第8話 二人三脚
「位置について、よーーーい」
端の方で先生がピストルを掲げる。
しかし、今の俺にとってそんなの関係ない。
この二人三脚のポイントが高いとしても今の俺には関係ないのだ。
「おいこら、抱きつくんじゃねぇ!」
「あん、近くに居ないと早くいけないもーん」
「離れろっつってんだろ!」
「あ、そんなとこ触っちゃ」
「勝手に何言ってんだよ!抱きつくなって!」
二人三脚に必要なのはパートナーとのコミュニケーションだ。
しかし、俺も有希もコミュニケーションなんて取ろうというつもりは一切無い。
というか、有希の場合はここぞと言わんばかりに無駄に抱きついてくる。
俺はそれを拒否するために顔を思いっきり押す。
可愛い顔がもう不細工の一言になっているがこいつはそんなことを一切気にしない。
「離れろって!」
「そんなこと言って~、さっきから私の胸の感触を」
「てめぇの胸なんてただの脂肪だろ!」
「あ、酷い!ただの脂肪じゃないもん!夢が詰まってるもん!」
「夢なんてねぇよ!現実見ろ!」
「あーあー!今の発言は全世界の女子高生を敵に回したね!絶対に回したね!」
「いいから離れろよ!」
「おい、そこ!もうスタートしてるぞ!」
「あ?うぉ!?」
「あ!ほんとだ!やばい!」
辺りを見回せば、すでに他の組はスタートをしている。
それもすでにかなりの差は付いてしまっている。
目立ちたくないと思っていたが…これはもう目立ちまくりだ。
「くそ…おい、ここは一時休戦だ」
「そだね。私の胸の感触はあとでじっくり」
「一時休戦だってつってんだろ。次変なこと言ったらぶっ飛ばすぞ」
「う…わ、わかった」
「ほら、息を吸え。吐け」
有希と呼吸を合わせる。
そして、お互いの目を見て、スタートの合図を行う。
ここからは協調体制だ。俺も有希も気合を入れ直し、一歩ずつ確実に進んでいく。
そして、お互いのリズムが合い始めると加速していく。
1組、もう1組。次々と抜いていき、最後のストレートで残りの組に追いつく。
あとはもうこちらのスピードの方が早い。並んで走り、徐々に距離を開けて行く。
そして、一番最後にスタートをして、一番早くゴールにたどり着く。
「むふふ~、やっぱり私と俊悟君は息ぴったりだね!」
「合わせてやったんだよ」
「でも、ぴったり。相性ぴったり」
「いいから黙れよ。あと足を動かすな、解けないだろ」
「いいよ、私はこのまま俊悟君とずっと」
「トイレまで付いてこられたら堪らない。お前は馬鹿な上に変態なのか。人間としてどうしようもないな。この学校の中で最も気持ち悪いという言葉が似合いそうだ」
「あ、だから大宇宙」
「それはもういい。飽きた」
「あぅ、酷い…」
「よし、解けた。んじゃあな」
「あれ、あれだけきつく縛ったのに!」
そのせいで足首が痛いわ…。
俺は長ズボンを履いているから何とか痣は残っていないが、短パンの体操服を着ている有希の足首には縄の後が赤く残っている。
あれ、結構痛いだろうに…。有希はそんなことは関係なく、俺が縄をほどいたことに文句を言ってくる。
「赤い糸だよ。私と俊悟君の」
「……」
「あ、でも足は解けたけど心と心の赤い糸はまだ残って」
「………」
「たぶん心の赤い糸は蜘蛛の糸を何千組も組み合わさって」
「…………」
「な、なにかな…?そんな見つめられるとさすがの私も話しにくいというか…照れるというか…」
「足、痛くないか?」
「…痛い」
「救護室まで連れてってやる。代わりにその口閉じれるな?」
「うん」
「なら、行くぞ」
「あ、おんぶしてくれないの?」
「お前、俺と身長が5cmも変わらないだろ。重い」
「女の子に重いは死ねって言ってるのと同じだよ!無理なダイエットしてげっそりしちゃうよ!」
「別に痩せる必要ないだろ。お前はスタイルだけは魅力的な身体だし?」
こいつはそこらへんのアイドルよりスタイルは良い。
男から見れば十分、魅力的な身体なのは間違いない。
頭の中は本当に残念なことになっているが。
有希は俺の言葉を好意的に、超が付くほど好意的に受け取ってしまったのか、今までの中で最も顔を赤く染め、無駄口が得意な口はピッタリと閉じる。
そして、俺の一歩後ろを俯きながら歩いた。