仲買商人のぶらり飯
突然だが人間は何をしている時が一番幸せだと感じるのだろうか?
答える奴によって回答は様々だろうが俺は迷いなく答えられる。
それは……飯を食う時だと!!
俺の名前はハワード・ガーネット。32歳独身だ。
商人をしている。
商人と言っても自分の店は持っていない。
世界を飛び回って自分が納得した武器や防具、アイテムを仕入れて知り合いの店やお得意様に直接売って生計を立てている。
今日俺が訪れたのは水の都市と名高い『アテロイ』と言う都市だ。
ここアテロイは水が豊富な事を活かして鍛冶が盛んな都市としても有名なんだ。
俺はこれから当てを付けている鍛冶職人の工房を尋ねる算段になっていた。
俺が目を付けていた工房を訪れると俺より20程年上の男が剣の形になりかけて真っ赤に熱せられた鉄を汗だくでハンマーで打っていた。
「あの……すいません……」
「……」
「あの……」
「ああ?なんだお前は?俺は作業中だぞ!!後にしろ!!」
いかにも職人の風貌をしたオッサンに何度も話し掛けると怒鳴られ返された。
くそ!職人って奴はこっちが下手に話をしてもすぐ喧嘩腰みたいな口調で喋るから嫌いなんだ。
そして内弁慶の俺はこの手のタイプに滅法弱いんだ!!
しかしこっちの話を聞いて貰えんと俺は帰るに帰れん。
「失礼しました……私はハワードと言って今日は剣の仕入れ先を探しに来てまして」
「ふん、仕入れ先を探しに来ただと!?取り敢えずそっちに飾ってる剣でも眺めてワシの作業が終わるまで待ってろ!!」
オッサンはそう答えると作業に戻る。
とりあえず商談には漕ぎつけられそうで一安心だ。
俺は取り敢えずオッサンに言われた通り棚に飾ってある剣をいくつか手に取って見つめる。
「これは……やっぱり見込んだ通りだ」
俺は思わずそう呟く。
そもそも俺がこの工房に目を付けたのは知り合いの剣士が持っていた剣に惚れ込んだからだった。
剣士がどこの店で購入したのか聞き出し、その店の店主から仲買人を聞き出しそいつに頼み込んでようやく口を割ったのがこの工房だった。
そうこうしている内にオッサンが作業を一段落させたようで、タオルで汗を拭きながら俺のところまで歩いてきた。
「……お前ならその剣に幾らの値段をつける?」
「……」
ちょっと待て。やっとオッサンとまともに話が出来ると思ったら急に値段を聞いてきやがった。
これはあれか?オッサンが納得する金額を提示したら商談成立のパターンか?
俺はそう悟るとオッサンの顔をしっかりと見る。
そして俺は確信した。
このオッサンは間違いなく本物の職人だ。
ここは下手に「幾らでも出します」なんて言ったら叩きのめされるパターンだ。
俺は真剣に鑑定して結論を出す。
「金貨16枚出します」
「……」
俺が答えるとオッサンはしばし黙る。
……もしかして外したか?
いや、俺は誰よりも鑑定に自信がある。その上でこの値段を算定した。
この剣を仕入れる事が出来れば俺は確実に金貨20枚以上の値段で捌ける自信もあった。
だから……早く何か喋ってくれ!こんな怖い顔が黙ったままだと心臓に悪い!!
「ふん。良いだろう。いくつ欲しいんだ?」
「あ、ありがとうございます!!」
どうやら商談成立の様だ。
怖いオッサン相手にヒヤヒヤしたがこれで一安心だ。
とりあえずこの剣を20本仕入れる事にした。
工房を出ると丁度昼時の時間だと思われた。
何より俺の腹時計が鳴っているのだから間違いない。
俺はこの腹時計を静かにさせるために飲食店に駆け込むことを決めた。
飲食店の通りに到着すると色々な店から様々な匂いがしてくる。
俺は食べるのも大好きだが、こうやっていくつもの店から漂う匂いを嗅ぎ分けて今食べたい物を探していく行為も大好きなんだ。
しかし折角水の都市に来たんだから水を美味しく味わえる店に入りたい。
そんな事を考えていると俺の好物でもある鳥の匂いがしてきた。
鳥か……悪くない。よし、ここにするぞ。
「いらっしゃいませ~。お客様1人ですか?」
「はい、1人です……」
……俺は内弁慶でもあり実は人見知りの性格なんだ……
親しい相手じゃないととても素の性格で話せない。
しかし今そんな事はどうでもいい!!
俺は早く鳥を食いたいんだ!!
「はい、メニューです」
「あ、どうも」
店員の女性からメニューを受け取ると俺は素早く全体を見渡す。
俺の胃袋を満足させてくれる料理はなんだ?
焼き鳥も鳥の照り焼きも捨てがたい。
一層の事メニュー全て頼みたいくらいだがそんなのは無理に決まっている。
悩んだ俺が店を軽く見渡すと黒板が壁に掛けられていて、そこに今日のオススメが書いてあった。
これだ!!
水の都市で鳥を食うのにこれ以上相応しい物は無いだろうと言える料理が俺の目に留まる。
「お決まりですか?」
「あそこに書いてある『ドードー鳥のスープ炊き』をお願いします」
「はい!少々お待ちください~。スープ炊き注文入りました~!」
俺が注文すると店員は笑顔で返事をして厨房に注文を通した。
ドードー鳥とはこの都市の近辺に現れる魔物だ。
ニワトリが人間よりも少し大きくなったくらいのサイズで素人が戦えば簡単に殺される程強い魔物だ。
しかしドードー鳥の肉は鶏に比べ遥かに大きいが直ぐに血抜きをすれば意外に柔らかくて味もよく、食材として大変人気があるのだ。
「お待たせしました~。ドードー鳥のスープ炊きです!ごゆっくりどうぞ~!」
待つ事15分。ようやく俺の前に水炊きが運ばれてきた。
おあずけを食らっていた俺の口の中は涎の洪水が決壊しそうだった。
ドードー鳥のスープ炊きの具材は鳥肉にしめじに長ネギに白菜と至ってシンプルだ。
スプーンを手に取った俺はまずスープから口につける。
美味い!!
普通の鳥では絶対に出ないであろう濃厚なのに脂っぽくない出汁が俺の舌を唸らせる。
この出汁だけで白飯が3杯くらい食べられそうだ。
白飯?
しまった!白飯を頼んでいない!!
こんな美味い水炊きに白飯無しで食事を終わらせるのは食の神様への冒涜に等しい。
「すいません!白飯お願いします!!」
「はい、白飯ですね~。直ぐに持ってきますね~」
俺が慌てて注文したのを察してくれたのか店員は厨房まで駆け込んでくれた。
「はい、白飯です」
同じ店員が白飯を持って来てくれた。これで俺が頼んだ料理に死角は無い!
まずはさっきのスープを……やはり美味い!!
そして白飯をかきこむ。
至高だ……これ以上言葉はいらない。
美味い料理には美味い酒だと言う奴もいるが俺は断固白飯派だ!!
次に俺は長ネギに手を付ける。
これも美味い!ネギ自身の甘味と出汁を吸って何とも言えない味わいを醸し出してくれる。
鳥にはやっぱりネギだろう!!
次は……メインの鳥といくか……
これだけの出汁が出た鳥にどれだけ旨味が残っているか若干不安だが……
ば、馬鹿な!?
何故ここまで旨味が残っている!?
そして驚愕の柔らかさだ!!
これは箸が止まらん!!
は!もう白飯がなくなってしまった
「白飯お替わりお願いします!!」
2杯目の白飯を手に俺はもう一度鳥を口にする。
うん、やはり美味い。噛み締めれば噛み締める程肉汁が溢れ出してくる。
これだけ美味ければ近い内にドードー鳥が絶滅危惧種に指定されるかも知れないな。
「次は……白菜だ」
おお!これは……白菜自身も恐ろしい甘さが!!
先程のネギ以上の甘味が俺の口内を駆け巡っていく……
はっ?いかん、少しボケっとしてしまった。
残りはしめじだが……
うお!?
山の香りと鳥の出汁が見事に調和して……この食感もたまらん!!
これで一通り具材は味わった……む、また白飯が……
「すいません、白飯お替わり」
よし!ラストスパートだ!
この白飯をラストにすると決めたからには全ての具材とスープを同時に味わってやる
そう決めた俺は勢いよく具材を口に運び白飯も運ぶ。
そしてスープを飲んで一息つく。
ひたすらこれの繰り返しだ。
ふう……食った食った。
今日は素晴らしい料理に出会えたな。
そう思った俺は店を出る前にもう一度黒板を見るとドードー鳥のスープ炊きの下に不穏な言葉を見つけてしまった。
「なっ!?そんな馬鹿な……」
スープ炊きの下には「残りの出汁で雑炊も可」と書かれているではないか!!
何故こんな大事な事を見逃したのだと言うのだ俺は!!!
……仕方ない。
さっき注文した剣を引き取りにまたこの都市には来る。
その時は雑炊も戴いてやる。
「ありがとうございました~」
店員が明るく送り出してくれ俺は店を出た。
白飯を3杯も食べたからかお腹がかなり膨れていた。
多少腹は苦しいがこれくらい食ってこそ幸せってもんだろう。
さて、この後は一通り店を回って目ぼしい商材を見つけないとな。
剣は手に入れたから次は盾と鎧を探しに行くか……