0.1.先輩たちの話合い
部室には、4人の男たちが、沈痛な面持ちで長机を囲んでいた。
「いいか、これからの執事部について真剣に考えねばならん」
ホワイトボードを背に手を組みながら、部長の3年生、川島陽介は重々しく口を開く。
「俺は女の子が入ってくるのは何の問題もないと思うぜ? この部にも華が必要だろう? なあ、兼次?」
その右で余裕綽々で椅子にもたれかかりながら話すのは、同じく3年の小田切仁。
長髪を背中まで伸ばし、いかにも軽薄そうな印象を受ける。
「そうは言っても、執事部は伝統ある部ですし、その伝統を重んじることもまた重要なのではないでしょうか。」
仁に呼ばれた声に答えるのは、その向かいに座る木下睦心。2年生だ。
短めに切った黒髪にメガネを掛けており、こちらは非常に生真面目な印象を受ける。
「そんなこと言ってもさ、その娘に会ってみなきゃわからないんじゃないかな?」
ごく自然に白い歯を見せながらそう提案するのは、3年生の加納恭介。
この人ほど、好青年という言葉が似合う人はいないんじゃないか、というような好青年である。
「ううむ……」
そう4人が黙り込んでいた時、ばたっ、と勢いよく部室のドアが開けられた。
「おい、兼次。頼むから入ってくるときはもう少し静かにやってくれ……」
睦心がうんざりとした口調で諭す。
「へへ、ごめんむっちゃん。それでさ、そろそろ入学式が始まるから、みんな集まるようにってさ! これは噂だけど、今年の新入生代表は女の子らしいよ!」
そう言って、2年の本村兼次は明るく全員に声をかける。
「丁度今、その話をしていたところだ。兼次、お前が呼びに来たってことは、清も来ているな?」
「うん。おーい、清ちゃん! 何か部長が用があるってさ!」
兼次は、そういって廊下の方に声をかける。すると、ドアの近くにぶつぶつと呪文のような言葉を唱え続ける長身の男が現れた。
「――僕にはマナちゃんがついてる。僕にはマナちゃんがついてる。僕にはマナちゃんがついてる。僕はできる。僕はできる。僕はできる。マナちゃんマナちゃんマナちゃんマナちゃんマナちゃん天使天使天使天使天使……」
その長身の男、宇都宮清志は俯きながら同じ言葉を繰り返し続けている。
「おい、マナちゃんって誰だよ。」
部長の陽介が困惑したように言う。
「なんか、最近清ちゃんがハマってる声優さんらしいっすよ? ほら、今の2年生の代の首席は清ちゃんだったから、今年の祝辞を言うことになったらしくて、緊張してるみたい」
まだぶつぶつと唱え続けている2年の同級生である清志の代わりに、兼次が答える。
「まあいい、その新入生のことで話し合うことがある。」
そう言うと、部長の陽介は、2人に座るように促し、こほん、と咳払いをすると話し始めた。
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「それじゃあ、これで異論はないな?」
15分間、ああだこうだと言い合った結果について部長である陽介が全員に確認を取る。
視線を送られた全員が、こくり、と頷くことで一応の賛成の意を表明した。
「まあ、俺はかわい子ちゃんに無理させるのは反対なんだけどな。」
と仁が足を組みながら茶々を入れる。
「それを言うなら、残りの2人の方が不利益なのでは? 本来必要のないことをしなければならないのですし」
先輩に対しても気後れすることなく正論を返すのは、2年生の睦心である。
「まあまあ、お前ら。これも登竜門としてともに乗り越えてもらおうじゃないか。」
陽介は、2人の間を取り持つようにそう言うと、立ち上がり一言「それじゃ、いくぞ」と声をかける。
それにこたえるように執事部の面々は立ち上がり、入学式会場へと向かっていった。
「……面白くなりそうだぜ……」
どこからともなく、そんな声が会場へ行く道の途中で聞こえた気がした。