クドの異世界猫生活
私の名前はクド。
今は随分可愛らしい体に収まっているが、元は27歳の男だ。
日本人として日本に生まれたものの、27歳で不慮の死を遂げ。
気がつくと「この世界」に居た。
昔見ていた小説風に言うなら転生者という所だろう。
学生の頃に日本人が異世界に転生する物語は沢山読んだ事があるが、私の境遇はとりわけ恵まれているのだろう。
住居は王城―――城と言っても城壁がある位で居住性優先の屋敷のようなものだが、それだけに住み心地は良く、家具を気まぐれに増やす家主の趣味も良い。。
捨てられていた私を拾ってくれて、現在は保護者になってる人は城に住むこの国の第一王女であり、幼いながらも心清らかな姫だった。
日本人としての記憶を持ったまま転生した私だが、勇者として世界を救うとか、魔王として世界を滅ぼすなどと言った使命もなく、食事や寝床にも困らない。
王城で暮す人々の中で私を嫌う人間は決して0ではないが、それでも城に住む大多数の人間に受け入れられている。
これが御伽噺なら、めでたしめでたしと話が終わってしまうような状況だが―――
「クド、ただいま。良い子にしてた?」
外出していたシア姫―――私の保護者である第一王女―――が部屋に戻って来て、ベットの上にいた私の頭を優しく撫でる。
「にゃぁ」
―――情愛に溢れた姫の言葉に返す私の視線は低く、返す声も猫そのもの。
異世界に転生を果たした私は猫になっていたのだった。
―――
自己紹介しよう、私はクドと名前をつけられた猫。
猫と言っても地球にいたような純粋な猫ではなく、黒い毛並みに金色の右目と銀色の左目、そして二尾に分かれた長い尻尾を持っている。
凶兆とされ忌避される、黒い毛に金色の瞳を持つ猫。
周囲で知る者は居ないが、限定的な人化能力と、全力を使っても人一人呪い殺す事もできない、ささやかな呪詛の能力を持つ、サンドラキャットという猫型の魔物。
それと同時に高い知性を持ち、主に幸福をもたらすと伝承に歌われる、銀色の瞳に二つの尻尾を持つツインテールキャットという幻術を操る幻想種―――幻獣でもあった。
中身は元27歳の日本人の男、悪友達には求道者のあだ名で揶揄される真田士道という名の人間だった。
転生する前はごく普通の人間―――と言いたい所だが、随分特殊な人生を歩んでいた。
高校は卒業したが、大学を中退して海外で傭兵稼業という風変わりな仕事につき、世界の紛争地帯で主に反政府組織やゲリラ側について回っていた。
碌な生き方をせず、死に方も碌でもないだろうと思っていたし、事実そうであった。
特定の神や宗教は特に信じていなかったが、死後は地獄行きだろうとも思っていたが、まさか転生した上に異世界で畜生道に落ちるとは予想外にも程があった。
「クド、ご飯ですよ。
昨日はパーティだったから、残った魚を使って料理長がクド用に特別なご飯を作ってくれましたよ」
「にゃ」
床に置かれた皿に口をつける。
川魚だろうか?白身魚をほぐしたものを腹に収めていく。
異世界だろうと幻獣らしいと言われようと、猫の食事に残飯処理が多く混ざるのは同じらしい。
残飯とはいえ十分に美味しいので、街角で腹を空かせてる野良猫よりずっと良い生活なのだろう。
―――
私は前世―――人間だった頃、ある命題を追い求める求道者だった。
内容こそ私の知る限り唯一の同類だった弟以外に話したことはなかった。
だが、解式が明らかではない答えを求めて様々な事に手当たり次第に手をつけていく姿は、同年代の少年少女達の目にはストイックに映ったらしく、いつだったか私の事を求道者と呼ぶようになり、その呼び名に妙な居心地の良さを覚えた私も求道者を自称するようになった。
私が追い求めた命題は言葉にすれば酷く単純だが、結局最後まで答えが出ることがなかった。
その内容は「己の存在がこの世界に生きる価値があるのか否か」というものだ。
思春期に良くある自分探しであれば幸せだったのだが、私や弟にとって非常に切実な問いであったのだ。
何故なら私も弟も、平凡かつ平和な日本の家庭に生まれた経歴を疑う程に、どこまでも邪悪な性根をしていたからだ。
親しい人が笑顔になれば嬉しい気持ちになるのは知っている。
だが、私達は知人達の恐怖や絶望に染まった表情で心を暖かくしていた。
友愛、家族愛様々あるが、愛した人々の幸せを願うのが正しい人のあり方なのも知っていた。
だが、私達は愛した人達の破滅を請い願い、可能ならばこの手で絶望へ導きたいと自然と思うような人間であった。
幸運な事に私も弟も自分達の感覚が異端である事に気が付ける程度に聡明だった。
不幸な事に私も弟も衝動に流されない程度に理性が強かった。
私達は人々の中で自分達が異端だと常に実感しながら、本性を隠して成長して行った。
私は自分という邪悪かつ異端な存在がこの世界に生まれ、生きていく意味があるのか、その価値があるのかという答を探して求道者になった。
弟は邪悪のままに生きるのを否定して、羨ましい事に「普通」の感性を持って生まれた末子の妹を手本に、本性を隠匿し偽りの笑みを浮かべる道化師になった。
私は人の邪悪さがとりわけ判りやすく見える紛争地帯と点々とできる傭兵となり、27歳の半ばを過ぎた頃に戦友を自称していた知り合いに背中から撃たれて命を失った。
馬鹿は死んでも治らないというが、残念な事に私の邪悪さも転生しても変わる事はなかった。
不吉だと生後すぐに捨てられていた私を、拾い育ててくれたシア姫には恩義を覚えていると同時に家族的な愛情も感じている。
だからこそ姫の悲痛な声が聞きたい、絶望に染まった顔が見たい。
死に至るまでの一時の苦痛などという無粋なものではなく、姫の清く無垢な純白色の心を甘く痺れるような黒い悪夢でゆっくりと塗り染めたい。
私が知る限りの唯一の同類にて良き相談相手、そしてお互いがお互いのストッパーだった弟が居ない世界で、私はどこまでこの誘惑に耐えられるだろうか。
「クド、一緒に寝ようね。
今日はメイド長が帰郷してるから、クドをベットに入れても怒られないよ、2人の秘密だからね?」
「……うにゃ」
シア姫に抱き上げられて、思索の澱に沈んでいた私が現実に引き戻される。
「すやー……」
シア姫の静かな寝息を近くで聞きながら、求道者ではなく道化師の道を選んだ弟はどうなったのか、不毛な事と思いながらも生前に思いを馳せていた。
―――
猫のクドとして私が生きる世界は「世界の名前」というものがない。
かつて生きていた地球も「地球」や「宇宙」という概念はあっても世界に名前がついていなかったのと同じだろう。
いくつか種類があるらしい宗教によっては、命名されているのかもしれないが、一般的ではないようだ。
転生を経験した私にとって、かつての世界を生前、今の世界を死後の世界と言わず、異世界と捉えているのには理由がある。
私が今いる国は文明レベルは中世からルネッサンス程度だ。
この時代の小国なら後世では知られていないような国もあるかもしれない。
世界の事を知らなかった私は古い時代の地球ではないかと考えた事もあったが、その考えは色々な事を知るに従い消えて行き、異世界だと認識するようになった。
人々の間で魔法という技術が普及し、一般常識として受け取られている。
未開拓地域には魔物と呼ばれる動物より余程凶暴な存在が闊歩し。
街には人間の他にも大地族、森精族、獣人族と呼ばれる、人間に近い見た目をしているが、別種の知的生物が生きている。
きわめつけに私は猫であると同時に魔物であり幻獣だった。
新月を除く夜間―――月が出ている夜には15歳位の黒い髪と黒い瞳を持つ人の姿になる事ができ、手足を動かすかのような本能的なもので誰かを呪え、猫の体に脳で人としての知性と記憶を保つ事が出来ている。
そもそも私の名前の「クド」だって、拾われたばかりの子猫の時、シア姫に「あなたは何かしら、猫にしては尻尾が二つあるし…」と尋ねられ。
つい癖で「求道者」と答えたものの、猫の声帯では「きゅーぐー」としか答えられず「クード?そう、あなたはのお名前はクドなのね」と勘違いされたのが原因だ。
少なくとも子猫の時から人に近い、しっかりとした思考能力を持っていたのは間違いない。
ここまでファンタジー情緒豊かな光景を見せられたら異世界と言うしかないだろう。
「クド、聖術の先生が厳しいの。
疲れたからモフモフさせてね……もふもふー」
「……うぎゅ」
苦しい。
―――
シア姫、第一王女シルフィール・フェイト・グランディアル・ラーナの12歳の誕生日、そして私が拾われてから丁度2年目の日の事だった。
ある事実を知って私は狂喜した。
城のメイド達の会話を聞いて知ったのだが、シア姫は生まれる前に天使が降臨して祝福を授けた聖女だという。
12歳だとしても王侯貴族にしては純粋無垢すぎると思っていたのだが、温室育ちで穢れを知らないのではなく、聖女というものは悪意や邪気を持たない存在だというのだ。
この事実を知って私がどこまで狂喜したか。
生まれ持って無垢で清らかな存在というのは、生まれつき邪悪な異端だった私と正逆の存在だ。
純粋さと清らかさをもって世界や神々に祝福された姫が、その清らかさや純粋さを失う事になれば世界に見捨てられるのだろうか?
それとも人格とは別に生まれつき世界に祝福されるだけで、精神のあり方は善良であれ邪悪であれ変わる事がないのだろうか。
シア姫を穢れや悪意に染めあげて、その課程を知る事ができれば、長年求めてきた私の求道に解答が出るまで行かないとしても、10年20年の思索や試行錯誤とは比べ物にならない成果が出るだろう。
言い方は悪いかもしれないが、最高の実験材料がこんなにも身近に居たのだ。
何よりもシア姫に惹かれていた私の邪悪が、求道の為という免罪符を得て、恩義や自律の楔を食い破り自由になった事に、狂いそうになる程の喜びに打ち震えていた。
「あら?テーブルの下で猫が転がってるわよ」
「え?……ああ、姫のペットよ。
何でも馬鹿な平民の子供よりは賢いらしいし、放っておきなさい」
―――
それから一週間、私は前にも増して思索の深淵へと潜るようになった。
目的こそ同じだが、考えている事は以前とはまるで違う。
私はこの世界に生まれてから初めて、体感時間で十数年ぶりにどこまでも自分に素直に、どうやったら壊したい人に、どこまでも素敵な悪夢をプレゼントできるか、その刹那に至る道筋をどう整えるか、心を躍らせていた。
そういえば前に飛びきりの悪夢をプレゼントした、幼馴染の彼女はどうなっただろうか。
穏やかで優しい笑みが魅力的だった、なのにある日唐突に笑顔を作れなくなった彼女。
心が不安定になって周囲にいた友人達が徐々に離れていって、最後には唯一残っていた幼馴染にして親友だった『私』をカッターナイフで切りつけて、療養という名目で家族と一緒に田舎に引っ越していった彼女。
名前は何だっただろうか?忘れてしまった。
あれは実に惜しいことをした、私が今でも心に引っかかる痛恨のミスだった。
まだ若かった私が作り出せる悪夢では足りなかった。
彼女が刃物を持って誰かを傷つける程度に力を残してしまった。
もっともっと沢山素敵な悪夢をあげるつもりだったのに、途中で手の届かない場所へ行ってしまった。
だからこそ、今度は間違えない。
長年の求道の道で溜め込んできた経験と知識、その全てをつぎ込んでシア姫に飛びきりの悪夢を語り、絶望を捧げよう。
「クドは今日も日向ぼっこしているのね。
この2,3日ずっと……具合悪いのかしら」
―――
計画は決まった、後は実行あるのみだ。
まずは人として姫と知己になる必要がある。
ある日の晩、いつものように一緒に寝ようとした姫の腕の中からすり抜けて外に出た。
当然追いかけてくる姫を城の使用人が寄り付かない、城の中庭の端にある庭園へと誘った。
「こんばんは、お姫様。気持ちの良い夜、綺麗な三日月だと思わない?」
災厄を呼ぶという猫の魔物、サンドラキャットの能力で人化した私はシア姫に声をかけた。
外見は黒髪黒目の15歳前後の少年。
サンドラキャットという魔物は人化能力はあっても、魔物としてはか弱い部類でしかない。
人の姿へ変化しようとすると、何故かこの姿にしかなれないのだ。
人がいるとは思わなかったのだろう、姫は声に驚いて、次に姫以外には懐かなかった猫のクド、その幻影が私の膝の上で丸くなっている事にもっと驚いていた。
「こんばんは、あなたは誰?」
驚いているけれど、シア姫に恐怖の色は無かった。
聖女として祝福されている彼女は幾つもの神々の加護を持ち、そのうちの一つに敵意を持って近づくモノの力を失わせるものがある。
故に敵意を持つものは恐れる必要はなく、敵意を持たないものも恐れる必要がないからこその無防備だった。
「僕はシド、城に住んでいて、夜の間だけここの庭にいる事にしているんだ」
そして私はシア姫が持つ聖女の加護には引っかからない。
私の心には敵意の一欠けらすら姫への敵意は存在しない。
胸を焦がす程の熱を持って、姫を壊したいと想っているのだから。
「あなたは天使様ですか?
……ううん、天使様とは少し違う気がします」
「くすくすくす、天使様なんて偉いものじゃないよ。幽霊に近いかな?」
天使と間違えられて笑ってしまった。
人間だった頃は幾度となく悪魔呼ばわりされていたのだから。
「幽霊?でもあなたは怖くありませんよ。
ここで何をしているの?」
「怖がられないのは嬉しいな。
月夜を眺めながら人を待っていたんだよ。
こんな綺麗な夜でも一人で過ごすのは寂しいんだ。
ねぇ姫様、僕と友達になってくれないかい?」
「ともだち……いいのですか?あなたが怒られませんか」
姫は驚きに満ちた瞳で私の方をじっと見ている。
王族として、聖女として育つ姫には配下はいても対等な友人はいない。
貴族の子弟の中には友人になれそうな子供もいたが、親達が友人になる事を許さなかった。
貴族の親達は、僅かな敵意すら見逃さない姫の加護を心底恐れているからだ。
だからこそ、姫は返事ができない猫のクドを話し相手にする位に友人というものに餓え憧れている。
「うん、大丈夫。僕の家族はこの世界にいないしね」
差し出した私の手を姫は喜色に満ちた笑顔で握った。
その日は空が明るくなりそうな時間まで、色々な話を姫に聞かせて、姫は私の話に一喜一憂しながら聞き入っていた。
こうして、姫には「夜しか会う事ができない、誰も知らない不思議な友達」が出来たのだった。
最初の一週間は私が色々な話を姫に語り、その後は交互に色々な物語を交互に話し、時には新しい物語を2人で作って遊ぶのだった。
―――
シドとして隔日位の頻度で姫と会う日々を続けて半年ほど。
誰も知らない不思議な存在ながら、姫にとって欠かすことの出来ない大切な友人の座を入手した私は次の行動に移る事にした。
「ねぇシア。僕は誰かから代償を貰って願いを叶える事が出来るんだよ」
自称幽霊の不思議な友人の告白に姫は驚く様子もない。
「そうなの?天使様の奇跡みたいなものかしら?」
配慮する必要もなく親しい友人へ対して敬語をなくした姫は、無垢さ故か実際の年齢よりもずっと幼く見える。
「天使様の奇跡と一緒にしたら天使様が可哀相だよ、幽霊みたいな僕には小さな望みを叶える位しか出来ないし代償が必要だからね」
「なら、ずっと私と友達で居て欲しいな。
代償ってどういうものが必要なの?とっておきのクッキーとかで良いのかな」
「そうだね……じゃあ代償は僕もずっと姫の近くに居る事にしようかな」
「なんだ、今と同じじゃない」
くすくすと嬉しそうな笑みを零す姫。
「じゃあ、約束しましょう」
「うん、契約しよう」
中指と人差し指をお互いに絡める、この世界の約束の儀式―――地球の人差し指を絡めるもののようなもの―――をする私と姫。
ああ姫、そうなるように仕向けたのは私だし、純粋なあなたを誘導するのは実に容易かった。
ですが、悪魔との契約書にサインをしてしまったのは姫なのです。
私は契約の魔法なんて使えない卑小な魔物ですが、姫の清らかさが絶対の契約としてこの約束にあなた自身を縛るでしょう。
「ねぇシド、笑ってるよ」
ええ、とても素敵な事があったのです。
「シアも笑ってるよ」
「そう?でも、とても素敵な約束をしたから仕方ないの」
「そうだね、とても素敵な契約をしたから仕方ないね」
満月が照らす夜の庭園に2人分の笑い声が静かに響いていた。
―――
ゆっくりとシア姫に「不思議な友達が使う願いを叶える力」を教えて行った。
願望の成就なんて奇跡じみた力などないものの、籠の鳥のように小さな世界で育てられている、清らかな性根を持つ少女の身近にある悩み事は、サンドラキャットが持つささやかな呪詛で叶えられるようなものだった。
「ねぇシド、庭師のユーグットおじいさんが腰が痛くて仕方ないんだって」
「僕の力じゃ治す事はできないけど、痛みを和らげる事は出来るよ。
そうだね、代償はシアが楽しみにしているおやつ3日分で何とかするよ」
「えっ、お父様がお土産に持ってきてくれた蜂蜜を使ったケーキなのに……
半分こしない?」
「僕が食べる訳じゃなくて、願いを叶える代償なんだから駄目だよ」
シドとしてシア姫に会う時は人化しているとはいえ、本体は猫なのだからケーキに魅力は感じない。
大切なのは「誰かの為に姫が代償を支払う事」を習慣付ける事。
聖女でもあるシア姫にとっては息をする位自然に出来ているが、誰かが苦しみ、姫が代償を支払い、私が願いを叶える構図を姫の中にしっかりと刻む必要がある。
「わかったわ…3日分のおやつをシドに渡すから、ユーグットおじいさんをお願いね」
「うん、任せておいて」
初老の庭師にはその日の夜に「腰の痛覚が鈍くなる呪い」をかけておいた。
痛みとは苦痛であるが、それと同時に危険を知らせる大切なものでもある。
初老の庭師は痛みが薄れている事に驚き、張り切って仕事をしていたが、あの様子では数年もしないうちに腰を悪くして動けなくなる事だろう。
毒も薄めれば薬となるように、呪いも使い方次第だ。
このささやかな呪いを使って姫の周囲にあるささやかな願いごとを叶えて行った。
周囲の人々が笑顔になる事を喜ぶ姫は、段々と簡単な願いでも私に頼るようになった。
姫が子供の頃から仕えているメイドが最近元気が無いから元気にしてあげてと願われた。
調べれば、メイドの悩みは中途半端な地位の貴族の3女に生まれた事による結婚相手の無さと、欲求不満が原因だった。
性欲増加と理性低下の呪詛をかけた上で、幻覚を見せて新入りの衛兵達の宿舎に連れて行った。
メイドの晴れやかな、姫には理解できないだろうが艶やかさが混ざる笑みを見て姫は喜んでいた。
姫にとって「優しいおじさん」だった大臣が難しい顔ばかりしているから笑えるようにしてあげてと願われた。
調べてみると強姦願望が強いものの、年齢と立場のせいで若い頃のように城のメイドを気楽に手篭めにしていたような事ができないのが原因だった。
新しく城に出入りするようになった交易商人の女性の弱味になる書類と証拠を猫の体と呪詛を駆使して入手、偶然を装って大臣にプレゼントした所嬉々として手篭めにしていた。
この数年、神経質な顔しかしてなかった大臣が昔のような「姫に対して優しいおじさん」に戻ってくれたと姫は喜んでいた。
城に出入りする吟遊詩人が新しい歌が浮ばないと悩んでいるから解決してあげてと願われた。
その詩人は伝統的な歌を歌えるが、人生経験が薄く想像力と行動力に欠けているのが問題だった。
悪夢を見る呪詛を一ヶ月程かけた所、新しい歌を思いつきましたと晴れやかな顔で城から旅立っていった。
姫の耳には入らなかったが、神や王家を冒涜する歌を歌ったとして隣国で処刑されたようだ。
何かの事情で前線から外され、城詰めの騎士になった若き青年騎士が意気消沈しているから、明るくしてあげてと願われた。
酷く気が弱く意気地の無さと臆病さから実戦部隊から外されたのが原因だった。
恐怖に対して鈍感になり、憤怒を増幅させる呪詛をかけた。
臆病さがなりを潜め、戦友の為ならどんな辛い戦いでも出来る騎士になり、勇気を持てるようになったアドバイスをくれた姫に礼を言い、すぐに実戦部隊へと戻って行った。
次の月には蛮勇すぎて仲間を巻き込み魔物の群れに突撃して死んだ、愚かな騎士がメイド達の間で噂になっていた。
願いを叶えるたびに姫は色々な代償を私に払っていった。
しかし、代償はに一つ制限をつけた。
それは城の財産や王族の持ち物ではなく、姫が持っているものからしか受け取らないというものだ。
「シド、代償はおやつとか私の持ち物ばかりだけど、こんなのばかりで良いの?」
「代償は誰かを幸せになる願いだとしても、幸せになった人じゃなくて、幸せを願った人から貰う事にしているんだ。
ごめんね、いつもシアのものばかり代償にして」
「ううん、いいの。
前よりみんな笑顔になってくれたし、シドに凄く感謝してるもの」
小さな願いであれば、姫の口に入るはずだったおやつや果物であったが、稀にある重い悩みを叶えるたびに、姫が大切にしていた一度だけ海に行った時に拾った貝など、姫の思い出が詰まった宝物の類が徐々に消えて行った。
それでもシドに出会う前より、周りの人々に笑顔がになったと姫は幸せそうだった。
―――
姫が13歳になったのを切欠に次の段階に進むことにした。
姫の周囲には同年代のメイドが多い。
メイド達は普通の人間なので、庭師だったり調理師だったり城に出入りする同じ年頃の男性に恋をする。
メイド達も城に召し上げられているだけあって、美しい娘ばかりだったが、この城には聖女と呼ばれる姫がいた。
私はメイド達に軽い嫉妬の呪詛を半年以上に渡ってかけ続けた。
憧れの男性を姫に取られたくない焦燥にかられたメイド達は自主的に、そして私の思い通りに姫に色々な事を吹き込み始めた。
それは男性の獣性としての恐ろしさだったり、嫉妬の呪詛で先走り後先考えずに結ばれた相手との惚気話だったりした。
「シド、私が近くにいても大丈夫?」
「どうしたのシア、今までもずっと一緒にいたのに」
「シドとはお友達なのに、色々なお願いを叶えてばかり貰っているから、シドにとって重荷になってないか心配になったの」
姫が不安を口にした際に笑みで口角が上がりそうになるのを押さえるのが大変だった。
不安とは期待の裏返しだ。
そして不安を抱くという事は、意識か無意識かまではわからないが、夜に出会う友達というだけだったシドと姫という関係に変化を望んでいるのだろう。
「重荷なんてとんでもないよ、僕はシアと一緒にいれてとても幸せなんだ」
「そうなんだ……ありがとう、シド」
笑顔で本心を告げると、姫は顔を赤くして俯いた。
聖女に悪意や敵意は生まれないが、恋という好意の範囲に入るものは生まれるようだ。
メイド達は私の思惑通り、姫に異性という認識を植えつけ。
その結果、姫の淡い初恋の相手に選ばれたようだ。
この先は気をつけないといけない。
姫に告白をさせてはいけないのだ。
あくまで姫は淡い恋心を抱いているが口に出来ず、私は姫の親友であり想いを告げられない相手という距離感を維持しなければいけない。
計画が全て白紙になるほどの狂いではないが、最高の悪夢を姫に捧げるのを諦める事になってしまう。
姫が持つ聖女としての性質と、夜中の庭園にしかいない私という競争相手―――危機感を姫に与えるような女性のいない環境だけに杞憂かもしれないが、些細な所でも手を抜く気はない。
ああ、稲穂が実る刈り取りの時期がどこまでも楽しみで仕方ない。
―――
姫が15歳になった年の冬に国を疫病が襲った。
細菌の知識など、初歩的な医学の知識が非常に役に立った。
毎年冬になると病気が流行するのは知っていた。
それは季節が変わり、普段は南海から吹く風が北の乾いた大地からの風に切り替わる際に起きる、乾燥時に繁殖しやすい細菌性の風邪の一種だと見当がついた。
感染性の高さと発症期間の短さから、体内で繁殖してすぐに外へと出て行くタイプだと判ったので、病気を患っていた出入りの商人の一人―――その体内にいる細菌へ、宿主を殺さない為の繁殖を抑制する性質へ抑制弱化の呪詛を、もっと貪欲な病原体となるように欲望増加の呪詛をかけた。
試みは上手く行った。
病にかかっていた商人へ呪詛を仕込んでから数週間、国に流行病が広がったのだ。
最初は誰もがいつもの病だろうと楽観していたが、その年の病は赤子や年寄りだけではなく、健康な大人でも時には死に至る疫病となった。
快活だった姫も沈みがちになり、シドと会う間もどこか哀しげな様子になっていった。
「シア、浮かない顔をしているけど何かあったのかい?」
「ううん、なんでもない…何でもないの。
隣に座っていいかな、今日はちょっと寒いみたい」
姫は聖女だったが、邪なものを近寄せないだけで、病や怪我を治すのは不得意だった。
癒しの力を後押しする加護もあったが、何故か上手く使えていなかった。
私は原因に気が付いていた。
姫はどこまでも聖女すぎ―――清らか過ぎるのだ。
突き詰めれば病の元となる病原菌も生命、病を治すという事は病の原因になるものを殺しつくす事でもある。
誰かを生かす為に誰かを殺す覚悟と信念のずっと軽いもの、害虫を退治するような心構えがあれば、癒し手として姫の能力は飛躍的に伸びるだろう。
姫にその事を親切に伝える気はないし、聖女の加護の為に害虫に悩まされる事がない姫には伝えたとしても苦悩が増すだけだろう。
今はただ無力感に浸っていて欲しい。
―――
更に二週間後、私にとっての幸運なハプニングが起きた。
姫の弟にして、病弱がちだった12歳になる第一王子が疫病に罹患し重篤となったのだ。
私は幸運に感謝しながら庭園で月を見上げていた。
「シド、シドいる!?」
必死さと悲しみを心地よい良いバランスで混在させている姫が、予想通り庭園に駆け込んできた。
「どうしたのシア?」
飛び込んできた姫を抱きとめて聞き返す。
「弟が―――弟が病気なの、神官さんの話だと今晩が峠、でも治る見込みが薄いって」
瞳から大粒の涙を流す姫。
勿体無い。この程度の悲しみんかで涙を流さないで、とっておいて欲しい。
「お願いシド、願いを―――願いを叶えて、私の弟を助けて!」
ああ、初めてあった日から変わらない純真さが嬉しい。
まるで私がそれを穢す為に残しておいてくれたなんて、勘違いをしてしまいそうになる。
「願いを叶えるのは、多分出来る」
組み込んだ呪詛さえ外せばただの風邪になる。
持ち直す可能性は高くなるだろう。
「でも、人の命を左右する願いはとても大きいよ。
その大きさにみあった代償が必要…だよ」
申し訳なさそうに言う。
本当に申し訳がない、誰かが疫病に罹患して死に掛けた際、姫がとある答えに辿り付くように、他の手が使えないようにずっと布石を打ってきたのだから。
「だ、代償……どうしよう」
顔を青くする姫、姫が払えそうな代償は3年にも渡る様々な願いの成就にほぼ使い切っている。
姫には代償は金額的な値段の多寡や稀少さではなく、その人がどれだけ大切にしているかも重要なのだと教えてある。
―――そう、ここで姫が善良な聖女から堕ちてしまうなら愛猫のクドを差し出して、弟の助命を願うだろう。
それが残酷ながらも正しい選択だ。
だが、聖女でいる彼女にはもう一つの選択しかない。
「……あ」
姫が気が付いたようだ、シド(わたし)に抱きついていた状態から離れて、寒さに耐えるかのように両手で体を抱き、色を失うほどに顔色が悪くなっていく。
長い、長い沈黙と苦悩の果てに姫はその代償を口にした。
「……をあげる。シド……私の、純潔をあげるから……弟を、弟を助けてあげて」
そう、姫にはその選択しかもう残された手がないのです。
良く出来ました。
ぼろぼろと涙を零しながら懇願する姫。
以前に聖女に詳しい女性大神官を王城へ誘って、姫に色々教えさせたかいがあった。
聖女は様々な加護を持つと同時に、様々な祝福を人に与える事ができる。
聖女が幸運を祈れば僅かな幸運の祝福が受け、聖女が接吻をしながら祝福すれば祈りとは比べ物にならない加護を受けられる。
その最上級が聖女の純潔。
歴史の中で魔王と呼ばれるものと戦った歴代の勇者は皆、聖女と恋仲だったという。
どれも力ずくで奪うと祝福が受けられるどころか、神々の呪いを受けるというのだから、聖女が生まれた国は扱いに困るのだろう。
「シア……駄目だよ。
代償にはなるけど、それは代償にしてはいけないものだよ」
この上ない幸福感に浸りたいのを我慢しながらも、親友として姫を嗜める。
聖女の純潔は価値としても最上級であり、一人の少女としても大切なものであるのは間違いない。
疫病が国を襲い、薬すら入手出来ない人々が多くいる中、家族を助けたいという尊くも利己的な願いを望み、その事に身を切られる程の悲しみを背負っている。
そして淡い片思いの初恋を心の片隅で密かに想い続けてきた相手に。
本来ならお互いに恋をして、その果てに愛を育んで純潔を捧げたいという少女らしい夢を抱いていた少年に対して、願いの代償として支払う―――娼婦のように体を売るというのは何と甘美な悲劇なのだろうか
悲しい顔をして一歩引いた少年を姫が抱きとめる。
「ごめん、ごめんねシド。
私を嫌いになっていいから、こんなの酷いよね……」
夜の庭園で冬の花が咲く花畑の中、涙に濡れる少女が少年を押し倒し、股を開いて純潔を散らした。
―――
一度は命を諦められていた王子は奇跡的に命を取り止めた。
王子の姉だった聖女は、王子の為に聖女としての力の多くを天に捧げたと告白し、実際に聖女としての加護の多くが失われている事から、美談として語られる事になった。
そして次の日から姫の親友だった少年は庭園から姿を消し、無垢な笑顔の美しさが評判だった姫は、憂いに満ちた哀しげな表情の姫と人々の口に語られていく。
数ヶ月後、姫の妊娠が発覚して大騒ぎになるが、弟の命を助ける代償として精霊の子を身篭る約束をしたと伝えて、すぐに騒ぎを収めていた。
普通なら不義を疑われる所だが、聖女としての姫の発言は未だ重く見られているようだ。
私はその一連の騒ぎと姫の悲哀に満ちた顔を猫のクドとして、特等席から眺めていた。
初恋の少年を傷つけ、失い。
僅か一晩の逢瀬で身篭った子供の為に嘘までつき。
喪失感と嘘の罪悪感から嘆きの涙を流す姫は実に美しかった。
これで仕込みは終わった。
これからは退屈なものの、未来が楽しみな熟成の時間になる。
―――
あの晩から数年後。
姫は森深い場所にある国の離宮で暮していた。
王城から出た理由は幾つかあるが、聖女としての加護の多くを失った事と、純潔を重視する風習があるため、未婚のまま子供を生んで王族としての価値も失ったのが大きな要因だろう。
私も姫の愛猫として一緒に移り住んでいる。
一時は自室で一人になれば泣いて暮していた姫は随分と落ち着いてきた。
乳母の元ですくすくと育つ子供を抱き上げる時には笑顔を零すようになっている。
その様子に私は収穫の時が来た喜びと、育て続けてきたものが終わってしまう一抹の寂しさを感じていた。
姫はたまに、夜になると2人分の茶器を持って、離宮の裏手にある小さな庭園で一人きりの時間を過ごす習慣が出来ていた。
ある日の晩―――ささやかながらも孤独な茶会に数年ぶりの客が訪れたのだ。
「やぁシア、綺麗になったね。
それに随分と嘘が上手くなったみたいだ。やっぱり母は強しかな?」
「…シド!?」
姫は持っていたカップを地面に落として、私に駆け寄り抱きついてきた。
「ごめん、ごめんなさい。ずっとシドに謝りたかったの……!」
久しぶりに涙を零す姫を抱きとめて、あやすように頭を撫でながら答える。
「シアと契約したじゃないか、ずっと友達で居る、ずっと一緒にいるって」
私の言葉に姫は本格的に泣き出し、ごめんなさいとありがとうと繰り返し始め、姫が落ち着くまでずっとその頭を撫でていた。
ああ、待ちに待った日がやってきた。
姫、これから飛び切りの悪夢をプレゼントするよ。
「シアが元気そうで良かった。苦労して疫病を蔓延させたかいがあったよ」
「シ……ド、何を……言ってるの?」
「うん?王子様が病に倒れたのは幸運な誤算だったけど、姫が誰かの命を助ける為に純潔を代償にするのは予定通りだったからね」
「……嘘、じゃない……なん、で」
ああ、嘘を見破る加護もまだ残っていたのだったか。
あれのおかげで随分と苦労をしたが、今となっては良い思い出だ。
「何故って?シアを愛しているからだよ。
ああ、本当の事をずっとずっと教えてあげたかった。
愛しているからシアの悲しい顔が見たい、涙で濡れた瞳を見たい、絶望に沈んだ瞳にしたい。
全てひっくるめて壊してあげたい」
「だ、だってずっと一緒に誰かを幸せにしてきたのにっ」
「うん、シアの願いを聞いて、シアとその人を『その時だけは』幸せにしてあげたね。
知ってるかい、最初に願いを叶えてあげた腰を痛めていたおじいさん。
腰の痛みが判らなくなったせいで、1年もしないで腰を壊して寝たきりになってすぐ死んでしまったんだよ?」
「……っ……あ……っ」
ああ、不幸な事に姫は聡明だ。
思考停止する事なく言葉の意味を理解してしまっている。
素晴らしい。だから色々と教えてあげよう。
「次のメイドのお姉さんは幸せになったんじゃないかな?
何人もの衛兵の欲望を受け止め続ける玩具になれて、子供が出来て正気に戻った瞬間にすぐ発狂できたから、今も城で幸せになり続けていると思うよ?」
「大臣の人は普通に幸せになったね。
あれ以来彼に手篭めにされて不幸になった女性は20人越えた辺りで数えるのを止めたけど」
「吟遊詩人の人は夢を叶えたね。
冒涜的な歌ばかり思いついて、最後には処刑されていたけど」
「騎士のお兄さんも望みを叶えたね。
恐怖を忘れすぎて、戦友を巻き込んで無駄死にして今でも色々有名だよ?」
一つ一つの思い出話をするたびに、姫は濃い絶望に満ちた悲鳴をあげてくれる。
そんな良い反応されたら思い出話だけで夜があけてしまいそうだ。
私の話が一通り終わる頃になると、姫は地面に力なく座り込んで虚ろな瞳に月を映していた。
「なんで……何でこんな事をしたの、私、シドの事大好きだったのに」
「僕も大好きだよ。だって契約したじゃないか。
ずっと友達でずっと近くにいるって。
僕は友達にこういう事をしてあげたいし、今のシアが感じている絶望で満たしたくなるんだよ」
「お願い……シド、最後に、これが最後で良いから願いを叶えて。
私の記憶を、シドに会った日から今日までの記憶を全部……全部消して」
「払える代償あるのかい?」
「なんでも、何でも出すって約束するから、お願い……お願い」
その言葉を言わせようと色々準備していたのが無駄になったな。まあ良いか。
「わかった、契約したよ。はいこれ」
用意しておいた皮の鞘にから取り出した、無骨なダガーを手渡す。
「さあ代償を支払ってくれないかい、君の記憶を消すという願いを叶える為に。
君が大好きで愛してすらいたシドか、その間に生まれた最愛の娘か、どちらかの命を絶ってね」
「あ………ああっ」
さあ、これが今回準備した私の求道の果て。
加護をいくつか失ったとはいえ、今だ聖女である彼女が利己欲の為に誰かの命を奪えるかどうか。
もし彼女が誰かの命を奪えるなら、邪悪な私もいつか彼女のような普通の愛情を手に入れる事ができるかもしれない。
命が奪えないなら、全てを知ってしまった彼女を観察していれば思索するよりもより多くの成果を得れるだろう。
「……シド、ティナ、ごめんね」
どちらも選べないと自刃しようとするのは予測通り。
彼女が自らの胸につきたてた刃は突き刺さるものの、血が噴出する事もなく、彼女の命が消える事もない。
「なんで、どうして。死ねないの…」
ダガーを握っていた姫の手が離れると、胸に刺さっていたはずのダガーは血の跡一つ無く、からんと音を立てて地面に落ちた。
「だって契約しただろう、どんな代償も支払うって。
だから、支払うまで命を捨てる事もできないよ?」
そんな姫へ飛びきりの笑みを浮かべて答える。
数年前に彼女に貰った極上の祝福や加護で、私の魔物と幻獣としての能力も格段に成長を遂げている。
一度口にした契約を終わらせるまで、安らかに果てる事も発狂して全てを忘却する事も許されない呪詛、そんなものが使えるようになっていた。
「シア、これからよろしくね。
君が代償を支払うことが出来るその日まで、記憶を失ったとしても。
ずっと、ずっと近くに居てあげるよ」
「………………………はい」
人形のように動かない体に機械的な返事しかできくなった姫へ親愛のキスをすると、宝石と例えられ讃えられていた、蒼く絶望の色に染まった美しい瞳から、一筋の涙が頬を伝って地面に落ちた。
―――
私の名前はクド。
異世界に転生して今は猫として生きる求道者。
神々に祝福されるも悲劇の運命を辿った姫と、皮肉な事にまたも神々に祝福されて聖女として生まれた姫の娘を見守って日々を過ごしている。
私の求道にはまだ答えが出ていないが、あれだけの邪悪な行動をしたのに、今だこの世界に実在している神々から排斥される様子もない。
それは私がありのまま生きていいのだと世界に保証されたかのようで、私にささやかな慰めを与えたが、答が出るまでこの求道を止める気はない。
さあ―――次は何をしようか。




