梅雨は季節と人生の変わり目 2015年7月18日「新たな出会いと夜」
一話で今までの三話分書いちゃいました……。
執筆期間も三倍…………。
2015年7月18日
「…………で、あんたに見つかったわけ」
手乗りサイズだと、雨の中、外に出るだけで命の危機にさらされるらしい。排水された雨水はまるで津波のように大きく、野良ネコは自分の体の数倍もある怪物になる。
「それは……大変だったんだな」
「本当に、死んじゃうんじゃないかって思ったんだから。その上、せっかく人気のない所に逃げ込んだのに……」
スズナにジト目で睨まれる。
「えーと、俺に見つかるのはそんなにまずいことなの?」
「あんたに、というか、あいつ以外の人間に認識されたのが問題ね。まぁ、多少は修正がきくでしょうけど」
「修正?」
「あんたが黙っててくれれば、ね」
つまり、スズナのいう「あいつ」以外の、俺を含む第三者に発見されたのが問題らしいが、発見者が俺一人ならばまだ大丈夫、ということらしい。
「もちろん。約束しただろ? 君を必ず送り届けるよ」
そう言うと、スズナは少し間をおいた。
「別に……送り届けるまでしてくれなくても…………いや、ここは素直に好意に甘えておこうかしら?」
言葉の間が多いのは、考えながら話しているからだろうか。
まだ外は風雨が激しい。なおかつ、人目に触れてはいけないというスズナを送り届けるのは翌朝、できれば早朝の、街が静寂を保っている頃がいいだろう。
「この際課題はいいとして、どうするにせよ、もう少し雨が収まってくれないと帰れないな……」
「…………クシュンッ!」
「やっぱり、寒いか?」
聞くと、スズナは無言でうなずいた。
初夏とはいえ、やはり夜に全身びしょ濡れだと風邪をひいてしまうかもしれない。
「それ、脱いだ方がいいんじゃないか? 着替えはハンドタオルぐらいしかないけど」
「それもそうね…………む~」
ふたたびジト目で睨まれる。
「どうかしたのか?」
「……見ないでよ」
見ねぇよ! といっていいものか迷い、無言で後ろを向くことにした。一応、興味が無いと言えばうそにはなるのだが、興味があるのはネコ耳を持ち、手乗りサイズであるスズナそのものであってそれ以外の何物でも無い。断じて。
「ん~っ!」
濡れた服を脱ぐのになかなか難儀しているようだが、手助けしたい衝動をなんとか抑える。約束を破るわけにはいかない。
「ふぅ。もういいわよ」
振り返ると、俺が渡したハンドタオルを羽織ったスズナがいた。
「さて、あとはスズナを元いた家まで送り届ければいいんだな」
「ええ、そうね。助かるわ。ありがとう」
残る問題はこの雨の中スズナを連れてどう帰宅するか、だ。人目につくのはまずいらしいので、やはりカバンの中が妥当だろうか。家についたらお風呂に入れてあげたいとも思う。風呂桶に浅く湯を張ろうか。
などと考えていたためか、教室に近づく足音に気が付かなかった。
不意に教室の前のとびらが開いた。そしてそこから現れたのは……。
「にゃー!」
ネコ耳をつけて猫のしぐさを真似するユノだった。よくみると尻尾も揺れている。
…………まずい、スズナのことを誰かに知られるわけにはいかないが、あまりに突然すぎた。
手遅れかもしれないが、ユノがまだスズナを見ていないと一縷の望みをかけて、少々不自然なことも構わずにスズナを隠すために先ほどまでスズナがいた方へ手を伸ばす。
が、そこにあるはずのスズナの感触はなかった。
「……何してるにゃん?」
「あ、いや……なんでも」
俺の行動を不自然に思った|(思わない方がおかしい)ユノが怪訝そうにこちらをうかがっている。とりあえずスズナはまだ見つかっていないようだ。
「どうかにゃ? かわいいかにゃ?」
リアクションを待っていたようだが、俺が感想を言わないので、聞いてきた。
「うん、まぁ……かわいいよ」
そう言うと、ユノが再び怪訝そうな表情になった。
「今の間はなによー」
どうやら即答しなかったことがお気に召さなかったようだが、こちらはスズナのことで気が気でない。
「かわいいよ。うん。かわいいんだけど……なんでネコ耳?」
とりあえず、ネコ耳に驚いて即答できなかったんだ的なニュアンスを含めてみたが、正解だったようだ。
ユノがよくぞ聞いてくれました! みたいな表情になり、独特な腰の動きにつられてシッポも揺れる。かわいい。
「劇の衣装を借りてきたのにゃ!」
ネコ耳使うって、どんなストーリーだよと内心突っ込みつつ、ユノのネコ耳姿をありがとうと称賛を送る。
「にゃ~♪」
というか、ユノがさっきから完全に猫化している。
「あのな、ネコ耳少女でもにゃーとは言わないぞ」
「へ? どういう意味?」
しまった。脳内からスズナのことが抜けてない。無意識に話すのはやめよう。
「いや、えーと、俺にネコ耳が生えてもにゃーとは言わない……かなーと」
考えて話した結果、不自然どころか訳のわからないセリフになってしまった。
「なに気持ち悪いこといってんのよ」
ふとそんな声が聞こえた気がした。
「なにか言った?」
いや、気のせいじゃなかった。
と、いうことはスズナの声だろう。結構近くから聞こえたので、机の引き出しにでも隠れたのかもしれない。
「いや、俺にネコ耳は似合わないな~と」
あたりまえだ。かなり苦しい誤魔化しだった。
「うーん、ソウヤ君だったら……犬耳とか?」
俺の言葉に何一つ疑問を持っていないようだった。助かるし、嬉しいのだが、心配ではある。あの日も不良に絡まれてたし。
「で、どう? 終わった? もう私たち二人しか校内に残ってないよ?」
と、いうことはユノは俺を迎えに来たということだ。
…………どうしよう。スズナをどうにか回収して帰宅しなければならないのだが、ユノに見つかってはいけない。
スズナは恐らく机の引き出しの中にいるが、カバンに入れるまでが難しい。カバンにさえ入ってしまえばあとはどうにでもなるのだが…………。
「ん? 二人だけって、先生は?」
少なくとも施錠責任者ぐらいは残っているはずだが。
「みんな帰ったよ。教室は閉めなくていいって。オートロックの夜間通用口からでるように言われてる」
まさか生徒を残して全員帰るとは……。
「で、終わってるの?」
スズナを見つけてから一切進んでいないので、もちろん終わっていない。
「いや、まだ少し残ってるんだ」
「うーん、じゃぁ持って帰るしかないね。明日朝イチで提出だから、今日は徹夜だね。付き合おうか?」
モチベーション的には嬉しい申し出だが、あいにくスズナがいるので断らなければならない。
「いや、嬉しいんだけど、今日は一人で頑張るよ。夜更かしは肌に良くないんだろ?」
なるべくトゲのないように断ったつもりだ。
「じゃぁ帰る準備を…………」
「キャッ!」
閃光と同時に、停電と、短い悲鳴。
セリフの続きは、雷の轟音にかき消されてしまった。
「ユノ、大丈夫か?」
突然電気が消えたために目が暗闇に慣れず、なにも見えなくなる。悲鳴をあげたユノの姿は見えない。
「うん、大丈夫だよ…………あのさ、ソウヤ君」
「なんだ?」
「さっきの悲鳴…………私じゃないよ?」
「……………………」
悲鳴をあげたのがユノでなく、もちろん俺でも無ければ、この教室にいるのはあと一人しかいない。
「その机の中…………だよね?」
やばいやばいやばい。
どうにか誤魔化そうと考えるが、はっきり聞こえてしまった以上、もう誤魔化せなかった。
とにかくスズナの存在をユノに認識させてはいけない。不自然なことは百も承知で、机の引き出しに手を入れる。そのままカバンに突っ込んでしまえば、どうにかユノには見えないはずだ…………ったのだが。
「キャー!?」
指先がスズナに触れた瞬間に、再びの悲鳴。
「いっってぇぇぇぇぇぇぇ!?!?!?」
そして激痛。
あまりの痛みについ腕を引っこ抜いてしまった。
俺の指先に噛き、そして宙を舞うスズナ。その華麗な着地はさすがはネコ耳少女といったところか。
近くの机に着地したスズナはなぜか自らの体を抱き、こちらを恨みがましく睨んでいた。
「えーと……その娘、誰?」
***
結局スズナの存在を隠しきることはできなかった。スズナ曰く、仕方が無いとのことだったので、まだ致命的な事態には発展していないようだ。とりあえず、ユノにはいきさつを説明した。その間、終始スズナはユノにくっついていた。スズナと、スズナからなにやら耳打ちされたユノが先ほどからスズナと共にこちらを睨んでいるのは、恐らくさきほど触れた場所がまずかったのだろう。
今スズナは、ユノがカバンにつけていたストラップ、前に通販で買ったという小さな服に着替えている。
数分後、大きなリボンを胸元にあしらった桃色のワンピースを身に付けたスズナがいた。
「これ……私に似合ってない気がする…………」
着替えてからというもの、スズナはずっと落ち着かない様子だった。
「そうか? 俺は可愛いと思うけど?」
「か、可愛いとか…………そういうのはあのこだけでいいのよ」
顔を赤くしてうつむきがちになったスズナがなにかブツブツと言っているが、後半はよく聞き取れなかった。
「さて、じゃぁあとは、明日の朝一番でスズナちゃんを送り届ければいいわけね。でも……」
さきほどから豪雨は雷雨に変わり、より一層激しさを増している。こんな状態で外に出るのは危険だ。
「うーん。いっそのこともう学校で一晩過ごすか」
帰れないのであれば帰らなければいいだけの話ではないか。
「学校でって……まぁ、朝出れば先生達には分からないだろうけど……ご飯はどうするの? お弁当、もう無いよ?」
「いや、非常食なら…………」
あるにはある。カバンに一食と、ロッカーにも一食。特に何かに備えて、というわけではないが、一応備蓄しておいたものだ。ただ…………。
「あるの? 缶詰か何か?」
「いや……レトルトパックなんだけど…………」
「あるなら出してよ。おなかすいた」
カバンの中に入っているのは戦闘糧食Ⅱ型。自衛隊で採用されている通称パックメシだ。温めて食べれば軍用食としてはかなりおいしい部類に入るらしい。こちらは特に問題無いのだが、ロッカーに入っているのは悪名高き「MRE」だ。アメリカ軍によって開発されたものなのだが、効率よくカロリーを摂取することを第一に開発されたために味は二の次になっている。端的に言えば、おいしくない。
とりあえず、両方温めはしたものの、俺の説明を聞いてユノはMREを拒否した。あたりまえだ。俺だってまずいといわれたものを食べたくは無い。
「別に、食べられるのなら味なんてどうでもいいじゃない」
唯一、スズナだけは違ったが。
***
で、結局。じゃんけんに負けた俺がMREを食べることになった。決して味がおかしいわけではないのだが、なんとなく味のバランスがおかしい。
「これは…………ごめんなさい」
食べられれば何でもいいと言っていたスズナでさえも、一口食べるなり食欲をなくしてしまった。それもそのはず。このMREは初期型なのだ。現在のMREはかなり味が改善されているらしいが。
「うわー、私じゃんけんに勝ってよかったー。スズナちゃん、だっけ? フィナンシェあるけど、食べる?」
「ありがとう」
スズナが抱き枕ほどの大きさのフィナンシェにかじりつく姿は、見ていて微笑ましかったが、手元に残されたMREが消えるわけではなかった。
「「ごちそうさまでした」」
なんとか食事を終え、満足げなユノとスズナと、
「ごちそうさま……」
顔色を悪くした俺だった。
「さて、二人はどこで寝るんだ? 保健室は施錠されてるだろうから、毛布持ってきて教室か、図書室のソファか」
ユノはスズナを見て考えているようだ。
「私は別にどこでもいいわよ。日が暮れるまでに帰れなかったらどこかで野宿するつもりだったし」
図書室のソファならやわらかいが、横になることはできず、どこかから毛布を調達してきて教室で寝るとなると、床か、あるいは机を並べて寝ることになる。横になることはできるが、寝心地は良くないだろう。
「じゃぁ図書室で一緒に寝ましょうか」
「じゃぁ準備を……」
「で、どうせ一晩泊ることになったんだから、ソウヤ君は課題、朝までにがんばってね」
うん。まぁ薄々こうなるんじゃないかとは思っていたけどね。
***
体育倉庫から毛布を持ち出し、図書室へ。
「さて、一人掛けソファだから横にはなれないけど…………」
「っ!?」
スズナの耳がピクリと動く。
「あ、あの……私はあっちのソファで…………」
スズナがなにか身の危険を感じて後ずさりしようとするが、ユノはそれを許さなかった。
「つーかまーえた!」
「ひゃあ!?」
ユノに抱きあげられ、頬ずりされる。
「ちょ、ちょっと! なんなの!?」
「かわいいものを愛でるのは当然です!」
なんか、さっき教室で見たのとは別人のようだった。
結局、そのまま抜け出すこともできず、二人で眠ることになった。
***
2015年7月19日
かすかな紙のにおいに目を覚ますと、すでに夜は明け雨音もやんでいた。
なぜか両手に握りしめた……いや、抱いていたスズナはぐったりとしていて、まだ目を覚ましそうにはない。貸出カウンターの鳩時計を見ると、時刻は午前五時五十分を指していた。教師や部活動の生徒が登校してくるまでにはまだ十分時間がある。ソウヤ君はどうしているかと、教室へ向かった。
***
教室に着くと、ソウヤ君は机に突っ伏して眠っていた。
スズナを近くの机に下し、ソウヤ君の机に乗っていたプリント群を見てみると、最後の一枚まできちんと終わらせてあった。眠っているソウヤ君に私が使っていた毛布を掛け、散らばっていたプリントを集める。
「う……ん…………?」
どうやらスズナが目を覚ましたらしい。
「あ、おはよう」
「ひっ!?」
なんだか、盛大に拒絶されている気がするが、気にしない。
「私、これ職員室に運んでくるからソウヤ君起こしておいて」
そうスズナに頼み、プリントの束を持って教室を後にした。
***
「ほら、いつまで寝てるのよ」
「う、ん……?」
正直、昨日はまともに眠れなかったのでまだ寝ていたいのはこちらも同じなのだが、ユノに頼まれたので、ソウヤを起こす。
「ん……ああ。スズナか。おはよう」
「ええ。おはよう」
「……顔色悪いな。目の下にクマもあるようだけど、大丈夫か?」
起きるなりソウヤは私を気遣ってきた。寝不足が顔に出ているようだ。
「まぁね…………あの娘、いったいなんなの?」
「ん? ユノのことか? ユノは……俺の彼女だ」
求めていた答えとはかなり違ったが、これはこれで興味深い答えだった。
「彼女……恋人ってこと?」
「うん、まぁ、そうだな」
「ふーん。ねぇ、恋って、何?」
「難しいこと聞くな……端的に言えば好きな異性、いや、まぁ同性でもいいんだけど。とにかく誰かを好きになるってことかな。そして愛すること」
「愛?」
「お互いのことをよく知ること。信頼できること。いつも一緒に居たいと思うこと。一緒に暮らすこと。あとは、思いやりを持つこと、かな」
ならば、私はあいつに愛されている。そして恐らくは私もあいつを。しかし、だからと言って恋人とは違う気がする。
「愛はあるけど、恋人とは思えない、みたいなことってあるの?」
「うーん…………家族愛……かな」
「家族…………」
私に親兄弟と呼べるような存在はいなかった。ずっと一人で生きてきた。あの娘、ナズナと出会うまでは。そして今ではさらに一人増えている。あの二人のことを、私はいつの間にか家族のように認識していたのかもしれない。
「ソウヤ君、プリント、提出してきたよー。それじゃ、スズナちゃん。帰りましょうか」
***
「この部屋なの?」
「ええ」
スズナのガイドでようやくスズナの住んでいるというアパートへ辿りつくことができた。ちなみに、ソウヤ君は反省文が書けていなかったためにまだ学校に残っている。
「じゃぁ、チャイム鳴らすわよ」
チャイムが鳴った数瞬後、勢いよく扉が開く。
その人は、一晩中泣いていたのだろうか、泣き腫らした目の下にクマもできていた。そして私が抱くスズナを目にしたとたん、飛びついてきた。
「わ!?」
思わずスズナを離してしまう。
その人はスズナと、もう一人、その人と一緒に出てきた真っ白な、スズナと同じく手乗りサイズのネコ耳少女を一緒に抱き、涙をあふれさせながら、それでいて笑顔で、何度もおかえりと口にしていた。
一応エピローグみたいなのを書いて完結とさせていただくつもりです。




