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公爵夫婦は両想い  作者: 三国司


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「デオ、ピーターさん、ダンさん、おはようございます。今日もよろしくお願いします」


 〝王の森〟に着くと、ピチカは兵士の三人に挨拶した。アゼスと会った後でまだ心臓はドキドキしていたが、見慣れた三人の顔を見ると落ち着いてきた。


「おはようございます、ピチカ様」


 デオは挨拶を返した後で、こんな事を聞いてくる。


「今日はお一人ですか? シリンがまだ来てないんですが……」

「ああ、シリンさんは今日は来ないわ。というか、もう来ないの」

「あ! ピチカ様、ヴィンセントさんに言ったんですね? あいつの女ったらしぶりを! それであいつ、ヴィンセントさんの怒りを買って護衛から外されたんでしょ?」

「ええっと、そういうわけじゃなくて……」


 ピチカは苦笑して、デオたちにもシリンの正体を話した。ヴィンセントがピチカの事を心配して、シリンに変化してここに来ていたのだと。


「ええ!? 本当に? だったら俺、やばいかも。すげぇ失礼な事言ってたし……」

「何も問題ないわよ。デオは私の事を思ってシリンに注意していただけですもの。ヴィンセント様もデオに怒ってなんかいないし、むしろ信頼できそうだって言ってたわ」

「よ、よかった」


 デオは胸に手を当ててホッとしている。

 ピチカは続ける。


「ヴィンセント様は引き続き自分も護衛として森についていくって言ってくださったんだけど、断ったの。だってヴィンセント様が隣りにいると、私は仕事に集中できそうにないから」


 少し前なら、ヴィンセントが隣りにいると『緊張してしまって』仕事ができないと思っていただろうが、今は緊張はしない代わりにヴィンセントばかり見てしまって仕事にならないだろうなと思う。

 森を一緒にデートしているような気分になってしまって仕事モードになれそうにない。だからその事を素直に伝えて護衛を断ったのだ。

 するとヴィンセントは少し嬉しそうにして頷いてくれた。

 なのでもうヴィンセントが変化したシリンも、ヴィンセント自身も、基本的にはピチカの仕事にはついて来ない。


「まぁ俺たちの事を信用してもらえてよかったですよ」

「これからまた四人で森を回る事になるけど、改めてよろしくね」


 ピチカたちはそう言い合うと、今日も森へ入っていったのだった。

 

 

 そして夜、珍しく早めに仕事から帰ってきたヴィンセントと一緒に夕食を取った後、椅子から立ち上がると同時にピチカは言った。


「ヴィンセント様、少しお話いいですか?」

「もちろん構わない」


 ヴィンセントを応接間まで連れてきて、二人並んでソファーに座ると、ピチカは今日の城での出来事を話した。アゼスの事をヴィンセントにも一応伝えておいた方がいいかと思ったのだ。


「アゼス殿下がピチカに話しかけてきた?」


 ヴィンセントはわずかに眉間に皺を寄せて言う。


「ええ、そうなんです。殿下はヴィンセント様のご両親が亡くなった事件を持ち出して、ヴィンセント様を巡ってこれからも同じような事が起こるかもしれないとおっしゃって、そうならないよう自分の庇護下に入るべきだと……。それで私にヴィンセント様を説得するよう頼んでこられたのです」

「それでどうなった? 何かされたりしなかったか?」


 ヴィンセントはピチカの手を取り、心配そうに言う。

 ピチカは首を横に振って続けた。


「いいえ、大丈夫です。何もされていません。アゼス殿下の申し出は一応お断りしておいたので、これで諦めてくれるといいのですが」


 恥ずかしいので、ヴィンセントの魅力を語ってアゼスをぽかんとさせてしまった事は伏せておく。

 ヴィンセントは少し辛そうに顔をしかめた。

 

「済まない、ピチカ。私と結婚したばかりに面倒な事に巻き込んでしまって。アゼス殿下の他には、誰かに私の事で声をかけられたりしていないか? 私には取りつく島がないから、ピチカの方に行っているのではないかと心配だ」

「……実を言うとそういう人はいます。けれど大丈夫です。今のところ上手くあしらえていると思いますし、それに彼らの事はあまり煩わしいとは思わないんです。だって――」


 ピチカは頬を赤くして照れつつ、ヴィンセントの手を握って言う。


「だってヴィンセント様との結婚生活が幸せ過ぎるから……。そういう人たちの相手をするのがヴィンセント様と一緒にいるための対価なら、安いものです。それくらいの対価はいくらでも払います。それに、ヴィンセント様と結婚したばかりに面倒な事に巻き込まれたとも思っていません。むしろこれまでヴィンセント様一人で処理してきたものを、私も一緒に背負えて嬉しいと思います。二人なら、アゼス殿下の事もこうやって相談し合えますし」


 でしょう? とピチカが言うと、ヴィンセントは表情を緩めて優しく目尻を下げた。


「ピチカには敵わないな」


 そう言うと、ヴィンセントはピチカを横抱きにして自分の膝の上に乗せる。


「ヴィンセント様……」

「嫌か?」

「いえ、嫌ではありません」


 真っ赤になった顔が落ち着くまで少し待ってから、ピチカはおずおずと続ける。


「ヴィンセント様は……お父様やお母様からの愛を感じる事はありましたか?」


 ヴィンセントの両親の死の原因を知らされてからずっと思っていた事だが、今まで気を遣って聞けなかった。

 だけど今なら、少し踏み込んだ質問をしても許される関係になったのではと思ったのだ。

 ヴィンセントは十秒ほど考えてから話し始める。


「父や母は、私が幼い頃は私の事を遠ざけていた。まだ魔力のコントロールが上手くできず、その辺にあった物を浮かせたり、蝋燭に勝手に火をつけたり消したり、そういう事をする赤ん坊が恐ろしかったようだ。両親には魔力がなかったから、私を化け物のように感じていたんだと思う。だが、私が魔力を操れるようになり、魔術の才能を発揮し出してからは態度を変えて……親にこんな言葉は使いたくないが、『擦り寄って』きた」


 ヴィンセントの声にはあまり怒りや悲しみはこもっておらず、静かだった。


「それでも父や母は、鈍い私が感じなかっただけで多少の愛情は与えてくれたのではと考えていた。つい最近までは」


 応接間の壁を見ていたヴィンセントは、そこでピチカに視線を移して続ける。


「だが、ピチカと結婚してから分かった。私がピチカに対して抱いているこの感情が愛だというのなら、両親は私の事を愛していなかったのだろうと。彼らはこんなに深くて穏やかな気持ちを私に対しては抱いていなかったと思う」


 ピチカは何も言えず、ヴィンセントの頬を両手で包んで彼の瞳を見つめた。

 ヴィンセントはもう大人だからか、両親に対する怒りや悲しみという激しい感情は持っていないように思えた。すでに気持ちの整理をつけているのか、それとも最初からそんな環境で育ったのでそもそもあまり気にしていないのかもしれない。

 けれど青い瞳の奥には、少しだけ寂しさが滲んでいるような気がした。

 ヴィンセントは化け物ではなく人間なのだから、親からの愛をもらえなかった事を寂しいと感じるのは当たり前だ。


「ヴィンセント様」


 ピチカはたまらなくなってヴィンセントを抱きしめた。大人っぽいと思っていたヴィンセントが、初めて自分より幼く見えた。


「私の中には、たくさんの愛があります。自分でも持て余すくらい大きな愛です」


 家族に溺愛され、多くの愛をもらって育ってきたからだろうか、ピチカの心はどこも欠けていないし、基本的にいつも満たされている。だから愛情に飢えている人間とは違って、他人に愛を与える余裕があるのだ。

 特にヴィンセントのように大切な存在に対してなら、愛は後から後から溢れてくるし、その愛を惜しみなく与えられる。

 ピチカは少し体を起こしてヴィンセントと目を合わせると、ほほ笑んで言う。


「この愛は、全部ヴィンセント様に差し上げます。どうかいらないなんて言わないでくださいね。私の中にある愛は、全部ヴィンセント様のものなのです」


 ヴィンセントの頬を撫でて言うと、ヴィンセントは目を細めて子どものように答えた。


「うん」


 そしてピチカを抱きしめてささやく。


「全部もらう」



***



「ノット」


 就寝のために自室に戻ると、ヴィンセントはいそいそとテディベアを取り出して自分の補佐官に通信を繋いだ。


「ノット」

「……」

「ノット」

「……」

「ノット」

「……何ですか」


 四度目の呼びかけで、ノットは眠そうな声で通信に出た。


「聞いてくれ」

「はいはい、聞きますよ。なんですか? またピチカちゃんに関しての心配事ですか?」

「さっき嬉しい事があったんだ」

「あ、のろけの方ですか。でも確かに声が嬉しそうですね。隊長のこんな声初めて聞きましたよ。この通信では表情が見えないのが残念ですが、心なしかこっちのテディベアが笑顔のような……」


 数秒の間を置いて、ノットは続ける。


「あれ? 隊長? 聞こえてます?」

「ああ、聞こえている」

「反応がないから……。それで嬉しい事って何なんです?」

「いや、やはり言うのはやめておく。ピチィの言葉を一言一句漏らさずノットに教えようと思っていたが、ピチィが恥ずかしがるかもしれないし、それに彼女の言葉は自分の中に留めておいた方がいいような気がしてきた。あの言葉は私だけのものなのだ」


 独り言のように喋ると、続けてこう言って通信を切る。


「ではな、ノット。もう深夜零時だぞ。早く眠れ」


 反応しなくなったテディベアを見て、ノットは寮の自分のベッドの上で叫んだ。


「いや、俺、寝てたしっ!」


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