1.1.それは一陣の風
入学式が終わり、教室へと続く道。
そこにはすでに花を散らしてしまったソメイヨシノの木が連なっている。
花の後には、若い緑の葉が日を浴びていて、生徒と同じようにこれからの新たな生活に胸を躍らせているようだった。
新入生たちは口々に、新しいクラスはどうだろうとか、先生はどんな人だろうとか、まだ見ない新しい生活に向けて、思い思いの想像を巡らせている。
入学式会場からホーム・ルームのある棟へ続く渡り廊下には、青春の力と形容するべきか、ともかくそのようなものが、今にもはち切れそうなくらい充満しているようだった。
そんな心地の良い雰囲気に身を任せながら、前もって配られていた冊子に目を落とす。
ホーム・ルームまでは、そんなに遠くないみたいだ。
行くべき場所を再確認した美琴は、再び前へと向き直る。
廊下の先には、前見た時と変わらず、生徒たちが同じ方向に歩みを進めていた。
しかし、その歩みはざわめきと共に止まり、気が付くと目の前の人垣には、ぱっくりとした裂け目が一直線に作られていた。
そして、その裂け目を一列になった集団がこちらに向かって歩いてきていた。
美琴が慌てて避けようとすると、先頭の男子学生が、声を掛けてきた。
「おはよう。君が柄本さんかな?」
はい、と美琴が答えると、短髪の男子学生はふっと表情を崩した。
「そうか、ありがとう。俺は川島陽介、3年だ。それじゃあ、また会おう!」
そう言ってその男子学生は体育館の方に進んでいこうとする。
それを後ろにいた別の男子生徒が急いで制する。
「部長、まだです。要件が半分以上残っていますよ。」
「おお、木下。すまんすまん。」
部長と呼ばれた男子生徒は、照れたように頭をかきながら再び美琴の方に向き直る。
そして、真剣な面持ちで、こう言った。
「申し訳ないんだが、柄本さん。この手紙を受け取ってくれ。」
その瞬間、静まり返っていた辺りがまるで音を思い出したかのようにざわめき立った。
美琴は、あまりの展開に何が起こっているのかわからずただ混乱するばかりだった。
え? 手紙? これって・・・
「おいおい、それじゃあ愛の告白みたいじゃねえか。レディーに告白するときはもっと人目につかないところでやってやらないと引かれちまうぜ?」
後ろに立っていた長髪の男子生徒が口を挟む。
「おお、すまん、仁。そうすることにする。」
「違うだろ。もういい。兼次、説明してやってくれ。」
仁と呼ばれた長髪の男子生徒は頭を抱えながらそう言った。
「ごめんね、柄本さん。うちの部長が口足らずで。それで、まず聞きたいんだけど、執事部って知ってるかな?」
はい、と美琴が答えると、説明してくれている男子生徒は白い歯を見せてにっこりとした。
「それで、その執事部について君に相談したいことがあるんだ。申し訳ないんだけど、詳しくはその手紙を見てもらいたいんだ。いいかな?」
美琴はまた、はいと答えると、その男子生徒はまたにっこりと相好を崩した。
「それじゃあ、よろしくね。」
そういうと笑顔の素敵なその男子生徒は、また部長の方を向き直り、
「ほら、行きますよ、部長。」
というと、体育館の方に歩みを進め始めた。
それに伴って、残りの構成メンバー達も、列をなして歩いていく。
そして長髪の男子学生が通り過ぎる時に、美琴の肩に手を置いてこう囁いた。
「まあ重く考えず、“みんなで”頑張ればいいのさ、期待してるぜ。」
それだけ言うと事もなげに、他のメンバーの方に合流していった。
「何を耳打ちしていたんだ?」
「ちょっと、かわい子ちゃんにアドバイスをね。」
「おい、ズルはいかんぞ。」
「まあ、そうグチグチ言うなって」
などとガヤガヤと話しながらやがて美琴の見える範囲から消えていった。
1人残された美琴は、何が起こったのかよく分かっていなかった。
とにかく、はい、と3回言ったことだけは、確かなようだった。