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不良ボッチの異世界ロゴ  作者: 一色
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異世界転移?

放課後の鐘が鳴り響く中、校舎裏といういかにもな場所で事は起こっていた。ときに告白の定番とされていた空間にはそんな雰囲気微塵も感じられない場面が広がっていた。

「…ふぅ…ったく、こう毎日毎日懲りずに喧嘩売ってきては返り討ちにされての繰り返し。諦めが悪いっーか馬鹿なのか知らねーが怖いわ」

校舎を背にして土や血で汚れたシャツを脱ぎ捨て、一服ふかすのは伊月春人。高3の春人は18歳なのだが既にタバコを吸うようになってしまった。最初は軽い気持ちで吸ってみた時日頃の生活でたまりにたまったストレスが解放されていくような感じがしたのがきっかけである。ふかし終えたタバコを自前の携帯灰皿に突っ込み徐に立ち上がると殴られた時に切った唇からの流血を手で拭う。

「あー、一発もらっちまったか」

毎日がケンカばかりでろくに学生生活を送れていない春人。周りもそんな春人を怖がって誰も近づこうともしない。ましてや、目つきの鋭い春人は無駄に怖がられがちなのである。当の本人は気づいていないようだが春人はいわゆる不良というものにくくりつけられていた。


いつものように帰路につく春人だが今日はいつもと違った雰囲気を感じていた。何もない帰宅路、街灯は少なくあたりを照らすのは民家の窓から漏れる薄明るい光だけ。そんな不気味な帰宅路に学生の女の子と共に歩く黒服の男を見つけた。一見、父娘に見えるようだがどうも様子がおかしい。男はフードを頭まですっぽりかぶっているわけで学生の女の子は足取りが覚束ない。不意に近づく春人はそっと男をよく見ると刃渡り15センチ程の包丁を刺すか刺さないかの寸前で止めている。状況を考えて、誘拐を企んだ男が脅す理由に包丁を突きつけていると考えていいだろう。正義感のへったくれもない春人だが思ってもみなかったことに身体が勝手に動いてしまっていた。死を覚悟した春人は背後から強烈なタックルを男にくらわす。が、男はバランスを崩すだけで効果はいまひとつと頑丈な男。

「おいおい嘘だろ…」

腰にしがみ付く春人の方向に顔を向ける男はフードの陰でよく見えないが笑っているようで。口元をニヤァと不気味に笑う。背すじが凍るような恐怖を感じた春人は瞬時に距離を取るため後方に下がる。学生の女の子は隅の方で両手で顔を覆いながら恐怖を感じ声を押し殺すように泣いていた。

「おいっ!?なにしてんだ!逃げろよ!?」

学生の女の子に向かって叫ぶがあまりの恐怖から身体がビビって動かないようで。春人もこんな物騒な狂気野郎とは一戦交たくないのだがここで逃げては片方は殺される。男は春人に向かって包丁を狂ったように振り回す。春人は瞬時に交わすが次第に動きに合わされ致命傷とはいかないものの少しずつ身体に切り傷が増えていく。そんな男の隙をついて春人に学生の女の子はむかい走り抜けるとそのまま腕を掴んで強引に引っ張る。

「はやく逃げんぞ!!走れるだろ!?」

学生の女の子は涙でぐちゃぐちゃな顔を縦に振った

覚束ない女の子の腕を強引に引っ張り男から必死に逃げるが足が異様に早くすぐに追いつかれてしまう。春人は覚悟を決めたように生つばを飲み込んだ。女の子の腕を離し走ってきた方向に体の向きを変えて腕組みの仁王立ちを決める。

「あー!しつけーな!?女子高生!俺が囮になっからとっとと逃げるか隠れるかしろよな!?」

咄嗟の出来事に女の子は一言も口にせずに遠くの闇の中へと走り去っていった。フードの男は追うことはなく、春人の前に立ち止まる。最初から狙いは春人だったかのように。男はかぶっていたフードを取り、顔をあらわにした。

「やっと見つけたよ伊月くん…さぁ殺してあげるからね」

穏やかな顔立ちで珍しい丸メガネを掛けている一見優しそうな男だが笑みを浮かべている。どんな凶悪な顔をした奴よりもこの男の方が恐怖は倍に感じられる。感情をあらわにしてない奴がどんなに怖いことか春人は身をもって教えられた。

「やっと見つけたって…俺はおまえなんか知らねーんだけど勘違いじゃねーか?」

平然を装いも内心では恐怖が押し寄せて来る、それを押し殺して口に出した。男は所有していた包丁を茂みに投げ捨て左手を横に突き出すとそこの空間が歪み世界に小さな穴が空いた。

「伊月くん…私が知りたいなら力ずくで来なさい。まぁ君は聞くこともできずに私に殺されるんだけどね」

空間の歪みから取り出したのは時代劇かなんかで見慣れている日本刀を形状とした刃物だ。男は刀を右手に持ち直し切っ先を春人に向ける。

「おいおい…負ける未来がダダ漏れなんだが…早まったかよ俺…」

弱々しい言葉を漏らすが春人はまだ諦めてはいなかった。逃げたところで殺されるくらいならちょっとくらいあがいた方が道は開けるんじゃないかと。一向に動かない相手は春人に攻撃を仕向けるための挑発をしているようでここぞとばかりに春人はポケットからタバコを取り出し火をつける。

「…最後の一本か。助かったら禁煙かなー、勝てる勝機はゼロに近いけど少しばかりは足掻くかね」

春人はタバコを咥えたまま男に突撃していく。直前で体をヒネリ凄まじい速さで回し蹴りをくらわした。鈍い音が響き渡り手応えを感じた春人。距離をとりつつ相手の様子を伺うが男は笑っていた。

「人間とは思えない蹴りだね。私の防具が割られるなんて久々だよ。じゃあ私からもいかしてもらうよ」

男は不敵に笑い春人に迫ると刀を幾度か振るう。その軌道を読み軽やかに避けていく春人だが次第にスピードがあがり腕に致命傷を刻まれた。

「いってぇ…いてぇ…クソいてぇ!!素手のやつに刀とか汚ねーんだよ丸メガネ!」刻まれた利き腕の右手からポタポタと血が流れ落ちる。不意に背後に目をやると男の投げ捨てた包丁を茂みに見つけた。素早く広い切っ先を男に向ける。

「これで対等とはいわねーがちょっとはマシになった」

「そんな弱々しいものでましてや利き腕を使えない状況ですよ?哀れすぎて笑えてきますよ」

微笑する男は懐からゴソゴソと何かを取り出そうとしている。春人はチャンスと見たのか勢いよく飛び出し男に切っ先を向ける。

「うっ!?」

響き渡る銃声と共に春人は前のめりに倒れてしまった。両足のふとももに二発の弾丸を受けた春人はその場で痛みに耐え苦しむ。

「楽しみは最後までとっておくべきですが私も時間がないですからね。さぁ殺してあげるからね」

徐々に近づいてくる男に春人は最後と言わんばかり力を絞り出し立ち上がる。

「きかねーきかねー効かねーな!?…クソいてぇけどまだ諦めねーぞ…銃は遠慮してほしーがな」

苦笑いでそんな本音を漏らすが男は銃口を向けようとする、だがそれをさせまいと春人はポケットに入れていた長財布を銃口に向けて思いっきり投げる。長財布は見事に銃にヒットし弾き飛ばされ男の後方にとんでいった。

「これで勝率は0パーセントから0.1パーセントに変わったかな…」

「…抵抗するとは可愛くないですね」

凄まじい速さで突進してくる男の薙ぎ払いを間一髪交わし蹴りを腹に命中させた。

「…そんなボロボロで諦めが悪いですね。早く死になさいよ」

「はっ…楽には死なねーよバーカ。お前にこの包丁を突き刺すまでわな」

再び切っ先を向ける春人だが足に鉛を撃ち込まれた春人は立つのが精一杯であった。そんな状況の春人を気にもせず男は春人目掛けて走り寄ってくる。斬撃を交わしここぞとばかりにチャンスを伺う春人。足払いを決めて後方によろめいた瞬間春人は咥えていたタバコを男目掛けて吐き飛ばす。

「なっ!?」

タバコは目に当たり男に隙ができた所に春人は心臓目掛けて包丁を振るう

「しにやがれぇぇぇぇ!!??」

ガキンッ!という音と共に包丁の刃は下に音を鳴らし落ちていく。

「はっ…?」

春人の心臓に長い刃が突き刺さる。血が溢れ出し目の前が霞み全身から崩れ落ちる。

俺は死ぬのか…当たり前か…心臓に刺さってんだから…しょうもない死に方だな…女の子助けて死ぬとかどんなヒーロー気取りだよ…

春人は死ぬ寸前そんなことを考えていた。胸から刀を抜き取り刃についた血を振って辺りに散らす。

「伊月くん。また会うかもしれないだろうけど次も殺すからね」

そんな不気味な言葉を残して瀕死の春人から姿を消した男。息すら出来ない感覚を覚え、全身の力が消えていく。これが死ぬってことなのか。途絶える意識の中男の「また会うかもしれない」という言葉を思い出しながら春人の意識は途絶えた。


2

飛んでいるような気分にさらされる春人。

「あーここは天国か、または地獄か。後者なら閻魔とかいう野郎をぶち殺して天国に昇格だな」

そんなことを口にしながら目を開けると目の前には徐々に近づいてくる地面。周りは一面の空。春人は空高く上昇していた。

「…わっつ!?俺胸に風穴開けられてカッコ悪く死んだよね??なんで空飛んでんだよ!」

落下しなが手足をばたつかせ漫画のようにスイムスイムするが効果はなく春人はぐるぐると抵抗虚しく回転していく。

「うっえ…気持ち悪…ゼッテー殺す閻魔…」

いるかどうかもわからない閻魔様に対する殺意だけが募っていく春人だがこのまま落ちたら即死なのは春人本人承知している。パラシュート代わりになるものなどあるわけもなく、混乱している脳をフル回転させて対策を考えるが思いつくわけもない。詰みましたと春人は諦めかけ落ちる速度に身を任せ隕石のような気持ちで落ちていく。

「漫画みてーに首が地面に刺さって抜けないーみたいな軽傷で済んだらいーんだが無理か」

全てを諦めかけた時、不意に下を見ると近場に湖があるのが見えた。あそこに軌道をずらせば助かるとみた春人だが引っかかる点を見つけた。

「この高さから湖落ちたら俺は弾けるんじゃないか?」

プールの時間の時腹から飛び込んだら水面に打ち付けられる衝撃はけっこう痛い。今は高さがその何倍もあるわけで。

「腹裂けるかも…」

せっかく見つけた案だが実行するには多大な勇気と腹筋が必要だと見た春人は考えるのをやめた。徐々に近づいてくる地面、半ば諦め掛けの春人に強風が襲う。

グルングルンと飛ばされる春人は先ほど諦めた湖の上に飛ばされていた。

「閻魔はどうしても腹裂きからは逃してくれねーわけかよ…じゃあ、やってやんよ!?」

覚悟を決めた春人は目を瞑り祈る。完全に神頼みである。すぐそこまで近づいた水面に春人は叫ぶ。

「腹裂きだけはやめてくれぇぇぇぇ!?!?」

水面に激しく突貫し、凄まじい音と水しぶきが舞い上がる。水中深くまで突貫した春人は酸素を求めて水面へと手足をばたつかせる。

「…ゲホッアホッゲホッ…腹は痛いが裂けてはいない…なんとか生きてんな」

腹の激しい痛みを堪え、重い水を吸い込んだ服のせいで上手く泳げないが懸命に陸を目指して足を動かす。時間はかかったがやっとのおもいで陸に手がついた。

「って…そういや胸刺されたのに大丈夫なんか俺」

丸メガネの男に刺された胸は傷跡ひとつなくふさがっていた。まるで、最初からなかったかのように。呼吸を整えて今の状況を確認すべく辺りを見回すがこれといったものはない。見慣れない生物や草木があるだけだ。落ちた湖の水を飲む生き物が何よりの証拠だ。春人に警戒することもなく、群れで水を飲むことだけに徹するその生物は馬に羽が生えたような神話に出てきそうな雰囲気のものやツノが複数ある象のような生物。ここが日本ではないことは一目でわかったようでクセになっているタバコをふかそうと濡れているのを知っておきながらもびしゅびしょの服からタバコを探す。

「あっ…そういやあいつに吐き捨てたやつで最後だったな…」

残念そうに空のタバコケースをポケットにしまい、行動に出るようで立ち上がった。辺りは一面の森。方角などわからない春人は適当な位置の草木を掻き分けゆっくりと進んでいく。景色は変わることなく続くのは草木の生い茂る道というより草木で埋め尽くされた視界の悪い場所といった方が正しいだろう。掻き分けていく内に春人の手は草木が原因である切り傷が無数にできあがりなんとも痛々しい。

「こりゃー日が暮れんぞ…」

進んでも進んでも一向に森を抜けられないわけで、こうなるんなら上空から確かめておくんだったと軽く後悔する春人。気まぐれで進んで来た方角とは違う方角を掻き分けていくこと数分。嬉しいことに家と思わしき建物を見つけた。見た目はボロいが窓は開けられており風を通し換気をしているのかもしれない。

「すいませーん、だれかいねーかー?」

窓から顔をのぞかせ、中を確認するが誰もいない。だが、中はすごく綺麗にされていて高そうな茶器なども並べられている。テーブルにはクロスがひかれており、その上には果物のようなものが置かれていた。

「…仕方ない、いないわけなら待たせてもらうか」

春人は窓から侵入し、テーブルにあった果物の入った器を持ち上げ食べ始める。リンゴのようなもの。バナナのようだが何故か赤い。みかんと思いきや味は梨ににていたりと不思議な感覚だが美味しいと感じられ春人は満足したように腹を叩いた。

「あーくったら眠くなってくるな」

物を食べたら眠くなる、睡魔には勝てない抗えないのは誰しも皆同じだ。春人は大きなソファに横たわり軽く目を閉じると数分もしない内に眠りについた。

夢の中で鮮明にあの時の顔が思い浮かびあがる。丸メガネの中のするどい目付き。腹ただしい。俺が包丁を拾うとわかっていて刃が取れる細工をされていた。そんな罠にまんまとだまされて殺された。もしあいつにまた出会ったら、次はかならず仕留めてやる。春人は夢の中で固く決意をした。そんな寝ている春人に近づく人影が現れる。その影は少しずつ春人に近づき肩を揺さぶる。

「あのー?ここ私の家なんですけどー?どちらさまです?…起きてくださいですー」

ゆさゆさと肩を揺らし続けるも春人はうー、やらあーやらと唸るだけで起きようとしない。最終手段なのか春人を起こす手は熱湯の入ってコップを持って春人の顔に目掛けてタラタラと垂らしていく。

「…ん?…!?あっあっつ!?うわっち!?!」

熱さに驚き飛び上がると春人の前には一人の女の子が立っていた。白くツヤツヤとした短髪の髪の毛が印象的で服装も日本じゃ見られないような独特な格好で身長は春人より10センチほど小さい可愛い女の子。前髪が長く目が隠れてよく見えない。そんな女の子は片手に花をたくさん詰めたカゴを持っている。

「なにジロジロ見てるですか。勝手に私の家に入り、私のベットで匂いをくんかくんかですか。何者ですかあなたは」

完全に誤解を受けられている春人はとりあえず座り直して女の子と視線を合わして口を開いた。

「勝手に入ったのは悪い。だがここがベットとは思わないし匂いもかいでない」

「じゃあなんなんですか、叫びますよ、叫んでもここら辺には誰もいませんですが…私襲われるですか」

「なんか勘違いというより、もう願望に聞こえるんだけど襲われたいのか」

襲ってくださいと言わんばかりの女の子はカゴを床に置いて両手を前に差し出し

「どんな勘違いですか。そんなこと思ってるわけないですよ。期待なんて80パーセントくらいしかしてないです」

「してんじゃねーか!?欲求不満か!?…震えてるっつーことは強がりなんじゃねーかよ」

よくみると女の子は少し震えているようで、冗談めかしい言葉を言って安静を保っていたようだ。春人は何かを思ったのか窓から飛び出し入り口の扉の前でノックを三回たたいた。

「あのーすいませーん」

「…なんのつもりです」

「怪しんでるみたいだからちゃんとやりなおそーかなと」

扉を挟んでやり取りする光景は何とも奇妙だ。女の子はクスッと小さく口元を緩めると扉をあける。

「…安心したです。あなたは不審者ではなく馬鹿だったんですね」

「馬鹿はよけいだよ!…まぁその入れてくれると助かる」

春人が頼むと女の子は体をずらし、どうぞと先ほどのソファに手を向ける。軽く礼をしてから春人は速やかに座り手持ちぶたさなのか腕を組んだ。

「自己紹介がまだだったな。俺は伊月春人。日本から来たんだ。目つきは悪いが気にすんな」

「私はフィリア・コーリフェルトと言いますです。フィリアとでも呼んでくださいです。ところで日本とはどこですか?そんなところ聞いたことがないです」

その言葉を聞いて春人は確信した。この場所は地球上に存在しないどこか違う空間なのだと。こんな漫画のような話があるかと疑ってはみるものの、頰はなんど抓っても痛い。夢ではなく現実に起こったこと。ここに連れてこられた意味はわからないがひとつだけわかるとすれば、あの丸メガネの男が関わっていることくらい。

「日本?んー、まぁこの場所からだと何年もかかる場所に位置する場所かな」

この世界にはどこにもないわけで、正確なことは伝えず限りなく遠い場所に位置することなら同等だろう。

「そんなに遠いですか!?…春人くんは何年もかけてやってきたわけなんですね」

フィリアは興味深そうに聞き入りながら沸いたお湯をポットのような容器にいれて2つのコップにそれを注いだ。

「お客様にはちゃんともてなしますです。どうぞ」

紅茶のような色をした飲み物を目の前に置かれ、春人はいただきますと軽く礼を済ませてから一口口に含んだ。

「…うまっ!?紅茶…?いや、なんかちがうけどめちゃくちゃ美味いぞこれ!」

それは想像以上に美味しかったらしく春人は熱いのにも関わらず一気にゴクゴクと飲み干した。

「当たり前です、私の愛情も詰まってるですから」

「さっき会ったばかりなのに警戒心とくの早すぎねーか?まー、俺は嬉しいんだけどさ」

「春人くんはたぶんものすごく優しい方です。私にはわかりましたですよ?」

フィリアの言葉に顔を赤らめる春人は照れてるのを見られたくないのかコップの底に少したまった飲み物をグイッと飲み干し、フィリアにコップを差し出した。

「…おかわりくれ」

「わかりました春人くん」

追加の飲み物をコップに注ぐと再び春人に差し出す。今度はそれをすぐには飲まずに春人は少し真剣に話を始める。

「ここはお前しかいないのか?」

「ここには私しかいませんですが、北の方向に数分進めば森を抜けられるです。その先にはルーメル村があるですよ」

がむしゃらに草木を掻き分けてきたけど進んできた時間は無駄じゃなかったと安堵する。傷だらけになった春人の手足を見てフィリアはトテトテ歩き春人の座るソファ兼ベットの隣に座る。

「急にどうしたよ…ん?なにするんだ?」

フィリアは春人の身体に触れると目を閉じ触れる手に力を宿す。宿した力は燃えるように青い光をまとい春人の体を包み込んでいく。

「傷だらけは可哀想です。何かの縁ですし治してあげるですよ」

「これは魔法か?…初めてだけどなんかくすぐったいな」

「我慢するですよ。…はい、終わったです」

治療を終えた春人は自分の傷跡が綺麗さっぱり消えていることに感動を覚えた。

「お前魔法つかえるとかすげーな!他になんかできんのか?」

フンスフンスと興味津々に尋ねる春人にフィリアはそっぽを向いて機嫌を損ねたように嫌々と話す。

「…私が使えるのは援護系統のそれに治癒魔法と限定したものしか使えないです。だから誰も仲間になってくれませんです。様々な攻撃魔法を使える方が重宝され攻撃は最大の防御というように脳筋な方を仲間にするチームは馬鹿でまた、脳筋なのですよ。治癒魔法もかなりレアなんですよ?私が弱いからみんないらないって言うです」

「状況がわからないが仲間になるとかチームとか攻撃魔法とかなんなん?対人同士の戦いとかあんの?」

それもしらないのと言わんばかりの表情でフィリアは驚きを隠せないでいると不思議そうに見つめてくる春人を見て咳払いをひとつ。この世界のことを話し始めた。

「えーとですね、簡単に説明するとこの国のそこら中には人間や獣族、様々な人に近い形態をしたものを襲う『ガロン』と呼ばれる魔物が住み着いてるです。ガロンを討伐する依頼をこなす事でお金を稼ぐのが一般的なのですが、私は先程もいった通り攻撃魔法が使えませんです。因みに春人くんが言った対人同士の戦いもあるですよ。五体五のチーム戦、一対一のソロ戦とルーメル村から5時間くらいで行ける場所にコロシアムがあるです」

「…よくわからんが生活するならガロンを倒せっーことはよーくわかった。で、倒せないお前は自給自足でこんな村から遠い場所で暮らしてるのか」

フィリアはコクリと頷きを返す。そんなフィリアを見て何を思ったのか春人は徐にフィリアの小さな弱々しい手を握る。いきなりのことにたじろぐフィリアだが何か伝えようとしている春人に気づき、黙って目を見つめた。外からの風が窓を吹き抜け二人に心地よい風が当たると春人は口を開いた

「俺はやることがあるけど無一文だ。もし良かったらここで雇ってくれねーか?金はいらねーし、寝床と飯さえ食べさせてくれれば大丈夫だ。ガロン討伐?とやらも手伝うぞ!」

簡単にわかりやすく。また大胆に告白染みたことを言ってのける春人。フィリアは硬直したのち、ハッと我に返り春人の言葉の意味を理解し少しの間を置いてから俯き言葉を発する。

「…春人くんの強さがわからないです。ガロンを倒す程の力があるとも見えないです。…もし、ガロンを倒す力量があるのなら雇うですよ」

言いづらそうに、偉そうに嫌われてしまうかもしれない。しかし、貧乏なフィリアには一人増えるのも手一杯なのだ。お金を稼ぐのが困難なフィリアは自分のことですら生活するのが難しいのである。目線を合わせないように他所を見ながら言ったフィリアは沈黙に耐えられず、春人の方に目線を戻すと春人は握っていたフィリアの手をさらに強い力で握った。

「ガロンを倒せばいーんだな?よっしゃ、飯と寝床用意してくれよな!生きるためにちょっくらあがいてくるわ」

「えっ!?春人くんは戦闘けいけんあるですか!?」

「ん?ねーよ?どこにいんのかもわからねーし」

「そんなんじゃ…死ぬですよ?怖くないんですか」

握っていた手を離し、フィリアの言葉を聞いた春人は臆することなく口元を緩めハニカムと一言。

「死ぬのか?こえーけどさ、なんなんだろ、一回死んだことあるみたいだからよ俺」

丸メガネに殺された春人は確かに一度死んでいる。生き返ったわけではなくこの世界で何かをしなければいけないのではないかと考え至った結論だ。何かとはよくわからないのだがあの丸メガネは再び現れるだろうと。その時までなんとしてでもこの世界のことを知るのが重要だと。

「なんだか春人くんなら倒せちゃう気がして来ましたですよ。わかりましたです、ガロンの生息地に案内しますです。その前に」

そう言って床下のスペースから細長い巾着袋のようなものに入れられたものを取り出し春人に渡した。結び目を解くと中からは鞘に収まった日本刀らしきものが入れられていた。

「なんだよこれ、使えってことか?」

「はいです。丸腰で、敵う相手ではありませんですからね。父の形見です。差し上げますですよ」

鞘から引き抜くと濡れたように鋭く研ぎ澄まされた刀身が露わになる。詳しくない春人にもこの刀の凄味が1発でわかることができた。

「こんないーもん貰っていーのか?親父の形見なんだろ?」

「使わないよりは使われた方が父も喜ぶですよ」

刀はずっしりと重い。使い込まれてきた感じを受け春人は自身の腰に強く結んだ。制服に刀というあまりに不恰好なモノだがそんなことはどうだっていいのだ。

「昔の父に少し似てるかもですよ。ほんの少し」

春人を捉えるフィリアの目はどこか遠くを見据えているようで何気なく寂しさを感じられる。父の形見を受け継いだ春人をどう思ってるかなんて到底わかるはずもないわけで。準備を整えた二人は魔物が住み着いてるという場所にゆっくりと歩き始めた。


3、

「……ガロンってさ、あれのこと?」

「はいです」

茂みに隠れながら相手の様子を伺いつつ、初めて伺うガロンの見た目に冷や汗がダラダラと流れ落ちるのは真っ青な顔をした春人。二人が目の当たりにしているのは形態は犬をベースとした、いわゆるゲームなんかでみたことのある『ケルベロス』というのに近い生物である。顔が二つある奴や、三つある奴。鋭い牙が幾つも無象に生えており噛まれたら最後、食いちぎられるだろう。皮膚が剥がれ落ちていたり顔に無数の傷があるのは歴戦の勲章だろうか。

「…俺さ、もっと普通のもの想像してたんだけど…あれさ、運が悪いと死ぬよね?」

「運が悪くなくても集団で襲われたら即死ですね」

分かりきってたことを伝えられ肩を落とす春人。ガロンは周囲に何かを感知したのか辺りの匂いを嗅ぎ始めると二人の方に近づいて来るのがわかった。

「こっちきてるですよ…どうするですか」

「どうもなにも死ぬくらいなら足掻いてみるしかねーだろ」

春人の目つきが変わり、先程まではビビって辺りを挙動不審にキョロキョロしていた春人だが、今は覚悟を決めたようにまっすぐに敵だけを捉えている。フィリアを背に隠れていた茂みから這い出るはガロンと遭遇すると、腰に結んだ鞘から刀身をゆっくりと引き抜いた。

「…さーて。紛らわしい無数の顔を均等にわけてやるよ」

春人を捉えたガロン達は不気味な唸りを上げると一斉に飛び出し春人目掛けて走り寄ってくる。スピードが異常に速く春人も寸前でかわすのがやっとの事でなんとも戦いづらい相手のようだ。

「数は思ったより少ないな。三匹…いや四匹か?速くて見えないな」

と、考えてるうちに隙を見た一匹が春人に噛みつこうと首元目掛けて飛び出す。しかし、それを読んでいたかのように春人は柄の部分でガロンの頭を力一杯地面に叩き落とす。それに続いて二匹、春人目掛けてはさみ打ちのように連携を交えて襲い掛かる。だが、春人は冷静に数歩後ろに下がると横一線の薙ぎ払いを行うとガロンは胴体から真っ二つに切り裂き周囲に血が飛び散った。仲間を殺された最後の一匹は頭を殴られたのかフラフラと立つことが精一杯のようで、低い唸りを上げている。それを春人は刀を振り下ろし二対ある顔を半分に均等に分けた。

「おーい、フィリアー終わったけど」

刀に付いていた血を振り払い綺麗にし、鞘にしまいながらフィリアを呼ぶと茂みからガサガサと驚いた表情で辺りを見回す。

「春人くん…どうしてそんなに戦い慣れしてるですか?動きが素人臭くないですし…なんでしょう、強すぎです!」

「慣れてるのは拳と拳の殴り合いくらいだぜ?刀なんて初めて使ったわ。俺は強くもなんともないが飯のためならなんだってやってやる。で、俺の力はお前の家で雇ってもらえる技量はあったか?」

春人が問いかけるとフィリアは口元を緩め初めて春人に笑顔を見せた。

「わかりました。合格です春人くん。よろしくお願いしますです」

「よっし、フィリアとの共同生活獲得!しばらくはよろしく頼むな」

二人の契りが確定するともと来た道を早々に去っていく二人。しばらく歩いたのち、フィリアの家にたどり着いた。春人は家につくやいなや疑問に感じていたことをフィリアに伝えた。

「そういやさ、ガロンの生息地にけっこー近いけど、この家襲われないのか?的になりそうなんだが」

フィリアの家はガロンの生息地からあまり離れていない場所に立地しており、お腹を空かせたガロンたちが真っ先に向かうのはフィリアという獲物のいる場所だろう。それなのにフィリアはここにかれこれ何年かは住んでいるという。

「襲われませんよ?ガロンが寄り付かなくなる匂いのする液体をそこら中に撒いてるですから。液体を取り込んだ草木が周りに結界のような役割をしてくれてるです」

「防虫剤みてーだな…そんな便利なモンあるのか」

ソファに腰を下ろした春人は両腕を高くあげ、んーっと伸びをしたのちゴロンと横たわる。それを見ていたフィリアはキッチンに置いてあるおたまと鍋を持っては容赦なく叩いた。金属がもたらす独特の嫌な高い音が室内に響き渡り春人は我慢できずに姿勢を戻した。

「うっせーーーーよ!?いきなり叩くんじゃねー!?何がお前をそうさせた!」

「雇ってあげたからには楽はさせませんですよ!まずはここから近くにある湖から水を汲んできてほしいです。えーと、量は50リットルはあれば十分です」

いきなりの重労働に嫌な顔をみせる春人だがフィリアにキッと睨まれ前髪が長いせいか某ホラー映画の幽霊を連想させ恐怖が倍増した。春人は極度のホラー嫌いである。

「なぁ…水汲み終わったらひとつお願い聞いてくれっか?」

要求されることに警戒はしたがあながち叶えられない願いではないだろうと軽くOKをだすと春人は水を汲むためのオケをフィリアから受け取り先程落下した湖に向かう。がむしゃらに進んでいた時はかなりの時間を使いたどり着いたフィリアの家だがちゃんとした道のりを使うとそうかからないらしい。教えられた正規の道を進んでみるとものの数分でたどり着くことができた。透き通った水底が綺麗に見える湖。あたりの木々を水面が反射して鏡の役割をしている。水面に映るそれらはなんとも美しい。春人は水を汲む前に両手で水をすくい顔を二、三度洗った。満足すると春人は受け取った桶を使い、水を汲んだがあることに気づき頭を抱えた。

「50リットルってこの桶5回ぶんくらいじゃねーか?往復10回しなきゃなんねーのかよ…」

桶は満タンに入れても10リットルにも満たない大きさなのだが50リットル入る桶があったとしても春人の力ではまず持ち上がらないだろう。仕方なく春人は元来た道を水をこぼさないようにゆっくりと戻る。道とはいえ草木の生えた青々しい道だ。足場は良いとは言えない、荷物を抱えてるから尚更だ。数十分かけてフィリアの元に戻ると大きなタンクのような水を貯水するものの中に水を入れろと言われた春人は持ってきた水をジャボジャボタンクに流し込む。中を覗くと確かにあまり入っていないようでこの作業を前までひとりでやってきたフィリアに関心を覚えた。火のついた春人は力を出し切りなんとか2時間以内には50リットルを達成することに成功した。

「はぁーーっ、疲れた!?ダルすぎんだろ、水道ガス電気もろもろ使えねーのか!?」

大の字になって地面に寝転がる春人はひとりで叫んでいると、洗濯カゴを持ったフィリアが上から覗き込む。

「何寝てるですか春人くん。次はこれを干してくださいですよ。」

そういって次は洗濯カゴに入った服を干せと命令される。完全に、主婦の領域だ。

「お前は何をするんだ?」

作業をしている姿を見ていない春人はそんなことを口に出していた。するとフィリアはくるりと周り「ひみつです」と家の中に戻っていった。取り残された春人は仕方なく地面に置かれた服の入った洗濯カゴを持って干す場所であろう庭に向かった。

「…つーか自分のしか洗濯物ねーのに俺に干させるとかなんかよくわからんがご褒美か!?」

またしても誰もいないのに叫ぶ春人は手にフィリアの下着を持って顔を赤く染めていた。当人は恥ずかしくないのかと疑う春人だが内心ガッツポーズを決め鼻歌まじりに洗濯物を干していく。数分後、それも終わり近くの木に腰をおろすと、なにやらいい匂いが春人の鼻をくすぐった。

「…腹減ったな。もしかしてあいつ飯を作ってんのか?」

時刻もいい感じに過ぎていて、辺りも日が落ち暗闇へと変わりだす頃、室内にいるであろうフィリアの家から美味しそうな匂いが漏れ出している。普段何もしない春人だが少しばかり親の気持ちを理解したようで。

「…今頃、両親は心配してんのかね」

そんなことを考えて空を見上げていた。日本とおなじでこの国には月もちゃんとあるようで少しばかりホッとしている春人に室内からフィリアが出てくると

「春人くん、お疲れ様。今日はその辺で大丈夫ですから、入ってきていーですよ」

呼ばれた春人は立ち上がるとふと思った。

「俺、水汲みと洗濯物干しただけなんだけど」

案外遠慮してるかもしれないフィリアに申し訳ない気持ちを抱いたのだった。


4、

「はい、ちゃんと手を洗ってからですよ?」

室内に戻った春人が見たのはテーブルに並べられた数々の料理。豪華な食事とはこのことだろうか、普段は共働きの両親のためコンビニ飯が普通だった春人は並べられた食事に涙腺を崩壊させられた。

「はっ春人くん?なっなんで泣いてるですか!?嫌いな物があったですか!?それとも怪我をしたとか!?春人くん春人くん!?」

オロオロと慌てふためくフィリアを見て春人は涙を拭い、かっこ悪い表情でなんでもねーよと返すとフィリアはよくわからずに複雑な表情をしていた。二人で隣あって座るとフィリアは作った料理を取り皿に入れて春人に渡した。

「はいです。残したら殺しますですからね?」

「こえーよ…罪が重すぎるわ。大丈夫だ俺はよく食べる」

皿を受け取ると春人はまず日本でおなじみの魚の煮付けのようなものを食べた。

「うまっ!?魚の煮付けじゃんこれ」

「はい?そうですけど?」

煮付けなんかい!とツッコミかけた春人だがあまりの美味しさに箸が止まらず夢中になって食べ続けた。新鮮な野菜を使ったサラダに何の肉かはわからないが濃い味付けをされた肉野菜炒め、その他色々な料理を春人はガッツいて食らいまくる。

「はー、美味かったよ。ありがとうな?ごちそーさまでした」

ものすごい量があったにもかかわらずフィリアもいたもののほとんどひとりで平らげてしまった。そんな春人をみてフィリアは上機嫌で口を開く。

「良かったです、作った甲斐がありましたですよ。ところで春人くんごちそーさまとはなんですか?」

こちらの国では習慣がないようでごちそーさまなどの言葉を知らないようだ。

「ごちそーさまはな、作ってくれた相手に感謝を表すような言葉だな。食べ始める前はいただきますで食べ終わったあとはごちそーさまだ。だからごちそーさま」

「そうなんですか、良い言葉ですね。ごちそーさまでした」

上機嫌のままフィリアはカチャカチャと食器を片付け始めたので春人も一緒にそれを手伝った。出会ってまだ1日も経っていないのだが二人はまるで前からの知り合いのような関係を醸し出すほどに仲良くなっている。片付けを終えた二人はフィリアの入れた紅茶もどきを飲みながら話し合いを始める。辺りは真っ暗で一面の闇。いきなりガロンが襲ってきても気付くことはできないほど何も見えない。そんな闇の中に二人の話す声だけが響いていた。

「明日はガロン討伐のお仕事を初めて取りに行きたいと思いますですよ」

「あんまり期待はするなよ?いきなり強すぎる相手とか俺は即逃げるかもだからな?さっきのイヌみてーなやつなら大歓迎だが」

「大丈夫です。私は鬼じゃないのでそんな春人くんを危険な目に合わせたりはしないですから」

「ならいいんだが…」

未知の生物に内心怖がっていると確信できるかわからないがフィリアにそう言われてとりあえず安堵の息を吐く春人。話は変わり、この世界で使われる『魔法』についての話題になった。

「思ったんだけどよ、俺も魔法使えたりって…?」

「できるですよ」

至極当然のように頷くフィリアに対して、魔法を使えることに感動した春人は興奮状態となりそのまま前のめりにフィリアを押し倒す。

「なっなんですですです!?」

「使い方をおしえてください!!」

突然押し倒されたフィリアは混乱気味で春人の言葉をまともに聞き取れず疑問符ばかり浮かべている。春人はハッと我に返ってはフィリアの上から遠のき表情を曇らせた。

「すまん、で、使い方を教えてくれ」

「いきなり押し倒したあげく、期待させといてなんなんですかその言葉。…春人くんの思う魔法の出し方をやってみてはどうですか」

そういうことならと春人は手のひらを前に突き出し呪文のような言葉を唱えた

「メテオ!バーン!」


……

………?


春人がめげずに何度も挑むがうんともすんとも魔法が使えた形跡はない。代わりにソファの上で笑い転げているフィリアがいるだけだ。フィリアは止まることなくゴロゴロと春人を見ては爆笑している。

「めっめてお…ばーん?あははははははっはっはっ、はー、ヒーヒー…メテオ…ばーん…ぶっ」

「おいフィリア。覚悟は出来てるな?」

邪鬼の如く怒りを表情いっぱいにだす春人は寝転がるフィリアに近づき頭をぐりぐりと拳を振るう。なんともいえない痛みにもがくフィリアは謝罪をしたのち許された。仕切り直し、春人は真剣にフィリアに魔法の使い方を教えてもらうため必死に頼むとあっさりと了承した。

「また馬鹿にするようなことはなしだぞ?こんどは真剣に教えてくれ」

「わかってますです。使い方…いや、出し方といった方がいいですね。まず、力をためるのが重要です。魔力を体の中に溜め込むイメージで蓄積をします。外から魔力は見えませんですが体の中には着々と魔力が貯められています」

自ら実践してくれているフィリアを真面目に凝視する春人は自身も同じように続けてフィリアの真似をしていた。

「ためすぎると破裂するといったことはないので大丈夫です。貯めた魔力は多いほど使える回数が増えるです。今の時間で貯めた魔力で私は二回は魔法を使えるですよ」

「ほー、すぐに使うことは出来ねーのか。使うならチャージして放つということか」

「そうですね。使い方はためる、放つ。これだけですから誰でも使えますね」

「なんだか体内がモワモワした感じがしてきた…今なら使える気がする!魔法の名前とかわかんねーんだが?」

春人の疑問に再び思い出し笑いをしながら馬鹿にしたようにフィリアは言葉を放つ。

「メテオ…バーン」

「…フィリア。まぁいい…テキトーだこんなもん!」

春人は叫びながら天井に腕を伸ばす。するとフィリアは何かを察したのか慌てて春人に声を掛けようとするが

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!こいやぁぁぁぁ!!」

「春人くん!?だっだめです!!」

しかしフィリアの忠告は遅く春人の手のひらからは電撃が天井目掛けて渦を巻き空高く上昇していく。つまり、屋根が吹っ飛んだわけだ。魔法が使えた喜びと屋根を壊した罪悪感で不安定な表情となっていた春人はフィリアに目を合わせるとフィリアはだまって睨みつけていた。蛇に睨まれた蛙とはこのことか、その場に座り込みビビる元不良の春人。

「春人くん…どうして家の中で使ったりするですか?私も笑ったのは謝りますです。ですが、これはあんまりじゃないですか?」

「…すっすまん。こんなんが使えるとは思わなかったんだよ…な?フィリア?おいフィリア…顔がめっちゃこわいぞ!?」

ノラリノラリとゆっくり近づいてくるフィリアに恐怖を抱く春人は後ずさりするも下がっていくと壁に当たった。無表情のままフィリアは春人に接近し、腰を抜かした春人を見おろす。

「春人くん。わかってますですよね?」

「はっはい…急いでなおしますフィリア様…」

「わかればよしです」


フィリアは見かけによらず怒るとクソ怖いことを知った春人は二度とこんな真似はよそうと決めた。壊れた隙間から覗く満天の星空が綺麗に照らす中、一晩中屋根の修復作業をしていたことは言うまでもないだろう。


5、

「…初仕事で万事休す…って早すぎんだろ畜生…」

春人は魔物のガロンに囲まれていた。見た目は昨夜見た犬系ではなく大きさも倍以上ある鳥や熊のような形のガロンだ。前方も後方もましてや上も包囲された春人は死にかけていた。

「たく…フィリアにカッコつけてこんなことすんじゃなかったなー。生きてたら奇跡だぞこれ」


こんな状況に陥ってしまった理由は数時間前の事だ。


「春人くん、初仕事ですよ。依頼はガロン10体の討伐です。がんばりましょう」

フンスフンスと鼻を鳴らしやる気に満ち溢れたフィリアだが春人は自業自得だが屋根修理で疲れきっていた。

「…つかれてんのにガロン討伐かよ…まぁ、俺が悪いからなんも言えん」

ぐったりする春人に父の形見である刀を渡し、やる気満々のフィリアは先に準備を済ませ玄関から外に出る。続いて春人も重い腰を持ち上げそれに続く。不意にクセでポケットのタバコケースからタバコを取ろうとしたが既にないわけで名残惜しそうにまたそっと戻した。


見慣れない道をフィリアを先頭に続く春人はチャカチャカと慣れない腰に巻きつけた刀を揺らしながら歩いていた。昨夜初めてガロンに遭遇した場所のさらに奥地へと進んでいくと凶々しい何かを感じたのか春人は身構えるもフィリアは余裕の表情だ。なんせ鼻歌交じりに軽快な足取りでステップさえ踏んでいる。そんな緊張感ナッシングなフィリアを馬鹿を見るような目で見つめる春人。可笑しな状況が春人の緊張感を削ぎとっていくようで溜息を吐き出すと柄に添えていた手をすっと降ろした。

「フィリアさーん、もー少し緊張ってもんを知ってほしいんだが?ここって禁止区域だよね?ワンチャンパラダイスだよね?」

「禁止区域ですよ?緊張はしてるですが大丈夫ですよ!私には魔除けの香水がついてるですから」

そう言ってフィリアは自身の服をパタパタと仰いで見せる。近くに詰め寄る春人はフィリアの周りをクンクンと嗅いでみるがよくわからないようで眉間にシワを寄せた

「…無臭なんだが。そういうもんなのか、つーかよ、そんな便利なもんあるんなら俺にもつけろや!!」

「無臭ですよ?これで春人くんが匂いを感じたら春人くんはガロンとなりますです。人には効果ないですから」

春人の要求を軽く無視したフィリアは再び前を進んでいく。後ろ姿を眺め春人は思うことがあったようでボソボソと呟いていた。

「魔除けって…討伐依頼なのに逃しちゃダメだろ」



しばらく進んで近くに切り落とされたような太い木の上に座り休憩を取る二人。辺りは見慣れない風景で、如何にも何か出てきそうな雰囲気を漂わせている。時折聞こえる遠吠えのようなものを聞こえないフリをしている春人はフィリアが持参した飲み物をグイッと一気に煽った。

「そんな飲むと尿意にやられますですよ?」

「あぁ…そうだな。悪い」

素直に謝る春人を不思議に思ったのかジッとフィリアは見つめて心配そうにしているとそれに気づいた春人は愛想笑いの笑みをフィリアに向けた。数分してから立ち上がるとフィリアは右を指差し何やら説明を始める。

「春人くん、右に進むと魔除けの香水が効かない強いガロンがいる道で、倒した報酬が豪華なのと、左の弱いガロンがいる道は、倒した報酬が一般的。どっちにするです?」

コースの選択肢を迫ると春人は無表情で淡々と選択を口に出した。

「右、左は遠吠え聞こえるし犬だろ?俺アレルギーだから右、絶対右」

「なんですかその決め方!?!?冗談ですよ右なんか春人くんでも倒せるかどうか…」

軽口を叩いたことを反省するフィリアだが春人の意思は固いようでいくら説得しても次第には右!としか言わなくなってしまった。相当な犬嫌いの春人にとっては命がかかっていたとしても犬は避けるべき種なのだろう。そうと決まればとチャカチャカと右に進みだした春人に先程までとはうってかわって泣き出しそうなほど嫌な表情をしたフィリアが春人の背中にくっついて歩き始めた。日中なのにもかかわらず、陽の光を微量しか感じられないほど木で覆われ道も人に通られた形跡がないのをみるに誰も寄り付いていないのだろう。代わりに獣の足跡のようなものがところどころに存在している。大きさは小から大と様々で春人は嫌な予感を感じていた。

「結局忌まわしき犬はいるみたいだな…」

「…それはいいですよ、それよりそこの足跡なんか3倍以上ありますですよ」

足跡に指をさして真っ青な顔でフルえるフィリアは今にも失神してしまいそうだが御構い無しに春人はズンズンと奥に進んでいく。聞いたことのないような奇声が響いてくる森の中何かを見つけた春人は足を止め、続きにフィリアも止まる。

「なんかあちこちから見られてるような着がするんだが…気のせいだよな?あの光ってるものとか異世界名物光るキノコとかだよな?」

引きっつた顔で暗闇に光る無数の物体を指差しフィリアに解説を求めるもフィリアは首を振る

「…残念ですが光るキノコなどありませんです」

「…それは残念」

春人の指差していた光る無数の物体はゆらゆらと揺れて二人を誘う、もしくは挑発しているようだ。二人は互いに背を向けあうと戦闘体勢に移行するとそれをみた無数に光る物体は姿を現す。生い茂る草木を噛みちぎり鋭い尾で木々を無造作に切り倒す。鋭い目つきのガロンが二人の周りを囲むように現れた。昨夜のケルベロスもいれば違う種もいるようで、そいつは熊のような系統でいて不自然な鋭い尾を持つ不気味な生物。切り倒された木々を見るに、攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。空には鳥系統のガロン。鋭い嘴と爪を持ち合わせた厄介な敵。ガクガクとフルえるフィリアの腕を掴み予想にもしなかった事を春人は行う。

「俺の責任だかんな…とりあえず集合場所は分かれ道の所だ!」

そう言ってフィリアを空高くぶん投げガロンに囲まれた場所から数メートル先に落下した。

「おら!走れ!」

春人が叫ぶとフィリアは何も言わずに一目散に元来た道を走り去っていく。ガロンは誰一人追うことをせずに春人だけを視界に捉えていた。


「私一人だけ逃げれないよーとかないのかー。案外どうでもいーのかね俺なんて」

考える間もなく走り去っていったフィリアに内心傷付いている春人はモヤモヤとした感情の行き先を鬱憤ばらしとして抜いた刀の切っ先をガロン達に向ける。

「お前達のせいであいつの気持ちを知っちまったじゃねーか!昨日のワンコよりつえーんだろーなクマ吉と鳥肉!倒したら唐揚げと熊鍋にしてやるよ!?」

前方にいるケルベロスを薙ぎ払い二匹は顔から上が真っ二つに飛び散る。クマ吉の尻尾を瞬時に受け止め切り上げると尻尾の切断に成功した。

「これでてめーは立派な熊だな」

余裕をこいていると上空にいたガロンが背中に突進を決めた。鋭い嘴が背中に突き刺さり前のめりに春人は倒れる。

「嘘だろ……1発でほぼ瀕死に近いじゃねーか…無理ゲー過ぎんだろ…くそいてーし…」


刺された背中から血液がダラダラと漏れ出し、春人の意識は朦朧と闇に消え入りそうになる。逃げようにも力が入らない、無理に力を入れようにも激痛が走り春人を苦しめる。

「…あいつだけでも逃がせたら成功だよな…」

囲むガロンは徐々に仰向けに倒れる春人にトドメをさそうと詰め寄るが刹那。突風が巻き起こり春人の前に見知らぬ人影が現れた。その人物は林檎のような赤々とした長髪が特徴的な美少女。レイピアのような細い剣を片手に持ちしっかりと敵を捉えていた。


「大丈夫?…なわけないよね。待っててすぐに終わらせるから」

消え入りそうな意識を抑え、目の前の光景を目に焼き付けようと必死になる春人。彼女は向かってくるガロンを見事に捌いていく。まるで背後にも真上にも目が付いているかのように死角を感じさせない見事な動き。一つ一つの動作は正確でいてなにより無駄を感じさせない。次々と振りはらわれる風のような静かでいて力強い一振りは着々とガロンを切り刻んでは絶命させて行く。最後に残ったのは春人が尾を切ったガロンで危機を察知したのか怯えるように奥地へと去っていった。剣に付着した血を払い落とし、腰の鞘に納めると瀕死の春人に駆け寄り応急手当を施す。

「防具すらつけないなんて…それにこんな危険区域で一人でいるなんて。たすかったのは奇跡ね」

手を傷口に当て、優しい黄色の光が春人の傷を治していく。ぽっかり空いていた穴はなかったように完全に塞がっていった。負傷した別の場所も治していく赤髪の少女は治療を終えると春人の隣に腰掛けた。

「…なんか情けねーな。マジ助かったよ、ありがとな治療までしてもらって」

素直に礼を告げる春人をみて赤髪の少女は口元を少し緩めるとニッコリと優しく微笑んだ

「まぁ見過ごすことは出来ないからね。あなたが…いや、人が死んでしまうのは悲しいし。助けられて良かったよ」

「お前いいやつだな。…えーと…名前教えてくれよ」

「私のかい?名乗るほどじゃないんだけどね。一応教えよう、私はセントニア・ラルフェル。よろしくね」

「おー、俺は伊月春人。よろしくラル」

春人が教えられた名前を省略して呼ぶとラルフェルトは少し硬直してから頬を少し赤らめた。

「…ラルか。そんな呼び方をされたのは初めてだな。ならば私も呼ばせてもらうよハル。」

「おう、よろしくな」

放り投げたフィリアのことをこのタイミングで思い出し治療してもらったのだが何故、血が多量に流れ出てしまったため、貧血でふらふらと足元が覚束ない春人をガッシリとラルフェルは掴むと春人の顔を覗いた

「すぐに立ってはだめ。傷は塞いだけどダメージは残っているからね。それに貧血を起こしている。そうだ、私の血を飲むか?」

「いらんわ!大丈夫だから…フィリアをまたしてるからよ」


春人の言葉を聞いたラルフェルは思い出したかのように口を開いた。

「フィリア?あー、分かれ道にいた女の子か?あの子前髪で隠れて顔は見えなかったけど、泣いていたような気がするよ」

「いやいや、それはないだろ。俺との別れを惜しむことなくすぐに行っちゃうやつだしな」

ラルフェルは呆れたように自身の肩まで切り揃えた髪をヒラリと撫で、腕を組む。人差し指をクルクルと回し、髪の毛を弄りながら自分に似合わない言葉なのか発言するのをためらう素振りを見せるが一言発した。

「君は女の子のことをまるでわかってないな」

返す言葉を考えている春人を置いて、続けてラルフェルは口を開いた。

「まぁいいよ。早く迎えに行きな」

呆れまじりにラルフェルは手を仰ぎ早く行けと急かすと春人はもう一度礼を言った後、元来た道を走り去っていく。残されたラルフェルは腕組みを解き近くの岩に腰掛けると見えないソラを見上げた。

「春人…か。不思議な人もいるもんだね。興味が湧いたよ」

と、独り言を呟いていると辺りから何かの呻き声が聞こえ出した。正体を現したのは先程逃げた尾を切られたガロンとその仲間のようでラルフェルは再び囲まれてしまう状況に陥ってしまった。腰掛けていた岩から体を起こすと腰の鞘に手をかけ、柄を握り刀身を露わにさせた。

「しつこいね、君たち。まぁいいよ。今私はすごい気分がいいの。だから遊んであげるね」

春人が走り去る背後から再び激しい攻防の音が聞こえ出し、何が起こったのか悟った春人は一旦止まり掛かったがすぐさま走り出しフィリアの元に向かう。

「ラルフェル…ありがとよ」


6、


走り去る春人の後方から音が聞こえなくなったのはすぐのことだった。数分走ると意外にも早く目的の分かれ道につくことができた春人はキョロキョロと辺りを見渡すと木陰に腰掛けて座るフィリアの姿を見つけた。

「おー、フィリア。無事で何よりだな」

流暢にそんな言葉がでた春人。何もなかったかのような振る舞いは心配をかけたくないがための芝居なんだろう。春人の声を聞いたフィリアは伏せていた顔を瞬時に声のする方に向けると、長い髪の毛で見えにくいが確かにラルフェルの言っていたようにすこし赤く腫れていた。それを見た春人は励ましのつもりなのかデリカシーなくそこに触れる。

「んー?フィリア、もしかして泣いてたー?」

咄嗟に右手で顔を隠すと反対の左手で春人の腹にポカリと弱々しいパンチをくりだす。

「生きてて良かったです…春人くん」

「ばーか、死ぬわけねーだろ?まぁ死にそうにはなったがな」

ガロンに刺された背中をさすりながら春人はごまかしの笑みを向けるとフィリアは安心したようで両手を下ろした。

「つーかよ、確かに逃げろとは言ったけどよ、あっけなく早く逃げすぎなんじゃねーか??すこしは葛藤してほしかったんだが」

そういうとフィリアは立ち上がり春人の目をしっかりと捉えて優しく微笑んだ。

「だって男の意地ってやつですよね。格好よかったですよ」

時折の風で靡く前髪から姿を現すフィリアの可愛い顔つきに内心ドギマギする春人は照れを隠すためにそっぽを向き一言据える。

「そういや水汲みの後結局頼みを聞いてもらってなかったな、今でもいーか?」

頼みとは、春人が家事を手伝う前にフィリアに簡単な望みを叶えて欲しいと約束したものだ。その時は水汲みの後という話だったが結局のところ、春人は望みを言い忘れていたわけで。

「はい、私にできることならやるですよ」

「よし、じゃあ何かを切るための道具とかあるか?」

「切るための?」

そういいながら持ってきていたバックをごそごそとあさり、中からハサミによく似た形状のものを手渡した

「じゃあ目を瞑れ。合図するまで目を開けんなよ?」

何をされるのか期待と不安が入り混じりながら、もともと視界の悪い目を閉じギュッと瞑る

「よーし、じゃあ俺の望みはこれだ」

ジャキジャキと何かが切れる音がフィリアの耳に入る。不安になり合図をされる前に我慢しきれず目を開けてしまうフィリアの目の前はいつも前髪で閉ざされていたのだが今はすっきりと辺り一面がよく見えるようになっていることに気づいた。

「おい、まだ合図してないんだが」

左手で前髪を触ろうとするがいつもの位置にそれは存在しない。ないわけではないが、眉毛らへんのところまでしか伸びていない。春人はフィリアの髪の毛をバッサリと切ってしまった。地面に落ちた髪の毛を驚いた様子で見た後、顔を上げ春人を見上げた。

「なっなっな、なにするですか!?」

「じゃかーしー!願い聞いてくれんだろ?その長い前髪を切りたくて切りたくてウズウズしてたんだよ!」

横暴に春人が言い切るとワナワナと泣きそうな表情をみせるフィリアを見て慌てて付け足した。

「可愛い顔が見えないとなるともったいねーだろ。すげー可愛いんだからよ、前髪くらい切らせろ、な?」

「春人くんは……」

そこでフィリアは何かを言いたげだったが、口を閉じてまた新しい言葉を紡ぐ。

「…本当に可愛いですか」

ジトっとした目つきで睨まれる春人は蛇にでも睨まれるような気分に陥っていた。しかし、冷静に再び可愛い可愛いと首を縦に振るとフィリアは顔を赤らめ服についているフードを深くかぶった。

「なら…いいです」


二人でそんな話をしていると先ほど春人が逃げてきた森の奥地から何者かがこちらに向かってくるのが見えた。春人は用心し腰の刀を掴み、相手のもしもの襲撃に備えた。フィリアは春人の行動を不思議に思ったがすぐに状況に気付くとサポートするためか、春人の背後に位置を置いた。

「ハル。私だよ。そんな物騒なもの掴まないで」

奥地から姿を現したのは先程春人を助けたラルフェルであった。ラルフェルを最後に見た時はガロンに囲まれていたのだが傷一つないようである。

「あんな囲まれてたのにつえーなおい…」

「鍛えてるからね。それより無事出会えたみたいだね…ってその子前髪短くなってないかい?」

フィリアの異変に気付いたラルフェルは澄ました顔で春人に問う。そんな質問を軽く流すように答えると、不十分な説明を受けたラルフェルだが、春人の持っているものと地面に落ちた白髪を見てなんとなく察したようだ。



場所は代わりフィリアの家に三人で向かい、出されたお茶を上品に飲むラルフェルは感動したようにつぶやいた。

「これは美味しいね!フィリアが入れたのかい?」

「そうですが」

カップをまじまじ見ながら感嘆の声をあげるラルフェルをあまり良い目で見つめていない、不服そうなフィリア。時折隣に座る春人を見てはため息をこぼすこと数分、耐えきれなくなった春人はフィリアに自然な感じで話しかける。

「そういやガロン討伐の依頼達成はできなかったけどよ、俺は3、4体は倒したぜ?何対倒したかとかは知ることはできないのか?」

ふと思ったことを口に出す春人。それは、ゲームでもよくある討伐数表示のことだろう。ゲームでは数いるモンスターを倒すと一匹につき1、カウントがあがるシステムがほどこされている。この世界もそんなものが存在するかもしれないと興味を持った春人。

「あるですよ?」

全く動じずに平然と言ってのけるフィリア。それを聞いて春人は数秒硬直したのち驚きの声をあげた。

「は!?あんのかよ!」

「ありますですよ。これです」

そう言って上着のポッケに手を入れると何やらトランプくらいのカードを取り出した。

「これはメイカと言ってガロンを倒すと倒した数が加算されて表示がかわったりしますです。他には、受けた依頼の確認、報告や荷物の出し入れも可能ですよ」

「そんな便利なモンあんだな。まじでゲームだ」

フィリアからメイカを受け取ると表示されている討伐数は3と記されていた。

「本当に記録してくれんだなー。すげえ」

「因みに私と春人くんはチームなのでメイカは共有という形になりますです」

メイカを再びフィリアに返すと、春人はラルフェルのメイカが気になり見せて欲しいと頼むと嫌な顔ひとつせずに承諾した。

「見てもおもしろくないよ?」

懐のポーチからメイカを取り出し春人に渡した。おそるおそる討伐数を確認するとそこには362と表示されていた。

「…エリート女騎士様々だな。実力に見合った討伐数で尊敬するわ」

春人が不意にそんなことを口に出すと意外にもラルフェルは頬を少し赤らめた。

「そんな尊敬だなんて…。私には勿体無いが、ありがとう嬉しいわ」

少しはにかんで笑みをこぼすラルフェル。そんな状況をみて再びフィリアは少し不機嫌になりそっぽを向いてブツブツと小言をはいていた。

暫くして、ラルフェルは立ち上がると一度頷きフィリアを見る。突然のことにたじろぐフィリアだがすぐにそれは収まる。

「うん、じゃあ私はそろそろ帰るとするよ。まだ仕事も残ってるしね。それじゃあフィリア、何かあったら呼んでね?私でよければ力を貸そう。お茶のお礼だよ」

声に出さずフィリアはコクリと頷いた。そして次は春人に視線を変えると再び口を開く

「ハル、君は強いかもしれないけれどまだまだだから。強くならないと次は死ぬよ。助けはこないものだと肝に銘じておいてね。それじゃあまた」

そう言って春人に助言をすると玄関から元来た深い森の中へと歩いて消える。消えた背中を見つめ、言われたことを頭に循環させる春人は力強く拳を握る。

「絶対強くなってみせる。あんの丸メガネ野郎を叩き潰してやる」


「ところで春人くん」

決心を決めた直後、下から顔を覗き込むフィリアはメイカを取り出し春人に見せつける。

「あと七匹討伐しないと依頼達成できませんですよ」

「あー、そうだよな。じゃー今度は弱い方にいこうな。あっちはこりごりだ。まだ俺のレベルじゃ足りないようだし」

曜日のわからない世界の昼下がり、二人は再びガロンを討伐しに向かっていった。



「フィリア!援護頼む!回復よろしく!」

「まかせるです!エナジーフォーム!」

木々が生い茂るも先程までいた強敵のいる道よりも格段に視界は良好でガロンの出現数もすくないもうひとつのルートで二人は連携を取り合い討伐に勤しんでいた。春人が攻撃を担当する前衛。フィリアが回復のみの後衛である。春人が攻撃を受けたらすぐさまフィリアが回復という突進型戦法でガロンにたちむかっていく。数は三匹と少なく、ものの数分で決着はついてしまった。

「よしっ、これで依頼は達成だな。フィリア、メイカを確認してくれ」

「はいです。…確かに達成ですね。お疲れ様でした。では、戻りましょうか」

依頼の討伐10匹を倒し終えた二人は帰路につこうとすると前方からガロンではない何かの悲鳴のような声が森に響いた。二人は顔を見合わせるとすぐさま悲鳴の聞こえた方角とは逆に走り始めた。

「もう面倒ごとはこりごりだ。巻き込まれたくないからな、わかるかフィリア?」

「はいです春人くん。私は春人くんさえ無事であればどうでもいいです。それに、面倒ごとのような気がするのではなく絶対に面倒ごとですよこれ。あの悲鳴はガロンです。間違いなくガロンです」

二人して全力でその場を逃げるが先程の悲鳴は助けてという言葉に変わり二人の耳に入ってくる。急ブレーキをかける二人は再び顔を見合わせると今度は悲鳴のする方角へと走り始めた。

「あーっもう!助けてって言われたら行くしかねーじゃねーかよ!悲鳴だけなら逃げられたのによ!」

「あれですね。見に行くとガロンに囲まれた女性が必死に助けを求めてるやつですよ」

走りながら春人は嫌そうに、フィリアは予想を考え悲鳴の場所へと向かう。そこには案の定、ガロン5匹に囲まれたお姉さんが今にも襲われそうになっていた。

「やっぱりですよ春人くん」

「しょーがねーよ…さっさと終わらせるぞ」

そういって二人は瞬く間に先程と同じく、突進型戦法でガロンを次々斬り捌いていく。面白いくらいに効率的な戦法だが、春人は回復してもらえるがダメージはくらうわけで痛みに耐え続けなければならない。一瞬で治してもらえるとしても痛いものは痛いわけだ。

全ガロンを斬り終わると襲われていたお姉さんが立ち上がり汚れたお尻の砂等を払い落とすと春人の手を両手で力強く包み込む。

「危ないところを助けてくれてありがとうございます!」

礼を述べるお姉さんは頭を深くさげるとそのまま上目遣いで春人の顔を見上げる。春人は歳上が好みのようで実際目の前のお姉さんは綺麗な青髮でツヤツヤとそして時折吹く風により靡く髪はサラサラとしている。顔は歳上とは思えないような幼さを持っているが目線を下に降ろすとふくよかな双丘が大きく育っている。身長も春人より少し低めで一般的よりも少し高めだろう。そんなドストライクなお姉さんに上目遣いをされた春人は虜になったかのようにお姉さんを見つめていた。

「…春人くん?春人くん?」

フィリアが呼びかけるも意識はあるのだが反応を示さない。フィリアの感情が大きく揺れ、それにともない穏やかな表情もまた歪んでいく。前髪を切られたフィリアの眼光は鋭いもので悪しきものを感じた春人はフィリアに視線を移すとその感情に酷く動揺する。

「あのー?もしかして私が原因みたいです?」

青髪のお姉さんは人差し指を態とらしく顎に添え、首をかしげ意味深に笑う。挑戦的に捉えたフィリアは前に出るがお姉さんは嘲笑するとフィリアの挑戦を断るように腕を2、3回横に振った。

「あはは、冗談ですよ?助けてもらいはしましたが、恋には発展しませんからね?安心してください」

弄ばれていたと理解すると急に恥ずかしくなり、ないはずの前髪で必死に目を隠そうと引っ張るが不可能だ。フィリアが蹲っているとお姉さんは春人に近づき数秒見渡した後、春人にこう告げた

「またどこかで会いそうな気がするわね。…いや、確定しているわ。助けてくれてありがとうございます。それではまたどこかで」

そう残していくと軽く頭を下げてからお姉さんは自身の足を先へと進めた。言葉の意味がどことなくあいつと似ている。丸メガネの男だ。この世界では去り際にそんな事を口にしてからお別れするマナーでもあるのかと春人は頭を抱え悩む。少しの間を置いてフィリアと春人は来た道を家を目指して歩いて行った。


「…はい。遭遇しましたよ。ちゃんと転送は成功していたみたいですね。…はい、引き続き監視を続けます、マスター」


木々に囲まれた空間でその声は風が森を抜ける音にかき消された。腰に備えた短剣に手を置くと舌で唇を一周舐める。恍惚に満ちた表情は興奮するかのように自身を高ぶらせていた。


「マスターいけずね…はやく殺したいよ、はやく」

短剣を抜き、濡れているかのような霞仕上げを施された剣には所有者の赤く火照る顔が映り、鋭さを強調しているかのようで。悶絶した気持ちの捌け口を探すもみつからず思いついたように自身の指先に鋭い刃を当てる。ツゥーと真っ赤な血が滴り、指を伝って短剣の柄に到達した。すると短剣は生きているかのように反応をみせ、真っ赤に全体が光りだした。

「この子もはやくあの子を殺したくてうずうずしてるみたいねぇ」

言い終えると2人が去った道に短剣の切っ先を向け捉えたかのように表情を笑みへと変える。いないはずの春人を捉えるように。


「あと少しねぇ…春人くん」

激しい風が吹き抜け木々がざわめき草木が踊る。そこにいた女性はすでに消え失せ周りから姿は感じられない。誰もいなかったように静かな森はしばらくザワザワと揺れていた。


7、

「春人くん!春人くん!」

フィリアの家を寝床として、数日経ったある日興奮気味で忙しなく寝ている春人を叩き起こすフィリアは目をキラキラと輝かせていた。そんな状況でも寝を極める春人は頑固として起きようとしない。それもそうだ、まだ日が昇っていないのだから。日本に時間を置き換えると5時前くらいだろうか。何故時計がないのだから体感的に捉えるしか方法はない。重い瞼を擦りフィリアに視線を向ける春人だが、数秒目視したのち、露骨にいやな顔をフィリアに向け毛布を深くかぶった。

「そんな表情の春人くんも…また、いい!最高です!さぁ、起きてください春人くん!」

「ありがとう、おやすみ」

赤く染めた顔のフィリアは起きない春人をみて決意したかのように拳を握りしめる。いるはずも無いのに周りに誰もいないのを確認してから春人の寝ているソファに座るとゆっくりと上体をたおす。コテンと枕に頭を置くと春人と並ぶ形に寝に入る。徐々に春人の背中に体を埋め毛布も引っ張り自身を一緒にくるんだ。嬉しそうに微笑み春人の背中で安心感と共にフィリアも夢の世界へと落ちた。


数分後、背中に違和感を感じた春人は寝返りをうつと小さな寝息を立てて眠る女の子の姿が目に入った。

「なんて無防備な…さっきまであんなはしゃいでたのに」

そんなことを呟きつつ、なにを思ったのか春人はフィリアの前髪を軽く撫で再び口を開いた。

「勝手に切っちまったし、悪いことしたな。ふつうにしてみれば髪の毛って大事だよな」

今頃になって罪悪感が生まれてきてしまい小さくため息を吐くと触れていた手が何かに掴まれるのを感じた。

「そうですよ。大事なのにバッサリとですよ?責任重大ですよ?わかってるです?」

小悪魔的笑みを浮かべて上目遣いで紡ぐフィリアにたじろぎ慌ててソファから飛び起きると、照れ隠しをするために顔を洗うと外に飛び出す春人。残されたフィリアは物足りなさそうに撫でられていた前髪を触っていた。

戻ってきた春人は落ち着きを取り戻したようで朝方に興奮していたことの理由を問うとフィリアは思い出したかのように声をあげた。

「あっ!そうですよ!忘れてましたです!春人くん!新しい依頼を受けてきたんですよ!」

「依頼?3日前に死にそうになったのに懲りずにまた戦うのかよ。で、どんな依頼だ?」

これですと眼前にメイカを差し出すとそこに表示されていた文字は『ハイゲルの森に現れた亡霊の謎を解け』


文字を見た春人はフィリアの背後に回り両手を握り、グリグリと顳顬を容赦なく攻めた。

「どんな依頼かと思ったら怪しすぎるもんもってくんじゃねーよ!なんだ謎の亡霊って!明らかにやばいだろボケ!」

「いっいたいですいたいです!?いいじゃないですか!男のロマンじゃないんですか!謎の亡霊…響きだけでかっこいいですよ!」

既に呆れてものもいえない春人は腕を降ろし溜息をつくと詳細について知るためにフィリアに説明を頼んだ。説明の内容は以下のようである。


ハイゲルの森に現れた亡霊の謎


最近ルーメル村近辺のハイゲルの森に異変あり。

帰路につく旅人を気絶させ荷物を奪い去っていく。

姿を見た旅人はドクロのような面をしていた、死神だ幽霊だ亡霊だと騒ぎ立てている。危険な内容だがこれを退治もしくは始末してほしい。健闘を祈る。


「お前思いっきり危険とか書いてあんじゃねーか!?読んでて持ってきたとか逆にあれか?俺を危険に貶めたいのか?」

「ちがいますですよ!春人くんは大事です!報酬が良いですし場所も近いですし何よりわくわくするじゃないですか!」

「大事ならこんな危険なもの持ってこないで…」

額に手を当て嘆く春人の声は届かずそんな春人をさしおいてフンスと鼻を鳴らし興奮するフィリア。そしてすぐに準備をしろと半ば強制的に支度を済ませられ外に出された。

「フィリア…なんでそんなにやる気なんだよ」

「当たり前ですよ!この依頼を成功すれば報酬金が3日前の3倍ですよ!?テンションもあがるですよ!」

もう何を言っても聞かないフィリアをみて、春人は決心し依頼に向き合うことを嫌々決めるとルーメル村目指し2人で家を出た。

道中のガロンは比較的弱いやつばかりで苦戦なくサクサク進んでいき、数時間で目的地のルーメル村にたどり着くことができた。


「……なぁ?」

「…はい?」

2人して顔を見合わせるとお互いの表情は一致していて疑問に満ち溢れていた。2人はルーメル村に着いたのだが何かがおかしい事にすぐさま気づいたのだ。

「想像してた場所と全然一致しないんだが、こんなん人が少ないっーかいないレベルだぞ」

「普段は賑わっているのですがこんなに誰もいないルーメル村を見たのは初めてです」


あたり周辺を見渡すも人影すら感じられない。民家の窓も全て閉まりきっており人の存在すらわからない。花壇に咲いている花々は色味を落とし、既に瀕死と化している。屋台なんかもちらほら見えるが売り物すらほっぽり出して誰の気配もない。村全体が枯れていた。

「なぁフィリア。お前とんでもない依頼受けちまったんじゃねーか?」

「そのようですね?ごめんなさいです」

フィリアも非を認め謝ると溜息をつく春人だが、受けちまったもんはしょうがないと開き直ると調査をするべく村の中を歩き始めそれに続いてフィリアも足を進めた。情報が無ければ解明は難しいと考えた春人はとりあえず適当な民家の玄関先に向かいノックを行う。

「もしもーし、すいやせんどなかたいますかー?」

しばらく待つも応答はなく只、無言の空間だけが形成されてしまうだけ。執拗にドアを叩くも無意味のようでなんの音沙汰もない。誰もいないように見えて春人は人の存在を確認していた。民家のカーテンの隙間からこちらを警戒するかのように盗み見る人々の視線を多く捉えていた。目を合わせようとすると凄まじい速さでカーテンを閉められてしまうが数秒するとまたカーテンに手をかけては盗み見るを繰り返していた。

「なんか可愛く思えてきた不思議と」

「話したくても自分からはいけない、影で見るのが精一杯って感じですかね?」

それだ、とお互い納得するも話は進まないわけで近場のベンチへと腰掛け悩みにふける。状況を整理するも何故ことの発端が皆無なため整理などできるわけもなく依頼達成不可能という現実を突きつけられる。だがわかっていることはひとつだけあった。

「難易度高い依頼だよな、これ」

「おかしいですです。村の状況を記していないのが悪いんですよ。もしくは亡霊とは関係ないことが村におこっているのか…まぁたぶん関係はおおありですよね」

2人してつきっぱなしの溜息をつくと仕方なくことに移ろうと重たい腰を持ち上げる春人は亡霊が出現するであろう森へと歩いていく。

「春人くん、どこいくですか?」

「仕事すんだよ、はやくお前も来い」

「あてもなくまだ昼間なのにいくですか!?」

フィリアの意見も一理ある、それに確かに亡霊というならば夜に出現するのが妥当かもしれないと納得し、再び回れ右でフィリアの元へ戻っていく春人。しかし、やることがないわけでこのまま数時間ここで待つことは2人にとっては無理だろう。じっとするのが苦手な春人は尚更だ。と、戻ってきた春人は今度は反対方向に歩き出し、またもやフィリアが呼びかけると今度は違う反応をする。

「暇だから店かなんか探してくるわ。こーゆー場所ってバーとか飲み屋くらいあんだろ?民家がダメならそこだ。それもだめなら寝る」

やる気があるのか曖昧な返答をされるフィリアだが春人の考えに賛同し、一緒に後ろをついていった。歩きまわるが看板のような物は下げられたり立て掛けられたりもしていないようでほぼ民家といったようだ。

「やっぱりないんですかね」

「んー、まぁ適当に薄暗い外側に立地してる場所が妥当だし、なんならかたっぱしから開けてみるわ」

そう言って春人は大胆にもノックをしないでドアを開こうとするもやはり開かないようだ。鍵が閉められており中の住人、この村の人達は皆用心しているみたいだ。村を一周するように外側に立地された民家をガチャガチャと片っ端から開けようとしているとある一軒の民家だけは鍵が掛けられていないようでギーッと古い扉特有の音を鳴らし扉は開かれた。

「やっぱり…あたりだな」

中を覗きこむとカウンターと客席が分かれておりいかにもなゲームであるような酒場といった感じだ。民家の割に店内は広く奥行きもある。数人の男女が酒を飲み、つまみと思われるものを食らいながら談笑を交わしていた。よく見ると男の割合が多いようで女性は2人しかいない。カウンターの奥ではマスター思しき人物がグラスを鳴らしながら拭いていた。開かれた扉と同時に店内の人物も2人に視線を向けている。

「おやおや。いらっしゃいませ」

先手で声を掛けてきたのは店のマスター。整ったヒゲが特徴のいかにもゲームに登場してきそうな姿をしている。表情を一切崩さないで言い終えると再び音を鳴らしながらキュッキュとグラスを拭き始めた。春人は怖気付くことなくチャカチャカと足をカウンター席へと向かわせた。

「なぁマスター」

不恰好で取り付けられた高椅子に座りマスターから情報を聞き出そうと試みる。隣の椅子が高くてもがくフィリアを差し置いて。

「はい。」

マスターは磨いていたグラスをテーブルに置くと鋭い視線を春人に突きつける。怯まず春人は駆け引きをするかのような態度で応じると話を切り出した。

「この依頼を受けたんだがこの村と関係はあるのか?」

依頼の表示されたメイカを見たマスターは一瞬目を見開くがすぐに変わらない目つきへと変化した。

「これを受けるとは。お客さんは命を大事にしていないとみえる。いえ、無謀なものですよ。」

冷淡に告げられる言葉に改めて無理難題な依頼を受けたことに後悔するも


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