ。でも俺は口を割らなかったから、俺を尋問するのは後回しにして先にその女を探しに行ったんだ」


「その女」と言った時に、イーサンは憎々しげにピチカを見た。


「よほど強く殴られたらしいな。鼻が曲がってないか?」


 アゼスが笑って言うと、イーサンは確かめるように自分の鼻に軽く触れて顔をしかめる。そしてピチカの方を見てアゼスに言った。


「その女、殺していいですか? そうすれば少しは気が晴れる」

「駄目に決まっているだろう。ピチカは私の妻になるのだから。お前は本当に短気だな、イーサン。そのカッとなりやすい性格を直せと前から言っているのに」


 チッと舌打ちするイーサンを見て、あの人にはなるべく近づかないようにしようとピチカは警戒を強めた。

 アゼスは続ける。


「口を割らなかったという事は、お前が私の手下である事はヴィンセントたちは知らないんだな?」

「ええ、それは大丈夫です。何も言っていませんから」

「そうか。では予定通り、ヴィンセントがここを探り当てるまでは多少時間の余裕があるな」

「予定通りって、どういう事です? 殿下は何を考えておられるのですか?」


 ピチカの疑問に、アゼスが笑って答える。


「君を攫った犯人は私だとヴィンセントが気づく事も想定内という事だ。本当は気づかれないまま、良きタイミングでこちらからヴィンセントを呼び出すのが最善なのだが、まぁどちらでもいい」

「ヴィンセント様が来れば、殿下は捕まるだけです」

「そうかな。君を人質にすれば、ヴィンセントはこちらの言う事を聞いてくれると思うが」

「ヴィンセント様に何をさせる気なのです?」


 ピチカは眉にぐっと力を入れて相手を睨んだ。しかしアゼスは笑顔のまま言う。


「まずは兄上を消してもらう。ヴィンセントの力があれば、誰にも気づかれずに国王を暗殺するくらい簡単だろうしな。その後はピチカとの離婚届にサインしてもらって……――用無しになったら死んでもらう。ピチカを人質に取っていればヴィンセントは反撃できない。私の剣でも奴を殺せるだろう。才能ある魔術師だし、殺すのは惜しいが仕方がない。生かしておけばいつか隙をつかれてピチカを奪い返されるかもしれない」

「そんな……」


 言葉を失って、ピチカは顔を青くした。ヴィンセントと結婚した当初なら、ピチカはそんな計画上手くいくはずないと思って安心しただろう。ピチカを人質に取られただけでヴィンセントが言いなりになるとは思えなかったからだ。

 けれど今は、アゼスの思い通りに事が進んでしまうのではと恐怖している。

 だって、ヴィンセントはピチカの事を大切に想ってくれている。ピチカを人質に取られて手も足も出なくなるヴィンセントの姿が想像できてしまうのだ。


「これから君には、少し不自由な生活を送ってもらわなければならない。ヴィンセントに君を奪われないよう、シールドを張った部屋に閉じこもってもらう事になる。ヴィンセントを無事に殺すまでは我慢してくれ」

「絶対に嫌です、そんなの……」


 アゼスに対する怒りのようなものが胸にこみ上げてきて、ピチカは息苦しさを覚えた。

 けれどアゼスはそんなピチカの手を取って言う。

 

「さて、だがその前に、君に会ってほしい人がいる。こっちだ」


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