手乗りネコ耳少女観察日記 2015年7月18日「海を見に行きたい」
本編では語られなかった日記の数ページと、梅雨の季節に出会った一組のカップルの、その後のあったかもしれない物語をお楽しみください。
2015年7月18日
とっくに初夏が終わりを迎えた今日は、世間では学生達が夏休みを満喫し始めた海の日であった。
テレビでも海の日と言う事で海水浴特集をやっていた。
「ほんとに、すごい人ね」
温暖化だなんだと言われるだけあって、海には多くの海水浴客がひしめいていた。
…………そういえばスズナは泳げるのだろうか。
「うーん、溺れはしないけど、ちゃんと泳ぐのは難しいわね」
…………水は恐くないんだな。
「猫と一緒にしないで」
スズナと会話をしていると、いつもナズナは笑顔でそれを見守っているのだが、ナズナはテレビに釘付けだった。
…………?
「ああ。この子、海を見たことがないのよ。まぁ、私もだけどね」
ナズナがテレビから目を離し、こちらを見つめている。見に行きたいのだろうか?
「無理よ。あんなに人が多いんだもの」
スズナが言うと、ナズナはしょんぼりしたように視線を下げた。うっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
無言でスズナの方を見てみた。
「うっ。だ、だって、見られたらまずいでしょ!? それなのにあんな大勢の中に行くなんて…………」
…………スズナは海を見に行きたくはないのか?
「そりゃぁ……行けるものなら行きたいわよ。けど…………」
スズナも話しながら少しずつうつむいていく。
…………なにも海は海水浴場だけじゃない。人気のない砂浜だってある。
ナズナがゆっくりと目線を上げ、目を輝かせている。
「じゃぁ、行けるの?」
…………もちろん。
もっとも、そういうところは遊泳禁止だったりするのだが。
*
今日はいつにもまして日差しが強かったため、二人にも日焼け止めを塗ってからカバンに入ってもらう。
それでも出発は午後にした。
自転車のかごにスズナとナズナが入ったカバンを入れ、出発。
以前紅葉狩りに行ったのとは逆方向、つまり川の下流へと向かった。
***
下流に進むにつれ、川幅は広がり、空気は潮の香りを含んでいた。
「なんか……変な匂いがする…………」
…………これを潮の香りと呼ぶ。
「あまり……好きじゃないわ」
次第に、波の音が聞こえてくる。
さらに数分自転車を走らせると、ついに大海原が見えた。
ナズナがカバンから頭を出し、目を見開いて口を大きく開け、まるで歓声を上げているかのようだった。
「ふうん、大した大きさね」
…………こうして見ると、人間の小ささが際立つ。
「それじゃぁ、私達なんてどうなるのよ」
…………自然の中では一個人なんて存在しないにも等しいものだ。だが、こうして三人で過ごした時間には、大きな価値があると思う。
「……あっそ」
大きな力を感じさせる音を聞きながら、何度も何度も押し寄せては引いていく波をただ三人で見つめる。
今日の天気は晴天とは言い難く、又湿度も低いために久しぶりに過ごしやすい気候だった。
何時間そうしていたのか、波打ち際はもうすぐそこまで迫っていた。
「そろそろ、帰らない? 暗くなってきたわよ」
まだ日が落ちるのは早いが、空を見るとスズナの言うとおりどんよりと曇っていた。
…………夕立に遭う前に帰ろうか。
来た時と同じようにナズナとスズナにはカバンに入ってもらい、海を後にする。
真っ黒な雲が空を埋め尽くしていた。
自転車を走らせていると、ポツリポツリと雨粒が降り出し、あっというまもなくどしゃ降りになった。
アパートまでは残り十五分弱。
一刻でも早く帰れるように全力でペダルをこいだ。
スズナとナズナに大丈夫かと声を掛けてみるが、この雨音では恐らく聞こえないだろうし、何か返事があったとしても聞き取れない。
この時、自転車を止めてでも二人の安全を確認しておけばよかったと、今になってこの上なく後悔している。
この日の日記の文字は、所々滲んで読みにくくなってしまった。