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公爵夫婦は両想い  作者: 三国司


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「ふんふん、ふーん」


 ピチカは鼻歌を歌いながら城の魔術塔の廊下を歩いていた。

 今日はアルカンにお菓子の差し入れを持ってきたので、それを届けるために、〝王の森〟へ行く前にここへ寄ったのだ。ヴィンセントとは一緒に城まで来たが、彼は自分の執務室に向かったので先ほど別れた。


 そしてピチカの機嫌がこんなに良いのは、今日ここへ来るまで、馬車の中でヴィンセントとずっと手を繋いでいたからだ。

 昨夜、少しづつ手を繋いだりしていきたいと言ったからか、馬車に乗るとヴィンセントが手のひらを上に向けて差し出してきてくれたので、ピチカは恥ずかしがりつつ、その手に自分の手を重ねたのだった。


「ふふふ……」


 鼻歌はいつの間にか噛みしめるような笑い声に変わっていた。周りから見ると不気味に思われるかもしれないが、幸せすぎて表情が引き締まらない。

 

「あれ? ピチカ?」

「あら本当。久しぶりだわ」


 と、そこで元同僚であり先輩であった女性魔術師三人と出くわした。第五隊は他の隊と比べると女性の隊員が多く、彼女たちは若いピチカに基本は優しく、時々厳しく指導してくれた。


「先輩方、おはようございます! お久しぶりです!」

「相変わらず元気ね」

「それに何だか幸せそう。新婚だものね」

「あの第一隊隊長様と意外と仲良くやってるみたいじゃない。噂が回ってるわよ」


 先輩たちに挨拶すれば、口々にそう返された。

 ピチカは戸惑って言う。


「え、噂とは……?」

「第一隊から広まってきたのよ。一昨日だったかしら? ヴィンセント隊長が珍しく仕事を休まれたようなんだけど、その日は一日ピチカと遊んでいたらしいじゃない。第一隊の人がそう聞いたんだって」

「それでヴィンセント隊長は新妻を溺愛しているらしいって噂があっという間に広まったのよ」

「すごく意外だからねぇ。あのヴィンセント隊長がラブラブな結婚生活を送ってるなんて……。しかも相手がピチカ」

「だ、駄目ですか?」


 おどおどしながら訊くと、先輩魔術師は笑った。


「駄目じゃないわよ。でもヴィンセント隊長とピチカではお互い合わないんじゃないかって最初は心配してたから。だけど仲良くやっているみたいでよかったわ」

「はい、ありがとうございます」

「ところで今日はどうしたの? もう仕事を辞めたのにここにいるなんて」


 そう尋ねられたので、ピチカは手に持っていた紙袋を持ち上げて答える。


「アルカン隊長にお菓子を差し入れにきたんです」

「え? 隊長にお菓子を?」


 アルカンが甘いもの好きである事を知らない先輩魔術師たちは意外そうに言う。


「実は隊長に仕事を紹介してもらったので、そのお礼なんです」

「へぇ、公爵夫人になったのにまだ仕事をするなんて、ピチカは偉いわね。私だったら毎日のんびり遊んで暮らすわ」

「隊長に何か意地悪されたらジュリアさんや私たちに言うのよ」

「じゃあまたね。元気そうでよかったわ」


 ピチカは優しい先輩たちに「ありがとうございます」と頭を下げて別れた。

 そしてアルカンのところへ向かうと、扉をノックしてから入室する。

 中にはアルカンと、その補佐官であるジュリアがいた。ジュリアは大人っぽい魅力のある、褐色の肌に長い黒髪の女性だ。自分の事を子どもっぽいと思っているピチカにとって憧れの女性の一人である。高い身長も豊満な胸も、包容力のある落ち着いた性格も、何もかもが素敵だと思う。


「何の用だ?」


 ピチカの顔を見るなり、奥の執務机に座っていたアルカンがイライラしながら言う。しかしピチカがそれに答えるより早く、ジュリアがピチカとアルカンの間に割って入った。


「まぁ、ピチカ! 元気にしてたの?」

「おい、ジュリア。今は俺が……」

「ジュリアさん、会えて嬉しいです! この前は会えなかったから! 私はとっても元気です!」

「おい」


 目を据わらせてアルカンが言うが、二人は聞いていなかった。手と手を取り合って再会を喜び合う――と言っても前回会ってからまだ二、三週間ほどしか経っていないのだが。


「ピチカったら、男装してるみたいで可愛いわ」

「この後、森へ行くので、動きやすい格好をしているんです」

「おい!」


 アルカンはただでさえ鋭い目をさらに鋭くさせて怒鳴った。

 眉を吊り上げ、ピチカを見て言う。


「何しに来たかしらねぇが、お前はさっさと用を済ませて帰れ。ヴィンセント野郎と仲良くしてる奴は俺の執務室に入るな」


 いつもより隊長からの当たりがきついなとピチカが思っていると、ジュリアがこう教えてくれた。


「ヴィンセント隊長がピチカを溺愛しているって噂が回ってるのが気に入らないのよ」

「あいつが意外にもお前の事を大事にしてるのは知ってたけどな、廊下を歩けばその噂ばかり耳に入るのが気に入らねぇ。俺はヴィンセントの名前すら聞きたくないっつーのに」


 アルカンはピチカを見て続ける。


「お前がヴィンセントと仲良くやってるせいで噂が立って、俺は昨日、ヴィンセントの名前を三十回は聞く事になったんだぞ。俺の耳が腐り落ちたらお前のせいだ」

「まぁまぁ、お菓子を持ってきましたから機嫌を直してください」


 ピチカが甘い香りのする紙袋を差し出しながらなだめると、アルカンはパッと眉間の皺を消した。

 そしてころりと態度を変えて言う。


「仕方ねぇな。許してやる。お前のとこの料理人が作る菓子は美味いからな」

「気に入ってもらえてよかったです」


 ごそごそと紙袋の中をあさりながらも、アルカンは真面目な顔をして話を変える。


「ところでお前、ヴィンセント野郎の妻になったからには色々と注意しろよ」

「? 注意とは何にでしょうか?」

「ヴィンセントの事を利用したいと思ってる奴らにだよ。そういう奴らは、今まではまずヴィンセントに近づいていたが、あいつはちっともなびかない。だから今度はお前のところに来るぞ。特に最近はヴィンセントがお前の事を溺愛してるなんて噂が立ってるんだしな。お前を抱き込んでからヴィンセントを籠絡しようとするだろう」


 アルカンはピチカが持ってきたマフィンを食べつつ言う。ジュリアもアルカンにお茶を入れてあげながら心配そうにピチカを見てくる。

 だけどピチカは一応貴族の生まれだ。権力を求める者たちの静かな攻防には慣れているつもりだ。


「それは分かっているつもりです。ヴィンセント様との結婚が決まってから、そういう人たちに挨拶される事もありましたし……」


 今までろくに話をした事もなかった役人や貴族から分かりやすくごまをすられる事もあったし、一方で「あの天才魔術師と結婚して公爵夫人になるなんて、純粋そうに見えて上手くやったね」なんて嫌味を言われる事もあった。

 そういう時は腹が立ったりもするけれど、嫌な人に出会ったら、自分の両親や兄、ヴィンセント、侍女や屋敷の使用人たち、それにジュリアやさっきも会った先輩たちなど、優しい人たちの事を思い出し、笑って受け流すのだ。

 

「お前がどこまで想定してるか知らねぇが……」


 アルカンは二つめのマフィンに手を付けながら言う。


「王弟にも気をつけろよ」

「王弟? アゼス殿下の事ですか?」


 大物の名前が出てきたのでピチカは戸惑った。


「でもアゼス殿下の王弟としての地位は、今のままでも盤石です。むしろ下手にヴィンセント様を抱き込もうとすれば国王陛下に目をつけられるのでは? アゼス殿下は、ただでさえ昔から『王の椅子を狙っている』という噂がある方ですから」


 自分がアゼスだったら、兄から不審がられるような行動はしないと思う。

 けれどアルカンはこう言う。


「……なら、アゼス殿下がその噂通りに行動しようとしていたら? 兄に目をつけられる事なんて、さして気にしていないとしたらどうだ?」


 アルカンの言葉にピチカは目を丸くした。


「とにかく一応気をつけておけ。ヴィンセントほどじゃねぇが、アゼス殿下も変わってる。あまり常識が通用しねぇと言うか……何をするか分からねぇところがあるからな」

「はい……」


 三つめのマフィンを取り出そうとしてジュリアに「食べ過ぎです」と紙袋を没収されているアルカンを見ながら、ピチカは疲れたようによたよたと部屋を出て行く。思ってもみなかった注意を受けてしまった。

 貴族界の駆け引きは苦手だけれど慣れていると思っていたが、王族まで出てくる可能性があると言われて少し緊張してきた。


(ヴィンセント様はそれくらいすごい方なのね)


 確かにヴィンセントの魔力や才能は、利用しようと思えばいくらでも悪い事に利用できる。

 きっと今までヴィンセントは様々な人間に目をつけられては、誘惑されたり、懐柔しようとされたりしてきたのだろう。

 けれどそれに乗らずに自分の道を歩き続けているのはすごいと思う。


(これからは私もヴィンセント様の力にならなくちゃ)


 自分だけはいつもヴィンセントの味方でいてあげたい。ヴィンセントが誰かに悪い道に引きずり込まれそうになったら引き止めて、ヴィンセントが本当に進みたい方向へ一緒に進んで行ってあげたい。

 

(よし!)


 心の中でそう決めて気合を入れ、勇ましく歩く。

 そして魔術塔を出ると、城の裏門近くでピチカを待っていてくれるはずの馬車を目指した。

 しかし遠くに自分の家の黒塗りの馬車を見つけたところで、それよりも手前に、派手な衣装を着た目立つ人物が立っている事に気づく。

 彼はこちらに背を向けたまま、隣りにいる兵士と話をしているようだった。


「あの馬車が?」

「ええ、そうです」

「今朝はピチカ・クローリーも一緒だったんだな?」

「はい。お姿を見ました」

「分かった。報告ご苦労」


 いくらか金を渡されると、兵士は頭を下げて裏門の方へ歩いていった。あの兵士は門番だろうか?

 しかし問題は、買収されてピチカの来城を報告していた兵士の方ではない。報告されていた金髪の男の方だ。


(あ、アゼス殿下……!)


 先ほどアルカンと話題にしていた王弟が、すぐ目の前にいるのだ。

 しかも相手はピチカが城に来るのを待っていたようだった。


(殿下と一対一で話をするなんて無理……)


 他愛ない話をするならともかく、もしアルカンの言うようにアゼスがヴィンセントを狙っていて、そのためにピチカに近づこうとしているんだったら尚更だ。

 心臓が大きく脈打ち始め、手のひらにはじわっと汗が浮かんでくる。

 ピチカはそろりと足を動かし、城の中へ戻ろうとした。しかしその時……


「おや、ちょうどよかった! 君を待っていたんだ」


 ピチカはこちらを振り向いたアゼスに気づかれてしまったのだった。



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