第7話 体育祭とバカ
「宣誓!私たち」
「僕たち」
前では心にも無いようなことを宣誓しながら右手を挙げている人たちが2人。
片方は1年生だというのに宣誓するほどの力を持っている。
そう、西条有希だ。
どうして体育委員でも生徒会メンバーでもないのにあいつがあんなことをしているのかという疑問もわくが、そんな疑問に答えを求めるのも面倒なので早くこの体育祭が終わらないかと思いながら体育座りをする。
今日は快晴。
実に体育祭日和だ。風で流される雲を観察するという暇つぶしにもってこいという意味で。
選手宣誓も終わり、退場のBGMが流れる。
その音楽とともに駆け足で自分たちの持ち場へと戻る。
さて、俺が出るのは二人三脚とリレー。
2つとも午後の部の種目だから午前の間は暇で仕方がない。
クラスのやつと他愛もない会話をしながら時間を潰し、隠し持っていた携帯で時間を潰し、競技をしている人たちを見て時間を潰す。
「がんばれー!」
いろんなところから応援の声が聞こえるが、一部だけ無駄に声援を受けている人物がいる。
「西条さん頑張れー!」
「いけー!」
さすが西条家のご令嬢とあって、彼女への応援は大きい。
それに運動している姿は絵になる。
ますます惜しい存在だな。
借り物競走でのスタートダッシュは男や女も関係なく有希が一番良いスタートを切る。
そして、そのリードのまま100mを走り切る。
あれだけの脚がありながら全国で限界を見たか…。
才能という言葉は使わないように気を付けているが、やはりあいつには才能がある。
いわゆる、天才という分野の人間だ。
たくさんの声援を受けながら借り物を書いている紙に辿りついた有希は辺りをきょろきょろと見回す。
なんとなく…なんとなくだ、いやな予感がした。だから、俺はこっそりとトイレに逃げる。
こういうときの嫌な予感、漫画、小説などで得た知識。
これらを考慮した結果、ここは逃げるのが得策だと導いたのだ。
しかし、これも漫画や小説などで得た知識だが、こういうのは必ず見つかってしま…。
「ふぅぅ…なんとかバレずに行けた」
男子トイレの中で用を足しながらつぶやく。
やはり、所詮小説や漫画の世界の話だ。あんな何百人という集団の中から特定の一人を見つけるなんて無理に決まっている。
まぁあいつが探していたものに俺が適合されなかっただけかもしれないが。
大きな声援がトイレの中に響き、借り物競走の勝者が決まったらしい。
手を洗い、自分の席へと戻ると1位の旗を持っていたのは有希ではなかった。
有希は2位の旗を持ち、その手には俺と同じクラスの女子がいる。
何を引いたかわからないが…これはあれだ、逃げて正解だったかもしれない。
俺は友達の椅子を借り、横に並べ、そこに仰向けで寝転ぶ。
こうすれば見えるのは青空だけ。
声援と競技の音は心地良いBGMとなる。
このまま静かに体育祭が終わればいいのに…そんなことを思ってしまうほど広い青空に心を奪われているとニョキッと急に俺の青空ビジョンが有希の顔に入れ替わる。
「どこ行ってたの?」
「うんこ」
「大きいの出た?」
「お前、仮にも女子ならそんなことを聞くな」
「あ、私も女の子として見てもらっているんだ~。小さいときは身長のせいで男って言われたからねぇ…あ、ちょっとネガティブモード入るかも…」
「うざいな、そういうのは陰でやってくれ」
「俊吾君はおしんが好きなタイプなの?」
「また古いのを…。それよりも何か用か?」
こいつの持ち場は隣の隣のブースだ。
ここに居る必要は一切ない。
ましてや俺のところにいる必要性は万が一にもない。
「借り物競走でのお題なんだったと思う?」
「知らん興味ない」
「1年A組の人だったんだ」
「よかったな、探しやすいやつで」
そのお題で負けたというなら1位のやつはよっぽど探しやすいものだったのだろう。
「もぅ、わかってて言ってるでしょ!」
「わかってて言ってても、わかっていなくても俺はお前と関係ないし持ちたくもない。ましてやこんな大舞台のところで一緒に歩きたくもない。そもそも俺は二人三脚とリレーで体力を残したいからお前の競技に巻き込まれたくない」
「ま、捲し立てるかのように…」
「わかったらその顔をどけてくれないか?俺は青空を見たいんだ。お前のような筆箱の鉛筆削りクラスの心の狭さのやつに興味は持たない」
「ふふん、私の心の広さは青空じゃ足りないよ。大宇宙だもん」
「それはお前の頭の悪さだろう?」
「これでも私、1学期の期末テストで学年1位だよ」
「知ってる。すごいよな、お前」
「ふふ~ん、どんなもんだい!」
「どうやって先生にバレずに不正を働いたんだ?いや、先生を買収したのか?」
「そうそう、先生なんてお金…、そんなことしないよ!」
「そうか、さすが西条家だな。ちなみに俺に一万円を渡すと良いことがあるぞ」
「え?どんなこと?キスとか?」
「俺のキスの価値高すぎるだろ」
「じ、じゃ…その……」
有希は顔を赤らめながらもじもじとしだす。
こいつはバカだから…バカだから仕方がないのだ…。
自分にそう聞かせながら大きくため息を吐き、体育祭のスケジュールが書かれた紙を丸めてパコーンっと有希の頭を叩いた。