梅雨は季節と人生の変わり目 2015年7月18日「夏休みの補習」
すみません……ずいぶんと間が空きました…………。
このサイトに初めて投稿した作品を再現するのに手間取ってしまいました。
それでもうまく再現できているか……不安です。
なんだか二次創作を書いているような気分でした。
と、いうことで、今回は数年ぶりの「梅雨」パートです。
2015年7月18日
期末テストが終わり、あとはのんびりと夏休みを待つだけのはずだった。
『花見月君、君、このままじゃ夏休み無いからね?』
こんな電話さえなければ。
結局、俺は部活でも何でもないのに祝日に登校するはめになった。
***
暑い中マンションを出て学校へ向かう。
学校に着くと、一部の部活が練習をしていた。
昇降口を抜けて職員室へ行くと、担任から大量のプリントと教室の鍵を渡されたのだった。
***
教室に他の生徒の姿は無く、貸し切り状態だった。
教室と、風通しを良くするために廊下の窓を開け、自分の席へつく。
隣の席を借り、プリントの束を乗せる。
始めの一枚を手に取り、筆箱からシャープペンシルを取り出す。
「おにぎりでも持ってくればよかった…………」
***
プリントの四分の一程を終わらせる頃には正午を過ぎていた。
一度近くのスーパーまで昼食を買いにいこうかと思っていると、教室の扉が開いた。
「あ、いたいた」
教室に入ってきたのは、ユノだった。
「あれ? ユノも補習か?」
確かユノは部活動には加入していなかったはずだ。
「ソウヤ君と一緒にしないで欲しいな。私は文化祭の準備だよ」
そういえばユノは文化祭の実行委員だったな。
「ソウヤ君が補習だって聞いたからちょっと見に来たんだけど……うわぁ、それ、当分終わりそうにないね?」
午前中およそ四時間で四分の一なので、単純計算であと十二時間ほど掛かる。
「まさかこんな量になるとは思って無かったよ。お昼持ってこなかったからこれから買いに行こうと思ってたとこ」
「そう。ならこれ、持ってきて正解だったね」
そう言ってユノは近くの机とイスをワンセットこちらに寄せ、持っていた大きめの包みを広げた。
「サンドイッチ作ったの。食べるでしょ?」
「いただきます」
他に誰もいない教室で二人、他愛のない会話をしながらサンドイッチを食べる。
「最近蒸し暑いよな」
「本当に。冷蔵庫に入れないと直ぐに痛んじゃうし」
それを聞いてふと手元のサンドイッチが気になった。
「……これは大丈夫だからね? ほら」
そんな俺の内心を見透かしたユノは、包みの中に残っていた保冷剤を見せた。
「まぁ、これでも夜までは持たないんだけどね」
「停電でもしたら最悪だな」
冷凍庫ならば、中身が保冷剤の変わりとなるので比較的長く持つが、冷蔵室と野菜室は一度でも扉を開けてしまえばそこまでだ。対策としては、あらかじめ2Lサイズのペットボトルに水をいれて凍らせておき、停電時にそれを冷蔵室その他へ移せばいい。
なぜかこの地域は停電が頻発するので、夏場はこの対策をしている家は多い。
「ごちそうさま。私まだやることあるから、終わったらまた来るね」
「ああ。いってらっしゃい」
ユノが教室を出るのを見送り、俺は再び机へ向かった。
***
始めに苦手な科目を終わらせていたので、十二時間という膨大な時間を費やす必要はなさそうだったが、それでも日暮れまでに終わるかどうかは怪しかった。もっとも、日暮れという表現は正しくないかもしれない。窓の外は少しづつ曇り空に変わり、遠くから雷の音も聞こえてきている。
等と考えていると、あっという間もなく窓に雨粒が打ちつけられた。
そこそこ風も吹いているらしく、横殴りの雨だった。
雨音をBGMに、課題を進める。
***
午後四時過ぎ。
課題は順調に進み、プリント一束を残すのみとなったが、疲労もだいぶ溜まり、特に手首と人差し指の痛みがひどかった。
窓の外は依然として雨が降っていたが、風が収まったのか、横殴りだった雨は落下する向きを垂直に変え、すでに窓をたたく音はほとんどしなくなっていた。
朝から座りっぱなしだったので、気分転換のために一度外に出てみることにした。
一度一階へ降り、職員室のある棟へ続く、屋根のある通路へ出た。外は雨のお陰か気温は低く、ひんやりとした空気を感じられた。すでにどの教室にも明かりは無い。
通路の途中にある自動販売機でアイスココアを買い、一息つく。
数分ほどそうしていると、雨音の中に何か別の音が聞こえた気がした。そう、まるでくしゃみのような。
音のした方を見てみるが、誰もいない。そもそも気のせいだとも思ったのだが、どうしても気になったので、音のした方を見に行くことにした。
「…………」
黒い毛におおわれたしっぽに、同じく黒い毛におおわれたみみ。校舎の壁際、ちょうど雨のかからない端に、その音を発した主はいた。
「っ!?」
だが、声の主は俺のすがたを見たとたんに立ち上がり、逃げようとするが、ぬかるみに足を取られたのか、泥水の水たまりにダイブした。
しばらく事態が飲み込めずにフリーズしていた俺だったが、やはり自分の目は正しかったようだ。
助けようと近寄った俺を見て、再び逃げようとするが、身体が泥に埋まったのかうまく立ち上がれない様子で、俺を睨みつけていた。普通に考えるなら、「関わるな」という意思表示なのだろう。
『生き物は大切に』
しかし、ふと家の家訓を思い出してしまった。目の前にいる存在を何と呼べばいいのかは分からないが、生物であることに違いは無いだろう。思い出してしまったからにはそれを反故にするわけにはいかなかった。もっとも、それのおかげで遅刻、欠席がかさみ、今日の補習に繋がっているのだが、後悔はしていない。
手を伸ばし、泥の中からすくいあげる。
手足をばたつかせ、逃げようとするが、なんとか落とさないようにする。
「痛いっ!?」
指に歯をたてられてしまった。八重歯は鋭く、いくら相手が小さいと言えどもやはり痛い。だが、俺は手を離さなかった。
しばらく噛まれていると、いつのまにか痛みが引いていた。どうやら噛むのをやめてくれたようだ。訝しげな視線を送られているが、おとなしくはなったので、とりあえず教室に連れていくことにした。
***
教室に入り、電気をつけると、手のひらに乗っているものの全容が見えた。
泥まみれにはなっているが、黒い毛におおわれた耳に、同じく黒いしっぽ。形は猫そのものだが、耳としっぽの持ち主はどうみても少女……だったのだが、何度瞬きをしてもその大きさはやはり手乗りサイズ。
猫耳少女なら漫画やアニメで、あるいはテレビで見るメイド喫茶のようなところ目にすることはある。
手乗りサイズの人間といえば妖精かなにかだろうか。
しかし、少女には翼も輪っかもなく、ピクピクと動く耳に、ゆれるしっぽがあるだけであった。
考えれば考えるほど思考の渦に飲み込まれてしまいそうなので、「手乗りサイズのネコ耳少女」ということで納得しておくこととする。
少女は泥まみれなので、どうにか綺麗にしてあげたいところなのだが、あいにくシャワールームは無いし、手乗りサイズの少女にあう着替えも持っていない。
「ここでまっててね」
少女を一旦机の上におろし、廊下に出て水道でハンドタオルを絞る。
教室に戻り、少女についた泥をふき取る。
あらかた泥を落とすと、カバンから乾いた大きめのタオルを取り出し、少女をくるんだ。
「…………ありがと」
「!?」
タオルにくるまっていた少女が言葉を発した。いままでなにもしゃべらなかったので、勝手に少女は話せないものと思い込んでいたために余計に驚いてしまった。
「そんなに驚くこと? どこかのだれかさんもおんなじような反応だったけど」
「えっと…………」
普通に意思疎通ができそうなのだが、勝手な思い込みのお陰で会話するなんてことを全く考えていなかったため、なんと返せばいいのかが分からない。俺が何も言わないのを見ると、手乗りサイズのネコ耳少女の方から話し出した。
「ここ、どこなの? ずいぶんと大きな建物みたいだけど」
「教室だよ。学校の」
「ふーん。ここが学校……ね。さっきは悪かったわね。指、痛くない?」
「え? ああ、まぁほとんど血も出てないみたいだし、大丈夫だよ。こっちからも聞きたいことがあるんだけど」
手乗りサイズのネコ耳少女から話しかけてくれたおかげで会話がしやすい。
「その呼び方、なんとかしなさいよ」
…………口には出していないはずなのだが。
「どうせ、どこかのだれかさんと同じようなこと考えてるんでしょ」
「えーと、じゃぁ…………」
「…………スズナよ」
「スズナ?」
名前があるのか。
「イントネーションが違う」
少女、もといスズナが少し機嫌を悪くした。
「スズナ、か。それで、どうしてここに?」
「あまり多くは話せないんだけど……」
しばしの沈黙。何を話すのかを吟味しているようだ。
「話せる範囲でいいし、ここで聞いたことは口外しない」
「私とあなた。二人だけの秘密ってことね。いいわ。じゃぁ、ほら」
スズナが右手の小指をたてた。
「うん?」
ゆびきり……か?
「ほら、はやく」
スズナとのゆびきりを終え、会話を再開する。
「で、なんだっけ。私がどうしてここにいるか?」
「そうだ」
「えーと、朝から海を見に行って、帰りに…………」
そこから、不思議な手乗りサイズのネコ耳少女、スズナの小さな冒険譚を聞くことになった。
次回は「手乗り」のスズナパートです。